第1話 冬季休暇と雪囲い
十二月二十三日。王立学園の二学期最終日だ。
午前中は普段通り授業が行われ、それが終われば昼休みに入ることなくホームルームを経て、生徒達は解散となる。午後の選択授業は行われない。
「それではホームルームは以上だ。来年、この教室でまた会おう。予習と復習を怠らぬように」
担任教師、レギュス・バウエンベールはそう告げると、教室を後にした。
「ふんふふーん♪」
「ルシアナ、昨日からご機嫌ね」
ホームルームが終わり、ルシアナは帰り支度を行っていた。隣の席のクラスメート、ルーナ・インヴィディアが可笑しそうに微笑む。
「え、そう見える?」
「何だかとっても楽しそう。私はまたルシアナに期末試験で勝てなくてやきもきしてたのに」
「ルーナ、今回は六位だっけ? 一学期は七位でしょう。徐々に迫ってきてるわね」
「三学期こそは四位の座をいただくわよ」
「そこは一位を目指しなさいよ」
「……三位と四位の壁が厚いのよね」
「まあ、分かるけど」
ため息をつくルーナに同意するように、ルシアナは眉尻を下げて微笑んだ。ちらりと視線を向けると、クリストファーとアンネマリーが仲睦まじげに話している姿が目に入る。そこにシエスティーナとセレディアも加わって、四人は和やかな雰囲気だ。
今回の期末試験ではアンネマリーが三位、シエスティーナが二位、そしてクリストファーが一位に返り咲いていた。クリストファーとシエスティーナは試験の順位を競い合っている仲だが、険悪な雰囲気はなく、とても爽やかな関係に見えた。
そこに加わるセレディアは教科書を手にしており、三人から勉強を教えてもらっているらしい。
ルシアナの視線につられたルーナが呟いた。
「そういえばセレディア様は期末試験中、休学していたからしばらく追試験をするんだったわね」
「……うん」
ルシアナは躊躇いがちにルーナの言葉を肯定した。先日の戦いを覚えている身としては、中身が別人だったと理解していても感情が追いつかないようで、ルシアナは戸惑っていた。
(本当にこの前とは別人みたい。髪色が変わったから余計にそう感じるのかしら?)
夏の舞踏会で初めて会った時、セレディアは銀の髪と瑠璃色の瞳を持つ、儚げでミステリアスな美少女だった。
しかし、現在の髪と瞳は茶色になり、素朴で愛らしい印象の美少女へと変貌している。一昨日は戸惑っていたクラスメート達も、親しみやすい雰囲気となった彼女を既に受け入れているようだ。
悪いのはセレディア本人ではなく、彼女を操っていたティンダロスというガルムの弟である。
(私も切り替えていかないとね!)
クラスメートと仲良く過ごしているセレディアを見ているうちに、ルシアナは弟捜しへの意欲が増していく。メロディが言うように、事件が起きる前に先んじて捜索しておくべきだろう。
ルシアナは鞄をまとめ終えると立ち上がった。
「それじゃあ、私は帰るね」
「ええ。次に会えるのは年末の冬の舞踏会かしら」
王都では年に三回、王城で舞踏会が開かれる。
四月の入学式の日に行われる春の舞踏会、八月末の二学期直前に行われる夏の舞踏会、そして日本でいうところの大晦日の夜に年越しをお祝いする冬の舞踏会だ。十月末に王立学園で学園舞踏祭が開催されるためか、秋の舞踏会は行われない。
今日は十二月二十三日。
冬の舞踏会は十二月三十一日に開催される予定だ。
「まだ一週間は先の話じゃない。その間に一回くらい一緒にお茶でもしましょうよ」
ルシアナの言葉に一瞬キョトンとするルーナ。
しかし、すぐに何か理解したのかクスリと笑う。
「できればそうしたいわね。でも、そろそろ雪が降りそうだから難しいかもしれないわ」
「雪が?」
「ええ。早ければ今夜にでも降るかもしれないわ」
「ホントに!? 庭の雪囲いがまだなのよ。急いでメロディに知らせなくちゃ! またね、ルーナ!」
「えっ、あ、うん、またね……行っちゃった」
慌ただしく教室を走り去っていくルシアナを、ルーナはポカンと見送るのだった。
学生寮に戻ったルシアナはメロディに報告した。
「……確かに、昨日よりも雲が分厚くなっていますね」
「雪囲い、間に合うかしら?」
「材料が届いていれば、私が間に合わせてみせます。急いで屋敷に戻りましょう、お嬢様」
「うんっ!」
荷造りを終えると、二人はルトルバーグ邸へと家路についた。
◆◆◆
「ただいま帰りました、お母様」
「おかえりなさい、ルシアナ」
屋敷に帰り着くと母マリアンナがルシアナを出迎えてくれた。ヒューズは宰相府で仕事中のためまだ帰ってきていない。
メロディを出迎えたのはセレーナだった。
母セレナによく似た笑顔がメロディへ向けられる。
「お帰りなさいませ、お姉様」
「ただいま、セレーナ。雪囲い用の材木は届いているかしら」
「午前中に届きましたので仕分けておきました。昼食を終えたら作業に入りますか」
「ええ、そうしましょう。今夜にも雪が降るかもしれないんですって」
「まあ。では急ぎましょうか。私とお姉様、リュークが魔法を使って作業すれば時間を短縮できると思います」
「それでいきましょう……とはいえ、まずはお嬢様と奥様の昼食からね。準備はできてる?」
「マイカちゃんがお鍋を見てくれていますから、調理場へ参りましょう」
「ええっ!」
メロディがパッと華やぐ笑みを浮かべると、可笑しそうにセレーナも笑った。
そして、二人は並んで調理場へと向かうのであった。
「さあ! お腹もいっぱいになったことだし、雪囲いを始めるわよ!」
「……お嬢様は見学ですからね?」
「ええっ!? 私も手伝うわよ!?」
昼食を終えて一息ついた頃、庭にはメロディを筆頭に使用人一同とルシアナが集まっていた。
鼻息荒く雪囲いに参加する気満々だったルシアナは、メロディから禁止を言い渡される。
「どこの世界に主に雪囲いを手伝わせるメイドがいるっていうんですか。温かい紅茶をご用意しますから、そちらを飲みながら私達を見守っていてください」
「そんなぁ」
防寒具に身を包んで準備万端のつもりだったらしい。
ルシアナはガックリと項垂れてしまう。
ちなみに、暖かそうなコートに身を包んでいるルシアナに対し、メロディ達は普段通りの服装をしている。彼らの衣服にかけられたメロディの守りの魔法は、寒さからも彼らを守ってくれる。いわばエアコンスーツ。見た目が寒そうという点を除けば、全く問題がなかった。
同じくルシアナのドレスにも守りの魔法がかけられているので、実はコートなど着なくとも全然平気だったりする。しかし、様式美とはとても大切なのだ。冬にコートは必須なのである。
ティーセットを準備しているマイカが呆れたように口を開く。
「私もお嬢様も力仕事なんて無理ですよ。せめて魔法が使えたら別でしょうけど。ね、ガルム」
「わひゃん!」
マイカが同意を求めるように足元のガルムに声を掛けた。分かっているのかいないのか、おそらく何も理解していないのだろうが、黒い豆柴のような姿の子犬ガルムは威勢良く吠えた。
「わ、私だって魔法くらい使えるわよ」
「『水気生成』で雪囲いはできませんよ。まあ、私なんて魔法が全く使えないんですけど」
「えっ? マイカちゃん、どういうこと?」
マイカの呟きにメロディは首を傾げた。ほんの少し前にマイカはガルムと同調して『灯火』の魔法が使えるようになったばかりである。雪囲いには活用できないが全く使えないわけではなかったはずなのに。
「それが、一昨日くらいから魔法が使えなくなっちゃったみたいで」
「私の次はマイカちゃんが魔法を使えなくなっちゃったの?」
魔法が使えないことで結構トラブルに見舞われたメロディとしては、ゆゆしき事態に思えた。しかし、マイカは苦笑を浮かべるもののあまり困っているようには見えない。
「……一応、メロディ先輩のキャンディーを舐めてみたんですけど効果はなかったです」
「私のキャンディー?」
「それって、この前庭で見つけたあれのこと?」
ルシアナの質問にマイカはコクリと頷いて答える。
「はい。勝手に舐めちゃってすみません」
「それは構わないけど、あのキャンディー見つかったのね。というか、どうしてキャンディーを? そんなものを舐めたって魔法が使えるようになるとは思えないけど」
話の繋がりが見えなくて、メロディは首を傾げてしまう。
「……そうですねぇ」
マイカは苦笑を深めるが、やはりメロディにはよく分からなかった。
メロディとセレディアの戦いの裏で、マイカは王立学園に現れた魔物タイラントマーダーベアと戦いを繰り広げていた。残り少ない全ての力を出し切っての勝利だ。
その結果、小聖女に変身することができなくなったばかりか、変身せずに使えていたささやかな魔法でさえ使用できなくなってしまったのである。
メロディがとある雑貨屋で購入した、鮮やかな虹色模様のキャンディー。その名を『リフレッシュキャンディー』という。乙女ゲーム『銀の聖女と五つの誓い』において、全ての状態異常を治す回復アイテムだ。
もちろんメロディはそんな効能など知らない。
そして、マイカには効果がなかった。
「せっかく魔法が使えるようになったのにどうしたのかしら。ガルム、こっちへ来て」
「わひゃん♪」
メロディはガルムを抱き上げた。
瞳に魔力を集中させてガルムの魔力の流れを透視する。
「……これは」
「何か分かったの、メロディ?」
「はい、お嬢様……ガルムの魔力がからっぽです。これでは魔法を使うことができません」
「あ、そういうことだったんですか」
メロディの説明を聞いたマイカは、得心がいったのかコクコクと頭を縦に振った。
「じゃあ、ガルムの魔力が回復すればまた魔法が使えるのね?」
ルシアナの質問にメロディはコクリと頷く。
「はい。自然に回復するのを待てば大丈夫です。ただ、本当に魔法を使うための魔力がからっぽになっているので、時間がかかるかもしれません。私の魔力を補充すればすぐですけど」
「自然回復で大丈夫です!」
「でも、本当にしばらくは魔法が使えないと思うよ?」
「いいんです。どのみち、ずっとメロディ先輩に魔力を補充してもらうわけにはいかないんですから、私とガルムでどうにかやっていきたいんです」
「マイカちゃん……」
自立心溢れるマイカの口上にメロディは心がじんと来てしまった。
「分かったわ。ガルム、今日からたくさんご飯を食べましょうね。魔力の生成の助けになるはずだから」
「わひゃひゃん!」
ガルムは嬉しそうに体を揺らし、喜んでみせた。
その傍らでマイカは安堵の息をつく。
(そう何度もあんな恥ずかしい格好に変身したくないもん……でも、自衛のためには魔力を回復してもらった方がよかったのかな? ……いや、ああいうのは力を持っているほどトラブルを引き寄せるような気もするから……うーん)
この一ヶ月ほどの魔法少女生活にちょっと疲れていたマイカは、メロディの申し出を素直に受け入れてよいものかとても悩ましかった。
「そういえば、グレイルの姿が見えないけど」
最近はガルムに引っ張られて一緒にいることが多かったが、今日はグレイルの姿を見ていない。
「ああ、たぶんお昼寝中ですよ。ここ三日くらいガルムがせがんでも起きないみたいで」
「大丈夫なの? 体調が悪いのかしら」
「そうは見えませんでしたよ。お腹出してべにゃ~んって感じで寝てましたし」
「べにゃ~ん?」
「はい、べにゃ~んと」
その姿を想像するのは少々難しいが、どうやらとても寛いで眠っているようだ。あまり心配する必要はなさそうである。
「分かったわ。それじゃあ、雪囲いを始めましょう。お嬢様、ここで大人しく見ていてくださいね」
「はーい」
不承不承といった感じで答えると、ルシアナは不機嫌そうにクッキーを食べ始めた。
「セレーナ、リューク、始めましょうか」
メロディが作業開始を告げると、二人も頷く。
「はい、お姉様」
「分かった」
そして、メロディは空へ右手を翳した。
「時間もないし、サクサク済ませましょう。というわけで、久しぶりにいくわよ。我が身は一つにあらず『分身』!」
光とともに九人の分身メロディが姿を現した。
「二人一組でいくわよ、みんな!」
「「「「「「「「「任せて!」」」」」」」」」
そうして、十人のメロディが庭に散っていったのである。その光景をポカンとした顔で眺めるルシアナとマイカ。セレーナは笑みを浮かべたままリュークに声を掛けた。
「私が魔法で材木を支えるから、リュークがそれを固定してもらえる?」
「……ああ」
リュークは無表情のままだが、何やら釈然としない雰囲気を背負ってセレーナと歩き出した。
「ホント、魔法が使えるメロディ先輩ってマジモンのワンオペマシーンになるから困っちゃいますよね」
「それは言わない約束でしょう、マイカ」
「……お嬢様、そんな言い方どこで覚えてきたんですか?」
その日の夜、テオラス王国の王都パルテシアにしんしんと雪が降り積もった。
幸いなことに、ルトルバーグ家の雪囲いは恙なく完了していたので、メロディ達は降り積もる雪を温かく見守ることができたそうな。
「でも、しばらく天候が不安定になるみたいですから、ガルムさんの弟捜しは延期ですね」
なるべく事件が起きる前に対処したい案件ではあるが、急がば回れというように、慌てたところで事を成せるわけでもない。
「……むぅ、仕方ないわね」
せっかく自由に空を飛ぶ魔法を与えられて楽しみにしていたが、悪天候の中飛行するわけにもいかないので諦めるほかなかった。
しかし、残念そうな半面、降り積もる雪を窓から眺めるルシアナの表情は楽しげで、翌朝の積雪を期待している感情が透けて見えていた。
そんなルシアナが可愛らしく思えて、メロディはクスリと微笑みながら風呂上がりのルシアナの髪を梳いた。
(どのみち冬の舞踏会も間近に迫っているので、年内の捜索は無理なんですけどね)
それは言わないお約束である。
最新小説9巻 4月1日同時発売予定です。
東京ビックサイトで3/28、3/29に開催される「Anime Japan 2026」にて、TOブックス様のブースでオールワークスメイドもちょっと出展あるみたいです。
参加される方は、ぜひ寄っていってくださいね。




