プロローグ
第9章連載開始!
それは、セレディアとの戦いの翌日、十二月二十一日の朝のこと。
王都のルトルバーグ邸。
出発の挨拶を終えると、メロディとルシアナは馬車に乗り、王立学園へ向かった。
「……本当に昨日のことは誰も話さなかったわね。覚えているのは私とメロディとセレーナ、あとヘタレ騎士の四人だけなのかしら」
馬車の座席に腰掛けながら、ルシアナがポツリと呟くと、メロディが答えた。
「そのはずです。覚えていたらきっと話題にあげると思いますので」
「まあ、覚えていないにこしたことはないか。結構怖かったし」
「ですねぇ」
昨日のことをメロディは思い出す。
魔法が使えず、メロディはセレーナに手を引かれてセレディアから逃げた。しかし、二人は屋敷を覆い尽くすほど大きな黒い魔力の大波に呑まれて意識を失ってしまう。
(あの時は本当に、生きた心地がしなかったな……)
同時刻、マイカはお手洗いへ行き、リュークはマイカを捜していたらしい。あの恐怖体験を覚えていないのなら、精神衛生上その方がいいだろう。それがメロディとルシアナの結論だった。
そしてメロディはポンッと両手を打ち鳴らす。
「さあ、この件はここまでにしましょう。黒い魔力も大事ですが、お嬢様の学園生活はもっと重要です。今日は期末試験の返却日ですし、冬季休暇まで今日を含めてあと三日、旦那様が仰っていたように気を引き締めていきましょうね、お嬢様」
「そうね!」
気持ちを切り替えるように笑顔を浮かべるメロディに、ルシアナも笑顔を返した。
◆◆◆
「清き水よ今ここに『水気生成』」
王立学園へ戻り、ルシアナの登校を見送ったメロディは早速仕事に取り掛かった。取り戻した魔法をフル活用し、水瓶に水を満たす。
「優しく照らせ『灯火』」
足元に小さな光を灯すと、メロディは家具の隙間に『灯火』を翳した。掃除から漏れた埃が影の中から姿を見せる。それを見逃さず、メロディは箒でゴミを掃き取っていった。
細かいところに手が届く。
なくても困らないが、やはりあると便利だメイド魔法。
メロディは嬉々として仕事に取り組んだ。
「ふぅ、部屋が綺麗になると気分がいいわ」
特に汗などかいていないが、掃除を終えた部屋を眺めながら右手の甲で額を拭くメロディ。形から入る少女は仕事の達成感を体で表現していた。
(次は窓も掃除しようっと。『延長御手』で窓の内側と外側の両方から雑巾掛けしたら目立つかしら?)
あと三日経ったら冬季休暇に入る。その後は年が明けるまでここに戻ってくることはない。気分は年末の大掃除であった。
しかし、メロディは首を横に振る。
「さすがにまずいよね。とりあえず内側だけやっておこう……っと」
ガラスの向こう側を見上げると、空が見えた。どんよりとした雲が広がっていて、ここ数日、どんどん青空が見えなくなりつつあった。あと数日もあれば雪が降り始めるかもしれない。
(次に屋敷に戻ったら庭の雪囲いを始めてしまわないと……)
雪囲いのための材木の手配は、昨日レクトとともに行ったばかりだ。二学期が終わり、屋敷に帰る三日後には準備ができているだろう。
空を見る限り、雪囲いが間に合うかは微妙なところだ。
(……だけど、その前にガルムさんの弟捜しも始めないと)
それは、ティンダロスを眠りにつかせた後、メロディが決意したことだった。
学園舞踏祭の夜に、ガルムは弟達の居場所を光の線で指し示した。王立学園の空から飛び立った光は全部で四つ。北に二つ、西に二つ。初めて遭遇したガルム同様、彼らも黒い魔力を纏っている可能性が高く、それに対処できるのは今のところ自分だけだろう。
放っておけばまた似たような事件が起きるかもしれない。
メロディの脳裏に思い浮かぶのは、玄関先で倒れていたルシアナやレクトの姿。
次は悪夢に魘されるだけでは済まないかもしれない。
今ならセレーナと力を合わせて『銀清結界』を使うことができる。ルトルバーグ領で遭遇したガルムの時のように、争いが起きる前に弟達を『還す』ことができれば不安も解消されるだろう。
(だったら、捜さなくちゃ。ガルムさんの弟達を!)
メロディは昨日、そう決意したことを思い出していた。
「――というわけで、ガルムさんの弟捜しをしようと思うんです」
その日の夜、夕食を終えたルシアナにメロディは相談を持ちかけた。
「ガルムの弟捜し……問題が起きる前に片付けちゃおうってわけね」
「はい」
「そう……よかった」
「はい?」
ルシアナの言葉にメロディは首を傾げた。
「ちゃんと相談してくれてよかったって意味よ。メロディって一人で何でもできちゃうから、私に隠れてこっそりやりそうなんだもの」
「そ、そうですか?」
「『お嬢様を煩わせるわけにはいきません』とか言って、昼はメイドの仕事、夜は弟捜しみたいなスケジュールを強行していてもおかしくないわ」
セシリアとして王立学園に編入した時の失態が蘇る。あの時、昼はセシリア、夜はメロディとして活動しようとしていた。結局それは許してもらえなかったが、メロディにはそういう前科があった。
「そう言われると否定できないような気もしないでもないような……」
「ふふふ。頼ってもらえて嬉しいわ。昨日、話をしておいて本当によかった」
得意げに微笑むルシアナに、メロディはどこか気恥ずかしさを感じてしまった。確かに、ガルムの弟を捜そうと思った時、ルシアナの顔が浮かんだのである。
当たり前のように、今夜相談しなければならないと考えていた。おそらく昨日、魔法について不安を吐露したことが影響しているのだろう。
「ガルムの弟捜し、一人で始めないでね。もうすぐ冬季休暇だし、私も一緒に行くわ。異論は認めません!」
「お嬢様……はい、よろしくお願いします」
メロディの言葉にルシアナは満足げに頷いた。
「それで、ガルムの弟がどこにいるのか分かっているの?」
「方角が西と北ということは分かっていますが、詳しい場所までは」
「結構遠いのかしら?」
「少なくとも歩いて行ける距離ではないですね。最悪、隣国の可能性もあります」
「そうなると、移動手段が問題ね。どうしたらいいかしら」
「私一人なら『天翼』で飛べば済む話なんですけど」
「さすがにメロディに抱えてもらって移動するわけにはいかないものね。転移の扉は?」
「あれは一度行ったことがある場所でないと設置できないので。私が先行して扉を開けるという方法もありますけど」
メロディの提案にルシアナは渋い表情を浮かべた。
「それじゃあ一人でやってるのと同じだわ。いらぬ二度手間だし、私が完全足手まといじゃない」
「……どうしましょう?」
なかなか良案が思い浮かばないのか、メロディは頬に手を添えて首を傾げた。ルシアナも腕を組んでうんうんと唸る。
「私もメロディみたいに空を飛べたら話は早かったんだけど」
「……技術的な問題以前に、お嬢様の魔力量ではさすがに『天翼』は使えないですね」
「カップ数杯分の水しか出せない魔力量じゃねぇ……清き水よ、今ここに『水気生成』」
苦笑を浮かべながらルシアナは小さな水球を生み出した。指先の動きに合わせて宙に浮かぶ魔法の水をメロディは見つめる。
(使える魔法が少ない分、『水気生成』の制御技術は結構上達しているみたい。これで魔力がもう少しあったら『天翼』を使えるように指導することもできるんだけど……)
ちなみに、メロディが言う『もう少し』は一般的には『大分』とか『相当』などの言葉に変換できるのだが、そのあたりがまだまだよく分かっていないメロディである。
だが、それはそれとして、メロディは一つ閃いた。
(……そっか。魔力は私が肩代わりすればいいんだわ)
「お嬢様、いい方法を思いつきました」
「何かしら?」
「少々お待ちください……お嬢様、背中をこちらへ向けていただけますか」
「こう?」
椅子から立ち上がると、ルシアナはクルリと反転した。
メロディの視界にルシアナの背中が映る。
「はい、そのままで少し……」
不思議そうに首だけ振り向いて様子を窺うルシアナに、メロディは手を翳す。
両手に魔力を集めると、メロディは新たな魔法の呪文を唱える。
「かの者に天上を踊る翅を『天翅』」
「――っ!」
ルシアナの背中とメロディの手のひらの間に白銀の光が生まれた。背後から感じる不思議な圧力にルシアナは息を呑む。
(これは……! あの時の――)
メロディから初めて魔法を習った際、自身の魔力を認識するためにルシアナの体内へメロディの魔力を流してもらったことがあった。その時の感覚に似ている。ルシアナはそう感じた。
(――メロディの魔力が私の中に入ってくる!)
あの時はなかなか感じられなかったが、振り返ってみれば確かにこのような感覚があったのだと理解できた。
まるで自分の魔力がメロディの魔力に塗り替えられていくかのような不思議な感覚。しかし、ルシアナはそれに反発することなく全てが終わるのを自然と受け入れていた。
やがて、メロディの魔法が完成する。
「成功です、お嬢様」
「――んっ」
いつの間にか目を閉じて夢見心地となっていたルシアナは、改めて自分の背中に目をやった。
「これは……翅?」
やや呆然とした面持ちでルシアナはポツリと呟く。水のように透き通った蝶のような翅が彼女の背中から生えていたからだ。何だかくすぐったい気がして肩甲骨のあたりがピクリと震えると、それに連動するように背中の翅もふわりと動き出した。
「まさかこれって……」
「『天翼』をお嬢様の意思で操作できる仕様にアレンジしてみました」
「私の意思で?」
「はい。試してみてください」
「う、うん。えーと……ふんっ!」
ルシアナは戸惑いながら、背中に意識を集中させた。両手の拳を強く握りしめ、息を止めて全身に力を込める。
顔を赤くしてプルプル震えるルシアナだったが、やがて魔法の翅も震えだし、ゆっくりと羽ばたき始めた。そしてルシアナの足がほんの少し床から離れ、彼女は浮かび上がった。
「やった! 浮い――たひゃあっ!?」
喜んだことで集中が切れたせいだろうか、ルシアナは床に落下した。といっても、階段を一歩踏み外した程度の高さだが。
「ああ、びっくりした。でも飛べたわ、メロディ!」
「上手くいってよかったです。でもお嬢様、そんなに力まなくても大丈夫ですよ。空を飛ぶ姿を想像するだけでいいんです。さあ、行きましょう」
ルシアナに両手を差し出すメロディの背に、天使の翼が現れた。『延長御手』の見えざる腕が部屋の窓を全開にし、ルシアナはメロディの両手に自分の手を重ねた。
「我らを隠せ『透明化』」
空を飛ぶ時にセットで使う魔法が二人の姿を覆い隠す。メロディに手を引かれて、ルシアナは王立学園の夜空へと飛び立った。
「わあっ!」
以前、メロディに抱えられて空を飛んだことはあったが、それともまた異なる高揚感が込み上げてくる。既に魔法の影響を受けているのだろう。
重力の楔から解き放たれた浮遊感がルシアナを包み込んでいた。
メロディに手を引かれている安心感だろうか、ルシアナは感慨深そうに夜の空を眺めるばかりで、そこに恐怖の色は一切見当たらない。
「お嬢様、空を飛んでいるご自身を想像できますか?」
「え?」
「私に手を引かれていますが、引っ張られている感覚はないでしょう」
「……うん」
「もうお嬢様はご自身で空を飛んでいるんです」
「私が、空を……」
暗闇の中、夜空から降り注ぐ星の光がルシアナの背中の翅をうっすらと照らし輝かせる。その光景を目にする者がいるならば、きっとこう告げるだろう。
――妖精が現れた、と。
「でも、私の魔力じゃこんな魔法を維持できないわ」
「ご安心ください。この魔法は私の魔力で維持しているのでお嬢様は操作するだけで大丈夫です」
「それじゃあ、こうやってメロディと手を繋いで空を飛ぶってこと?」
「いいえ。手を離しても魔力的にはずっと繋がっているので、本当に自由に飛んでいただけますよ。ほら、こんなふうに」
「あっ!」
メロディはパッとルシアナから手を放した。ルシアナは目を見開いて驚くが、彼女は落下することなくそのまま空中に浮かび上がっていた。
「……本当に私、空を飛んでる」
「これで一緒にガルムさんの弟捜しに行けますね」
メロディはそう言うが、ルシアナの耳には入っているのかいないのか、彼女は周囲を見回しながら恐る恐る前後左右上下へと翅を進めてみせた。そしてようやく翅が自由自在であることを理解できたようだ。
「メロディ! 私、空を飛んでるわ! これで一緒にガルムの弟捜しに行けるわね!」
「はい、お嬢様」
やはりメロディの言葉は耳に届いていなかったらしい。自分と同じセリフを言われて、メロディは可笑しそうに笑いながらルシアナに答えた。
「ふふふ、待っていなさい、ガルムの弟達。私とメロディでササッと見つけてケチョンケチョンにしてあげるわ!」
「お嬢様、別にケンカをしに行くわけじゃないですからね?」
「私のハリセンが火を噴くわ! はああああっ!」
「お嬢様!? ホントに分かってます!?」
空中で器用にハリセン乱舞を披露するルシアナに、メロディは慌て出すのだった。
「冬季休暇が待ち遠しいわね、メロディ!」
「分かりましたから落ち着いてください、お嬢様!」
お久しぶりです。
本日より第9章の公開を開始します。
ラストまで毎日更新の予定です。
お楽しみいただければ幸いです。
小説第9巻は4月1日発売予定です。
WEB版第9章を加筆修正した内容となっております。
アニメは鋭意制作中です!監督たちが!
私も監修とかでちょっとだけお手伝いしたりしています。
たぶん新刊が出る頃には追加情報が出ると思います。
お楽しみに!




