12.英雄なんて名乗るつもりもねぇし、林檎でも食ってていいか?
語り終えると、謁見の間はしんと静まり返った。
誰も口を開かない。
開けるはずもなかった。
三年前、華々しく送り出した「四人の英雄」たちが、まさか一人の「怪物」と三人の「無惨な死」として帰還するなんて、誰が想像できただろう。
「……イグナート。
……済まなかった。
……我々は何も知らなかった」
陛下が、震える声でそう言った。
その言葉に申し訳なさと、それ以上に「怪物になった俺」を直視したくないという微かな拒絶が混じっているのが感じ取れる。
俺の存在そのものが、彼らにとっては直視できない『失敗の証拠』なんだろう。
それが今の俺にはたまらなく滑稽に聞こえた。
「別に…… 謝る必要なんてないぜ、陛下。
……俺たちは、自分の意志で行ったんだ。
……そして、自分の意志で『怪物』になった」
俺は、床に放り投げた煤けた聖剣をゆっくりと拾い上げた。
天双剣。
本来は神々しく輝いていたはずのその刃は、今は鈍く黒ずんでいる。
「……英雄としての報酬。
……何が良い?
……何でも、望むものを与えよう」
陛下が、償いのようにそう言った。
俺は、ポーチの中に大切に仕舞っていた『魔術師ルカスの眼鏡』と、先ほど放り投げた『戦士ボルドスの指輪』。
そして…… 『神官メルの聖印』。
それらを一つずつ陛下へと見せる。
「報酬なら、こいつらを。
……別に何かがほしいわけじゃねぇ。
……ただ、このままずっと……
平和という名の退屈に、浸っていたいだけなんだからな」
俺は玉座を背にし、謁見の間を後にすることにした。
すると、シルフィーの追いかけてくる足音が聞こえた。
「イグナートさま!
待ってください!
……まだ、お話は終わっていませんわ!」
「……もう、話すことなんて何もない。
……俺は、英雄なんかじゃない。
……ただ、一人生き残ってしまった、卑怯な怪物だ」
俺は、一度も振り返らず城門へと向かった。
城門を抜けると、ふわりと懐かしい林檎の香りが漂ってきた。
「……ん、林檎か。
……そういえば、メルが言ってたな。
……王都の林檎は、世界で一番甘いんだ、って」
俺は通り沿いの市場で、安っぽい林檎を一つ買った。
そして、一口かじる。
「……甘い、か。
……ふん、ただの果物だ。
……でも泥を食って、魔獣の血肉を啜っていた俺には、この世の何よりも価値のある味だぜ」
俺は林檎を持って、また噴水広場へと向かった。
三年前。
俺たちは、世界を救うために旅立った。
そして。
俺は「独り」ここに戻ってきた。
空はやけに高く、青い。
俺は噴水の中にどっかりと座り込み、残りの林檎をゆっくりと噛み締めた。
「……平和。
……退屈。
……英雄なんて名乗るつもりもねぇ。
……ただ、このままずっと、林檎でも食ってていいか?」
俺は、目を閉じて、静かに眠りについた。
かつての仲間の声。
メルの穏やかな笑み。
ルカスの皮肉。
ボルドスの咆哮。
それらが、微かに風の中に響いていた。
俺の物語。
それは、ここで、ようやく本当の終わりを迎えたんだ。
……きっと。
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