表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神主見習いの俺、愛が重すぎる幼馴染(実質嫁)と同棲生活を始めました  作者: ブヒ太郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

24/29

24話

九月下旬、美影高校の校舎は、朝から熱気に包まれていた。


廊下を走る生徒たちの足音、遠くから聞こえる吹奏楽部の練習の音、そして各教室から漂ってくる模擬店の香ばしい匂い。

年に一度の祭典の幕開けに、生徒たちは皆、浮き足立っている。


だが、更衣室の扉の向こう側で着替えを済ませた巴は、その喧騒をどこか遠くに聞きながら、鏡の前で三角巾の結び目を整えていた。


「巴~、着替え終わった~?」


外から朱音の弾んだ声が響く。巴は短く「終わってるよ~」と応じて、扉を開けた。


「…………似合ってるわね……」


出迎えた朱音は、巴の姿を見るなり呆然と呟いた。

クラスの女子たちがフリルとレースが重なったミニ丈のメイド服に身を包む中、巴だけは真っ白な割烹着を着ていた。


それはコスプレというよりも、ごく自然な生活感が漂っている。


「だろ~。いやぁ、お母さんに借りて来て良かったよぉ~」


巴は満足げに、ぱん、と割烹着の裾を叩いた。


「お母さんは、なんて言ってたんだ?」


「え? いいんじゃない? って言ってたよ。まぁ、お母さんは着たことないらしくて、これは祖父母の思い出の品なんだって」


「……まぁ……巴のお母さんも、さすがに時代がまだ早かったんだろうな……」


朱音は複雑な表情で巴を見つめる。

巴は割烹着のシワを丁寧に伸ばし、すっかり板についた所作を見せていた。


「……しっかし、朱音よ」


巴が、朱音をまじまじと見つめた。


「んぁ?」


「お前、よくそんなフリフリで際どいモノを着れるな……」


巴の視線の先には、朱音が着ている、カチューシャからスカートの裾まで装飾されたメイド服があった。


「はー? 可愛いじゃん。女子なら一度はこういうの着てみたいって思うのが普通でしょ?」


胸を張る朱音に、巴は首を少し傾げて、心底不思議そうに問いかけた。


「可愛いのか?」


「可愛いだろ。巴だって、夏にとんでもない水着着てたろー? ほとんど紐で出来てるようなやつをさ~」


朱音は勝ち誇った顔で、夏休みのプールでの出来事を指摘した。

あの、壮一郎の横で顔を真っ赤にしていた巴の姿は、朱音にとって最大の反撃材料だった。しかし。


「……反論がございます」


巴の表情は、いつになく真剣だった。


「お? なんだ? 怒ったか? 言ってみろ言ってみろ」


「アレは、あたしの趣味ではなく、『壮一郎』が、ア・レを着たあたしを見たいからって言うから着てたんです。つまり、自分の伴侶に見せる為に着てたものです。朱音が今着てるのは、自分とはほぼ無関係な第三者に自身の素肌を『見て見てー』って晒してる行為に他なりません」


「ぐっ!?!?」


朱音の顔が、衝撃を受けたように歪んだ。

あまりにも極端で真っ直ぐな巴の倫理観に、朱音は言葉を失った。


「だから、そんなものは着ない。ってあたしは断ったんだよ」


「………お前、急に常識人モードになるのやめろよ……」


朱音は肩を落とし、弱々しく抗弁した。


「いや……対壮一郎の時のあたしと、普段のあたしをごっちゃにしないで貰えるか……?」


「ぐぬぬぬ……普段の巴って言っても、大体は『壮一郎と今日はね~』とか……『壮一郎とあたしの子供はどんな子になるかなぁ……』とかじゃないか……」


「仕方ないだろ。それだけ好きなんだから。外野がどう喚いてるのかは知ってるけど、それでもあたしの壮一郎への感情には何の影響なんて出るわけないし」


巴はさらりと言い切った。その瞳には、揺らぎも迷いもない。


「グハッ!?」


朱音はその場でへたり込みそうになった。

今の発言を真顔で突きつけられ、巴にとって壮一郎がどれほど特別なのかが、痛いほど伝わってきたのだ。


「まぁ、ともかく。教室戻ろうぜ~みんな待ってるだろうからさ~」


「……巴……あんたそこまで理解してんなら、少しは勉強くらいしておきなさいよ……。神代の嫁に行くっていう世間体ってもんがあるでしょうに……」


朱音が呆れ混じりに投げかけると、巴は歩きながら、窓の外の空を眺めた。


「あたしが勉強したところで、そんな成績なんてそんなに良くならないよ」


「この際だから、言っちゃうけどさ……あんた壮一郎さんが嫁に迎えてくれなかったら、どうする気だったの?」


一瞬、廊下に沈黙が流れた。巴は足を止め、振り返らずに静かに口を開いた。


「………壮一郎ってさ、優しいんだよね」


「それは知ってる」


「あたしが昔から壮一郎を好きってのは、本人もよーーーく理解してると思うんだよね。あたしが普段から頼りにしてるのは壮一郎だけ。って事も本人は理解してると思う。その上で、勉強もスポーツも大して出来ません。大して美人でもありません。勉強できないから将来の就職も不安です。そんな状態のあたしが、大好きな壮一郎と将来ずっと居れたら、それが一番の幸せです。って本音でぶつかったら……壮一郎の選択肢って限られてくると思わない?」


「……お前っ!?」


朱音は息を呑んだ。

巴は、壮一郎の優しさも自分に向けられている情もすべて計算に入れ、「確実に自分が選ばれる」という確証を持った上で、自分の人生ごと彼に寄りかかっていたのだ。


「ぐっへっへ……朱音くん、人生したたかさも大事なんですよ……。朱音くんには朱音くんなりの生存戦略があるように、あたしにはあたしなりの生存戦略があるってことだよ」


巴は振り向き、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

どこにでもいそうな親しみやすい顔立ちに、不敵な笑みが浮かんでいる。


「さて、くだらん話もここまでだ。戻ってジャンジャン稼ぐよー」


「……はぁ……敵う気しないよ、お前には……」


朱音は深い溜息をつきながら、割烹着の裾を揺らして歩き出す親友の背中を追った。


二人が教室の扉を開けると、クラスメイトたちが一斉に振り返る。

フリルに囲まれた中で、ただ一人真っ白な割烹着を揺らし、巴は賑やかな教室へと入っていった。



文化祭が始まり、巴たちのクラスが急造の「メイド喫茶・みかげ」へと姿を変えてから二時間が経過した。


十一時半。調理実習室を兼ねた教室は、甘いシロップの匂いと、慣れないフリルを揺らす女子生徒たちの嬌声で溢れかえっている。

その賑やかな喧騒から取り残されたように、教室の隅に設けられた控室の片隅で、巴は真っ白な割烹着に三角巾という出で立ちで、ポツンと立ち尽くしていた。


「……まったくご指名が来ない……」


巴の呟きは、虚しく室内の熱気に消える。


それもそのはずだった。

売上を最大化しようと意気込んだ委員長が何を参考にしたのか、メニュー表にはメイドたちの「顔」ではなく「首から下の立ち姿」だけがズラリと並んでいるという、文化祭にしては前衛的すぎる、というよりは怪しげな指名システムが採用されていたのだ。


レースやフリル、リボンで着飾った「映える」メイド服が並ぶスマホ画面の中で、巴の『顔の映っていない、ただの白い布の塊(割烹着)』が、客の目を引くはずもなかった。


「なんだこのいかがわしさ全開のシステムは!? 風紀はどうなってる風紀は!?」


ついに耐えかねた巴が、入口近くで売上管理のタブレットを叩いている委員長に食ってかかった。


「えぇ……だって、ネットで見たら、こういう指名システムがあったから……」


「どんなサイトだ!!」


「……こ、これ……」


委員長が恐る恐る差し出したスマホを、巴はじっと凝視する。

そこには、巴の予想を裏切らない……いや、予想を遥かに超えた『マッサージコース六十分九千円』という、およそ高校生活とは無縁の生々しいオプションが並んでいた。


「大人のお店じゃねぇか!?」


「……えぇ!? 違うの!?」


委員長の天然すぎる、かつ致命的なミスに、巴は深々と天を仰いだ。

その横では、フリフリのミニ丈メイド服を完璧に着こなした朱音が、すでに何人目かの客を掴んで「お帰りなさいませ、ご主人様ぁ♪」と営業スマイルを振りまいている。


「まぁ、でもこれも実力の世界だし? 仕方ないわよね?」


朱音が巴の横を通り過ぎる際、これ以上ないほど勝ち誇った笑顔を投げつけてきた。


「てめぇ……この野郎……」


「やぁん、怖~い! ご主人さまぁぁぁぁ、助けて~~~!」


恨めしそうに睨みつける巴を鼻で笑い、朱音は自分の担当テーブルに向けてノリノリで甘えた声を出す。

客の男子生徒が鼻の下を伸ばすのを横目に、朱音は小声で巴に追い打ちをかけた。


「で、ノルマは達成できたの?」


「まだ接客ゼロだよ……」


「あーら、残念。私はもうノルマ達成したから、委員長ちゃんに上納して、お昼は瑞希たちと遊びに行っちゃおうかな」


「ぐ、ぐぬぬぬ……」


フリルが舞う中、一人だけ昭和の台所から時空を超えてやってきたような巴の売上は、無情にもゼロのままだ。


そんな時だった。


「Fの一番さん、ご指名でーす!」


接客を終えた女子生徒の声が、控室に響き渡った。


「……は?」


朱音が動きを止める。巴も自分の番号を確認するように、胸元の番号札を見た。


「……誰だっけ? その番号の人」


「巴さん! 貴女ですよ!!」


委員長が声を裏返らせて叫ぶ。


「あ、あたしぃ!? 誰だよ、そんな物好きは!?」


戸惑いながらも、巴は三角巾を直し、控室のカーテンを引いて指定された教室の隅の席へと向かった。


窓際の、一番目立たない席。

そこに座っていたのは――。


「お、似合ってるな。どうだ? ノルマは稼げたのか?」


落ち着いた、しかしどこか楽しげな声。

そこには、神社の事務仕事の合間にふらりと立ち寄ったのであろう、いつもの私服姿の壮一郎が、頬杖をついて座っていた。


「!?」


巴が驚きで固まっているのを余所に、壮一郎は通りかかったウェイター役の男子生徒を、迷いのない手慣れた手つきで呼び止めた。


「えーート……とりあえず俺はコーヒーで。この子には、オレンジジュースと、あと適当に摘まむものを三千円分持ってきてもらえるかな?」


「はーーい、わかりましたー! 少々お待ちくださーい!」


文化祭の模擬店で「三千円分」という注文に、男子生徒は目を丸くしてそそくさと準備に走る。

壮一郎は、割烹着姿で棒立ちになっている巴を見上げた。


「で、メイドさん。今日はいくらくらい稼げたんだい?」


「う……まだ〇円です……」


巴は蚊の鳴くような声で答える。壮一郎は「そっかぁ」と短く返すと、楽しそうに目を細めた。


「ノルマは?」


「三……三千円でしゅ……」


噛み倒す巴に、壮一郎は当然のように財布から札を取り出しながら言った。


「ってことはこれでノルマ達成だな。良かったなぁ」


売上ゼロの惨状をすべて見透かした上での、あまりにもスムーズな解決。

壮一郎の振る舞いに、巴の顔は羞恥と情けなさで赤くなった。


「うわぁん! 壮一郎のバカ! なんで、こんなみっともないとこで来るんだよぉぉぉ!」


「みっともない?」


「あたしがじゃんじゃん稼いで、男どもに『ふへへ、巴ちゃんも可愛いところあるねぇ』とか言われてるとこを見せつけて、壮一郎を嫉妬させたかったのにぃぃぃ!」


「嫉妬させてどうすんだお前は……」


壮一郎は、呆れ果てたように吐息を漏らす。

巴が机をバンバン叩きながら喚き散らす姿は、いつも家で繰り広げているやり取りそのものだ。


「ほら、それで『……くっ……俺の巴に……あいつら……』って言う壮一郎が見たかったんだよ!」


「はいはい、巴ちゃんも可愛いところあるねぇ……」


壮一郎は巴の抗議を適当に受け流し、まるで小さな子供をあやすように淡々と言い放った。


「壮一郎ぉぉぉぉぉ!!!!」


巴は机に突っ伏して、悔し紛れの声を出した。



一方、その様子を遠巻きに眺めていた控室では――。


「……あちゃー……」


朱音が、窓際の二人の空気を見て、深い溜息をついていた。


「あ、あの、どなたなんですか? あの方。すっごい気前いいですけど……」


委員長が、名簿をチェックする手を止めて不思議そうに尋ねる。


「あー……巴の彼氏だよ……」


「アレが噂の……」


「そう。巴に際どい水着履かせて喜んでた変態さんだよ」


朱音の言葉に、委員長は言葉を失って絶句した。


「そう。そして巴はそんな喜んでる彼氏を見て、もっと喜んでる変態さんだ。お似合いっしょ?」


朱音はニヤリと笑った。


「はぁ……ま、まぁ……当人同士がそれでいいなら、いいんですが……。でも、あの方、どこかで見た事があるような……」


委員長は首を傾げたが、朱音は「まぁまぁ、変な詮索してもつまんないよ」と遮った。


「どうせ普段の生活で会う事なんてないんだし」


「……まぁ、それもそうですね」


委員長はすぐに売上管理の仕事へと戻っていった。


巴は運ばれてきたオレンジジュースとお菓子を口に運びながら、いつの間にか客であることを忘れ、家でくつろいでいる時のように、壮一郎に今日の出来事を嬉々として話し始めている。


その様子を横目で見ていたクラスメイトたちは、一様に驚きを隠せずにいた。

学校ではいつも無気力で、居眠りばかりしている月城巴が、一人の青年の前でだけ、あんなにも表情豊かに笑っているのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ