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神主見習いと幼馴染の許嫁  作者: ブヒ太郎


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21話

七月下旬。

梅雨明けを告げる強烈な陽射しが、フロントガラス越しにじりじりと肌を焼く。


エアコンを強めに設定した車内は、冷気と、わずかに混じる日焼け止めの甘い香りで満たされていた。

壮一郎は、ハンドルを捌きながら県道を北上していた。


目的地は隣町のレジャー施設。

今日は巴の「夏休みの思い出作り」に付き合う約束だった。


「……ねえ、壮一郎。あんた、さっきから珍しく楽しそうだね?」


助手席に座る巴が、壮一郎の横顔を覗き込むようにして言った。

学校休みのため、今日の彼女は私服だ。だが、巴の声には少しだけジト目な響きが混じっている。


「ん? そう見えるか?」


「見えるよ! あたしにこ、こ、こんな水着着せるのが楽しくてしょうがないって感じだよ、もう!」


巴は膝の上に置いていたショップ袋から、まだ値札の付いたままの『ブツ』を取り出した。


壮一郎が先日、半分は魔が差して、もう半分は「巴なら着こなせるだろう」という確信のもとに選んだ代物。

そこにあるのは、どう見ても布面積が不足しているとしか思えない、際どいデザインのビキニだった。


「なんだ? 俺が選んだ水着は着たくないとでも言いたいのか?」


壮一郎はあえて表情を変えず、淡々と前を見据えたまま問いかける。

巴は袋をぎゅっと抱きしめるようにして、顔を真っ赤にした。


「ぬぁぁぁぁ!! そういう事じゃない! 着ます! 着ますよ!!」


巴が叫ぶ。車内に彼女の声が反響した。


「ただ、これを外で着るとか、どう考えても頭おかしいだろ!? どこを隠せって言うのさ! あんたのスケベ! エッチ! 神主の風上にもおけない変態!!」


「……随分な言われようだな。俺はお前が似合うと思ったから選んだだけだ。それに――」


壮一郎は信号待ちで車を止め、隣で憤慨している巴に視線を向けた。


「普段から、来年は三人だとか、子供がどうとか言ってる割に、今回はずいぶん常識的な回答なんだな。お前の羞恥心の基準がよくわからん」


「そっ!? 壮一郎ぉぉぉぉ!!」


巴は耳まで真っ赤にして、シートの上でジタバタと悶絶した。

彼女にとって、家の中で見せるあの遠慮のない献身は当たり前のことだが、外でそれを証明するような格好をさせられるのは、まだ少しばかり抵抗があるらしい。


「ぐぬぬぬ……いいよ、わかったよ。あんたになら、あたしをどうしたっていいけどさ……。負けたよ。お外では恥じらいをって言ったのは、他ならぬあんたなんだからね!?」


「あぁ、わかってるよ。だから上着もちゃんと用意してある」


「ぐっへへ、やっぱり壮一郎は準備がいいねぇ……。でも、プールに入ったら脱ぐんだよね? あんた、あたしが他の男にジロジロ見られても、文句言わないでよぉ?」


不敵に笑う巴に、壮一郎は小さく溜息をついた。


やれやれ、何の話をしてるんだか。

自分で選んでおいてなんだが、こいつの羞恥心のラインは本当に謎だ。家ではあんなに無防備な癖に、外で少し布が減るだけで大騒ぎ。そのくせ、他の男がどうとか挑発的なことを言ってこちらを試そうとする。


「……努力はする」


壮一郎は前を見据えたまま、アクセルを少し踏み込んだ。

窓の外では夏の陽炎が揺れている。


目的地までは、あと少しだった。



美影町のレジャー施設内、大型プール。


更衣室を出ると、塩素の匂いと湿った熱気が一気に身体を包み込んだ。

夏休みの昼下がり。流れるプールも波の出るプールも、イモ洗い状態と言っていいほどの混雑ぶりだ。


家族連れの歓声や、監視員のホイッスルの音が賑やかに響いている。

壮一郎は早々に着替えを済ませ、待ち合わせ場所のベンチで巴を待っていた。


周りを見渡せば、神社の境内の静寂とは対照的な、生命力に溢れた夏の光景が広がっている。

……もっとも、壮一郎の意識はその半分もここにはなかったが。


「……そ、壮一郎……」


背後から、自信なさげに彼を呼ぶ声がした。

振り返ると、そこにはパーカーのジッパーを律儀に一番上まで閉めた巴が立っていた。


「遅かったな、巴」


「いや……これでも早く着替えた方だよぉ。……ったく、あんなに着づらい水着を選びやがって……」


巴はぶつぶつと文句を言いながら、壮一郎の隣に並んだ。


パーカーの隙間からは、壮一郎が選んだあの黒い布地が、隠しきれない主張を持って覗いている。

特に、前屈み気味に胸元を押さえる彼女の動作のせいで、上着の合わせ目から見える谷間の深さは、選んだ張本人の壮一郎ですら、思わず目を逸らしたくなるほどだった。


「……ま、似合ってるよ。巴」


「そ、そいつはどうも……」


巴は頬を朱に染め、所在なげに視線を泳がせた。


「とりあえず、プールサイドまで行こうか」


「う、うん……」


促されて歩き出した巴だったが、その足取りはいつになくぎこちない。

普段、家の中や神社の廊下をシャカシャカと景気よく歩く彼女の面影はなく、まるで割れ物でも運んでいるかのような慎重すぎる歩幅だ。


「なんだ、巴。体調でも悪いのか?」


あまりの不自然さに足を止め、壮一郎は彼女の額に手を当てた。

熱があるわけではなさそうだが。


「ち、違わい! この水着のせいだよ!」


「水着の?」


「……走ると、その、零れそうで……っ」


巴は消え入るような声で言うと、恥ずかしそうに両手で胸元をぎゅっと抑えた。


壮一郎が「巴ならこれくらいは着こなすだろう」と冗談半分で選んだ水着。だが、その布面積は彼女の豊かな発育を支えるには、確かにあまりにも頼りないものだった。


「あぁ……そういえば、その水着、色々脆そうだもんな」


壮一郎は思わず吹き出した。

家の中では「来年は子供を三人」だの「あたしをどうしたっていい」だのと豪語し、すでに神代家の嫁として完成したような態度を取るくせに、いざ公の場で肌を晒す段になると、この有様だ。


そのギャップが、今の壮一郎にはたまらなく新鮮に映った。


「……ったく、このドS神主様がよぉ……。変なところで大胆なんだから……」


巴は恨めしそうに彼を睨みつけながらも、はぐれるのを恐れる子供のように、壮一郎の腕のすぐ側にぴたりと寄り添ってついてくる。

周囲の視線から彼女を守るように歩きながら、壮一郎は今日一日の予定を頭の中で組み立て直していた。


ふと、巴の足が止まった。

彼女の視線の先を辿ると、そこには浅い子供用プールで、三歳前後と思われる幼児と楽しそうに遊ぶ母親の姿があった。


「……ねえ、壮一郎」


じっとその光景を見つめる巴の横顔。

壮一郎は、彼女がまた自分たちの未来――二人の間に生まれる子供をあやしている姿でも想像しているのだろうと思った。


「別に言わなくてもわかってるよ、巴。将来、ちゃんとここへ連れてきてやるから」


「いや、そういう意味じゃない。……理解してもらってるのは嬉しいんだけどさ」


巴は少しだけ真面目な顔をして、視線を壮一郎に戻した。


「じゃあ、今回はどういう意味なんだ?」


「あたし、未来の壮一郎のお嫁さんじゃん?」


「……あぁ、そうだな」


「となると近い将来、壮一郎との間に子供ができるわけじゃないですか?」


「……そうだな」


話の着地点が見えず、壮一郎は生返事を繰り返す。


「未来の母親たる、このあたしが……こんな水着を着てていいものかと……」


「っ!? いや、今と将来をごっちゃにされても困るんだが」


壮一郎のツッコミを無視して、巴は深刻そうに(あるいはわざとらしく)溜息をついた。


「将来、子供と一緒にここに来た時にですよ……『ママ、そんな水着で来るの?』って言われちゃうじゃん?」


「いや、お前。それ何年後の話だよ」


「五年後くらい?」


「計算ずくか!?」


巴の脳内では、すでに籍を入れる時期から出産、育児のタイムスケジュールまで完璧に組まれているらしい。


「それで、あたしは自分の子供にこう説明しないといけなくなるんですよ。『この水着はね、パパがどうしてもママに着ろって言うから……ママは仕方なくパパを喜ばせるために着てるんだよ』……って」


「やめろ……俺がただの変態みたいじゃないか……」


「こんなものを嫁に着せる時点で変態だ。安心しろ、自覚を持て」


さらりと言い放った巴は、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「……わかったわかったから。今度、もっと真っ当な……品格のある水着を買ってやるから」


「わかればよろしい。……まぁ、今日は最近旦那としての自覚が出てきた壮一郎の為に、黙って着ておいてあげますよ。ぐっへへ」


「……はぁ。敵わんな、お前には」


壮一郎は苦笑し、彼女の肩を軽く抱き寄せるようにして再び歩き出した。


外での羞恥心に勝る、巴の「未来の嫁」としての図太さと、壮一郎への信頼。

そんな彼女のペースに巻き込まれることが、どこか心地よく感じてしまっている自分に気づき、壮一郎は密かに溜息をついた。



プールサイドまで辿り着いた時、壮一郎たちの視界に見慣れた人物が入った。


「……ん? あれ、巴!?」


こちらに気づいた朱音が、驚いた表情で駆け寄ってくる。


「お、おぅ、朱音。お、お久しぶり……」


巴の表情が瞬時にぎこちないものに変わった。

家の中での「嫁ムーブ」は得意でも、いざ親友を前にしてこの格好でいることは、今の彼女にはハードルが高すぎたらしい。


「って……巴よ。なんだその格好は……」


朱音の視線が、パーカーの隙間から露出している水着の派手さに釘付けになった。

その布面積の少なさに、朱音はああさまに引いている。


気まずそうな巴は、たどたどしい口調で必死の言い訳を始めた。


「い、いやぁ……み、み、未来の旦那様が喜ぶような水着でも、と思いましてね……」


「うわぁ……それでその格好? ちょっと友達として引くわぁ……。巴、あんたそんなキャラだっけ?」


巴は「あはは……」と力なく笑う。

壮一郎は、それが世間体を気にする自分への彼女なりのフォローであり、自分一人が「ヤバい奴」になることでこちらを守ろうとする健気な嘘だと気づいていた。


だが、そんな巴の微かな震えと、普段の威勢の良さがない態度に、壮一郎は密かに溜息をついた。


「……いや、桃瀬さん。違うんだ」


壮一郎は静かに、だが遮る隙を与えないトーンで口を開いた。


「その水着は俺が選んで、無理を言って巴に着てもらったんだ」


「……はい!?」


朱音が絶句する。巴も驚愕に目を見開いた。


「そ、そそ、壮一郎!? いいって、別に!! あんた、そういうの気にするタイプでしょ!?」


(……俺がそういうのを気にするのだと分かっていて、普段から嫁だの子供だのと言っていたのか。はぁ、まぁいいか)


壮一郎は内心で苦笑しつつ、巴の肩を抱く手に力を込めた。


「今、大事なのは巴の交友関係だと思ってな。巴が桃瀬さんから『ヤバい奴』だと誤解されて、残りの学生生活に支障が出ても面白くないだろ」


「べ、別に朱音はもう慣れっこだって……ねぇ、朱音?」


助けを求めるように視線を送る巴だったが、朱音の目は冷ややかだった。


「慣れっこって……いやまぁ、耳にタコができる程度には惚気話は聞いてますけど……。ちょっと軽蔑しますよ、壮一郎さん。巴の気持ちに甘えて、まるで自分のモノのように思ってませんか? 巴だって、まだ思春期真っ只中の十代なんですよ」


凍りつくような場。

朱音の言葉は、正論として二人の間に突き刺さった。


「確かにな……。俺も巴の気持ちに甘えて、悪さをしたと思っている」


壮一郎は素直に認めた。だが、その瞳の奥には、自分の「嫁」を他人に評価されることへの、無意識の独占欲が静かに宿っていた。


「い、いや、壮一郎!? 気にしなくていいんだよ!? 元はと言えば、あたしが散々言い続けてきた結果が、今の現状を招いたわけだし!?」


「巴は黙ってて」


朱音が巴を制する。


「一度こういうのは、ガツンと言ってやらないと、どんどん調子に乗るんだから。男って生き物はさ……」


何かを達観したかのように言い放つ朱音。

だが、壮一郎が続けた言葉は、朱音の耳を疑わせるものだった。


「そうだな……。ただ、巴はもう内縁的には嫁みたいなもんだ。こういうのは俺と巴の問題だ」


壮一郎は、巴の身体を引き寄せ、公衆の面前であることを厭わず彼女を抱きしめた。


「外でこんな格好を巴にさせたのは、俺がどうかしていた。今後は、誰にも見られない場所だけでこういう格好をさせることにするよ」


「はい!? 壮一郎!? 暑さで頭がおかしくなった!?」


「……おかしくなったと思いたい。巴はともかく、あの真面目な壮一郎さんまで、おかしく……」


朱音の困惑をよそに、壮一郎は巴の頭に顎を乗せるようにして固定した。


「いや、本当にすまない。今後、二人の問題は二人だけで解決することにするから、どうか安心して欲しい」


「……対外的には普通なんだけど、対巴になると、なんか過激な発言が目立つような……巴さん?」


「……はい……」


シュンとする巴。壮一郎の腕の中で、彼女は逃げ場を失っていた。


「いつか言ったよね? 壮一郎壮一郎って、ずーーっと言ってると、そのうち壮一郎さんとの力関係がおかしくなるよって」


「なんか言われたような、言われてないような……」


「……はぁ。とりあえず、二人の問題は二人だけでやって頂戴。友達として関わるのが恥ずしくなるから」


そう言い捨てて、朱音は二人に背を向け、逃げるように去っていった。



取り残された二人。巴が恐る恐る顔を上げる。


「……言われてしまいましたねぇ、壮一郎」


「……そうだな。今後は気をつけよう」


「……この水着、今後どうする? 勿体ないけど、帰ったら捨てちゃう……?」


壮一郎は巴の耳元に顔を近づけ、低い声で囁いた。


「……家で、着てくれないか?」


「なんですと……!?」


「……俺、その格好、結構気に入っているんだ。ただ桃瀬さんの言うことも正しい。だから、二人っきりの時の家で……な?」


巴の顔は、プールのお湯が沸騰するのではないかと思うほど真っ赤になった。


「……これもあたしの今までの行動のツケってやつか……。わかりましたよ、わかりました。着ればいいんでしょ、ご・主・人・様」


「巴……お前が俺の嫁で良かったよ」


壮一郎は再び、人目も気にせず巴を強く抱きしめた。


「うわぁぁぁ、恥ずかしい! 恥ずかしいから!!」


この日ほど、巴が壮一郎を散々誘惑してきたことを後悔した日はなかった。

壮一郎の中にある「旦那としての本能」を決定的に目覚めさせてしまった自覚。


痛烈な羞恥心を感じながらも、巴はその力強い腕の感触に、抗えない喜びを感じてしまうのだった。



夜の神社の境内は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

時折、風が木々を揺らす音や、遠くで鳴く風鈴の音が、開け放たれた脱衣所の窓からかすかに聞こえてくる。


神代家の広い浴槽には、いつものように二人の姿があった。


立ち込める湯気が天井の電球をぼんやりと霞ませ、湿った熱気が肌を優しく包み込む。

巴は当然のように壮一郎の隣に腰掛け、濡れて艶を帯びた身体を彼に預けていた。


壮一郎もまた、習慣となったその重みを受け入れながら、空いた手を自然と巴の腰回りに回していた。湯の中で肌がぴたりと吸い付くような密着具合は、もはや長年連れ添った夫婦のそれだ。


「しっかし、朱音がまさかあの場にいるとはねぇ……」


巴は湯面を指先でなぞり、波紋が広がるのを眺めながら、昼間のプールでの出来事を振り返る。


「朱音がいるってことは、美咲も瑞希も遊びに来てたんだろうなぁ。三人とも受験勉強でイライラしてるだろうし、憂さ晴らしに来たつもりが……」


「……なんか、見ちゃいけないものを見せられたって感じか」


「そうそう! よくわかってるじゃないか、壮一郎!」


巴が嬉しそうに身を乗り出す。


「お前の学校の話は毎日聞いてるからなぁ。どんな風に学校生活送ってるかは、大体想像がつくよ」


「流石は旦那様でいらっしゃいますねぇ。嫁の動向は完全に把握してるってか? ぐっへへ、やるねぇ壮一郎くん」


巴はいつもの調子で軽口を叩くが、ふと、その笑みを少しだけ引かせ、上目遣いで壮一郎の顔を覗き込んできた。


「……っていうか、壮一郎」


「ん?」


「朱音の前で、あたしのこと……『俺の』とか『嫁』って呼んだよね……?」


壮一郎は、巴の顔が湯の熱さとは別の理由で、林檎のように赤く染まっているのを見て取った。


「そうだな。……何か問題あったか?」


「……いや……」


「なんだよ、照れんのか?」


壮一郎が少し意地悪く尋ねると、巴はバシャッと湯を立てて、鼻先まで沈み込んだ。


「そりゃ照れますよぉ! 普段はあたしから『壮一郎はあたしの旦那だ!』って言ってるけど、いざ本人から公の場で認められたとなると……心臓がもたないっての」


家ではあんなに不敵な態度で誘惑してくるくせに、壮一郎が「男」としての顔を見せると途端に弱くなる。

この「よわよわ魔王」な反応が、壮一郎にはたまらなく愛おしかった。


「……来週にはもう八月だ。お前が学生でいるのも、あと半年程度。卒業したらさっさと籍を入れて、式を挙げて、子供を作って……」


「おいおいおいおいおい!?」


あまりにも具体的で迷いのないライフプランの提示に、巴が湯船から勢いよく飛び起きた。


「どうした?」


「めっちゃ計画的じゃないか!? どうしたの壮一郎!?」


「どうしたって、普段からお前が言っていることを反芻しただけだ。……いざ言われると、結構恥ずかしいもんだな」


巴は両手で顔を覆い、もじもじと身をよじっている。


「その恥ずかしいことを、俺は帰省してからずーっと言われ続けてるんだぞ」


「……ごめん」


「別に謝らなくていいよ。実際、俺はお前が卒業したら、とっとと嫁に貰うつもりなんだしな」


壮一郎は天井を見上げ、これからの数年を現実のものとして思い描く。


「来年にはお前が身重になって、再来年には子供が生まれて……。あっという間だぞ、巴」


「……あ、あはは……そうだね……」


巴は少し落ち着きを取り戻したように微笑み、再び壮一郎の肩にそっと寄りかかった。


「なんかこう、漫画の中では『子供ができるまで』の間が色々あるみたいに思ってたけど……生活の中にあるイベントって思うと、なんだかすぐに時間が経っちゃいそうだね」


「そうだなぁ。……お前の学生生活ももう少し……っていうか、いいのか? お前、ずっと俺と一緒にいるけど、桃瀬さん達との思い出作りとか、しなくてさ」


壮一郎がふと疑問に思っていたことを尋ねると、巴は全く迷いのない声で答えた。


「いいっていいって。今のあたしには、壮一郎との二人の時間の思い出のほうが大事なんだからさ。それに、朱音達とは壮一郎が東京に行ってる二年間で、思い出いっぱい作ったんだし」


彼女にとって「高校生」という身分は、本当に、卒業までの時間を繋ぐための「称号」に過ぎないのだ。

その潔すぎる回答に、壮一郎は小さく息を吐いた。


「……そうか」


壮一郎はそう言って、巴の濡れた髪を愛おしそうに撫でた。

巴は目を細め、ひどく満足げな表情を浮かべる。そんな彼女を見つめていた壮一郎は、ふと、胸の奥が熱くなるのを感じた。


(……二人の時間って、正直、もうすぐ終わるんだよな……)


「お前が身重になったら、当然いろいろと制限はかかるし、子供が生まれれば二人きりでのんびり過ごす時間など無くなってしまう」


「そ、壮一郎……。最近、随分生々しいこと言うようになったねぇ……」


巴は、自分自身の影響で彼がどんどん「旦那」としての本能を剥き出しにしていくのを自覚しながら、少しだけ怯んだように呻いた。


「……なぁ、巴」


「なんだよ、壮一郎。改まって」


「あとで、あの水着……着てくれないか?」


「はい!? 今日!? 今から!?」


巴の素っ頓狂な声が浴室に響く。


「あぁ、今日だ」


「えぇ!? そりゃ家で着るのは約束したけど、早すぎない!? さっきお風呂入って全部脱いだばっかりだよぉ!」


「プールであんな事があったから、予定より早く切り上げただろ。……まだ、見たいんだ」


壮一郎のあまりにも堂々とした、そして熱を孕んだ瞳に見つめられ、巴は絶句した。


「……今、この瞬間にも、あたしの裸を見放題というか、見てるのにさ……」


「裸と水着は、違うだろ」


「に、にに、似たようなもんだろが! 変態神主!」


「……なんだ? 嫌か?」


「その質問は禁止!!」


「……で、どうなんだ?」


巴は観念したように肩を落とし、小さな溜息をついた。


「……はぁ……わかりましたよ、わかりましたよ。着りゃいいんでしょ……」


壮一郎は満足げに頷くと、彼女の腰を引き寄せ、その柔らかな唇に深く、優しく口づけを落とした。


「ありがとうな、巴。……愛してるぞ」


「っ……! なんか良い雰囲気にしようとしてるけどさ、要望としてはとんでもない変態だからな!! 自覚してよ、ご・主・人・様!」


不意打ちのキスと甘い言葉に、巴は顔を真っ赤しながら必死に照れ隠しの文句を言う。

普段は真面目一本槍な壮一郎が、自分に対してだけ見せる、この「男」としての傲慢さと独占欲。


巴はそれが、たまらなく誇らしく、そして愛おしかった。


浴場を後にし、脱衣所を経て神社の奥へと向かう二人。

その夜、壮一郎は満足するまで巴の際どい水着姿を堪能した。


「子供が生まれたら、こんなお願い、もうできないからさ」


壮一郎のその、あまりにも正論で反論を許さない一言のせいで。

巴は茹で蛸のように顔を真っ赤にしながら、自室のベッドの上で、深夜まで色んなポーズを取らされる羽目になるのだった。


この日ほど、巴が壮一郎を散々誘惑してきたことを後悔した日はなかった。

壮一郎の中にある「旦那としての本能」を決定的に目覚めさせてしまった自覚。


痛烈な羞恥心を感じながらも、巴はその力強い腕の感触に、抗えない喜びを感じてしまうのだった。

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