麦わら帽子
扇風機を「強」にしてこちらに向ける。昔から扇風機を強くするときは、ガラガラ声になって返ってくるのが面白くて扇風機に向かってあーっと声を出してしまう。
外に干している洗濯物が風に揺れている。田舎から持ち出した風鈴が夏を知らせている。
ぼくはあの日のままだ。何度も書き直してやっと書き終えた手紙を、封をしたまま机の引き出しの奥に眠らせている。
また、夏がやってくる。その度に戸棚の上に飾った麦わら帽子が話しかけてくるような気がした。
ラムネを買った。ラベルを取り、ビー玉を押し込む。はしゃいで振ってしまってラムネの噴水を作って慌てている顔が思い浮かぶ。口をつける。昔と同じ味がした。ちょっと酸っぱい。
濃い影の中に汗が落ちる。照りつける太陽が向日葵を見ていた。タッパーに祖母が剥いてくれた桃を入れて木の下に座り込み、爪楊枝でつつきあったことを思い出した。
あの夏のおわりは眩しげな浴衣姿だけを追いかけていた。思い出は、りんご飴を地面に垂らしながら、食べるの難しい、とはにかんで見せた。射的をやって一つも景品が取れなかった。金魚すくいだけはなぜかとても上手で7匹以上捕まえた。家には持って帰れないからって屋台のおじさんに返した。
「ここ、特等席だね」
「そうだよ。ぼくが見つけたんだ」
「さすが、このお祭りに長年来ているだけある」
彼女はそこまで言って少し瞳を曇らせた。目許にかぶった髪をかき上げる。
ねえ、と口を開いた。
「首都の方に行くんでしょ?」
「……誰に聞いたの?」
「誰にも聞いてない」
彼女は、見ていれば分かるよ、と呟く。
ぼくと彼女との間に爆発音が聞こえる。彼女の瞳越しに打ち上がる花火を見ていた。
「君はね、本当に分かりやすいから」
ぼくが見つめていたことに気づいたのか、意地悪そうに微笑んで見せた。
本当に彼女には敵わなかった。いつも先にいて、息を切らせながら進むぼくのことを待っているのだ。
「私ね、応援、してるから……」
手と手が触れ合う。呼吸が聞こえる。鼓動を感じる。
「だから……」
最後の花火の音だけが暗闇にかき消えていった。
花火の音と、言葉の奥に隠された想いを背負いながら、また夏が戻ってくる。彼女が何をしているか知らないし、新しい人間関係の中で生きているのだと思う。
彼女がよく被っていた麦わら帽子が不思議そうに佇んでいる。




