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人生カスタマーセンター 〜さぁ、人生変えてみませんか?〜  作者: 晃夜
二章 ぶっ潰せ、アンハッピーウエディング
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Ep,6 トントン拍子に要注意

お久しぶりです...

 試験結果に基づき厳正に判断した結果、古池晴(こいけ はる)様を伊勢(いせ)製薬の正式な社員として採用することを、ここに記します。

 そんな文面と大事そうなハンコが押された書類が届いたのが今日、つまり筆記試験三日後のことだった。


「朝起きたらこんな封筒がポストに入っていたんですけど、多分瑠希(るき)くん宛のものだと思うので渡しておきますね」


 事務所に着いてすぐに胡桃からそう言われ受け取った茶色い封筒である。中身についてはそろそろかなと思ったのであまり驚かなかったけど、それよりも胡桃(くるみ)が荷物の受取人——正確には日永田(ひえいだ)だけど——に気づいたことに驚いた。確かまだこの件は胡桃には話していないんじゃなかったっけ。胡桃の観察眼をもってすれば、俺の隠し事なんてまさに頭隠して尻隠さず、というわけか。いや、最初から隠すつもりもバレない自信も全く無かったんだけど。

 とにかく、そんな経緯で午前十時に俺の手に渡り、それから日永田を呼び出して一緒に見たこの書類である。

 封は日永田に開けさせてやった。それについて特に意味は無かったけれど、一応、ここ数日間頑張っていたし、一番最初に確認するのは本人のほうがいいだろうからという当たり障りのない理由を述べておく。

 日永田は恐る恐る封筒から書類を取り出すと、一度大きく目を見開いてからぎゅっと瞑りもう一度それを見据え、さらに右手の親指と人差し指で両目を軽く揉んでからまた明朝体を視線でなぞった。「瑠希、受かったかも」と言われたのは(かもじゃねぇよ)、それから文字通り百面相した後のこと。肌の色が赤青白に忙しなく移り変わっていて、本当に血が流れているのか一度解体して確かめてみたくなった。......やっぱりサイコパスっぽいので今のナシで。

 努力が報われてよかったね。日永田ならできると思ってたよ。さすが、天才。頭に浮かんだ嘘くさい褒め言葉(もちろん本心ではない)を口に出すかどうか一瞬だけ迷って、すぐにその選択肢を捨てた。思ってもいないし、求められてもいないし、ガラでもない。そんなことを言う理由はどこにもなかったからだ。


「何、もしかして喜んでんの? 俺が協力してるんだから受かって当然だし。それよりまだこれで終わりじゃないから。スタートラインでやっとクラウチングスタートの構えができたところだから。走り出してすらいねーから。間違っても自己肯定感なんて抱くなよ」


 結果、俺の口から出ていったのは通常運転の皮肉......いや、普段より酷めの悪口だった。初めに褒めようかと思ってしまったぶん、その反動で余計に口が悪い。我ながら胡桃への対応との差がありすぎて笑ってしまう。

 しかしここがまだスタート地点だということに間違いはないのだ。日永田が受けた依頼は、「松茂良真誉(まつもら まほろ)と井瀬圭哉(けいや)の結婚を阻止すること」。脱ニートでもなんでもない。こんなところで喜ばれていては困るのだ。

 日永田は「辛辣(しんらつ)......」と呟くと、疲れたように少し笑ってソファに腰掛けた。反射的に「辛辣もクソもあるか」と返して書類を奪い取る。ぱしっ、くしゃっと紙が小さな悲鳴をあげた。日永田が配属された部署を確かめようと思ったのだ。

 確かめて、目を見張る。


「......うそだろ。なにこれ」

「へ?」


 日永田は間抜けな声をあげて俺の手元を覗き込む。その様子からどうやら、馬鹿な日永田らしく、採用されたという結果を確認しただけで、配属された部署については全く目を向けていなかったようだ。馬鹿じゃねぇのお前、と思った。「馬鹿じゃねぇのお前」そのまま理性を乗り越えて声になる。こんな大切なことを見落とすとはコイツ、正真正銘の馬鹿らしい。

「次期社長秘書」。触った感じからわかる質の良さそうなコピー用紙には、見慣れないながらもはっきりと意味がわかるそんな役職が印刷されていた。次期社長秘書——つまり、井瀬圭哉に一番近い立ち位置である。

 意図せぬ幸運。


「......次期社長秘書ぉ!?」


 隣から遅れてやってくる悲鳴。耳がきーんと痛くなる。左耳を手で塞いで眉根を寄せ声の主を睨み付けると、「あ、ごめん」と軽く謝られた。まったく、他人の鼓膜にダメージを与えておいて飄々と......ま、実際はどうってことないんだけど。どちらかと言うと、ダメージを受けたふりをして日永田に罪悪感を抱かせようという魂胆だったし。普通に失敗したが。


「お前声でかいわ」


 嫌悪感を隠さずに言ってから、同じ封筒に入っていた「次期社長秘書の業務内容について」という資料に目を通す。「主な仕事は次期社長の補佐」......とまぁ当たり障りのなさそうな文章が何行か並んで、七行あるうちの五行目に目がとまった。

「次期社長の婚約に関連する業務、見合いの手配など。詳細については次期社長と要相談」。

 口の右端がにやつく。驚きのあまり3回読んだ。しかし何度読んでもその内容は変わらない。


「日永田」

「な、なんだよ」

「お前、案外運いいのな」


 知力、応用力、コミュ力の全てを運気に捧げて生まれてきたかのようなラッキーぶりだった。......いや、そもそもの運が良ければ、あんな女から声をかけられる事もなかったか。プラマイゼロ、現在ややプラス気味。きっと日永田の運気は、それくらいのものなのだろう。そう考えでもしないと、混乱で頭がおかしくなってしまいそうだった。

 なんなら、ことがうまく運びすぎて、少し怖いくらいだった。






 日永田の面接用に購入してからわりとお気に入りの盗聴器を使って、俺はまた「古池」と井瀬圭哉の会話を文字通り盗聴していた。今回は面接ではなく、正式な社員として——次期社長秘書としての、井瀬圭哉との顔合わせである。場所は会話の内容から察するに会社の応接間。本当はカフェかどこかでもよかったのだけど、他の社員からの要望で社内になった、と言っていた。確かに、「次期社長」というレッテルを貼られたおぼっちゃまが自らの近侍にどんな人材を選ぶのか、周囲の人間からしてみれば気になって仕方がないことなのだろう。もしくは「監視」という面もあるのかもしれないけど......いいや、それについては考えないでおこう。別に日永田の正体がバレたって、責任を取るのはあいつ自身なんだし。せいぜいうまくやれよ、としか思わない。

 なので俺は特に危機感を抱くこともなく、ポップコーン(塩味)をつまみながら新聞を片手に面白半分で日永田達の会話を盗聴していたのだった。会話の内容より、「平成を彩った懐かしのゲームたち」という新聞の見出しの方が、よっぽど気になるお年頃なのである。

 あ、固い。ポップコーンの種だ。奥歯でしばらくもにゅもにゅと甘噛みした後、思い切ってがりっと噛み潰す。俺はこういう風にたまに遭遇するポップコーンの種が大嫌いなのだ。こんな奴らが成人したポップコーン......成ポップコーンと同じ袋に詰められているという事実が酷く恐ろしい。誰だって、チョコレートのファミリーパックにカカオ豆がそのまま入っていたらびっくりするだろうに......どうして人類はこうもポップコーンの種に寛容なのだろうか。(はなは)だ疑問である。

 銀色の袋の奥底から、ありったけのポップコーンの種を掻き集めて一気に口に放り込む。手の甲が油と塩でベタベタになったが、気にせずがりがりとそれらを噛み砕いた。焦げたような味が口の中に広がり、次第にポップコーン落第生たちは粉砕されていく。ポップコーンとは別のスナック菓子を食べているようだった。軟骨唐揚げを食べているあの感覚に近い。

 だから、気付かなかった。

 事務所に置かれた黒いソファの右側、つまり俺の隣に、いつのまにか胡桃が居座っていたことに。


「うわぁ!?」


 反射的にイヤホンを外して右を向く。ベタベタの手でイヤホンを触ったのだからそりゃあイヤホンも当然ベタベタになるのだが、今はそんなことを言っていられる状態ではなかった。

 薄桃色の髪が、赤縁の眼鏡が——すごく、近い。


「盗聴とは、これまた楽しそうなことをしてますねぇ、瑠希くん——朝の封筒と何か関係があるんですか? 私も混ぜてくださいよ」


 甘い香りが、ふわっと鼻腔に滑り込んできた。

 いくらなんでも、心臓に悪すぎるだろ、これ。

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