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人生カスタマーセンター 〜さぁ、人生変えてみませんか?〜  作者: 晃夜
二章 ぶっ潰せ、アンハッピーウエディング
19/21

Ep,4 ぐだぐだのケーキ入刀

 日永田(ひえいだ)が面接の電話をかけた次の次の次の日、つまり面接当日。某ファーストフード店の二回、窓から「井瀬(いせ)製薬」と書かれた看板が見える一番端の一人席で、俺は音楽を聴いている——フリをしていた。テーブルの上にはMサイズのコーラ、税込220円は必要経費なのであとで日永田から奪い取るつもりだ。あ、今は古池(こいけ)か。

 ちなみにあれから松茂良とコンタクトを取ることはできず、新しい情報を得られないまま(パソコンで調べるのも面倒だったのでやめた、というかずっとゲームしてた)今日を迎えた。


「えー、では」


 右耳に若々しい声が入ってきて、反射的に聴覚が研ぎ澄まされる。ちらりと確認したスマホの画面には、「14:34」と表示されていた。どうやら、そろそろ面接が始まるらしい。日永田——古池の緊張する様子が眼に浮かぶ。俺はイヤホンを付けた右耳に意識を集中させながら、コーラのストローに口をつけた。


「これより、面接を始めます。僕は面接官の井瀬圭哉(けいや)です。どうか緊張なさらず、リラックスしてくださいね」

「はい」


 聞こえてくるのは機械を通した若い男の声と、ほんの少しのざらざらとしたノイズ音。そのノイズも声が聞き取れなくなるほどのものではなく、どちらかというとなかなか質のいい盗聴器だった。音量的にも問題なし。そりゃあ値段が張るわけだ。

 井瀬圭哉と名乗るその男は、言わずと知れた井瀬グループの御曹司。社員思いな上司になりたいのかなんなのか知らないが、「面接官をやりたい」なんてわがままが親の権限だけで通せるほどには甘やかされているらしく、俺的には全くもって気に食わない。金持ちの子供ってのはみんな揃ってわがままなのか?大丈夫かこの国?


「では、最初に、自己紹介をお願いできますか?」

「はい」


 これは何度も答えを練習した質問だ。というか、「会社 面接 質問」と検索して出てきたものは大抵練習したので、多分どんな質問が来ても大丈夫だと思う。さすがの日永田でも、マニュアル通りの受け答えくらいなら滞りなくできるだろう。できてもらわないと困る。


「古池(はる)と申します。前職では——」

「あ、待ってください!」


 井瀬がいきなり発した大声に、どぎゃん、と鼓膜を刺されたような感じがした。音量を数段階下げて、なんだ、トラブル発生か?と非常事態に身構える。

 もしや、顔でバレたとか?......さすがにもう半年も前のニュースなんて普通の人間は覚えていないんだろうけど、でも、万が一という可能性はありえなくもない。やばい、ここで失敗したらなかなかまずいぞ。


「えっとですね、弊社では、社員の前職や学歴に関しては言及しないことにしているんです。文字で表せる経歴よりも、社員個人の能力や個性を大事にしたいと思っていますから。なので、前職や学歴などの話ではなく、得意なことや趣味についてのお話を聞かせていただけますか?」

「えっ、あ、はい......」


 危なかった。あと三秒井瀬があんな話を続けていれば、イヤホンを外してしまうところだった。なんという職業意識の高さだろう。素晴らしすぎて反吐が出る。なんだよ、前職と学歴を気にしないって。カリスマ経営者でも目指しているんだろうか。本当、素晴らしすぎて反吐が出る。勘弁してほしい。

 違う、今はそれよりも日永田だ。大丈夫かアイツ。一応、長所と趣味の話についても予習はできているはずだけど、聞き方が例文と全く違うから混乱するとまともに答えられない可能性がある。応用能力が皆無だった、なんてことも十分にあり得るし。

 今の俺にできることはただ一つ。

 祈る。頑張れ、頭を働かせろ、日永田。......いや、別に非常事態ならこっちから声を送ることもできなくはないんだけど、状況が状況なのでそれは選択肢から外している。静かな部屋に面接官と日永田が二人っきり。そんな状況でどこからともなく知らないガキの声が聞こえてきたりしたら、それこそ心霊現象だ。間違いなく日永田は面接に失敗するだろう。面接の合格条件なんて受けたことないから知らないけど。

 と、いうことでまぁ要するに、俺は日永田の脳に賭けるしかないのだった。


「趣味、は、音楽を、聴くことです。いや、あの、音楽といってもクラシックみたいなのではなく、普通にテレビに出ているようなミュージシャン、といいますか、歌手というか、そういう人たちの音楽を、聴きます。特技は......特技......あ、掃除とゲームです。いや、えっと、ゲームは趣味です。掃除もどちらかというと趣味です......いや、特技です」


 ......終わったな。俺は脱力してコーラをずずず、と多めに吸い込んだ。適度に気の抜けた炭酸が甘みを伴って喉を通り抜けていく。気付けば無意識にストローを噛んでいた。直したはずの悪い癖が変なタイミングで再発したらしい。しかしだからと言って何があるというわけでもない。むしろ、俺は日永田への鬱憤をぶつけるようにさらにストローをぎしぎしと前歯で潰し続けた。

 どうやら、俺の賭けは失敗に終わったらしい。当初の予想通り、日永田は応用力というものを全く有していないようだった。うん、でも、それにしてもひどくないか?明らかに成人男性の焦り方じゃないだろう。いや成人男性だけど。

 驚いた。元からなかなか無能だとは思っていたけど、まさかここまで応用能力が無かったとは。失望を通り越して、賞賛を浴びせたいくらいだった。なんならもういっそのこと、今日永田に電話をかけてやろうかとまで思った。どうせ失敗するんだし、いいだろう。

 盗聴器を通して繋がった部屋には、数秒ほどの沈黙が流れている。日永田は焦って、きっと井瀬は呆れているのだろう。もういいかな、見捨てようかなと思い某動画サイトを開きかけたところで、イヤホンから音が鳴った。もう大丈夫です、ありがとうございました、とでも言われるのだろうか。まぁ、面接に失敗したところで、このコーラが日永田のおごりという事実は揺るがないんだけど。


「ふふっ......あ、すみません」


 しかし意外なことに、鼓膜を震わせたのは井瀬のものと思われる小さな笑い声だった。明らかに場違いなその行動に異変を感じ、反射的に音量を上げる。


「いや......ふふっ、面接を受けるとなると、どうしても事前に用意してきた受け答えをされる方が多くて。だから今の古池さんのように、自分のそのままの言葉で答えてくださる方って、本当に珍しいんですよ。......僕は、そういう人材を求めていたんです」


 空気が変わった。と同時に、俺は一つの事実に気付いた。この井瀬というお坊ちゃんは多分、かなり常軌を逸した馬鹿だ。胡桃(くるみ)たちと同じ、変人と呼んで差し支えないレベルだろう。偽善とも仲間想いとも言いづらいその行動は、普段の俺からしたらただただ腹立たしいだけのものだ——そう、普段なら。

 しかしそれは、この状況下においては全く別の効果を発揮する。


「......と、言われますと?」


 日永田もさすがに感づいたのだろう、井瀬の言葉の先を促すように質問を返した。俺も口をつけていたストローを机に置いて、聴覚に全神経を集中させる。


「古池さんは面白いですね。是非後日の筆記試験に参加してください」


 気と口元が同時に緩んだ。右手でスマホを握りしめて、やり場のない喜びを鉄の塊にぶつける。そしてそのまま振った。シェイクシェイク。これをコーラでやらなかっただけ、俺はまだ冷静だったと思う。イヤホンの向こうで二人が何かを話しているようだったが、そんなものはもう聞こえなかった。ただただ、安堵と喜びで身体中の——右手を除いた筋肉が弛緩していく。


「......ったく、ひやひやさせるよね......」


 はぁ、とため息をついた。

 これが、俺と日永田の初めての共同作業が成功した瞬間だった。

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