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ベース⚾ガール!  作者: ドラらん
第七章 夏大、始まる。
91/181

89th BASE

お読みいただきありがとうございます。


先週のJリーグ最終節はスポーツの怖ろしさが如実に表れた一節でした。

ほんの一瞬の出来事が、天国と地獄を左右する……。

まさにそれが体現されていたと思います。

《八番ショート、篤木(あつぎ)さん》


 美波の一打に乗っていきたい和久学園打線。次のバッターは、一年生の篤木那奈佳(ななか)だ。


(美波先輩かっこいい。私も続きます!)


「……ボール。スリーツー」


 四球でツーストライクを取られた那奈佳だったが、そこから二球ファールで逃げる。更にその後の七球目のボール球を見送り、フルカウントとする。


(高校でも野球ができるなんて思ってなかった。愛里さんたちには感謝してもし足りないよ)


 那奈佳は中学でも野球部に入っていた。和久学園の一年生の中では、唯一の野球経験者である。高校でソフトボールに転向しようと思っていたが、野球部があることを知り、迷うことなく入部した。

 諦めかけていた野球を、那奈佳はこうして続けられている。それも愛里が女子野球部を結成し、活動してきたおかげなのだ。


(私で終わらせたりしない。先輩たちのためにも、絶対に繋ぐ)


 八球目、空はアウトローにチェンジアップを投げてくる。バットを出しかけた那奈佳だったが、途中で球種を見抜いて思い留まる。


「ボール。フォア」

「いよっし!」


 粘った末の四球。那奈佳は小さくガッツポーズをして一塁へ向かう。それに引っ張られるように、和久学園ベンチのムードも急上昇。一人一人の声が大きくなっていく。


「いける! いけるよ! 続け歩子!」

「は、はい!」


 だがマウンドの空の方も意地を見せる。すっきりとした気分で次の試合に進むためにも、これ以上だらだらと長引かせるわけにはいかない。


(そう易々と上手くはいかないもんだな。でももう一度気を引き締め直して、まずは歩子を確実にアウトにしよう)


 その言葉通り、空は歩子を本気で仕留めに掛かる。


「ストライク。バッターアウト」


 最後はワンバウンドのカーブを振らせて三振を奪う。ツーアウトとなり、和久学園は後が無くなった。


「ま、まだまだ。頼む美夕、繋いでくれ!」

「う、うん。任せて」


 打順はトップに返り、美夕の三打席目を迎える。


(今日はまだ上手くいってないけど、愛里は私が打てると思って一番を任してくれてるんだ。ここで応えないで、いつ応えるの) 


 望みを繋げるか。美夕は自らの姿勢を貫き、一球目から打ちに出る。


「ぎゃ!」


 美夕の手元で鈍い音が生じる。ストレートと思って振った球が実はスライダーで、ボールはバットの根っこに当たる。


「や、やばいー!」 


 打球は三塁方向への弱いゴロとなる。万事休す。美夕は顔を皺くちゃにしながら、一塁へと全力疾走する。


「サード、前!」


 優築と空が大きな声で指示するのに合わせ、サードの杏玖は定位置から猛然とダッシュしてくる。しかし野球の神様の悪戯か、打球は突如勢いを失い、杏玖の方にあまり転がっていかない。


(嘘、そんなのありかよ)


 杏玖は素手で捕球し、急いで一塁へ投げる。けれどもしっかりと握れておらず、ファーストが捕り辛いボールとなる。


「セーフ! オフザバック」


 一塁塁審は両手を広げる。送球を受け取った珠音の足が、ベースから離れてしまったのだ。その間に美夕は一塁へ到達。内野安打となった。


「ま、まじ? ラッキー」


 胸に手を当て、美夕は安堵の表情を見せる。何はともあれ、これであと一人繋がれば愛里に回る。


《二番ライト、久下さん》

(ええ!? これまさか、私に全てかかってるってこと⁉)


 顔を強張らせ、二番の菜々海が打席に入る。愛里に繋げるかどうか。その命運は、彼女に委ねられた。


「お願いななみん、打ってくれ! 愛里に回してくれ」

(いやいやいやいや。打ってくれって、皆本気で言ってるの? あんな速い球、打てるわけないじゃん)


 菜々海の頭の中には、打てるイメージが全く湧いていなかった。心臓の加速は止まらず、バッティンググラブの裏ではこれまでに経験したことない量の手汗を掻いている。

 その初球。高めのややボール気味のストレートに、菜々海のバットは空を切る。


「ななみん、そこボールだよ。よく見て、打てる球打っていこう」

「う、うう……」

(そうしたいのは山々だよ。けど全然ボールが追えない。第一これまでに良い当たりしたのって、愛ちゃんとまゆしいだけじゃん。私たちのような小者が打つには、一体どうしたら良いの……?)


 混乱する菜々海。そんな彼女を、ネクストバッターズサークルから愛里が呼んだ。


「菜々海、ちょっと来て」

「へ?」


 菜々海はタイムをかけて打席を外し、愛里の元に走っていく。


「な、何?」

「思い出して。バッティングの基本は何だった?」

「え、えっと、愛里に教えてもらったのは、振るというよりも、来た球に対してバットを落としていくイメージで打つこと……かな」

「そうだね。分かってるじゃん。ならあとは実践してくるのみだよ」

「そ、そうだけど……」


 菜々海は自信無さげに俯く。しかし愛里は柔和な笑みを浮かべ、菜々海の肩に優しく手を乗せる。


「大丈夫。菜々海ならできるよ。三年間ずっとこのために練習してきたんだもん」

「愛里……」


 菜々海が前を向く。その先にある愛里の眼差しは、まるで菜々海が打つことを信じて疑わないと言っているかのように、真っ直ぐだった。


(どうしてこんな時にそんな目ができるんだろう。けど、たとえそれが見かけだけだとしても、愛里は私のことを信じてくれてるんだ。だったら、その気持ちに応えたい……)


 菜々海は自らを奮い立たせる。彼女は目を瞑ってゆっくりと深呼吸をすると、再び愛里と目を合わせた。


「……分かった。やってやるよ」

「お、その意気だ。ファイトだよ」


 愛里は右手で拳を作る。菜々海はそれに自分の左手を合わせてグータッチをし、打席へと戻っていく。


「あ、もし打てたら、後で丹焼き奢ってね」

「ええー。それ今言う?」


 まさかのおねだりに愛里はたじろぐ。菜々海は舌を出して笑った。

 これで肩の力が抜けた。菜々海のバットを構える所作には、多少なりと落ち着きが出てくる。


(といっても変化球とか混ぜられたらついていけない。お願い、ストレート来て)


 空が足を上げ、菜々海への二球目を投じる。その球種は、ストレートだった。


(き、来た。慌てるな。ボールをよく見て。私だって打てるんだ!)


 菜々海は愛里の助言を意識しながらバットを出す。快音を放ち、綺麗なピッチャー返しが飛んだ。



See you next base……





PLAYERFILE.34:厚木那奈佳(あつぎななか)

学年:高校一年生

誕生日:10/11

投/打:右/右

守備位置:遊撃手

身長:158

好きな食べ物:タピオカ

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