88th BASE
お読みいただきありがとうございます。
いつの間にか今年もあと1か月になってしまいました。
何だかやりたかったことの半分もできていないような……(笑)。
とりあえず残り1か月、頑張りましょう。
「ご、ごめん……」
五回表の円陣を組んだところで、愛里は思わず謝罪の言葉を漏らす。せっかく仲間のおかげでこの場所に来られたのに、自らが打たれたせいで惨めな思いをさせてしまった。そのことがとにかく申し訳なく、彼女はただ謝ることしかできない。
「愛里……」
項垂れる愛里の姿を前に、他のメンバーは何も言えなくなってしまう。これまで自分たちを率いてきてくれた愛里が、こんなにも苦しんでいる。どうにか元気付けたいが、安易な励ましは逆に傷つけるだけ。ほぼ誰もが掛ける言葉を見つけられず、彼女たちの間に沈黙が流れる。
ところが、それを一人の人間が破った。
「ま、まだ諦めるのは早いよ!」
声の主は、先ほどの守備の最中もずっと声を張っていた美波だ。
「私まだ、こんなところで終わりたくない。愛里が繋いでくれた絆を、簡単に諦めたくない。もっともっと皆と野球していたいよ!」
悲惨とも言える現実を前に、胸が張り裂けそうだった。気を緩めれば号泣してしまいそうだった。けれどもこのまま黙り込んで終わらせることなんてできなかった。目元に小さな雫を浮かべ、美波は仲間たちに想いをぶつける。
そしてそんな彼女の健気な訴えが、和久学園ナインの心を動かす。
「美波……。そうだ……、そうだよ! 私も美波と一緒。私たちが紡いできた時間が、ここであっけなく終わりだなんて絶対に嫌だ! 皆だってそうだろ!?」
そう問いかけたのは美波の隣にいた真祐だ。言うまでもなく、皆揃って賛同する。誰一人、諦めたい者などいないのだ。
「コールドなんてさせない! 追い込まれてからが、私たちの本領だもんね」
「皆で愛里まで繋ごう! そうすればきっと何か起こるよ!」
「そうだ! やってやろう!」
「み、皆……」
甲斐甲斐しい声に導かれるように、愛里が顔を上げる。それを仲間たちは笑顔で迎えた。消えかけていた灯に、再び炎が宿る。
「行こう愛里。まだ私たちの攻撃は残ってる。必ず愛里に回るから、準備しておいて」
「まゆしい……。うん、分かった」
真祐の言葉に、愛里が力強く頷く。すると輪の中央にいた美夕が、景気付けにあることを提案する。
「あ、ねえ皆、いつものやっとこ。あれすっごい元気出るし」
「おお、それ良いね。ふふっ、じゃあ皆、手を出して」
愛里が右手を前に出す。和久ナインはその上に自分たちの手を重ねる。そうして、あのいつもの掛け声をかけた。
「行くぞ! がんばっぺ……」
「和久学園!」
想いを乗せた少女たちの声が、青みの増してきた空へと鳴り渡る。心を一つにした和久学園ナイン。ここから反撃なるか。
《五回表、和久学園高校の攻撃は、六番サード青瀬さん》
この回の先頭バッターは吉乃。前の打席は三球三振だった。
大会規定では、五回が終わって十点差がついていればコールド負けとなる。つまり和久学園がそれを免れるには、最低でもこの回に四点を取らなければならない。
「よろしくお願いします!」
気合の入った声と共に、吉乃が打席に立つ。
(向こうはさっき十点取れたんだ。こっちだって四点くらいなら返せるはず。愛里まで回すには、まず私が塁に出なきゃ)
初球。真ん中付近に来たストレートに対し、吉乃は果敢に打ちにいく。
「ストライク」
空振り。気持ちの良いスイングだったが、スピードに対応できておらず、かなり振り遅れている。
(はっや。なんでこんな球投げられるん?)
二球目はインコースへのストレート。吉乃はこの球にも空振りを喫する。
はっきり言って、打てそうにない。和久学園がコールドを阻止したいのと同様に、亀ヶ崎にもこのままコールドで終わらせたいという目論見がある。そのため空も手加減することなく打者を抑えにきていた。
(追い込まれちゃった……。けどどうにか当てるだけでもするんだ。前に飛ばせば何か起こるかもしれないもん)
野球部を創設する際、愛里が最初に声を掛けたのがこの吉乃だった。実はこの二人は小学校からの好。吉乃は昔から愛里が野球に励んでいたのを知っていた。その姿に何となく憧れも抱いており、野球の経験は無かったが、愛里に頼まれた時は二つ返事で協力することを決めた。以来、彼女は副キャプテンを任され、愛里が一番信頼を寄せる存在としてサポートし続けてきた。
(ぶっちゃけ、九人集めるのは無理だと思ってた。愛里の練習相手になれれば良いくらいにしか考えてなかった。でも今、こうして私たちは一つのチームとして大会に出られてる。これって凄いことだよね。けどこのままやられっぱなしで終わっちゃったら、その凄さが薄れちゃう。だから野球の神様、私たちにもう一花咲かさせてください!)
迎えた三球目。空は高めのコースに三球連続でストレートを投じてくる。
(当たれえ!)
吉乃は一縷の願いを胸にスイングする。ボールがバットに掠った音が鳴った。
「あ、当たった」
「ストライク。バッターアウト」
「え?」
吉乃は戸惑いながら後ろを振り返る。確かにバットには当たっていた。しかし、ボールは直接優築のミットに収まっていたのだ。球審もファールチップのジェスチャーを取っている。
「うっそお……」
残念ながら吉乃は三振に倒れる。出塁することはできなかった。
「……ごめん。出られんかった」
「ドンマイドンマイ。代わりに私が打つから、よっぴーは応援で力をちょうだい」
すれ違う吉乃を、次打者の美波が優しく微笑みながら宥める。未だ明るさを失わない彼女に釣られて、吉乃も自然と白い歯が零れる。
「分かった。頼んだよ」
吉乃は自らの想いを美波の背中に託す。それを受け取った美波は、胸の奥から沸き立つ勇気を感じながら右打席に向かう。
《七番セカンド、田山さん》
(この二年半、本当に楽しかった。一所懸命に練習して、偶に皆でお出掛けして。でもまだ終わりじゃない。終わらせたくない。私は皆より下手っぴだけど、できないならできないなりに少しでも工夫するんだ)
美波はグリップの一番上までバットを余す。確実にバットに当て、何としてでも前に飛ばそうという意思が垣間見える。
(向こうもそれなりに考えてきてるか。その心意気は買いたいところだけど、それだけ短く持ったら外の速球は打てないでしょう)
優築がアウトコースへのサインを出す。一球目、美波は打ちにいったが、案の定バットが届かず空振りとなる。
(ほらね。次も同じ球でお願いします)
二球目。またもや空振り。美波も吉乃と同じようにあっさりと追い込まれる。
(どうしよう……。けど私にはこれしかない。それなら……)
三球目。バッテリーはこれまで通り外角のストレートを続ける。これもバットは届きそうにない。だが美波は、ボールに体をぶつけにいくようなスイングをする。
(腕だけで届かないんだったら、体を使えば良いんだ!)
バットにボールが当たる。球威に押され、どん詰まりの小フライが上がった。
「あ、ファースト!」
ただ飛んだコースが良い。ファーストの真後ろだ。珠音と光毅が追うも捕球できず、打球は紗愛蘭の前に落ちる。ヒットとなった。
「や、やったやった!」
「おお、よくやったみにゃみ!」
「えへへ。イエーイ」
一塁ベース上で美波はベンチに向かってⅤサインを作る。愛里まで繋げるべく、まずは一人目のランナーが出た。
See you next base……
PLAYERFILE.33:田山美波
学年:高校三年生
誕生日:1/22
投/打:右/右
守備位置:ニ塁手
身長:156
好きな食べ物:チョコレート、ワッフル




