46:機関士長 バイルソン・ヘリウォーズ
前回のお話
中継都市の闘技場
その見世物にレイリン達の怒り爆発
そして一つの貴族家が消えていった
バイルソンの幼少期はとかく慌ただしいものであった。
物心つく前に両親は共に事故により命を落とし、その後親類縁者をたらい回しとなる。
長くて半年、短いと3日程で主にあちら側の理不尽な理由で追い出され、最終的には帝国運営の孤児養育院へと落ち着くことになる。
とにかくこの手の事業に関しては、担当する人間いかんによって是非が問われるものなのだが、バイルソンが落ち着いた先は非の方であった。
極力予算を削り、必要最低限―――以下の劣悪なる環境の中でバイルソンは少年期を過ごしたのだ。
ただその環境ですらも、バイルソンにとっては普通であった。
いや、日に2度食べられるだけマシであったと感じていた。
ただ数多いる同じ孤児達とは、どうにも馴染む事が出来なかった。
それは環境ゆえか、それとも本人達の資質かは分からなかったが、彼等は他者を蹴落とす事しかしなかったからだ。
すでに経験済みの事象に、バイルソンは最低限の対抗をしただけであった。自分にとって生きるとはその程度のことだったのである。(この時点では)
殴られることもなくグダグダと罵倒雑言を吐き出す人間もいないということに、バイルソンは心底安堵したのだった。
いくら血の繋がりのある人間だったとしても、何度殺そうと思ったか知れない。が、所詮子供の浅慮に過ぎず手を出すことはなかった。結局今が良ければ過去なんぞはどうでも良かったのだった。
そういう意味で言えば孤児養育院の生活はバイルソンにとって幸せだったのだろう。
そして幸運にも生涯の中で天職といえるものと出会えたのだったから。
バイルソンが住む孤児養育院がある場所は、周囲に機械関連の小中規模の工場が乱立していた。
よって朝から晩までその工場群からは機械音が響き聞こえ、それは院の中にいてもやかましく聞こえていた。
それもかなりの騒音で、バイルソン以外の子供達や職員達は常に顔を顰めていたのだった。
顰めはするが、結局それだけの話である。
要は人は慣れる生き物だ。
やがて機械音が出す高い音や、それを運び出す車の騒音にも気にすることなく生活するようになる。
バイルソンはそんな生活の中で時折“声”を耳にすることがあった。
いや、人が発する声とはまた違ったものだ。それは言葉ではなくただの擬音であるのだけど、その音達にはバイルソンは感情が見て取れたのだ。
そう、機械が出す音にバイルソンは感情を聞いたのだった。
それは気持ちいい〜だったり、もうやだ〜〜〜っ!というなんとも子供じみた声であった。
そんなバイルソンがたまたま通りがかった工場で、その“声”を耳にしてついそこにいた男性に声を掛けたのが始まりだった。
□
加工用工作機械を前にその男は頭を悩ませていた。
診断用プログラムにも、自身の目で見ても特になんの異常も見つけられなかった。
であるにも拘わらず、その機械には不具合が生じていた。
納期が迫る中、原因不明の稼働不全状態に頭を掻きむしっていたその男―――この工場の社長は、出入り口で首を傾げぼやっとこちらを見ている子供の存在に気づく。
そう言えばと、近くに孤児養育院があったなと社長は思い出し手をちょいっと犬を追い払うように振りながら追い出しにかかる。
時刻は夕方に近い。仕事を終えた酔漢が出てくる頃合いでもある。
孤児養育院のガキになんの関心もないが、下手に関わって見過ごした後に何かあったなんて余計な面倒事になるのはゴメンだ。
それよりも問題はこっちの機械なのだ。
もう1度最初から確認作業をやってみることにしようと社長が端末を操作しそうとした時、微かな声が背後から聞こえてくる。
「あの〜………」
「うおっ!?なんだ、まだいたのか!とっとと家に帰れっ!こっちはガキに構ってる余裕はねぇんだよっ!」
いきなり声を掛けられ驚いた社長は、えも言えぬ焦燥感の為つい乱暴な物言いをしてしまう。が、特にそれを気にすることもなく、その子供は話し出す。
「そこ。そこから苦しそうな声が聞こえる」
は?こいつは何を言ってるんだ?社長は思わずそんなことを頭に思い浮かべる。
そもそもその子供が指差した場所は、ただのサポートシステムがあるだけなのだ。
本来であればそれがなくとも動くことが可能な機械であるので、あるいはそこに不具合があったとしても、なんの影響もある筈がない。そこはそんな機構部分あったのだ。
「おっちゃん、賢い人間って自分に自惚れがあるから、自分が信じてるものだけには全面的にこ~ですよって言うんだぜ?たまに凡人の話も聞くと為になるって聞くけどね」
いきなり鼻を穿りながらその子供が言ってきた、なんとも不遜な態度と物言いに喫緊の問題がさし迫っている身としては、感情的になるのも仕方がない。(と思う)
「まーまー、試しに見てみなよ。どの道やれる事なんてねぇんだしさ」
「……………」
その通りだった。激高して怒鳴る寸前のその事を指摘され社長は言葉に詰まる。
本当にどの道やれることなど無いのであれば、子供の馬鹿話に乗ってみるのもいいかもと思い、物は試しと作業に入る。
なんとも飄々としたその子供の言う通りにその機械のカバーを外し中を確認してみる。
もう子供に憤る感情は消え去っていた。
「なっ!こ、これは…………」
カバーを外したその内部は何とも酷いことになっていた。
虫食いといっていいのか、コードは一部食いちぎられ回路には何かの糞がこびり付いていて機能不全を起こしていたのだった。
メンテナンスを怠っていたとはいえ、さすがにこれは自身に省みる必要があるものであった。
己の怠慢に忸怩たるものを感じていると、子供はさらに現実を突きつけて来た。
「他にも聞こえっけど、聞く?」
その言葉に社長は頷くしかなかったのだった。
ほんの些細な事でも、重大なものに繋がるのを認識した社長に子供は提案する。
「で、いくら出してくれるん?」
なんとも小癪で強かな子供であった。
□
バイルソンは機械の声を聞くという特技によってその能力を駆使し、10歳に満たぬ子供であるにもかかわらず多額の金額を得ることになる。
この社長からの紹介による周辺工場の機器保全のサポートを請け負ったのだ。
そして孤児養育院を出る頃には、会社を起こし手広くやることになったのだった。
だがあくまでバイルソン頼りのワンマン会社であった為、10年を過ぎた頃に歪みが生じ始めた。
バイルソンが孤児養育院時代から信頼してた人間に裏切られてしまったのだ。
それが残した言葉はバイルソンの心を抉るのに絶大な効果をもたらした。
“俺はお前の子分じゃない”と。
たしかに今思えば自分勝手が過ぎたかもしれないと思う。だが、こんな事態になるなどとは思ってもいなかった。
結局バイルソンはこの事で会社をたたみ1人漫然と生きるようになる。
機械の声を聞けたとしても、人の心の中までは聞けない。ならば自分のやる事などたかが知れてる。
幸い自身に資産があったので、しばらくは生活をするのに困るような問題はなかった。
酒に溺れ女に溺れる事で、己が行為を正当化しようとしていただけだった。
そんな生活の中1軒の酒場で出会ったのが彼女だった。
たまたま気紛れで入ったその店で、彼女は副店長をしていたのだ。
不思議な女だった。聞こえるはずのない“声”が、彼女からいくつも響いて聞こえてきたのだ。
気になってしまったバイルソンは、暇にあかせて通い詰めその理由を親しくなった彼女に聞き出すことができた。
「あたしの身体って機械だらけなのよ」
そう彼女は端的に言って来た。
心臓から始まって腎臓、ひ臓、肺に人工物が着けられているとの事だった。
今はそのお陰で平穏に生きていると、苦味を持った笑顔で彼女は話す。
そんな言葉に絆された訳ではないが、バイルソンは彼女と次第に親密になりやがて結婚するに至る。
それが1つの搦手であるとも知らずに。
彼らは実に狡知であった。これといった人材を見つけると、如何に取り込むかを状況を判断して動くのが彼等であった。
彼らは餓えていたのだ。あらゆる才能を持つ人間を集めることに。
それが【 】に繋がると盲信していたのだ。彼の一族は。
生きる気力を得たバイルソンは精力的に活動するものの、何故か空回りするばかりだった。
それでモバイルソンにとって今の生活は、穏やかで潤うものであった。(それでも忸怩たる思いは微かにあったが)
そうして子供が生まれた時、事態が急変する。
産後の肥立ちのせいなのか、様態の悪くなった妻が病院に搬送され、診察の後医師と共に現れたものが取引を申し出てくる。
帝国軍々内部に入り、その力を使って“我等”に協力しろと。
バイルソンに拒否することなど出来なかった。その者の言葉に首を縦に振り首肯する。
やれること。生きること。バイルソンは自身が出来るだけのことはして来たつもりだった。
その結果にバイルソンは何を言う資格もない。知りたいとも考えない。
ただひたすら軍内部での情報を得るために腐心したに過ぎなかった。
ただそんな中でもバイルソンは艦に魅せられた。
他の工作機械や、自動生産機械施設でも耳にすることはあった。
だがこれほど複雑かつ美しい歌声群は聞いたことがなかったのだ。
バイルソンは美しいとそれ等に夢中になった。
そのために機構を学び、周囲の技術者の技量に追い付き追い越すまでにその才能を開花させていく。
人当たりのいい性格も相まって、バイルソンは着実に軍内部へと浸透していった。
娘が5歳になったある日。妻の更なる治療を推し進める為、とある惑星にて療養すべきと医師に告げられバイルソンはそれに応じてしまった。
そしてその条件としてさらなる情報提供を彼等は要求してきた。
バイルソンは首肯するしか術はなかった。
それなりの実力を示すことで階級を上げ、その事によりあちらこちらで人や物、そして噂話を“彼等”に伝えることでその有用性を表していくバイルソン。
だがバイルソンの行動はここで遮られる事となる。
なんの事前告知もなく、第35開発試験場へと異動が命じられたのだ。
本来であれば1ヶ月前にその旨が通達されるのだが、本当にいきなりの辞令発令だった。
余裕を持って向かったバイルソンであったが、そこは辺境の更に僻地と言ってもいい場所であった。
第35開発試験場は研究者がただ研究の為、研究をする場所であった。
そんな場所であるのならば、バイルソンが出張る場面など有り様もなかったのだ。
そしてそれに輪をかけるように、バイルソンが“彼等”と呼びならわす情報を流していた大本の存在がそこにおり、その側近等により情報を流しても平民と侮る彼らの行為によって意味を為すことはなかったのだ。
ただこれにより妻と娘との連絡が滞ったことがバイルソンに取っての痛手だった。
彼女達との連絡手段は彼等を通してしか出来なかったのだから。
艦の整備をする傍ら忸怩たる思いを胸に日々を送っていたバイルソンに新たな辞令が下る。
この第35開発試験場の所長(元々は開発試験研究所という名称であった為か、場長ではなく所長となっている)から、新たに開発された試作戦艦の機関士長の任を拝命したのだった。
辞令発令後もしばらくは機関部に関しての雑務をこなし、新開発のエネルギー機関のレクチャーを受けて過ごしていた。
現物を見ることはなく、ただその概要の説明だったので要領を得ることはなかった。(しかも部外秘と言うことで、データ等をエリア外へと持ち出すことが出来ず、“彼等”に報告も出来なかったのだ)
その後机上だけのシステムのレクチャーと数少ない艦の整備等をして過ごす中、件の艦の艦長が着任してきた。
20代後半中肉中背の見た感じ凡庸とした男。
眠たそうな眼をしているものの、その心中までは見て取ることの出来ない、そんな奇妙な人物だった。
その艦長が着任した日から、加速度的に状況が動き始め出す。
それはバイルソンにとって今まで経験したことのない,慌ただしさで忙しなさであった。
変な鉄球をつけた船から始まり、新システム機関を使ったジェネレーターのシステム構築。
そしてバイルソンも舌を巻くほどの機械工学の知識と開発力。
彼女の指揮の元、瞬く間に試験が敢行されそしてダメ出し。
トライ&エラーの末に次々と産み出される新技術の数々に、バイルソンは目が回るような日々であった。
何よりバイルソンは、その“声”の美しさに夢中になったのだった。
妻と娘との連絡もままならぬまま、新型試作戦艦の航行試験が始まり第35開発試験場を出航する。
そしてバイルソンは艦長―――ガートライトに間接的遠回しに自身の所業を晒される。
ガートライトは全てを知っていた。妻と娘との事も。
もちろん依頼主に関しても。
だが、ガートライトは2つの選択肢を突き付けただけだった。
家族を保護するか、家族を現状のままに依頼主に服従するのか。
悪辣といえば悪辣な選択だった。
そもそも選択肢などというものはバイルソンにはなかったのだ。
今のまま彼等に屈したままに過ごすのか、それとも―ー―
家族の事もそうだが何よりあの美しい“声”を聴く事が出来なくなることが、バイルソンにとってあり得ない話だったのだ。
バイルソンは真摯に頭を下げてガートライトに願う。
家族を、妻と娘を助けて下さいと。
バイルソンの願いは叶った。
いま、目の前には妻と娘の姿があった。
だがその想いは娘の言動により壊され崩される。
「パパっ!わたしをあそこに戻してっ!わたしはあそこに帰りたいのっ!いなくちゃダメなのっ!」
しばらく会っていなかった最愛の娘は、その思考が様変わりしていたのだった。
その事にバイルソンは途方に暮れる。
「どうすればいいんだ。俺は―――」
□
「………やれやれ。やってくれるね。あちらさんも………」
対面に力無く項垂れるバイルソンを見ながらガートライトは嘆息する。
予期していたとは言っても、さすがにここまでとはとガートライトは呆れ果てるばかりだった。
いわゆる一種の洗脳なのであろう。
これは限度はあるものの、教育という観点からいえば実に理に適ったものではあるのだ。
特に軍隊ではそれが顕著ではあろう。
走り込みや運動等で肉体を疲弊させ、思考を圧し折り上位者に従うのかを刷り込みを行い傾倒させる。
教導兵の一言一句を思考に浸み込ませて行くのだ。
おそらくあの領星では、それを人質とした領民に徹底してるのだろう。
ヴィニオから送られてきた情報には断片的ではあるが、そのようなものも入っていた。
この手の洗脳ってのは要は、”考える”ってのが鍵であるとガートライトは識っていた。
「おやっさん。1つ俺に任せてみない?」
ガートライトのその提案に、バイルソンは藁をも掴む思いで託す事にしたのだった。
夫人に関しては前もって報告されていたこともあり、医療班により問題なく正常な状態へと回復していた(何故か洗脳等には罹っていなかった。どうやらそういうものに罹らない性質だった様だ)
その時の医療担当者が結構物騒な物言いをしていた事は、とりあえずオフレコとなった。(ガートライトとしても妙齢の女性が〇ソ野郎とかぶっ〇したろかとか言うのは、さすがに問題があるなと認識したのだった)
ガートライトも彼女の表情を見て戦慄したのは言うまでもなかった。
□
セラ・ヘリウォーズが目覚めると、そこは見知った場所ではなかった。
母親と話をしてた時に見知らぬ人間に眠らされ何かを言われた記憶があるものの、己の居場所から無理やり連れだされたセラとしては自分の主張を言わなくてはならなかったのだ。
それこそが領民としての義務であり権利なのだ。
学校の先生はいつもいつもいつもそう言っていたのだったから。
全てはカレングル伯爵様の導きがあっての事なのだ。
それを否定するのは全然絶対あり得ない事なのだと知っているセラだった。
全ては帝国を統一すべきカレングル伯爵様が決めるものであるのだ。
それを否定する人間は、きっと異常者に違いない。
それは前もって決められている事だと、セラは知っているのだった。
ママは特に何も言わなかった。何故戻ろうとしないのか少しだけ不思議ではあったが、ならば自分が抵抗しなくちゃと騒いだけど意味がなかった。
なんでこんな酷い事をするのか、セラには訳が分からなかったのだ。
だが、今は自分がやらなくてはいけない事がある。
ママを連れて必ず領星へと戻るのだ。
そう決意すると、セラはベッドから跳ね起き周囲を見回す。
まずはここから脱出する事を考えるのだ。
それがカレングル伯爵様の教えなのだから。
そしてベッド脇にある靴を履いて逃げ出そうとすると、どこからか声がした。
『おいおい。どこ行くんだぁ?おぢょーちゃん』
誰もいない筈のこの部屋に男の人の声が聞こえた。
「誰っ?どこにいるのっ!?」
『はぁあ?ここにいんだろうが』
声のした方向へ視線を向けると、ベッドの上には片膝をついて座っているヌイグルミがセラを見据えていた。
セラはその存在に目を丸くして問い掛ける。
「あなた、何なの?」
『あ゛?あぁ、おりゃ〜通りすがりの探偵よぉ。名前はベアルベアーガ・マックェルと言うぅ』
「………たんてい?って何ですか?」
□
動揺を交えつつも、セラは目の前の存在へと訊ねる。
そしてその事にガートライトは手応えを感じる。
何かを訊ねるという行為こそ“意思”の顕われなのだから。
「『探偵ってのはいわゆるなんでも屋さ。もちろんそれなりの対価は頂くがねぇ」
帝国内ではこの探偵という概念は存在しない。
この探偵マックェルももちろんガートライトが所蔵しているPictvで、前半は日常お謎をクマの探偵マックェルと助手であるハムスターのハム美が次々と解き明かして行き、後半は宿敵怪盗ロードロゥボゥとの知恵比べの戦いという珠玉の逸品だ。(なぜクマが探偵なのかとかの突っ込みは無粋という事で)
謎。
これほど“考える”という行為に相応しいものはないとガートライトは考え、アレクスに小型のモートロイドの設計をさせジョナサンズに機体を組ませたものにガートライトが繕った外装を纏わせたものが、このクマのヌイグルミであった。
当初そのアイディアを聞いたアレィナ達は、正直正気を疑ったものだった。
唯一バイルソンだけは、頭を腰下まで下げるほど低頭したものだった。
当事者にそんな風にされてしまえば部外者たるアレィナ達は何も反論することもできず、その事に気をよくしたガートライトは張り切らぬ訳もなく徹底してこの場所を作り上げたのだった。
そして現在バイルソンの娘セラとガートライトは、クマのヌイグルミを通して対話をしているのだった。
横でそのやり取りを見ていたアレィナ達は、やはり首を傾げたのだった。
こんなんで何かが打開できるのかと。
『何でも屋さんって言うのなら、わたしの頼みも聞いてくれる?』
「ああ、対価さえ貰えればもちろんだぜぇ」
『ならここから帰してカレングル伯爵様の領星に戻して!誰もわたしの言うことを聞いてくれないのっ!』
ホロウィンドウに映るセラのその瞳には何かに追い立てられるような、そんな必死さが映り込んでいた。
ガートライトはその姿に嘆息する。
別に洗脳行為を全否定するつもりはガートライトには毛頭ない。
ある種抑止力に使えるという部分も、無きにしも非ずと認識している。
人というのはどこかで管理され従わされられる事を望む社会性のある生物であるからだ。
それが救いとなる者がいるという話なだけだが、それを子供相手の使うものではない。あってはならない。
「おいおいおい、おぢょーちゃんよ。そう言うからには対価を払えるのかいぃ?ここはぁ宇宙空間だ。そしてこの船の中の人間の目を潜り抜け連絡艇に乗り込んだとしてその領星に行くというのは相当困難な話だぜぇ?これは相当な対価を頂かねぇと俺としちゃあ割に合わねぇって話だ」
ガートライトの発したセリフはサンプリングボイスに変換されPictv通りの声音でセラへと届けられる。
のべつ幕なしにマックェルに言われたセラは困惑している。
対価?対価って何?そんな呟きが聞こえる。
□
領星では言われたことを聞いていれば、希望の物をなんでも与えられていた。
だけどここでは勝手が違っていた。対価?何かをしてもらうのにこちらが何かを与える必要があるのか?と。
「きっとパパとママが出してくれるもん」
『はっ、なる程。“子供”だから家族にすがるって訳か。おぢょーちゃんよぉ、あんた自分ってもんがねぇんだな』
そのなんとも鼻につく物言いにセラは少しだけ苛立つ。
「だって子供はパパとママに頼ってお願いするのが当たり前だって、先生が言ってたもん。先生が言うことは絶対だもん!」
苛立ちの意味も理解せずに、セラは殊更に免罪符を掲げて反論する。
あまりにも稚拙かつ幼稚な反駁ではある。それでも子供ながらの対抗心と克己心の現われではある。
『はっ!その先生様とやらがそんなに偉いってのならば、なんでそいつは皇帝陛下じゃねぇんだ?おっかしいだろうが?』
「……………」
絶対と言っていた先生は、一番偉い人じゃない。
え?何故?じゃあカレングル伯爵様は?あれ?
『まーそれはともかくぅ、俺の仕事を知ってもらう為にぃ、俺の今までの記録を見てみねぇか?そうすりゃあ、俺のやってることも少しは理解できるかも知れねぇぜ?』
なんとも挑戦的な物言いにセラはどことなく反感を持ち、ならばと身構えて答える。
「いいわっ!だったら見てやるわっ!!」
このやり取りで【彼等】の思惑は徐々にではあるが崩れて行く。
そしてマックェルの活躍を見ながらセラは考え始める。
何故そうなるのか。何が原因だったのか。
ホロウィンドウの中の人達の思いと想いが、見えないところで感じられ考えさせられる。そしてセラの中で思考と試行錯誤が繰り広げられていく。
そしての意外な展開と結末に目を瞠り驚く。
やがてセラはマックェルの物語にのめり込んでいった。
物語の後半。怪盗ロードロゥボゥとの初めての邂逅を見るにつれ、自身に疑問が沸き上がっていく。
それはバラバラの破片のように徐々に崩れていった。
先生が絶対と言っていたカレングル伯爵様の方々は、1番偉い存在ではなかった。
それは疑問と疑念を重ねていき、やがて自身の胸の中で昇華していく
全13話を見る中で、セラは泣き笑い悩みながら自身を認識していった。
本来であるならあり得ない筈の情動の発露であった。
そして物語を見る中でセラは自身に起きた事を自覚する。いや、してしまった。
それは後半部序盤。とある宗教国に潜入した時、その中での出来事。
「これが洗脳っていうものだぁ」画面の中のマックェルのその言葉に、セラは背筋が冷たくなるのを感じた。
輪の中に立ち自身の欠点を挙げへつらい意識を混乱させていき、自信と自身を滅していく。
そして逆に自身が輪に入り、中にいる人間へと言葉の暴力を行う。
やがて感覚が鈍磨したところに煌びやかな衣服を纏った男が現れ優しく教え諭していく。
自身の在り様を認め、それは次第にその人間へと傾倒して行くのだ。
そしてその煌びやかな衣服の人間は、黒くいやらしい笑みを浮かべて嗤うのだ。
“人とはこれ程容易く堕ちるのだ。くっくっく、とても面白い”と。
それはセラにとって身に覚えのある事ばかりだった。
そしてみな同じ言葉を繰り返す。
先生も寮母さんも近所のおじさんおばさんも。
“全ては素晴らしきカレングル様がこの地を、帝国を平定するために”。
個を捨て去り、全ての我が身を彼の方達に奉せよ。と。
セラは目を瞠り、身体を震わせて画面を凝視する。
そしてここに来てからの自分の行動を振り返り、怖れを抱いた。
ママはいつも静かに話を聞いてくれた。パパはお仕事があるからたまに通信越しでしか話していなかった。
その度にセラはカレングル一族の皆様はとても素晴らしいと、楽しく語っていたのだ。
オゾマシイ。マックェルのPictvを見ながら自身の行動を顧みてセラは身体を震わせる。
『あんま考えすぎんなよぉ。考えるのはいい事だがぁ、それが過ぎるとあまり良くねぇからな。それよりも、これから面白くなるぜぇ』
そこへマックェルが声を掛けてきて宥めてくる。
その言葉はストンとセラの胸へと入っていった。
考えすぎてもダメ。考えなくてもダメ。
画面では銃撃戦が始まっていた。
あの手でなんで銃の引き鉄が引けるのか?とか、空中で3回転しながら銃弾を躱すのか?とかの疑問を胸の中でしつつセラの視線は釘付けになっていく。
この時マックェルと対峙する少年は、セラと全く同様の行動を取らされていたからだ
すなわち―――家族の安寧の為。
少年には病に伏した姉がおり、その姉の病を治す為に少年は動かされていた。
姉を助けたくば我等に従い行動せよと。
それは領星で日々セラが医師や看護師に言われ続けていた事だった。
母を救いたくば彼の一族に従い役に立てと。
まるで自分の事を見て来たように映像は流れていく。
そしてセラは考え思い返す。
日毎会う度に茫洋とした目をして話をする母。
それを作業をしながらチラリと監視する看護師。
事ある毎に母がよくなる為には、一族の皆様に力を尽くしなさいと諭す医師達。
そして家畜を見るような目で、セラ達を見やる警備の男達。
Pictvを見ながらセラは考え全てを繋ぎ合わせていく。
ツツ―と涙が止めどなく流れてくるのを自覚する。
わたしはなんて馬鹿で稚拙なんだろう。
それは数年かけて築かれていた洗脳の崩壊の第一歩。
□
ホロウィンドウからのセラの映像を見ながら、ガートライトは安堵の息を吐く。
ここまで来るのに数日を要した。
1話を見終える度にはやくここを出ようといい募る少女を宥めすかし、菓子を与えてやり過ごしながら説得をしていく。
子供だけあってお菓子を前にするとその食い付きは顕著であった。(あるいはあっちでは出してなかったのかともガートライトは訝しんだりした)
そうして全13話を見終えた現在、少女は父親と母親に抱き着きながらわんわんと泣き声を上げていた。
全ての経過を見ていた操艦室のクルーは、呆れと感心の入り混じった目でガートライトを見ていた。
「………全部予定通りなんですか?艦長」
その思惑というか深謀遠慮に対して、アレィナが代表してガートライトへと訊ねる。
「まさか。偶々だよ。実際問題として上手くいって良かった」
頭の後ろで手を組みキャプテンシートに身体をもたれさせガートライトが答える。
本当に偶々なのだ。少しばかり趣味に走った部分はあるものの、それが実際のところのガートライトの心情であった。
「まぁ………先は長いと思うがな」
ガートライトをはじめ、クルー全員がホロウィンドウを優し気な眼差しで見やっていた。
この手の洗脳の類は、薬物と同様に一朝一夕で解除できるものではないからだ。
こうして厄介な問題を片付け最強と言える機関士を加えた試作第1号戦艦は、実に3か月の時を経て第35開発試験場へと帰還したのだった。
(-「-)ゝ お読みいただき嬉しゅうございます
遅くなりました <(_ _)>




