68 【帰還】
屋敷から出た十六夜は深くため息を吐いた。
「ふう……」
「どう、でした?」
「どうとは?」
「母の、最期を聞いて……」
「ああ、そのことはもういいんだ。誰かに殺されたとか、そういうのじゃなくてよかった」
「すみませんでした……」
突然謝りだした悠依に十六夜は目を丸くした。
「何がだい?」
「母のことです、本当はもっと早くに伝えようとしたんですが……」
「そんなの気にしなくていいんだよ。一度も訪ねなかった私が悪いんだ」
十六夜は目を閉じ、まるで自分に言い聞かせるように小さく頷いていた。
「違うんです! 母は、十六夜さんのことをよく話していました! “悠依の伯父さんはね、高校の学園長やってるのよ? きっと悠依も行かなければいけない学校……。大変だと思うけど、がんばってね。きっと兄さんと蒼麻さんが助けてくれるから”と言ってたんです……。入学式の日、式辞では学園長の姿を見ることは出来ず、初めて見たのはあの、芹に攫われたときでした。でもっ! あんなことで会ったとしても、私は嬉しかったんですっ! 母を亡くし5年、この学校に入るまではずっと1人でした。家族と言える人がいなかったのです。しかし、学園に入って遥季とも出会い、陽翔さんとも再会できました。会えてよかった人の中には、学園長も入ってるんです。本当にすみません。私がもっと早くに言っておくべきでした……」
悠依は頭を下げた。
「悠依ちゃん頭を上げて、そんな謝らなくていいんだ! 私が悪かったのだ、会いにいこうと何度思ったことか、でもそのたびに仕事や用事が入ってしまって……。そんなことを繰り返しているうちに、君が、学園に入学した。君の書類を見て一目でわかったよ、写真に面影があったからね。でも家族構成の欄を見て“ああ、もう手遅れになってしまった”と悟ったんだ」
学園長は悠依の肩に手を置いた。
「こっちこそ悪かったね、これからも何かあったら気軽に、頼ってくれないか?」
「もちろんです……!」
「さあ、では帰ろう! 黎羽様、もういいですよ」
「――全く、あやつはあれだから嫌なのだ。実栗実栗とばかり言いおって、駄目だと思っていたのなら止めれば良かったろうに……!」
黎羽は水晶から出て早々、文句が止まらなかった。
「まあまあ、さ、社へ行きますよ」
「押すな十六夜! まだまだ言いたいことはっ!」
「わかりましたから、私が聞きます。――では悠依ちゃん、またね」
「あ、はい!」
去っていく2人の背を見送り、悠依も遥季の待つ自宅へと戻って行った。




