64 【妻】
「お待ちしておりました、十六夜さん」
開かれた扉の向こう、その人は悠依たちに背を向け窓の外を眺めていた。
「――この一週間、私も待ち遠しかったですよ」
「さあ、お座りになってください。空木、柳木。お前達も席を外してくれ」
「はい」
「カシコマリマシタ」
空木と柳木を退室させ、前々学園長は訥々と話し始めた。
「さて、まずは自己紹介から行きましょうか。私は不知火藤二郎と言います」
「不知火さん、私は先日も申しましたとおり、十六夜樹です。そしてこちらは……」
学園長に促され、悠依も自己紹介をした。
「申し遅れました、私は神月悠依と申します」
「神月……?」
「はい」
不知火の鋭い目線にも悠依は1歩も引かずに返した。
「何か、神月、という名に覚えでもおありですか……?」
「悠依ちゃん、落ち着いて」
小声で学園長に諭され、悠依はハッとした。
「すみません……」
「いや、それで、十六夜さん。私に何の御用でしょうか?」
「不知火さんに折り入ってお話が」
「――3千年前のお話ですか?」
不知火の言葉に2人は固まった。
「なぜ、お分かりになられたのですか」
「いつかは来ると思っていたことです。確かに、3千年前のことは知っています。しかし、私は当事者ではありません」
「――どういうことでしょうか」
「学園長を務めていたのは私ではなく、今は亡き私の妻、不知火実栗なのです」
「そうなんですか……」
「しかし実栗、彼女は亡くなる直前までずっと後悔していました。“なぜ私はあんなことをしてしまったのか”と」
そうして不知火は3千年前のことを切々と語り始めた。




