終章
――――視界は暗黒。
いつもの事だ。
この後、徐々に視界が白んできて、やがてボクは目を覚ます。
ボクの望んだその時から、やり直すために。
…。
……。
………?
…どうした?
ボクの視界は暗闇のまま、一向に光は差しこんで来ない。
なんだっていうんだ…?
闇は徐々にその厚みを増して、ボクを飲み込んでいく。
ボクは不安にかられた。
いつもと違う。
手足を動かす。
首を巡らす。
もがけばもがくほど、闇はボクに絡んでボクを飲み込んでいく。
悲鳴さえ出なかった。
ボクは…。
ボクは、やり直すんだ。
ボクは、やり直せるんだから。
ボクは…、ボクには…、リセットボタンが……。
…………………………………… ……… … ………。
……… ………… ……… ……… … …… … …… ……。
青い空が団地の合間を一色に染め上げている。
突き抜けそうな青空。
木々を揺らす風は、草花の青い匂いを孕んで吹き抜けていく。
どこからか、その風にのって、小さく歌を歌うような声が聞こえてきた。
心に染み入る、低く一定の音階で詠まれるお経。
普段は使われることも少ない錆びれた集会所から、途切れる事なくそれは聞こえてくる。
白と黒に統一された集会所には、ぱらぱらと人の出入りがある。
誰もが、黒い喪服を着ていた。
「自殺ですって?」
遠巻きに、エプロン姿の中年の女がそれを見ていた。
自然、声はひそめられる。
口調は静かなものだが、表情は興味津々といった様子で、喪服の人影が出入りする集会所を眺めている。
「そうらしいわよ。なんでも、リセットするとかどうとか…」
隣の女が口元に手を当てて応えた。
中年の女が眉を顰める。
「少し前から様子がおかしいって聞いてたけど、まさか、自殺なんて…ねぇ?」
「自殺すれば、やり直しができるとでも思っているのかしら」
「ゲームのし過ぎなんじゃないの?…リセットしたらやり直せるだなんて、ゲームの中の話でしょ」
分かったような顔をして中年女は言葉を続ける。
「人間、死んだらおしまいだってのにねぇ」
「そうそう、骨と灰になって、なーんにも残りゃしないのに。…うちの子も、気を付けないと」
「まあ、奥さん。奥さんトコの息子さんは大丈夫でしょ。いつも挨拶してくれて、しっかりした良い子じゃないの」
「そんな事ないのよ?ウチでは偉そうな口きくし…、ほんと外面だけは良いんだから」
「ああ、そうよねえ、うちの娘も…」
エプロンで手をふきふき、女達の話しは日常の些細な事へと移っていく。
突き抜けるような、遮るもののない青空からは、さんさんと明るい陽射しが降り注いでいた。
最近、自殺も多い、殺人事件も多い。
小さな子は、人が死んだら生き返るんだと本気で信じているそうな。何だか非常に先行き不安な世の中です。
生きてる間しか、やり直しだってできないのになあ。
(作者のぼやき)