鉄壁の羊
「幻の如き薄氷の剣撃」
「神撃火魔法」
レミーナとメーナの同時攻撃。
レミーナの右手に握られた銀嶺突剣、その周りに不可視の薄氷が纏わりつく。
太陽光の反射で氷が輝くことでようやくその存在を認知することができるほどの薄氷。
その一撃は防御不可。
仮に回避をしようものなら、薄氷により伸びた刀身の長さを把握できずに斬り捨てられるであろう。
それがレミーナの編み出した技、「幻の如き薄氷の剣撃」なのである。
振り上げた剣、それを神撃火魔法の炸裂を確認するとともに一気に振り下ろす。
メーナ最大の魔法、全てを焼き尽くす業火が微動だにしない山羊頭の悪魔を包み込む。
避ける気は無いのか、されるがままに炎に巻かれた悪魔。
断末魔を上げないところからすると恐らく健在である。
しかし、あの獄炎に囚われている今なら身動きが取れないであろう。
「今です!」
レミーナの掛け声、それとともに悪魔を包む業火が鎮火を迎える。
「レミーナ、やっちゃえぇぇぇ!」
魔法を解いたメーナの声援、それがレミーナの力と変わる。
「はぁぁぁぁぁぁ!」
洗練された一撃が山羊頭の悪魔の首を断ち切らんと猛スピードで迫る。
「……!?」
死の危機に際してまで微動だにしない悪魔。
しかし山羊の仮面の穴、そこから見える瞳が細まったようにサリアは感じた。
「待っ……」
サリアの注意の一声、それは完全に発せられることはなかった。
「なっ……!?」
不可視の剣撃、それは同じく不可視の速度で動かされた悪魔の指により防がれた……。
陽の光を浴びてキラキラと輝く薄い刀身、それを挟む人差し指と中指。
神技……いや悪魔的所業。
レミーナ最大の一撃がたった二本の指で止められた、その事実がサリアとメーナを驚愕させる。
殺せはしなくとも多少の傷は与えられよう、何せレミーナの「幻の如き薄氷の剣撃」なのだから……。
その希望的観測は脆くも崩れ去ったのであった。
決してレミーナが弱いわけでは無い、それはサリアとメーナは十分に理解しているし彼女の強さを仲間として誇りに思うほどだ。
故に敵が強すぎた……その結論に至るまでに殆ど時間を要しなかった。
レミーナの一撃がたった二本の指で止められたのだ、自分たちもあの悪魔には手も足も出ない……そう二人は悟ったのだ。
驚愕と絶望、その二つに縛られたサリアとメーナ、しかし誰よりも驚いていたのは勿論レミーナであった。
自身最大の一撃がいとも容易く防がれたのだから……というわけでは無い。
寧ろ、そのような芸当ができるであろう人間は他にも存在する。
ゲツヤは勿論……恐らくミツヒも然りであろう。
自己評価が低い、それがレミーナの特徴の一つである。
彼女ほど自分の技に自信を持っていない人間もいないだろうというほどにだ。
それ故、この技がいつかは防がれる日が来るであろうとは察していた。
だからその事には驚きはしない。
では何故レミーナが驚くのか……それは悪魔が薄氷の刀身を二本の指で止めているところにある。
「幻の如き薄氷の剣撃」……それは極限まで薄く形成した氷の刃で敵を切り裂く技。
あまりにも薄い故、敵を斬ると共に氷の刃も砕け散る。
今まで何度か使用してきたこの技だが、その全てが一撃で氷は砕けた。
少しでも外部から力が加わろうものなら砕けてしまう薄氷、それが今この場では崩れる事なく二本の指に収まっているのだ。
この悪魔は力の使い方を熟知している……人知を超えた領域にまで。
そして彼女も悟るのだった……決して勝てないのだと……。
「レミーナ、離れて!」
停滞していた時間、それがサリアの掛け声と共に再び動き出した。
「氷炎魔法」
サリアの両手から放たれた氷炎魔法が羊頭の悪魔をめがけて突き進む。
サリアの声にハッと我に帰ったレミーナは、掴まれた氷の刃を砕き、悪魔の肩を蹴って後ろに宙返りする。
射程外へと逃れたレミーナを目視すると、両手に込める魔力を最大限へと上昇させる。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
サリア渾身の一撃、それは美しくも強大な破壊の一撃。
炎と氷、相反する二つの事象の混同、その荒ぶる猛威が羊頭の悪魔に直撃する。
先ほど同様、避ける意思は見られずこちらの攻撃を受け入れるかのようである。
それは油断でも何でもない。
あれほどの力の差があるのだ、本当に避ける必要がないのであろう。
しかし、サリアはそれを好機と見た。
あれほどの実力者ならば、避けるのも容易いはず、しかし避けないのだ。
それならば、もしかしたら……もしかすると怪我の一つくらいは負わせることができるかもしれない。
万に一つの可能性に賭けて放たれた氷炎魔法は悪魔に直撃した、しかしどれだけ魔法を喰らおうとも一向に倒れる気配が無い。
それを見て、一瞬表情を曇らせるもすぐにその絶望を払拭し、ならば……と込める魔力を上昇させる。
彼女の放った氷炎魔法の衝撃により辺りの砂は舞い上がっており、時間が経つにつれて視界が悪くなっていく。
あまりにも強大な力の衝突に、メーナとレミーナはただ見守ることしかできない。
必死に魔法を放つサリアの勝利を願って……唯一できること、尊き大賢者に祈りを捧げている。
魔法の発言による風に、サリアの美しい金の髪と彼女の纏う紺碧のバトルドレスがバタバタ音を立てて揺れている。
額から生じた汗は、出たそばから風に乗って飛ばされていく。
体内の魔素全てを放出するイメージ、それを意識し続け、自身のありったけの一撃をあの仮面の悪魔にぶつける。
殺せはしなくとも、かすり傷一つでもつけてやる。
魔素の枯渇、それにより激しい目眩がサリアを襲う。
しかし、決して倒れまいと声をさらに荒げ、奥歯を噛み締める。
その魔法、全身全霊をかけたサリアの氷炎魔法は、神撃級をさらに超えた域に達していた。
だが、その魔法を操りしサリアの魔素も無限ではない。
遂に魔素が尽きた彼女は、糸を切られた操り人形のようにずさりと砂の上に倒れた。
混濁する意識の中、サリアが見たものは自分を信じて見守ってくれた仲間たちの姿と倒れ臥す羊の仮面の悪魔……ではなかった。
一つは自分と反対の方向を見て驚愕する二人の仲間。
そしてもう一つは……砂煙の中から出てきた、傷一つ付いていない羊の仮面を付けた大悪魔の姿であった。




