圧倒する魔法の真髄
四分された帝国兵、東西南北それぞれの門に100名ずつが配備されている。
アリスは拡張器の使用による指揮をエトナ城より行うことになっている……実際は策を使う機会はないであろうと言っていたが。
中央は先程の軍議で決まったように、ゲツヤとミツヒが死守する手はずになっている。
残ったサリア、レミーナ、メーナは遊撃隊として劣勢となっている戦場に向かってもらうことになった。
仮に仲間のうち誰か一人でも死のうものなら、時魔法を躊躇なく使用するつもりだ。
しかし、いつに戻るのかが分からないが故、時魔法の使用は極力避けたいのである。
軍議から1時間……全員が所定の位置につき後は敵軍の襲来を待ち構えるだけとなった。
誰一人として油断はない……無論それはゲツヤも然りである。
「来る……。」
急接近する魔力、それにいち早く反応を示したゲツヤとミツヒは予定通り上空に向けて魔法を放つ。
「「火魔法」」
その信号が各四つの門まで届き、兵が戦闘態勢へと入った。
「やはり……四方から攻めてきましたわね!」
自身の予想が的中し、ひとまず安堵するアリス……しかし、それはすぐに崩れることになった。
「なっ……!?」
アリスの驚愕の声が城に響く。
確かに敵は四分されていた……だが東西南北全てをそれぞれ一人……いや、一匹ずつの悪魔が攻めてきているのだ。
その魔素容量の桁違いの多さですぐに分かる……恐らく中級はゆうに超えているであろう大悪魔が四匹。
「悪魔信仰者の名は伊達じゃないというわけね……。」
想定外の事態……それが、普通の敵と同じ手段では通用しないということをアリスに痛感させる。
ーーーーーーってアリスさんは悩んでるんだろうなぁ……。
一連のアリスの行動、それは全てミツヒにはお見通しであった。
四方から叫びと雄叫びが聞こえて来る中心部、そこにいるミツヒは瞼を閉じて左手を天に掲げる。
ーーーーーーアリスさんを困らせてる悪魔ども……今すぐ僕が倒してやる!
「数多を導く神なる光よ 万物を貫く裁きの鉄槌よ 我が怒りを 我が正義を 今こそ顕現せよ 來る厄災を希望へ導け」
ミツヒの詠唱、それとともに現れた魔法陣はこれまでミツヒの出してきたものに比べ遥かに巨大。
半径は5メートルといったところだろうか……金色に輝くその魔法陣からは尋常ではない魔力が溢れ出している。
その光景、まさにこの世の神秘。
神の降臨を創発とさせるあまりにも神々しい光景がミツヒを中心に広がっていく。
そして、魔法陣に込められた魔力は最大となり辺りが金色の光に包まれたころであった。
「神撃光魔法」
失われし秘術ともいえる希少性の高い魔法、光魔法。
初歩でも会得しているものは限られているその魔法をミツヒは神撃級まで操れるというのだ……召喚された勇者というのは侮れない。
無論、ゲツヤにも神撃光魔法は使えないのだから。
そして……黄金の光が四方へと散っていった。
言うなれば光のミサイル、追尾性を兼ね備えたそれが四方向の悪魔を狙い撃つ。
どこの帝国兵も当たり前のように苦戦を強いられていたが、目の前に立ち塞がる悪魔、それが天から下された光により崩れ去っていくのだから驚きである。
魔法を放ってから時間にして5秒、ラルトの東西南北の四方角から光柱が天まで伸びた。
そして、それが事態を急変させる。
何処から現れたのだろうか、白いフードの悪魔信仰者が四つの門全てを強襲し始めた。
しかし、それは当初から想定されていたこと。
驚くものは誰一人としていないのだ。
一応ゲツヤは探知魔法で敵の数を調べる……敵の数は500が4部隊。
彼ら帝国兵なら何とかなる兵力差であろう……そして、少し離れた傍観者となっているこの人間は……間違いない。
「おいミツヒ、頼んだ……。」
「はっ?」
一言添え、ゲツヤは宙を舞う。
ミツヒが何かを言おうとしていたが、それよりも速くゲツヤは飛び去っていくのであった……。
だが、ゲツヤが何処へ向かったのかはミツヒには何となく察しがついていた……彼の宿敵とも言えよう奴の元であると……。
分かってはいる……ゲツヤの思いは分かってはいるが叫ばずにはいられなかった。
「頼むのはこっちの方だぁぁぁぁ!ぜっっったいに戻ってこぉぉぉぉい!」
信頼の叫び、友人への叫び、それは遠くへ飛び去ったゲツヤにも聞こえていたに違いない……。
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テオドア帝国首都ラルトよりやや南に進んだところ、テュポーン砂漠の真っ只中のその土地。
絶えず吹き続ける強風が細かい砂を巻き上げ、立ち寄るものを拒む。
一度商人が迷おうものなら、死は確定。
干からびるか、砂に埋もれるか……二つに一つである。
それは今日という日も変わることなく砂塵を巻き上げている。
そして砂漠の中、たった一人で砂丘に立ち尽くした男がいた。
見た目としては冴えない中年の男。
目は鋭く、体は太くも細くもないいたって普通の体型。
背も格段高いわけではなく、筋肉があるかと言われたらある方ではあるが、特筆すべきほどでもない。
唯一目立つ白髪には一筋だけ黒い髪が走っている。
そんな彼、キュリメス=ヘルマは少し北、ラルトがある方向を見つめている。
「来るか……〈月〉よ……。」
砂塵が立ち込めるなか、キュリメスは迫り来る敵をただひたすらに待ち続けるのであった。
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あの男、キュリメスの使う魔法は強力だ。無策で突撃すれば同じ過ちを繰り返しかねない。
今のところ分かっているのが、火魔法と土魔法の混合魔法、「凍てつく竜巻」、「死を呼ぶ魔の五重奏」の三種の混合魔法を用いるということだけ……。
そこから推測するに、キュリメスの最も得意とするのは魔法攻撃……しかも、ゲツヤをはるかに凌駕する魔法適正の持ち主。
それならば、キュリメスの放つ魔法に有利となる属性を持つ混合魔法を撃ち込む……それしかあるまい……
「って考えてるんだろうな……。」
ゲツヤの策は全てが筒抜けであった。それをキュリメスの浮かべる不敵な笑みが物語っている。
「お前がどう魔法攻撃を放とうと、俺の七曜能力の前には無力に等しいわ!己の〈月〉の七曜に頼らずして俺に敵おうなど片腹痛い!さあ来い、無能な少年よ、魔法の真髄を貴様に見せてやろう!」
魔法使い……というよりは武闘家のような構えをとるキュリメス、そんな彼の目は空から迫る一人の少年……ゲツヤを捉えていた。
無論、ゲツヤがすでに先手を取るべく魔素を魔力は変換しているのにも察知している、それでいて余裕を保っているのだ。
キュリメスのすぐ上空、ゲツヤは先制の一撃を加えるべく右手を突き刺し唇を動かす。
「神撃土魔法」
「ふんっ!」
詠唱とともに現れた隕石は、真下に佇むキュリメスを押しつぶさんと猛スピードで地に迫る。
「牽制にもならんな……炸裂岩」
天より迫る隕石は、キュリメスの放つ岩の爆弾により粉々に砕け散る。
しかし、それはゲツヤにとっては想定内。
すぐさま次の行動へと移る……考えずに、本能のまま……ではなく、理解と本能を合わせ動く。
キュリメスが気づいたときにはもう遅い、ゲツヤは呪剣を引き抜き背後に迫っていた。
ーーーーーー風剣流奥義[玄武断岩]
全てを切り裂く風の刃がキュリメスの首を落とそうと迫り来る……が、それを紙一重でかわす。
ーーーーーー馬鹿が、剣技は発動後に隙ができるんだよ!
ゲツヤを愚かと見下し、トドメを刺さんと左の手に魔力を込める……だが、見つめた先にあったのは剣……ではなく鞘を振るい、その反動で回転してもう片方の手で握った剣を振るわんとするゲツヤの姿であった。
「なっ!?」
ーーーーーー嵐炎波
回避は不可能、相殺も不可能、それほどまでにゲツヤの策は上手くいっていた。
全てを焼き尽くす獄炎と全てを切り刻む竜巻、そして全てを断ち切る斬撃がキュリメスを包み込んだ。
絶大な魔力の融合、それが辺り一帯の砂を吹き飛ばし、砂丘を崩す……それでも砂の底は見えないのだが。
そのあまりに強大な魔力はラルトにいる人々はおろか、遥か遠くサザンカや、故ルナヒスタリカ王国のシュタイン村……そこにあるセルジューク伯邸でまで感じ取られた。
その直撃を受けた本人、キュリメスは無事ではあるまい……というのがゲツヤを含め、この魔力を感じた誰もが率直に思った感想であった……たった二人を除いては……。
その当人、それはキュリメス=ヘルマその人である。
「かぁぁぁぁぁ!」
一喝、それとともに打ち破られる獄炎の竜巻、そしてその中から出てくるのは一人の男であった。
ダメージを負っている様子はなく、それどころか服にすら被害は出ていない……否、服など無い。
「焔と旋風の加護」
そう言い放つキュリメスの身体は、炎と風の鎧に包み込まれている……それを見て驚愕するゲツヤ。
あり得ない……あり得ない……その言葉だけが脳内をぐるぐると駆け回る。
「全く……この程度の応用で戸惑うとはな……あのお方は絶大な魔力と知識と力を与えたとかいってたのによ……飛んだ拍子抜けだ!」
驚きを隠せないゲツヤ、それを見てキュリメスはため息を一つこぼす……それもそうである、宿敵が現れるかと思いきや自分より遥か格下なのであるから。
「じゃあ、冥土の土産に観ていきな!これが魔法の真髄よ!」
そう言い放つキュリメスの両腕に魔力が集まっていく。
土と炎、どちらも神撃級であるのはその魔力量から明白である。
「焦熱の旋棍」
その一言とともに、キュリメスの両腕に鋼鉄の武器……トンファーが現れたのであった。
「おい〈月〉!これが只のトンファーだと思ったら大間違いだ。こいつはなぁ!」
気づけば目の前、トンファーを構えたキュリメスが迫っていた……回避不可、咄嗟に防御をとる。
「遅いわ!」
右の横腹を鋼鉄が抉る、鈍い痛みが身体の自由を一瞬にして奪い取る……いや、それだけでは終わらなかった。
トンファーの直撃、それとともに接触部分を中心に爆発が起こる……それがさらなる苦痛を巻き起こす。
「ぐがぁぁぁ」
ゲツヤの顔が苦悶に歪み、地に伏してのたうち回る……それほどのダメージがゲツヤを襲っている。
「こいつはな、敵に触れたところが爆発するんだよ。炸裂岩の応用さ!魔法は万能だ、幾らでも戦い方がある……その数は無限大、だが〈月〉!お前らみたいな無能どもは勝手に限界を作りやがる。だから弱っちいままなんだよ!自分の適性にも頼らず、苦手な魔法で戦おうとするからそうなるんだよ!」
「……さっき……から何だ!〈月〉って……」
「知らないなら結構、死ね!」
倒れるゲツヤに迫るトンファー、防ぐ手立てはない、かわす手立てもない……ゲツヤは覚悟した……時魔法を使う覚悟を……。
敗北を覚悟したゲツヤは瞼を閉じる……しかし、すぐに一つの言葉が脳内で繰り返される。
『自分の適性にも頼らず、苦手な魔法で戦おうとするからそうなるんだよ!』
ある……まだ方法、戦う方法は残ってる。
ーーーーーーまだだ、まだ終わらない!
そして、ラルトより南の砂漠を中心としてテュポーン砂漠全土に夜の帳が下りた。




