元凶遭遇
猪突猛進。
黒い髪を疾風によりなびかせる少年は悪魔信仰者の大群の中をまっすぐ本陣に向け突き進む。
行く手を阻む障害物は全て一刀のもとに斬りふせる。
後方サザンカ門付近から聞こえる騒ぎ、それが異常事態の発生をその少年に伝える。
だが、それでもひたすら斬り進む。
探知魔法、それの情報が正しければ黒髪の少年の進むその先にはこの中で最も強大な存在、恐らく敵の指揮者である〈火〉の大司教がいるはずだ。
彼は直感的にだが、ある一つの事を感じていた。
それは、この荒ぶる感情を鎮めるには大司教にぶつける他にはないと。
その直感を信じ先をただただ急ぐ。
何度も何度も見た光景、襲い掛かろうと迫る悪魔信仰者を呪剣で豆腐のようにスパスパと斬り裂く。
切り刻まれた肉塊がビチャビチャと音を立てて落ちる。
少年の通った後には血の池ができているに違いない、そう思えるほどに悪魔信仰者を何人も何人も殺して殺して殺して殺して……ようやく目的地であろう場所の前にたどり着いた。
「はや……速いって……。」
ゼェゼェと息を切らして遅れながらも少年についてくるのは、綺麗な茶髪に猫のような耳を携えた小さな少女。
精一杯役立とうと努力する彼女が焦る少年の心を安らげる。
だがそんな彼女を一度死に至らせた元凶が目の前にいるかと思うと、むしろその安らぎがさらなる激情を呼ぶ。
「メーナ、近くの岩陰にでも隠れとけ……。」
メーナを危険に晒すわけにはいかない、その判断から彼女を安全な場所へと避難させることにした。
「うん、分かったよゲツヤ!」
少し残念そうな顔をしたがすぐに元の明るい表情へと戻り、急いで少し離れた岩陰へと走っていった。
それを確認するとゲツヤは幕で囲まれた敵陣へと息を殺しひっそりと近づいた。
幕と幕の隙間から覗く。
やはり予想通りここは敵本陣であった。
ゲツヤの覗いた先には異様な光景が広がっていた。
悪どい宗教独特の胡散臭さと神秘さを同居させたかのような趣味の悪い装飾の施された本陣。
そこにいるのは4人の白いフードをかぶった人間らしき者たち。
どうしてだろうか、異常なまでの死肉の腐敗臭がこの空間を包み込んでいる。
だがその疑問はすぐに解消されることとなった。
そこにいた1人が突如動き出した。
見つかったのでは、とゲツヤはすぐさま幕の影に身を潜める。
だが幸い彼の側まで確かめに来るようなことはなく、どうやら気づかれたわけではないと分かり少し安堵する。
動き出したその1人は陣から外に出てしばらくした後に再び帰ってきた。
そのとき、その白フードが持って帰ってきたものがこの腐敗した臭いの原因であった。
死んだ兵や聖騎士、悪魔信仰者。
死体が荷車に詰められて次から次に運ばれている。
それはこの空間において最も位の高いであろう者、陣の中心で派手な装飾の椅子に腰掛けている女性の元へ運ばれた。
そして次の瞬間、ゲツヤはこの世界に来て……いや、人生最大の驚きを感じた。
「死者使役。」
その女が死体に手をかざし、呪文のようなものを呟いたそのときだ。
一度生命を絶たれた肉塊が再び生を受け立ち上がる。
(死の騎士発生の原因もこいつか……。)
ゲツヤは拳を握り締める。
(やはりこの女が敵将……惨劇の元凶……悪魔信仰〈火〉の大司教か!)
この光景がそれを裏付ける何よりの証拠となった。
その元凶が何かに気づいたかの様な素振りを見せる。
咄嗟にゲツヤは隠れた。
「あらぁ、とうとうここまで来ちゃたようねぇ。」
お前は見つかった、そう女によって告げられた。
敵に察知されたことを悟りゲツヤは固唾を飲む。
「隠れていないで出ていらっしゃい。」
恐る恐る覗くと、女がこちらを向いて手招きをしている。
バレているなら仕方がない、そう開き直り覚悟を決める。
「出てやるよ……。」
ゲツヤは呪剣の柄を握り、全身に力を込める。
敵陣を覆っていた幕の影に身を潜めていたゲツヤだが、決意を固めてそこから身を乗り出す。
敵の親玉をここで殺す。
その目的意識に突き動かされる。
「お前は、お前だけは生かしてはおけない……。」
そう言い放ったとほぼ同時だった。
ゲツヤはその女の首目掛け呪剣を引き抜いて、そして斬り掛かった。




