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The Ultimate World  作者: 鳥羽餅誉
今世紀初の混沌のはじまり
6/6

生き充足、そして戦渦へ


1.


俺達は「化け獅子」とHPのフレームに書かれたモンスターを相手にしている。日本のお祭りや行事に出てくる「お獅子様」に似ている。


「せあぁっ!」気合いと共に俺は刀を下からモンスターの懐に潜り込むように逆袈裟斬りをした。フルゲージだったHPを3割削る事が出来た。四肢で身体を支えるモンスターは緑の風呂敷から腕を2本、別に突き破っている。

レンやナナミと連携して化け獅子の周りを立ち回りながら、隙を見つけては攻撃を入れる。

竹林の続くこの山を登る事2時間、そこでたまに出現するモンスターをマサトさんが監督して後ろで見守る中、俺達は戦い続けた。雲に覆われた暗い夕陽が、俺達を包む緑の竹林を幻想的な真紅に染め上げている。具体的にはレンと俺で化け獅子の側を動き回って斬り付け、ナナミが少し距離を置いて強化魔法を使ってくれている。時々、炎弾でダメージを与えたり、けん制してくれる。


ここは俺達が目指すチーム朱雀炎舞の本営である大江戸という街のすぐ側、竹林山だ。名前の通り、木の代わりに竹が生え揃っている。

この山の入り口は途中まで石畳と石の階段、石の置物が続く人の手で舗装されたような道が続いていた。10分もしない内にいつの間にか土の山道を歩いていた。


俺達は宿屋からログアウトした後、きっかり1週間後にTUWを再開し、その日からプレイして今日が9月の終わり。1ヶ月が経とうとしていた。丸1日1週間という長い日々を設けられた中、1日中ではないにしろ、毎日かなりの時間をTUWに費やしていた。合計415プレイ時間が経った。

それだけ見れば普通の家庭用ゲーム機20作ともう1作クリア出来るか出来ないかのプレイ時間。これは相当長い時間だ。だけどそれでも、俺達のレベルはついさっき30代に達したばかりだ。

ヴァーチャルゲームは今まで、スポーツや武道、脳促進、ミニゲームくらいしかなかった。RPG物は社会がテレビゲームで許す程度だった。ファンタジックな冒険をするRPGを仮想でやるのは、悪影響なる刺激が強すぎると、法で規制されていたのだ。


ほぼ1ヶ月が経ちそれでも、ミツヨシを捜すために己を鍛える日々が続く。


正直ここまで大規模な旅になると予想しようとは思わなかった。何度も自分の命を狙われる事に肝を冷やす俺は、最終的にマサトさんにいつも救ってもらっていた。

自分が死と隣り合わせの旅に慣れたのか、まだまだなのか分からない。恐怖がとれないが、それも含めてここまで旅してきたということは慣れつつあるんだろうか。


ここまでの旅路で色々な街や平原、洞窟、山を越えてきて、様々な景色に感動し、様々な危険に恐怖した。どこか遠くの、地球に似た未知の惑星を探索隊として歩いているような気分だった。平原では所々に大陸の一部がえぐれ、削り取られた岩盤が宙にアーチを造っていたり、もう1つのとても小さな惑星が形を保ったまま衝突し抜け殻が残ったような、そんなように地面が盛り上がっていたり。洞窟では湖を造っていた天井にもう1つの湖のような水色が浮かび夜空のようだったり、地下迷宮かと見まがうほどの大天井に覆われた迷路のような場所に出たり。


街は特に刺激を受けた。小屋を積木のように、あるいはジェンガのように不規則に積み上げ、それが2つ巨大建造物のように建っていて間を数千の橋で繋げた幻想的な街だったり。道という道が地をついて歩けるようなものでなく、全てが水路で小舟を移動手段とするどこかで聞いたような町だったり。


とにかく刺激を受けて驚いてばかりだった。何せ、造り込みに凝ったファンタジーゲームを、その生身の感覚で新鮮に触れたような感慨になったからだ。しばらくは旅の目的を忘れて、現実とは大違いな世界に浸っていた。

そうして今、目的地である朱雀炎舞の大江戸近くまで来ていた。


化け獅子は傀儡くぐつのようなそのカラクリ頭を口から大きく開け、炎を吐き出す。俺達は後ろに飛び上がって回避する。レンだけが化け獅子の側で横に転がって回避し、身体の横に入っていく。力を込めた唸り声を上げ、鋼鉄のヤリを突き刺しそのまま胴体を横に抜き走っていく。


「行け、トモキッ」痛みに堪えたかのように呻いた化け獅子はその炎を吐き出し続けながら空を向く。炎が蛇のように宙をうねり、消える。

俺はマサトさんからこの世界での技の習得も教えてもらった。単にその技のイメージを強く頭に浮かべる事だ。言うのは簡単だが、実際に行うのは難しい。これをマサトさんは、刺激を閉め出された現実世界では想像力または創造力なるものが劣っていくからだという。

だが長い旅の経験と、化け獅子の出したばかりの炎が鮮明に頭に残っていたのでイメージをすることは簡単に出来た。刀に火が付き、火炎で刀身を包むイメージを頭に思い浮かべ、それを現に投影するようにその刀に照らし合わせた。

灼熱の業火を纏うように想像してみたが、実際にはそこまで勢いのない、本当に刀に火が付いたという程度だった。


「うおぉっ!」俺は激しく地を貫くように蹴って跳ぶ。頭の後ろに刀身を振り上げた俺はそのまま、段々と地面と化け獅子に近づいていく。空気の圧を知覚して身体が降りていくのを感じながら、化け獅子の俺を叩き飛ばそうとする腕を確認する。

そのまま俺は身体を横にひねる。空中では全くといっていいほど身体は動かない。相手の腕をわき腹にかすめる。


「ぐっ」と痛みを堪えながら、炎の刀を振り下ろす。

相手の左肩から入り確かな硬い感触が腕に伝わるのを感じながら、身体を下まで斬り抜く。俺の身体の重さと振り下ろした圧で緑の風呂敷のようなマントと中の木のカラクリを切り裂く。

ひらひらと舞い落ちたマントとそこから窺える深い赤の切り傷は確かな手応えと確信する。倒せはしなくとも予想通りHPはもうオレンジゾーンにまで削った。


俺のこの刀はAランクの「希望刀きぼうとう」という物だ。初めてこのTUWをプレイした時の「ブロンズソード」はいつだか忘れたが売ってしまった。それよりも優れたこの希望刀が手に入った時だと思う。旅の資金稼ぎであるクエストを引き受けた時、ボスモンスターからレアドロップしたものだ。

討伐に一番活躍したレンかマサトさんに譲った方がいいだろうと自分なりに効率よく考えたつもりだがレンに、これはお前のものだ、と受け取りを拒否された。


この刀は日本刀のようなデザインをしているが少し変わっている。柄の先は鍔を通って刀身が続くが、まんじを×印のように角度を変えた鍔になっていて、その中心は人の顔程度の輪っかになっている、柄と刀身の間を、卍の1本1本が鳥の足のようなそのデザインが握り手を守り、刀身側のその鳥の足が鞘に刃を落とすときの受け止めになるように出来ている。

この武器は説明によると、未来を見る力と、身体を強化するそれぞれの力が秘められているらしい。

この希望刀はゲームを再開してすぐに、1、2日程度で手に入れたものだ。このTUWではSランクが最高ランクと聞いているので、この早い時期にAランクを手に入れられたのは奇跡だ。しかし、手に入れてからというもの、この武器の能力が発動したことはない。発動条件も書かれていなかった。それ以外の特徴といえば、Aランクにしては攻撃力がないことだ。繰り手のステータスに依存するらしい。


レンが俺の着地時の無防備な状態をカバーするかのように、切っ先を伸ばした指を化け獅子に向かって振り下ろす。頭上に雷撃を落とす。

着地してすぐに距離を置いた俺。ナナミが効果の切れた俺達への強化魔法を再び施す。


「行けるよっ、トモキッ!」攻撃力と素早さを上げてくれたナナミに感謝だ。安全のために距離を置いたため、離れてしまったがナナミのおかげで50m走の選手並に足をフル活動させ、地を蹴る。

泥を蹴ったのが分かる。さっきの接近の2倍はあろう速さで近づく。さっきよりも足が速く交互に地面を蹴られている。レンのおびき寄せに捉われていたも、俺の攻撃が先に来ると考えたのか、こちらを振り向く。

だったらもう一度だ!刀を燃やし尽くす気持ちで込める。と、


何かをよぎったかのように瞬間的に目の前が切り替わる。


ぼやけていてどうなっているのか分からない。街が燃えている? 大火に包まれた江戸情緒ある街だ、確かにそう俺の眼に映る。崩れ去っていく建物。叫ぶ人々。なんだ?


そこでまた元の視界へとよぎったかのように戻る。


まあいいか、ヒントを貰えたと思えば。


さっき映し出されたものを元に、俺は刀を燃やし尽くす気持ちを一層強く込めた。すると今までで一番の火炎を纏い始めた。刀を持つ右手が、急に真夏のギラギラと射すような太陽の光を浴びるような感覚を味わう。暴発するかのように火炎を纏う刀身から小刻みに振動が伝わる。ブレるなよ。俺はそのまま、薙ぎ払うように刀を力の限り振るう。化け獅子の木の胴体に刃が食い込む。当たる。叩き割るような、ミシミシとした感触が伝わってきた。そのまま追い越すように走って抜きり去る。


「ぬおおぉっ!!」胴体の背中の皮1枚を切り取るように、終わりにも渾身を込めて振り抜く。

最後の皮1枚が切り取れたような感覚を覚えて、自分の肩の高さで刀を止める。


振り向けば空中で静止した化け獅子は、データとして削除されるかのように、その存在がテレビの砂嵐のようにブレた後、光となってガラスの破裂とクラッシュ音を炸裂させた。


ふう、やっと終わった。


姿勢を戻した俺の目の前にモンスターの撃破情報が現れる。このメッセージが出て来たということは周囲にモンスターはいない。モンスターの落とすアイテムや経験値、ギルを受け取るとメッセージは消える。


「旅人のマント」をアイテム欄から身に纏い、無造作に刀を鞘にしまう。ちなみに防具も新調した。皮鎧から、上質な皮素材をメインに編んだ防御力と素早さを損なわない軽装の鉄メイルだ。

肘や膝などのガードや、胸当て、肩当て、手甲、すね当て、それらの部分のみ薄い鉄で覆われている。残りは動きやすいように最低限の皮や鎖かたびらに包まれている。

レンも似たようなものだが更なる動きやすさを重視し、俺よりも軽装で肩当てなんかは片方しかない。ナナミは更に、ローブを纏った魔法使いのようになっていた。とんがり帽はないが、深緑の全身ローブ姿だ。先が丸まってねじれた木の杖を持っている。

接近戦では全身鉄メイルだと動きが鈍くなるのでモンスターの攻撃を受けやすい。低レベルが鉄メイルを着込んでも攻撃力の高いモンスターには通用しないんだとか、マサトさんがいなかったら死んでいたこともある。

まずやり始めで命を落とすプレイヤーも少なくないらしい。それを考えるとマサトさんに救われていると感じる。他の初心者プレイヤーとそう変わらない俺達がマサトさんのおかげで生きてると思うと、他のプレイヤーの命が物のように扱われている気がしていつも胸が痛む。


「お前らよくやったなぁ、お前らだけでモンスター倒したのは初めてじゃないか?」


嬉しそうに腕を広げて後ろにいたマサトさんが俺達を迎える。レンのマサトさんに対する気になる部分ももうずいぶん前から無くなっている。とても過ごしやすくなった。精神面でも。


「はい、やりましたっ」俺は初めて倒せたことに嬉しさと安堵を感じて力が抜けた。少しつまずいて転びそうになる。


「朱雀につくまでに成長したな、ミツヨシへの近道だっ」マサトさんに褒めてもらった。これも初めてかもしれない。


そうだ。もうすぐミツヨシに会うために朱雀炎舞で修行が出来るんだ。

お前は今でも時々夢に出てくるな。いつも何か大事な話をしている気がする。その度に現実が住みづらく感じる。


全ての人々がオーグとナノマシンである一点に向かっていく。同じ方向で、同じ歩幅で、同じ考え方で、同じ答えに辿り着こうとしているのが、日に日に強く感じるようになる。

そう思えば思うほど、実は彼らに物語なんてないんじゃないかと感じるようになる。同じ顔、同じ身体。そう、まるでゲームのNPCのよう。そしてその社会は灰色の機械的な景観。何だかそれを考えるだけで虚しくなってきた。

このTUWは恐ろしいけど、その分だけ刺激がある。向こうで禁止されてきた色とりどりの刺激がここにはある。ここでは面倒や、恐怖、気怠さ、悲哀を感じることが出来た。ただそれだけじゃなくて、感動や驚き、高揚、喜びも感じることが出来る。今ではそう考えてばかりで、何故かそれらは嫌なものじゃなかった。色んな苦労をしてそこに感じることが出来た快楽は、向こうで感じる気楽さとまるで違かった。


緑の薄い竹が林立するなか山道を歩き続ける。夕陽の真紅が竹の山を包み、神秘的な雰囲気を醸し出している。なんだか心が安らぐ。

和を感じたのは久しぶりかも知れない。本当にここはゲームの中なんだよな。

さっきこの竹に囲まれた空間でモンスターを倒したことを思い出す。あんな生き物がいないことや、ゲームのようにその存在が消えていったことだけが、ここがゲームなんだと改めさせられる。

リアルな生物感、自然の匂いがどこへ行っても香ること、宿や酒場で食べた西洋の家庭料理の味。ケガをすれば痛いし、長く歩けば疲れる。

初めてだらけの刺激。奇妙だ。たまにこっちが本物の世界なんじゃないかと思わせる。


ゲームを再び始めたら、最後にログアウトする時にセーブしていった「アドーミネムの宿場町」のあの宿屋だった。テーブルにつく前にすでにマサトさんは席についていた。あの時のNPCの女将さんが、1泊4人かい? 1200ギルだよ、と俺達に声をかけた。

そうではない、とマサトさんが断ると、何だよ、冷やかしかい、だったらいったいった、と、カウンターの奥に消えていった。不思議な新鮮さを感じた。


テーブルについた俺達は、そこで俺達は、これまでとこれからの、それらに対する不安や恐怖をぶちまけた。マサトさんは黙って聞いてくれた。何を答えるわけでもなく。ただ、頷いてくれた。肯定してくれた。自分に兄がいたら、こう優しく包んでくれるのかと思った。


そうしたら、フレンド登録とチームの作成、このTUWの現状と俺達の目的について説明してくれた。俺達のチーム「捜し人を求めて」は、オルメディ・エンパイア、神聖騎士団しんせいきしだん天狼星てんらんしん、リヴァイアサンという4つの大国レベルのチームと肩を並べる朱雀炎舞にお世話になるらしい。


その朱雀炎舞は日本の警察とアメリカの派遣捜査員をチームに迎え入れ、このTUWというゲームの攻略、脱出を明らかにするのが目的としているそうだ。

コソコソTUWを嗅ぎまわっても、運営委員会に目をつけられている様子は今の所ないらしい。奴らにとって俺達のしていることが成せるものだとハナから思ってないんだ、と舐められているとマサトさんは思っているようだ。


そこでTUWのシステムを嗅ぎまわっている危険なチームがあると聞く。そこにおそらくミツヨシは所属し、運営委員会にチームごと目をつけられている、と話した。

消息も確認出来なければ、コンタクトも取れないんだとか。もう消したのかどうかは知らんが、とマサトさんは付け加えた。

とにかくそのミツヨシというプレイヤーをアメリカ大陸、アリューシャン列島近くのとある村で見かけたから接触出来るかも、と言った。

聞けば、ロシア側の長く伸びた島のどこからしい。アメリカと聞いた途端、目眩めまいがした。


このTUWの世界は現実世界の地球を模して造られ、地球と比べてその面積は5倍はあるらしい。俺達の暮らす世界よりも遥かに広大なフィールドだ。

ファンタジックな飛空艇や軍に使われそうなジェット機なんかで移動できるかもな、とマサトさんは言った。そうにしたって長すぎる旅路だと思った。そしてこの世界はファンタジックな要素だけではないことも分かった。


最後に俺は疑問に思いマサトさんに質問した。どうしてチームが沢山あるのかと、大きなチームがいくつも出来たのならくっつけてゲームの攻略に役立てたり、死ななくていいプレイヤーを助けてあげればいいんじゃないかと。

レンはとっくに知っていたみたいだ。レンはマサトさんが話そうとする前に口を開いた。


どのチームも敵対していると。


攻略法が見つからないまま焦りを覚え、死の恐怖から遠ざかるためにプレイヤーを殺すからだ、と説明した。俺は戸惑いを隠せなかった。どうしてプレイヤーがプレイヤーを殺すんだと疑問に思うことなく理解した。

初めてのプレイヤー狩りの時に彼らは言っていた。プレイヤーがプレイヤーを殺せばレベルが上がると。殺した数だけレベルが上がる。

俺達は400を越えるプレイ時間、このゲームをやっているがレベルはまだ30代。そして自分達のレベルに釣り合わないモンスターは度々現れた。

自分の命のために、同じプレイヤーを殺して今ここまで生きている。強者はそういうものなのだろうと思った。我が身可愛さに、とは言わない。俺はそんなこと口に出来ない。


レンはその後も丁寧に説明してくれた。人間は、ましてこんなぬるい社会で肥えてきた人間は、同胞を殺すことに抵抗感が存在すると。俺が良く知っている事だ。現実のニュースで殺人事件を見ると感じる。

だが人は恐怖に弱い、恐怖に蝕まれた人間は前脳いわゆる人の心から中脳と呼ばれる獣の心で考えるようになる、そうなればあるいは、他者の敵意で自分が狙われることに不快や心外だと感じ、怒りを覚える者も出てくる。それで争い始めるわけだ。

現実の世界では戦争も昔のものになり教育も、荒廃区や中東の紛争地帯を除けばほぼ行き届いている。価値観もまああると思う。それでも俺達人間は、この時代は特にもろい。耐性がなきゃ、頭を冷やしてじっくり考えることなんて難しい。命は誰でも惜しいからな。そうやって殺せばもちろん恨みも買うわけだ。


殺し合いは冷静な頭と判断だけで抑えられるものじゃない。それを運営委員会はモンスターを引き金にしたわけだな。レンはそこで説明を終える。


誰でも命は惜しい。それを利用した同じ人間である運営委員会の人々。彼らは人間じゃないと思った。

そこまで考えた時、思わずマサトさんを見てしまった。レベル10120。10114だった数字は6上がっている。

俺達を襲ったプレイヤー狩りを殺した時に上がったんだ。それからマサトさんがプレイヤーを殺す所をみたことがない。そしてその時からレベルは1も上がっていない。もはやモンスターを倒すだけでは経験値が足らないということだ。それでモンスターが恐いとプレイヤー達は言ってるんだ。同胞を殺さずにはいられないんだろう。


登山とモンスター退治を両方こなしながら、この竹林山を登ること2時間半。


体力はもうない。というより、疲れた、と言った方が正しい。足首が体重を支えきれない、と悲鳴を上げている。痛い。


だけど突然に竹林は終わりを告げた。


「ほら、ついたぞ」


山はここから崖のように切り立って、木で舗装された下りの段差は終わりが見えない。広く開けた、竹の押し寄られた広場のような場所。


「ここが朱雀炎舞……。本営の大江戸だ、よくここまで無事に辿りついたな」マサトさんは達成感を顔に浮かべながら手で俺達を目の前の景色に誘う。


崖から先の外に目をやる。


俺は目を見張った。


思わず口から出る唸り声。そして息を呑む。


そこには、一枚の写真があり枠の外にまで目が導かれるほど、それでも見渡しきれない光景が広がっていた。


雲に隠れかけた燃え揺れるような夕陽、夕陽に照らされ逆光となり紫の色のついた雲海。その眼下に広がる長大な江戸の都。


陽が落ちかける暗い空の下の都は紅やだいだい色の灯りや提灯ちょうちんで全体的に赤く染め上がっている。優れた職人の技が成す自然に近い外観の木造建築、それはツヤのある真紅に染まった木材を使った壁、それは独特な傾斜のある湾曲した屋根、左右の対称性、華麗な装飾。

典型的な天井の低い家屋、寺院、五重塔。宮殿のように他の雰囲気と違う大きな建物と、五重塔のように高く細長い塔が所々に砂のように散りばめられている。中には雲にまで届きそうな高く細長い塔が集まり、屋根の付いた通路でつながりひしめき合う。

それらは地面ごと、区画ごとに別れたかのように段差で高さが様々に異なっている。階段のように段差のついたその街並みは、そういった高い建物や段差のあるプレートが所々にあっても、それらが計算された視覚的な統一感で配置され、周囲に溶け込んでいる。

それらと寄り添うように、平らな家屋よりも背の高い桜並木まで所々に配植されている。アジアの赤を思わせる中に、桜の京都美人を思わせる魅力的な色気が華やかさも醸し出している。

恐らく本営であろう宮殿が視界の奥の霞みにうかがえる。それが際立って目立つ。

空気でぼんやりとしていてはっきりとは確認できないが雲を貫いて天辺が分からない。細長い塔のようにも見えるが、水平線の目立つ何層もの屋根が水平方向を強調する働きをして、周囲の建築様式に溶け込んでいる。細長くも太い宮殿。


アジア、もっといえば江戸様式の建築全体的なデザインや景観には統一感やバランス、左右対称性が見られる。紅く輝く街、いや最早これは紅く輝く大地だ。


感動した。今までにないほどの刺激が頭の中を駆け巡る。


2.


そうして俺たちは峠道を下って朱雀炎舞の大門を潜り、街に入る。


どうしてだろう、今までどこか遠くに出掛けていて久しぶりの故郷に帰ってきた感じがした。

暖かい光に包まれ、大通りの街並みに囲まれてみると建物の垂直の線がくっきりと意識に入り、それにも関わらず、水平線に強調された屋根が俺をこの暖かな世界に封じ込めている感覚にさせる。

目に映る全ての建物の屋根の裏は赤い灯りで照らされ、長大な街並みを平たいものにせず、偉大だがそれでいて空気を損ねない威圧さがそこにある。

場違いな自分、とは思わせない親密感がある。初めて訪れたにも関わらず。江戸情緒溢れるこの雰囲気は懐かしさで親密感がでる。でもどこか中華の印象も与えるこの空間は賑やかな、それでいて落ち着き味のある活気に満ちている。


食事処しょくじどころと看板に書かれた建物。恐らくはファンタジーゲームでいう酒場のような所だろう。蕎麦そば、天ぷら、寿司、など最近では見かけなくなった物が屋台で小売りされている。

道には程よい数の人が通り、時折、桶を天秤に通してアイテムを売る身軽そうな商人(後で聞いたが「棒手振り《ぼてふり》」というらしい)が、この街におよそ似つかわしくない西洋装束のプレイヤー達に何やら売っている。


歩いているとたまに見かける武具屋は、どれも切れ味の鋭そうな刀やヤリで防具も頑強そうだった。日本刀、薙刀、甲冑、忍び装束。

江戸スタイルの格好のつく物も多かったが、マイナーな皮装備や鉄の武器などもあった。

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