エピソード1
「ニュースです。
文部科学省は6月15日、新たに東京、新潟、岡山の3校を「文部科学省次世代人材育成校」に指定したことを発表しました。
この制度は、AI教育や先端教育に注力する公立高校を対象に、1校あたり最大1,000億円の予算を投じ、世界で戦える高度人材の育成を目指すものです。なお、今回の3校を加え、全国で計32校が選定されました。」
校庭の桜は、すでにほとんど散っていた。
まだ4月中旬だというのに、寒暖差の影響で葉桜へと変わりつつある。
体育館では、新入生歓迎会の準備が進んでいる。
ステージ上では軽音部が音合わせをし、吹奏楽部のチューニングが不協和音みたいに重なっていた。
古い校舎。ひび割れた渡り廊下。
進学校でも不良校でもない、中途半端な偏差値。
どこにでもある公立高校に僕は入学した。
ただ今年から大きく変わった点がある。
新たに設置された存在感のある横断幕が、学内外からもよく目立つようになっている。
「文部科学省次世代人材育成モデル校」
税金の無駄だとニュースでは言われていた。
急に配られたタブレット。最新式のVR教室。AI分析による個別学習。キャリア形成支援プログラム。
だが生徒たちは歓迎した。冷房の効きが良くなり、備品は新品になり、学費が安くなった。
誰も疑問に思わなかった。
どうして、全国に何千校もある公立高校の中で、こんな平凡な学校が選ばれたのか。
中途半端な立ち位置だった高校が、今年の入試倍率は1.2倍から3.3倍にぐんと上がった。
「ねえ、見た?」
昇降口で、女子たちがざわついている。
「また?」
「うん。3組の人」
僕は上履きに履き替えながら、そちらを見た。
男子生徒が一人、教師に囲まれていた。
(同じクラスのやつだ。)
「君は非常に興味深い結果が出ているね」
進路指導主任が、静かな声で言う。
「放課後、カウンセリング室に来てくれるかな。」
入学して間もないというのに、僕たちはさまざまな試験に追われている。
人材育成のモデル校らしく、そのためのデータが必要なのだという。
その試験結果がよかったのだろう。
まだ4月半ばだというのに、すでに2度みんなの前で褒められていたはずだ。
僕は携帯を取り出し、少し時間を稼いでその会話を聞いていた。
携帯越しにそちらを見ると男子生徒は笑っていた。
いや、笑っているように見えた。
でも目だけが、まったく笑っていなかった。
その瞬間。
男子生徒の視線が、こちらを向いた。
ほんの一秒。それだけなのにぞくりと背筋が冷えた。
(こいつは、人を人だと思っていない。)
僕は慌てて携帯をしまい、上履きに履き替えた。
男子生徒は、何事もなかったように視線を外し、そのまま教師たちと廊下の奥へ消えていった。
「……なんか怖くない?」
隣で誰かが言った。
怖い。
確かに怖かった。
でもそれ以上に、僕は別のことが気になっていた。
進路指導主任が持っていたタブレット。
画面に、一瞬だけ表示されていた文字。
《適性評価:S》




