9.クリスマス
未優が入班して初のクリスマスが来ると言う頃、日蔓が上に呼び出された。
「新しい班員?」
「最年少を一人で活動させるわけにはいかん」
「専務から聞いてない? 鳥頭なだけか」
「専務の言葉に従うと思うなよ」
「じゃもっと上から言ってもらうよ。じゃあね」
怒鳴るお偉いさんたちに手を振り、入った瞬間の部屋を出た。
その足で別棟へ向かう。
「おーい、いる?」
「わっ!? いっいきなりっ! 突然! はい!?」
動揺しながら壁についた棚を叩き閉め、勢いよく振り返った。
棚と窓でできたこのかなり特殊な部屋に一つある机に置かれたパソコンを慌てて閉め、動揺しながら椅子に座った。
日蔓は少し面食らいながらいつも通り机の向かいに膝を突く。
部屋は三面棚で埋まり、椅子の背景は全面ガラス張りに遮光カーテン。少し漏れた光と部屋の暖色の光で少し薄暗い部屋。
「……つまり班に他の人を入れたくないってこと?」
「そう。線蓮に頼んでも専務の言うこと聞くわけねぇだろって言われたからこっちに。……やっぱ無理?」
「ううん言っとくよ。年々実力平均が下がってるから、一人が異常なほど強くなれるなら今はそっちに振る。一人強いと皆引っ張られ始めるから」
「どうかな。僕の時は誰もついてこなかったけど」
「まさか。一班の三人が強すぎただけだよ。年々界魔の被害は増加し続けてる。最前線が弱くなったから!」
上の人がそんなこと言っていいのか。
日蔓はけらけらと笑いながら立ち上がった。
「まぁ僕ももう戦えないし、別になんでもいいけどね」
「戦えないの? なんで」
「一人じゃ弱いからだよ。知ってるでしょ」
「結楽君が来る前もずっと一人で戦ってたじゃん! 十分強かったよ!? 寒白よりも棘よりも、誰よりも強かった!」
「贔屓フィルターかけすぎ。じゃ、班のことよろしくね〜」
日蔓はそれだけ言うと去っていき、一人残された部屋で呆然と立ち尽くした。
それから数日後、クリスマス当日。
朝っぱらから衝羽と線蓮がプレゼントを持ってやってきた。
未優はクリスマスイベントが初めてらしいので大喜びし、衝羽はその未優を撮って満足そう。人の部屋で何やってんだ。
「曄雅にはこれ」
「いらない。どうせ盗撮カメラでしょ」
「そんな嫌われるようなことせん」
「人のスマホにGPS入れといて何言ってんだ」
日蔓は袋を押し返し、スマホをいじると立ち上がった。
「未優、出かけるよ」
「癒しの時間取るなよお前」
「ついてきてもいいよ。別に仕事じゃないし」
「おっ、珍し!」
未優はパーカーを着るとスマホを持って、日蔓と手を繋ぎながら技術棟に向かった。
未だ慣れず迷う技術棟をぐるぐる歩き回り、何度も来たような気がする道を通って何度も見たような気がするスイッチを見上げた。
日蔓が赤いスイッチを殴るように押すとガチッと鳴って扉が開く。
「寒ッ……!」
「フード被っといて」
未優は慌てて頭を包み、四人で凍え死にそうなほど冷たい部屋の中に入った。
その中で、椅子に座ってガリガリと何かを書いている一人の肩を叩く。
「丁字」
「あ、来てた! 久しぶり」
「久しぶり。できたって?」
「ちょうど今朝に。もうそろそろいい頃かも」
丁字は立ち上がると書いていた紙の束をファイルに挟んで四人を連れて自分のラボへ連れて行った。
片方の取っ手を引けばもう片方も開き、まぁ綺麗に整頓された部屋が出てくる。足多っ。
二面の棚にダイニングテーブルより大きな机と一つだけの椅子に、部屋の奥にはトルソーとマネキンが一台ずつ、両方未優採寸だ。足は今まで取った型分全部日付が書いて置いてある。
「とりあえず専用のウェアとパーカーと靴は完成したんだよ。髪ゴムは僕の使っていいよ。切れないように特殊なの使ってたから」
「さすが界魔屋上がり。仕事は完璧だねー」
「不便を解決するのが技術屋だからね」
そう言いながら着々と服を畳み、机に置いた。
「はい、更衣室案内しよう」
「もう着替えるの?」
「仕事が未熟だと足見せて貰えないもん」
数十分して、丁字が未優を引っ張りながら戻ってきた。
パーカーのデザインは同じだがウェアのデザインは少し変わり、先に使用していた靴とセットのデザインに。
「うん、いいんじゃない?」
「足!」
「アスレ行こうか」
「未優さん靴脱いでやってね」
「履かせるよ。寒さで怪我したら危ない」
丁字は日蔓を信じられないものを見るような目で見て、日蔓はふいっと顔を逸らした。
約束なんて覚えてないもんね。
「ねぇ日蔓、アスレって何?」
「前行ったでしょ。ここの地下の。ラムネと衝羽と遊んだところ」
「……覚えてないよ」
「凸凹した遊び場所だよ」
アスレチック、未優は上機嫌に高い台四つを飛び回り、動きやすさに大喜びする。
「関節部分の伸縮性を上げて摩擦を押えたんだよ。股関節とか肩、背中、特に腰は大きく動いても胸元とか太ももの生地がズレない程度に伸びるし伸びきらないよう強度は十分」
「耐性は?」
「九十の熱湯なら耐えられるよ。マイナス五十度も大丈夫。ウェアは熱寒水火電。ちなみに日蔓のナイフにも耐えるから」
「銃弾は?」
「特殊弾でもない限り。青あざにはなるかもだけど、今使う人そんないないでしょ。教える人もいないし」
「それもそうか」
にしても凄いウェア作り出したな。
まさか熱湯もマイナスもいけるとは。加えて電気ショックもか。いいな。
「その技術公開しないの?」
「新しい技術ができたらね。さっき書いてたのが新しいやつだからすぐ真似されるよ」
「さすが天才様」
「未優さんの足撮らせてね」
「……未優帰るよ〜」
「未優さん日蔓が足見せてって!」
未優は大きく返事をして日蔓の前に着地し、ベンチに座ると靴を脱ぎ始めた。
丁字は上機嫌で向かいの地べたに座る。衝羽も。
「この服凄かったよ。めちゃくちゃ動きやすいの。服で動きがつっかえなかった」
「丁字がまだいいの作ってくれてるみたいだから。未優も頑張るんだよ」
「うん!」
丁字は足を、衝羽は下から顔を、線蓮は横から日蔓を撮り、密かな撮影会は約二時間後に終わった。
その日の夜、ちょうど七時頃か。
日蔓のタブレットに連絡が入った。
「未優、仕事行くよ」
「いきなり」
「緊急だって。おいで」
未優はスマホを持つと慌てて日蔓について行く。
複数人の緊急招集はアラートが鳴るが個人のみは鳴らない。今回は三班のみの要請だ。
「日蔓、帰りにケーキ買おう?」
「ケーキ屋あったらね。なかったら明日まで我慢して」
車で送ってもらい、日蔓は警察が張ったテープの中に入った。未優は車から降りるとすぐに界魔の元へ飛んでいく。
線蓮と弟弟子が当たっていたらしいが、専務が負けるって相当だな。
未優を見上げ、その圧巻の景色を眺める。
クリスマスのイルミネーションとビルの夜景、それに似合わぬプテラノドンみたいな界魔と飛び蹴りをした未優。
プテラノドンの頭に足が触れた瞬間衝撃でプテラノドンの首が折れ、高層ビルの半分にヒビが入った。
空に生気が漂う。
この光景、結楽が見たら喜ぶだろうなぁと考えながら茫然と見上げていると、未優の大きな声が聞こえてきた。
ハッとすれば大きく手を振り、元気に走ってくる。
「日蔓! ケーキ屋さんあった!」
「見付けるの早いなぁ。知ってるよ」
「チョコケーキ食べたい! ツヤツヤのやつ!」
「それこそあったらね」
日蔓が大喜びする未優の頭を撫でていると、線蓮と線蓮の弟弟子がやってきた。弟弟子、つまり寒白の弟子。
「ようがぁ! 助かった!」
頬にガーゼを貼り額に包帯を巻いた線蓮は日蔓に抱き着こうとし、日蔓は首を押してそれを阻止する。
「その顔どうしたの?」
「ラムネに引っ掻かれた」
「大したことなさそうで何より。久しぶりだね花盞」
「お久しぶりです。ご迷惑おかけしました」
花盞は寒白の二十何番弟子だ。
人選センスのない寒白が線蓮の他に唯一成功した、花盞部長。
花盞が頭を下げると、線蓮は眉を吊り上げビシッと花盞を指さす。
「ほんとじゃぞ! わしの評価を下げるな!」
「でも線蓮もここにいたんでしょ」
「わしただの通りすがり」
「でもいたんだよね」
「別の仕事終わりで足捻挫した」
「でも今は歩けてる」
「歩けてませんよその足」
日蔓と未優が足を見下ろせば、右足が青紫に腫れて明らかに足の甲が折れていた。未優は日蔓にくっつき、日蔓はそれを鼻で笑う。
「専務もまだまだ弱い。てか専務がそんなに弱くてどうすんのマジで」
言葉の途中で目が本気になっていく日蔓に線蓮は顔を引きつらせ、おとなしく謝った。
「……曄雅専務にならんか」
「ならねぇな。そこまで暇じゃない」
「日蔓は三班のだよ」
「ね〜」
線蓮は本気の目で未優を見下ろし、未優も負けじと睨み返した。
日蔓が線蓮を退かそうとして、見ていないのをいいことに未優が一瞬ふっと子供らしい怒りを消した。背筋に悪寒が走り、全身に鳥肌が立つ。
気付いた日蔓がハッと見下ろした時には未優はまた子供らしく睨んでおり、花盞と二人で顔を青くする線蓮を横目で眺める。
「み、未優……曄雅から教えてもらったか……?」
「衝羽とかもう一人の専務がやってた真似」
「曄雅今すぐ接触禁止にしよう」
「未優、それ他の人には絶対やったら駄目だよ。怒るからね」
「はぁい」
怒られないように日蔓の見てないところでやったつもりの未優は口を尖らせながら返事をして、日蔓は未優の頭に手を置いた。
「さてと、じゃあ未優、線蓮にケーキ買ってってお願いしてみて」
「線蓮さんケーキ屋行こう」
「……花盞」
「俺お礼とか貸し借りとか興味無いんで」
「花盞! 先輩の顔を潰すな花盞!」
「日蔓さん今度飲みに行きましょ」
「いいけど僕酒飲んだことないから酒は飲まないよ」




