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鏡界館  作者: 織優幸灔
一章
36/155

36.道場

 研修生二人を連れた仕事が終わり、未優を部屋に送り届けた日蔓が久しぶりに道場へ行くと、道場はいつも通り賑わっていた。



 深夜二時半道場で、頻繁に行われる対専務会。

 言っても弟子が師匠を倒すために集うだけ。師匠も普通にいるし。





 静かに戸を開ければ精神統一をしていたであろう線蓮がパッと目を開き、輝いた顔で日蔓の方に飛んできた。

 日蔓はそれを流して中に入る。



「よぅ日蔓!」

「暑苦しいとこでやってんね。換気すれば?」

「暑い方が気合い入るだろ」

「これから一気に寒くなるってのに」

「お前夏もまだだぞ」


 いやもう夏だろ。


 日蔓は扉を全て開け、暑苦しい道場内を換気する。




「久しぶりだね撫秞(なゆ)。未優の手伝い助かったよ」

「お前んとこのルーキー使い勝手良さそうだな。未優と磈歩(いあゆ)がバチバチに喧嘩おっぱじめようって時にちょうど割って入って未優の機嫌とんの」

「静璐のそういう気遣いはピカイチだからね。でも弟妹いないんだよ」

「マジか。ザ・お兄ちゃんって感じなのに」


 ビックリするよね。



 二人で共感していると、今日はゲストが多い日らしい。罌粟(けし)と下野までやってきた。あの二人よく一緒にいるんだよな。



「お、日蔓、主任カップルの登場だぞ」

「あの二人ってできてたんだ。うへ〜……」



 そんな噂があるとも知らず、二人は日蔓の方に寄ってきた。ちなみに線蓮は日蔓の周りをぐるぐる回りながら写真撮影中。



「日蔓、あんたも来てたのね」

「まーねー」

「曄雅、走るか?」

「いや体力は落ちてなかったよ。不調のせい」

「不調? お前も風邪引くのか」

「馬鹿はなんとやらって言うのに」


 明らか馬鹿にしてくる下野と罌粟、まずは下野。

 胸ぐらを掴んで引き寄せた。


「何発殴れば馬鹿になるかやってみようか」

「いや、悪かったから……!」

「ヤクザじゃない」

「お前にもやってやるよ」

「嫌よやめて!」


 罌粟は慌てて十二単(とふとえ)の後ろに移動し、日蔓は鼻で笑いながら下野を離した。



「意気地無しめ」

「はぁ……!?」

「よし撫秞! 一戦やろうか」

「曄雅!」

「お前は無理」


 線蓮を黙らせ、十二単と体術オンリーの手合わせを始めた。






 二人が戦うのを皆で見学している間、罌粟と下野は準備運動をしながら線蓮と話す。


「線蓮さん、日蔓が専務に昇進かかってるって本当ですか?」

「ずっと前からな。そもそも主任になったのも上は納得しとらん。専務にしたかったのを曄雅が専務になるなら辞めると言って主任になったんじゃ。日蔓が入らんかったせいで皇雪と鬼燈が上げられた感じじゃな」

「あいつ……給料第一のくせになんで専務にならないんですか?」

「さぁ? 主任が一番若手を育成しやすいからじゃろ」


 罌粟と下野は首を傾げ、何故か線蓮も首を傾げた。



「日蔓ってそんな教育熱心ですっけ」

「いや、元々は違う……と、思うが。十年以上前になるか……鏡界館一の惨劇を知っとるか? 五十人以上の死者と百人以上の人形(ドール)を出した最悪の事件」

「……あ、あれですよね。線蓮さんが専務になった直後に起こったって言う」

「そうそう。その一件で曄雅のチームメイトも先輩も全員死んで生き残ったのは曄雅だけじゃ。だから殺されないように育てられる主任になったとか……そんなところな気がするな」

「ぜ、全員死んだ……って……」


 全員死んだ。歴代最強の班所属と言われた日蔓の班。

 唯一知力のみでのし上がった彼も、日蔓とずっと一緒にいた彼も、日蔓に見てもらっていた弟子たちも、皆死んだ。



 結局その界魔は逃げおおせ、日蔓は専務への推薦がかかると同時に主任になると上と取り引き。主任になって未優が来るまでの四年間で日蔓が育てたのは十三人。その全員が一度は部長になっている。


「そんな……凄い奴だったんですか……」

「まぁ歴的に言えばわしより長いからの。才能と血筋と英才教育と本人の精神的な負荷による成長が大きいんじゃろ」



 もっとただの才能で楽に生きてきた奴と思っていた罌粟が唖然としていると、ずっと聞いているだけだった下野がふと違和感を持って線蓮を見上げた。



「線蓮専務は十九の時に入館してますよね。その時ってまだ曄雅は九歳ぐらいじゃ……」

「そもそも曄雅の家は代々入館していい役職に就いとるからな。曄雅も初仕事の記憶はないと言っておる」

「じゃ、じゃあ物心つく前から界魔と……?」

「そうなるな」


 それはもう英才教育じゃなくて殺人行為では。




 二人が顔を引きつらせていると、ちょうど十二単(とふとえ)と日蔓の勝敗がついた。十二単が仰向けで倒れ、日蔓が余裕そうに見下ろしている。


「弱くなったんじゃない? 磈歩(いあゆ)に越されるよ」

「んだと……!? 弱くなってるわけねぇだろ!」

「どうかな。少なくとも僕と前やった時よりは動きが鈍くなってたよ」

「人違いじゃねぇか」

「現実を見なきゃ」



 日蔓は十二単に手を貸して立たせた。日蔓が手を離すと同時に十二単は日蔓の顔面に向かって殴りかかるが、日蔓はそれを片手で流して一本背負いの要領でまた撫秞を投げ飛ばす。


 撫秞はまた背中から畳に叩き付けられ、一瞬息が詰まったのをすぐに大きく息を吸った。



「大丈夫?」

「……クソ野郎」

「うちの女子たちは皆口悪いねー」

「鬱憤溜まってりゃ言葉遣いぐらい悪くなるわ」

「未優に悪影響なんだよなぁ」


 撫秞は今度は自ら立ち上がり、日蔓にべーっと舌を出した。日蔓は撫秞の額を弾き、撫秞はまた日蔓に殴りかかるが同じように返り討ちにされる。



「クソー! 前は十回に一回は勝てたのに! なんでだ!?」

「弱くなったんだって」

撫秞(なゆ)、疲れが溜まっとるんじゃろ。少し休憩を挟め」

「動きが鈍かったよ〜」

「九時からずっと動きっぱなしなんじゃ。普段の仕事よりキツいんじゃから仕方のうて」


 線蓮の言葉を聞いた日蔓はそれは仕方ないと撫秞の肩を叩き、日蔓のいちいち腹の立つ行動に撫秞は怒り狂いながら日蔓を追いかけ回す。日蔓はもう完全に遊んでいる。



「待てひかづらァ! お前マジでシバくぞ!?」

「やれるもんならやってみろ〜」

「やられんのが怖いから逃げてんだろ意気地無し! 弱味噌! 怖がり! 腰抜けェ!」

「そりゃ痛いのは嫌でしょ。なんのために訓練してると思ってんのさ」

「無駄じゃ撫秞。曄雅に煽りは効かんぞ」

「クソォ!」



 撫秞は膝から崩れ落ち嘆き、日蔓はケラケラと笑いながら撫秞の向かいにしゃがんだ。


「まだまだだね」

「腹立つぅ……」




 疲れ切った撫秞が大の字になって寝始め、日蔓がそれを端に移動させているとふと罌粟と下野からの哀れまれるような視線に気付いた。

 何か聞いたのはいいとして、なんでその後の対応が変わるのかな。本人に変化があったわけじゃないなら対応がこじれるだけなのに。


「ねぇ、あの二人に何言ったの」

「ほら、あの十二年前の事件の」

「……あぁあれ。で、あの目?」

「知り合いが死んだって言っただけなんじゃがな?」

「あーの……二人は死んでる人いないんじゃなかったっけ? 生気吸われただけのはず」

「……刺激が強すぎたか」



 線蓮が首に手を置いて少し動揺していると、その動揺を感じ取ったのか下野が罌粟を連れて日蔓の方にやってきた。



「日蔓、線蓮専務から聞いたけど」

「何聞いてもいいけどその人を憐れむ目やめてよ。鬱陶しいから」

「……チームメイトとか先輩とか死んだって」

「こんな仕事してんだから誰が死んでも当たり前でしょ。二人とも自分の班の子たちに思い入れしすぎない方がいいよ〜? 死んでも昇進しても次持つ子を見るのに邪魔になるから」

「はぁ……!? 日蔓、あんた……! それ自分にも言えることじゃないの!? 新人に研修もさせず最年少に二ランクばっかりやらせてるあんたに言われたくないわよ!」

「僕は未優と静璐同時に部長かマネージャーに上げて自分も専務になるし? そもそも二人の実力見極めてのランクで二人が死にそうなら主任の僕が助けるに決まってんじゃん。なんのための主任だよ」



 そんなことを言っていると、線蓮に肩を叩かれた。思わずキョトン顔で見上げれば問答無用で写真に収められる。


「ちょっと」

「曄雅、それは未優と静璐を部長に上げたら今すぐ専務になるということでいいか?」

「違う僕の判断で上げるっつってんの」



 明らかに連射してくるカメラを遮り、スマホを取るとパスワードを解除した。


「うわっ!? なにこれ気持ち悪っ!」

「待てなんでパスワード!」

「ねぇなんでこんな僕の写真ばっか」

「コレクション!」


 線蓮は日蔓の首根っこを掴んでスマホを取り返すと消された写真数枚をゴミ箱から復活させた。激レアの寝顔まで消されていたのでセーフ。



「ねぇそれ全部消して! 気持ち悪いしマジで嫌なんだけど!」

「嫌じゃ命より大切なものじゃ」

「……今度一緒に出掛けてあげるから消せ。二度と撮るな」

「消さんけど行こう。行っても撮る」

「俺に得がねぇ! マジでキモい……!」

「いやぁなかなかによく撮れとるじゃろ? このために画質でスマホ選んで要領最大のカードに手ぶれ補正が一番いいカメラ入れたんじゃぞ」

「その頭を専務二人のカバーに入れてほしい……」



 線蓮は日蔓を座らせ腕を動かないよう片手で掴み、もう片手でスマホを眺める。



「ねぇちょっと離してよ」


 日蔓が抜けようとするのを全力で阻止し、一段階落ち着いたところでスマホをポケットに入れると日蔓を押し倒した。見上げると線蓮は涼し気な顔で笑っている。




「離れろ変態……!」

「どこ行こうか。どこにでも連れてってあげるよ」


 全身に鳥肌が立ち、本気で身の危機を感じた。それはもう、支配人を前にした時よりも身の危機。死を覚悟するとか先が見えないとかそんなんじゃなくて、もっと意識がある中で指の爪を一枚ずつ剥がされて電気を流されながら腹を裂かれ骨を抜かれていくような、そんな身の危機。これはヤバい。




 頭の上で固定された腕をグッと上に伸ばし、線蓮がバランスを崩して倒れ切る前に片足を体の隙間と隙間から回して横から線蓮の胴にかけた。

 当然倒れる途中だった線蓮は為す術なくそのまま横に倒され頭を強打。



「やる気失せたし……」


 仕事で断っていた飲み会、まだやってるかな。



 鏡界館の出勤時間は大事な会議でもない限り個人によりバラバラ。だいたい皆明け方寝の昼起きが多いんだよ。パッと飲み明かそう。酒飲まないけど。

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