32.閉会
「なんじゃ、未優の勝ちか」
一瞬の気絶後、すぐに覚醒した線蓮は起き上がるとその場にあぐらをかいてあばらを押えた。ちょっとあとで病院行った方がいいかも。
慌てて駆け寄ってきた寒白の手を退け払い、皇雪に肩を借りながら立ち上がった。
「曄雅が勝つとこ見たかった……!」
「まだ分かんないだろ。掃除機娘も足めっちゃ無理してるし」
「……こんな大会ごときで無理せんでいいのに」
熱があるのも本来なら動かない足を無理やり動かすのも、自分の精神に耳を傾けず肉体ばかりを心配するのも、どれも命を捨てる覚悟を常に持っている奴の生き様だ。
まだ幼い子供、まだ入ったばかりの新人、絶対に人の命を背負いたくない苦労人。
なんでそんな人ばっかりが無理するのかな。人の体って案外脆いのに。
「……あばら痛い……」
「無理すんなよ……! 鹿咲、医療屋呼んでこい」
「いや後でいい。鬼燈も行くな。勉強しておけ」
「次聡、休め。蹴りが直で入ってただろ」
「こんなんで倒れてたまるか」
「こんなんじゃねぇ!」
皆に突っ込まれ、少し目を丸くしながらも息を整えてあばらから意識を逸らした。曄雅かっこいい。
「……あ撮影忘れとった。師匠スマホ!」
「お前なぁ……」
寒白に預けていたスマホを奪い取るように返してもらうとすぐに撮影を開始した。
既にリング上には未優と日蔓だけになっており、二人とも気絶している奴をリングから落としたりたまに蹴りかかったり殴りかかったりしている。とってもシュールな光景。
「これ他人に回収させた方が早くないか」
「誰も二人の戦いに巻き込まれたくないじゃろうに。わしでも嫌じゃ」
「次聡が行けば……」
「嫌と言っとろうアホ!」
ふざける寒白を睨み、ようやく綺麗になったリングを見上げる。
疲れた様子の日蔓が珍しいのでちょっと凄く嬉しいが無理もしてほしくないので複雑。未優も足が微かに震えているし。
「……腹減ったな」
「勝手に食ってろよ……」
胃に穴が空いているせいで食べ物や飲み物を制限されている。絶食期は終わったが、もしかしたらまたあばらがズレて怒られるかも。一本はポッキリ折れて針金で固定しているが、一本は普通に治るらしいので外から固定しているだけ。もしかしたら動いているかも。
そう考えたら痛いな。
あばらをさすっていると、いきなりリングの側面にひびが入った。あまりに静かで突然の事でびっくりして顔をはね上げる。
未優が何もないリングを衝撃波で割ったんだ。だから人を退かしてたのか。
「あーあー技術屋が泣くぞ……」
「毎年バキバキになるんじゃから変わらんて」
未優の衝撃波と同時に日蔓が気絶し、終了のホイッスルと同時に未優が倒れ込んだ。
寒白と衝羽がリングに飛び乗り、二人に駆け寄る。
「日蔓、大丈夫か」
「……頭痛い……」
「無理するからだ。総会でもないのに」
「総会よりは大事です……」
「嘘だろ」
「あー疲れた」
日蔓は立ち上がると髪を払って体を上に伸ばし、衝羽に抱き上げられた未優の元に駆け寄った。
寒白もそれについて行く。
「未優、大丈夫?」
「足が全く動かない」
「いつものことでしょ」
「下半身が動かなくなっちった」
「明日は無理そうだね」
「私よりお前が安め。トンカチ一人じゃ危ないし」
「だねぇ……」
リングに集る技術屋を追い払ってリングから降りた。
すぐに静璐が駆け寄ってくる。
「日蔓さん大丈夫っすか!? 未優さんも……!」
「大丈夫だいじょーぶ。専務三人は戻ってくれた?」
「あ、線蓮さんは血吐いて緊急搬送で皇雪さんと鬼燈さんは線蓮さんの仕事代わってます。人手が足りないってさっきから大慌てで……」
「あのじぃさんはどんだけ請け負ってんだ……」
「人員費削減して予算切り出してるんだから仕方ない。俺も手伝ってくるから車花宮君、日蔓君を頼んだよ」
「うす」
別に頼まれなくても普通に歩けるんだけど。
日蔓は体を伸ばしながらまだ集まっている観衆の道を開けさせ、綺麗に開いた道からテントに戻る。
「疲れた〜! お腹減ったし!」
「日蔓さんめっちゃ顔色悪いっすよ……」
「別におかしいことじゃないよー」
熱が出ていれば顔色が悪くても目眩がしても不思議ではない。今その状況。
しばらく、約十分ほどして加点が発表され、リングが消えた校庭に皆が集まり始める。
日蔓はどうせ表彰されないからと寒白とともにテントで待機。未優は衝羽が連れて行き、静璐は起きたらしい蜜列に引きずられて校庭に強制集合にされた。
「トンカチ君、それに明日の仕事言っといて。私はキザ野郎に言っとくから」
「分かりました!」
静璐が蜜列に日蔓の体調不良で仕事が延期になると説明していると、順位発表と閉会式が始まった。
「皆お疲れ様。毎日仕事や勉強で疲れる中今日を無事に終えれたことを祝おう。あんなことがあったあとだが、あとだからこそこういう盛り上げるためのイベントが必要だ。本当にお疲れさま。……司会進行の線蓮に代わってこの俺皇雪が担当する。線蓮よりもずっと使えるからな」
鬼燈からバインダーを受け取り、三位から順に発表を始めた。
「三位、ののBチーム、釣鐘希愛海、下野秀斗。五十二点。希愛海は去年に続いて三位だな。前へ」
二位は皇雪属する専務チーム。と言っても皇雪専務と研修生二人。
皇雪もまぁまぁ無双してたしな。
「一位は……言わなくても分かるだろ。出てこい」
「ちゃんと紹介しろよお前……」
鬼燈は呆れながら衝羽から何とかして降りようとしている未優とそれを絶対に阻止しようと踏ん張っている衝羽に声をかけた。
未優の脚力が人智を超えたのは有名だが、そのあとに足が動かなくなるという代償は知られていない。だからこそ抱っこされたまま出たくないのだろう。いい歳した幼子が抱っこされて前に立つなんて。
未優は弱い腕でなんとか剥がそうとするが、当然衝羽に敵うはずもなくそのまま前に出てきた。周囲からクスクスと笑い声が聞こえる。
「未優、足は大丈夫か?」
「んなわけあるか! 限界値超してんのに!」
「午後からよく動いたな」
「上半身のエネルギー足に回せばなんとかなる」
皇雪は未優の頭を撫でたが、未優はそれを嫌がるように押し返した。しかしその手も、赤子かと思うほどに弱い。本人は必死なようだが。
だが皇雪のマイクから漏れた会話のおかげで笑い声は止み、もう未優も諦めた。
せめて座らせろと衝羽に指揮台に降ろせと命令する。
「……釣鐘、ちょっと」
「お任せ下さい!」
何故か希愛海に預けられ、下野に睨まれる。なんで座らせろって行っただけなのに。
指揮台に寄った衝羽はハンカチと除菌シートを取り出すとすぐに指揮台を拭き始めた。
未優は回収に来た静璐に渡され、端に避ける。
「飛んだ多恥だ」
「膝突っ張って立つのも無理なんすか?」
「下半身に力が入らないから股関節が固定できない」
皇雪は衝羽を無視して司会を始め、衝羽はハッとして希愛海の方を見ると今度は静璐の方を見た。
睨んでくるのを、未優が睨んで牽制する。
「未優さん、指揮台行きます?」
「テントに帰りたいんだけど」
「それは……無理じゃないっすか?」
「指揮台でいいや」
上位入賞三組にトロフィーが渡され、最後にMVPの発表。
ここで会長に気に入られると一気に昇進の目処が立つらしいが、静璐はなんにもできなかったしMVPはなしだよなと思っていると皇雪がMVPを発表した。
「今年のMVPは……個人点一位の日蔓曄雅!」
「日蔓リレーと乱闘しかでてないじゃん……」
鬼燈の呟きを無視して人集りから日蔓を探すが、ひっつき虫がいないので見付けられない。
「皇雪さん、日蔓さん体調不良なんでテントで休んでます」
「……今年の上位は全員ボロボロだな。お前が持っとけ」
「未優さんにお願いします」
静璐は近寄ってきた皇雪を未優の方に流し、未優は自分たちのトロフィーの横に置かせた。
「……日蔓君、MVPだって」
「皮肉でしょ。性根の腐った会長サマらしい」
一週間前、未優と静璐を守れなかった日蔓への皮肉と当て付け。お前は栄誉な章を取っても守りたいものは守れないんだぞという影からの嫌味。
「トロフィー叩き割ろっかな……」
「やめろ持ち回りだ」
「今年から持ち切りでしょ」
「持ち回りの後に模型を渡す」
「返すの模型でいいじゃん」
「いいわけあるかッ!」
日蔓は体を起こすとまだ鈍く痛む頭を押さえ、表彰式を眺める。
今年は静璐をMVPにしたかったが、まぁリレーであれだけ実力を見せてくれたなら問題はないか。才能のないコネ入班と思われることはないだろう。たぶん。
にしても体力が落ちたのは体調不良のせいか、ただのブランクか、歳かサボりすぎか自己管理が甘かったか。
どれにしても有り得るんだよなぁ。




