44.月命日
「あれ、優羽さん。お出かけですか?」
日蔓は弟ともにギリシアへ、未優は線蓮とラムネとともに兵庫へ。
勉強と訓練に明け暮れる静璐がばったり出くわした優羽に声を掛けると、優羽は少し驚いたような顔をしながら体をこちらに向けた。
「静璐君気配なくなってきたね」
「……影が」
「そうじゃない。……同期の月命日なんだよ。曄雅も尊音も行ってないから僕行ってあげようと思って」
「あ……十二年前の、あれのですか?」
「そうそう。……静璐くんも行く?」
簪運転の車に乗り、予約していた花屋とケーキ屋に寄ってから鏡界館が所有する専用の墓場へ。
墓の奥には大きな木がそびえ立ち、墓の前には鍵がかかった門が閉まっていた。
「結構人来てるんすね」
南京錠や鎖が放置された古さじゃない。
錆も取られているし、人が開けている証拠。
「皆月命日には必ず来るよう学校で教えられるんだよ。亡くなった子がいると発狂したりするから十二、一年ぐらい前からなくなったらしいけど」
「学校で……」
「死ぬのが当たり前の世界だからねぇ」
優羽は借りた鍵で南京錠を開けると中に入った。
既に色々な場所に花束が添えられており、結楽の墓にも花束が三つ、置かれていた。
「結楽さんってどんな人だったんですか?」
「ん〜一言で言うと病んでたね」
「や……ん……?」
「フェイスカットが癖だったんだよ。両親と妹から家族以外の同居人として扱われてて、旅行に置いてかれた時に曄雅が助けた、だったかな。僕の方が早く入ったから初めの頃から知ってるけど、その頃はまだその癖はなかったんだよ」
ただ、班になって戦えない班員と最年少組と馬鹿にされ始めた頃からか、その癖が出てきて首には常に包帯。首を守るものを付ければ肩でも腕でも足でも胴でも、どこでも切って焼いてなにか傷を付けようとする癖があった。
本人も無意識か、ただの満たされない何かを満たすためかはいつどう聞いても分からなかった。
それでも、三人でいる時は曄雅も優羽も結楽も腹の底から声を出して素で笑えたんだけど。
墓の前にしゃがみ、頭に手を当て歯を食いしばる。
「……結楽は心臓取られて死んだんだよ。もし、支配人が生き物の一部食べるだけで界魔を作れるなら結楽を元にした界魔ができる」
「そ……れ、って……」
「支配人は明確に曄雅と日蔓の血筋を恨んでる。もし足りないなら墓を掘り起こしてでも喰おうとするから、結楽の遺骨が本当にここに埋まってるのかは知らない。僕は運ばれてすぐに尊音に隠されたから葬式にも火葬にも出れなかった。……そこに、結楽の遺体があったのかも知らない。尊音がなんにも教えてくれなかった」
だから、もしもの時のために今のうちに曄雅の過去の結楽への執着を断ち切っておきたいのに。
もう結楽は死んだ。時間は進んで、お前を囲む皆の中に結楽はいないんだと教えたいのに、曄雅はそれを拒絶する。
自分の中に結楽はいるからと、自分が守れなかった悔いからか頼る者がいない故の執着か、今も無意識に結楽を思い続けている。
「……尊音が僕と曄雅を庇うのはずっと三人一体だったからなんだよ。結楽がいなかったら僕と曄雅の喧嘩を止める人も僕と曄雅を語り合う人も曄雅が一緒に僕のバカを止める人もいない。いつどこにいても三人一緒で離れたことなかった。お互いの弱い面をお互いで隠して庇いあって、一人じゃなんにもできない三人でも強く生きれてたんだ」
でも、もうそれはできない。結楽の代わりはいても結楽はいない。
もう二度とあの頃は戻ってこないんだと、もう曄雅の穴を埋める人はいないんだと。そう教えないといけないのに。
「やっぱり、声には出せないんだよ。声に出さないと曄雅は見て見ぬふりをするのは分かってるけど、僕だけ生き返ったなんて受け入れたくないんだろうね」
「周りが亡くなってそれが受け入れられないのは当然です。……日蔓さんを連れて、前に進もうとしてる優羽さんだって十分強いです。……日蔓さんの周りには皆いるんです。結楽さんはいないけど、日蔓さんは優羽さんに頼れるし頼ってくれる皆もいる。日蔓さんを動かせるのは日蔓さんが唯一頼れる優羽さんだけなんですから、二人で寄りかかって支え合って生きていかないと……」
「……なんで静璐君が泣くかな」
「……俺も、周りにいた人がいなくなった時の気持ちはちょっと分かります。優羽さんと日蔓さんみたいに頼って頼られる人達がいると、ちょっといいなと思って」
静璐の頭に手を置き、雑に頭を撫でた。
「静璐君には未優ちゃんとか鬼燈とかまぁあの界魔もそうか。皆いるでしょ」
「優羽さんにだって日蔓さんも尊音君もいます。日蔓さんは今、たぶん頼っていいか怖がってるだけだと思います。あの人臆病ですし」
「そうなんだよなぁ! よく曄雅が臆病って知ってるね」
「心配性でホラーが嫌いな人はだいたい臆病なんですよ」
「よく分かってらっしゃる」
臆病な人は臆病なくせに人に頼れない。臆病だからこそ、人に頼るのが怖い。
「優羽さんに絶対的安心感があればいいんすよ!」
「絶対的安心感って?」
「……包容力?」
「物理的すぎないか」
二人で結楽の墓に手も合わせずうんうん唸っていると、誰かがお墓にやってきた。
振り返ると、腕を組んだ翠狼カップルと寒白。
三人とも、花束をたくさん持っている。
「優羽君……。日蔓君と来ると思ってたが」
「曄雅は来ませんよ。寒白さんは……空津木さんですか」
「結楽君と錦紫蘇姉妹に、他の皆もね」
「優羽先パイ、先パイ来ないの?」
「来ないよ。そもそもギリシアだし」
「マジ!? 次行く時連れてってもらう約束だったのに!」
「今回すぐ帰ってくるよ。仕事じゃないからね」
「ねぇ翠狼、何行く約束って。私聞いてないよ」
「決まったら教えようと思ってたんだよ! 夜杏萌行きたがってたでしょ!」
「……そっか」
優羽はムスッとする翠狼の頭を撫で、また今度連れてってもらえとなだめた。
ケーキと花を備え、五人で結楽の墓に手を合わせ、軽く墓の掃除する。
なんで静璐は誰も死んでないのに一番手馴れてるんだろう。
「じゃ、ケーキ食べよ」
「結楽さんもケーキ好きだったんですか?」
「結楽は美味しいものはなんでも食べるよ。週六で渋谷か新宿か秋葉原行って三人で散財してたもん」
「えぇ……」
「先パイに通帳見せてもらったことあるけど毎月何百万稼いでたの?」
「そんなだよー? ねぇ寒白さ……」
「私は知らない」
「寒白さんより少ないよね……」
「知らない」
なんのトラウマなんだよ。
「曄雅が出先で殺したり結楽が練習で殺したり僕が貸し出される形で稼いでたからさ。仕事って感覚ないぐらいつまんないのしかないし。主任の気が弱かったからそれ以外稼ぐ方法がなかったんだよ」
「……日蔓さんの任務詰め込みはその反動ですか?」
「いや? 専務達が遠征帰りとか緊急帰りとか緊急連続七件とか突っ込んでたからじゃない?」
三人で寒白を見ると、寒白は体ごと明後日の方に向けた。
「静璐君、詰め込みは大変?」
「いや、俺は体力めっちゃあるし疲れないんで大丈夫なんですけど、未優さんも日蔓さんも帰りは普通に寝てるんで……」
「あんまり心配だったら僕呼んでね。僕曄雅眠らせる方法知ってるから」
「未優さんの周りにいる人は皆眠り香持ってますよ」
「効くといいね」
眠り香を取り出した静璐は眠り香を凝視し、翠狼カップルも少し顔を引きつらせた。
「……ん、ごちそうさま! やっぱここの味は変わんないね」
「お墨付きですか」
「結楽が好きだったんだよ。ワンホール買って、僕と曄雅は八等分二人でつついて残り全部結楽食べるの。僕より痩せてたんだよ。僕は骨格のせいもあるけど、結楽は骨浮いてたもん」
静璐は立ち上がった優羽の腕を掴むと袖をめくり、がっつり筋の浮く腕を見て優羽の顔を見上げた。
優羽はその顔に爆笑し、大笑いしながら写真を撮る。
「曄雅に見せてあげる」
「やめて下さいよ!」
「優羽先パイは相変わらずいじめっ子だね」
「……僕いじめられてたんだよ?」
「殴り返してたらいじめられっ子じゃなくてただの喧嘩なんですよ」
「いじめられっ子だよ。ちゃんと殴られてたもん。ランドセル切り刻んだり体操服トイレに捨てたりしただけ。僕運動音痴だからさ!」
どっちがいじめっ子か分かんねぇな。
各々大切な人へお墓参りをしに行き、静璐は優羽と一緒に結楽から始まって錦紫蘇主任、錦紫蘇の妹、空津木元統括部長、同じ課だった皆や、曄雅の弟子六人のうち死んだ四人にも手を合わせた。
「……曄雅の弟子は皆大成だったんだよ。皆が今の静璐君より強かった」
「俺を例えに出さないでください」
「自己肯定感低いなぁ。……未優ちゃんぐらい強かったんだよ。皆、支配人戦で倒れた僕らを守って死んだ」
「それで優羽さんが生き残れたんですね」
「役に立たない僕より結楽とか自分を守ればいいのにね」
「皆は自分より優羽さんが役に立つと考えたんだと思います。きっと生き残る日蔓さんの将来支えになる優羽さんを」
「いいこと言うね」
「皆考えることは同じだったりするんですよ」
あの背中の傷は全て支配人に受けたもの。今まで、曄雅が界魔に背を向け引けを取ったことはない。
全て、支配人に受けた傷。支配人を恨むための道具。
もちろん優羽も。
ちゃんと結楽に会えたし、いつ死んでも悔いはない。
「僕らの合言葉知ってる?」
「なんですか?」
「傷は恥だが原動力に。死んで一興死んでも笑え。死んで泣くなら非なる友」




