36.バレンタイン
「……あ、明後日バレンタインか」
「何? バレンタインって」
線蓮と手を繋いだ未優は不思議そうに見上げ、街のチョコムードでバレンタインを思い出した線蓮は目を丸くした。まさかの知らなかったらしい。通りでおとなしいと思ったら。
「大切な人にチョコレートとか、まぁお菓子を送る日。未優も曄雅から大切に思われてるんやったら毎年貰ってそうやけど」
ちょっとしたイタズラ心で見下ろすと、袖を口に当てた未優は愕然としながら線蓮を見上げた。
線蓮はゲラゲラ笑い、半泣きの未優は線蓮の腕をこれでもかと振る。
「……ねぇ線蓮さんからも貰ってない」
「いやあげたやろ。キャラメルアソートの詰まったでっかい雪だるま! 忘れたとは言わせんぞ」
「……あれこれのやつか。日蔓になんかされて機嫌いいのか日蔓になんかするよう仕向けてほしいのかと思ってた。ちゃんと日蔓には線蓮さんに貰ったって言った」
「偉い」
半々の目論見、全部バレてた。
線蓮は未優の頭を撫でると近場のクレープ屋に寄り、未優にいちごのクレープを買ってやる。
「……これバレンタイン?」
「いいん?」
「いいくない」
「やろうな。ちょっと早いけど買ったるわ」
「やった!」
未優と外にいる時は完全神戸弁になった線蓮とともに色々な店を回り、未優はお菓子を吟味する。
やっぱりチョコが美味しそうだが、マカロンや、前回の記憶からキャラメルも美味しそうと悩んでいる。
やっぱりお菓子の時が一番目輝かせてるな。
「未優、まだか。日暮れてきたぞ」
「だってー……」
「…………じゃあ悩んでるやつの小さいやつ全部買うか」
「いいの?」
「自分から全部って言わんかっただけ偉い」
回ってきた店を戻りつつ欲しかったお菓子を買い、未優は小さな紙袋をたくさん持つ。
この上なく幸せそうな顔を一枚撮り、冷え込まないうちに界館へ帰った。
「で買ってもらったの」
「そう。自分から全部って言わなかっただけ偉いって」
「あいつも甘いなぁ……?」
地下の食堂で未優は紙袋から箱を出し、向かいにいる日蔓は呆れて溜め息をついた。
「日蔓がくれなかったらもう一個買ってくれるって」
「……忘れてただけだよ。なんでも買ってあげるから怒らないで」
「買えるといいね」
明日から富山に帰省なのにね。
未優は美味しいチョコレートを一粒食べると箱を一つの紙袋に片付け、それを持った。
「ラムネのとこ行ってくる〜」
未優が去っていくと、入れ替わりで錨野がやってきた。夕食時に主任室から出てくるのは珍しい。いつもなら誰かにお使い行かせるのに。
「なんだ曄雅、恋煩いか?」
「それならどれだけ楽か」
「楽じゃないから恋煩いなんだろ……。……ま、部下に嫌われて大方保護者に取られそうになってるってとこか」
さすが読心術のプロ。
錨野は日蔓の向かいに座り、日蔓は頬杖を突いた。
「バレンタイン忘れてただけだよ? 線蓮がいらんこと言わなかったら適当にこじつけれたのにさ」
「専務に言われなかったら一生忘れてるだろ。健気に毎年作って渡してる衝羽見て思い出さなかったのかよ」
「あいつなんでもない時でも渡すじゃん」
「まぁたしかに」
そんなことより、どうしようかな。このままじゃほんとに嫌われる。
「当日になんか買えばいいよね?」
「お前明日から富山でそんな余裕あんのかよ。てかあそこ買える場所あんのかよ」
「……速達でなんかないかな」
「すぐネットに頼るな!」
「コンビニよりいいでしょ!?」
「せめて明日朝一で買いに行くとかさぁ!?」
「明日朝一で未優が離れると思うかッ!?」
「嫌われてんなら離れるだろ」
「嫌われたくないから離れないでほしいんだよ殴るぞ馬鹿」
机に突っ伏した日蔓が呻いていると、静璐と鬼燈もやってきた。
希愛姉妹はスルーしていき、皇雪は垣根を越えて反応する。
「日蔓さん、どうしたんすか?」
「うずくまってるとさらに小さく見えるぞ曄雅」
「黙れナルシスト。……なんかいっぱいいるし」
「じゃあ俺はこれで……」
「お前は行かせねぇよ?」
「なんでだよッ!」
錨野の胸ぐらを掴んだ日蔓は無理やり座らせ、錨野は首を絞められないようおとなしく座る。
「……ねぇ静璐、バレンタインどうする?」
「日蔓さん……!」
「未優にだよ」
「なんだ。……普通に店で買いましたよ」
「行く道中に買うでもいいよね?」
「あー……駅になんか売ってるんじゃないっすか? 途中で買ってもいいでしょうし」
「だよね? それでいいや」
「お前作ればいいのに」
後ろから皇雪に頭を刺された日蔓は頭を抱え、皇雪の言葉に怪訝な顔をする。
「何故?」
「早いし喜ばれる。ちなみに俺は毎年家族と希愛達に作ってる。家族で交換会」
「えーめんどくさい。買うのでいいじゃん」
「愛を込めろ愛を! 可愛い娘だろ」
「娘じゃねぇし。別に買ったのでも愛はこもってますよー」
「面倒くさがってる時点でこもってねぇよ」
もう買ったのでいいじゃん。量産すんの難しそうだし。
「……鬼燈は?」
「俺は貰う側。毎年子供たちが頑張って作る」
「咲葉ちゃん?」
「一彦も。家庭教師にあげるって奮闘してるから」
「おぉ」
去年から、毎週勉強とヴァイオリンを教えに来てくれる家庭教師の先生達にあげると奮闘し始めたのだ。
咲葉は友達と交換するようで二人で梨々子に教えてもらいながら。
「梨々子も元々料理教室通ってたし、ほらおせち美味かったろ。梨々子作」
「お菓子も作れるんすね」
「なんでも作る。前石鹸作ってた」
「なんでもすぎません……?」
田舎すぎるせいで買い物が面倒臭いんよ。
楽しそうに話す静璐と鬼燈を日蔓がぼんやりと見上げていると、いきなり皇雪から頬をつままれた。
「嫉妬か?」
「界魔って界魔喰うなら他も喰うのかなと思って」
「……嫉妬!?」
「に晒されたら困るよねぇ!」
日蔓と静璐は線蓮と緋愴の嫉妬に怯える。
だってあの二人なんか知らんけど監視のことで意気投合してたし。
てっきり親タイプかと思っていた静璐は困惑中。
「……コンビニのチョコでも渡したら喜ぶかな」
「百円でも渡しとけ。好きな物買いなーって」
「小遣いやんけ」
どうやら皆が集まっていたのは飲み会の待ち合わせらしい。衝羽と、久しぶりに会った薄紅もいた。静璐のお隣さん。
希愛姉妹や苺米課三班の三人、相変わらず課長はいない。皆集まった後に松笠もやってきた。
ちなみに薄紅、部長。
「日蔓も来るだろ? 飲ませてやるよ。松笠さんの奢り」
「えッ」
「めんど……。酒って人駄目にするじゃん。静璐行くの?」
「俺行ったら補導されます」
「だろうね」
日蔓は入り口に見える四人に目を向け、盛大な溜め息をついた。
「どうしたの曄雅」
「盛大なストレス」
「よしよし」
日蔓の横に立った優羽にもたれかかり、優羽は日蔓の頭を撫でた。日蔓はその手を払う。と、未優の手が乗ってきた。
「みゆー……」
「ちょこ」
「行きに買ってあげるから。何がいい?」
「美味しそうなやつ」
「美味しそうなやつでいいの」
「美味しいやつ!」
「……ガトーショコラじゃ駄目かい」
「それはまたいつものケーキで」
未優に抱き着いた日蔓は盛大な溜め息をつき、離れて髪を整えた。
手を伸ばしてくる優羽と線蓮の手を手刀で叩き落とす。
「尊音は何がいい?」
「僕? 僕兄さんがいい」
「いつからこんなブラコンになったかな。やっぱ優羽の悪影響だよ。さっさと引き取るんだった」
「ねぇ風評被害」
「事実だろ」
日蔓は髪を結び直し、解こうとする優羽の腕を払う。
「優羽達も行くの?」
「なにが?」
「やっぱ行かないよね。訓練優先だもん」
少しすると、翠狼と西躅、阿菫と罌粟と下野もやってきた。多すぎだろ。総出メンバーじゃねぇか。
「な、行くだろ」
「じゃあ今回はパス」
「行くだろ!?」
「お前毎回パスじゃん」
錨野は机を越えて日蔓にしがみつき、衝羽は日蔓の肩に手を置いた。
日蔓も立ち上がると衝羽の肩に手を置く。
「酔っ払って未優に馬鹿晒すよりいいからさ!」
「俺もパス! 玲牙先輩訓練行きましょ!?」
「はいはい」
「じゃ、同期組は抜けまーす」
日蔓は衝羽と錨野と腕を組みながら逃げるように去っていき、優羽はその椅子に座った。
「あの二人引き剥がすか」
「優羽、手伝うぞ」
「衝羽君は脅しでいけるでしょ」
「錨野は圧かけたら黙る」
「やめてあげてよ。優羽君と結楽君がいなくなって生気抜けた兄さん支えた二人なんだから」
尊音は優羽の頭を小突き、優羽は面白くなさそうな顔をする。
曄雅の左右を挟むのは優羽と結楽と相場が決まり、二人が来る前に仲良くしていた三人に割り込むように二人で奪ったのにまた取られるとは。
曄雅も尊音には強く出れないし結楽の代わりを尊音か未優に使わすかな。線蓮でもいいけどこいつ役に立ちそうにないし。
「優羽さんも執着心すごいですね。今日蔓さんとバレンタインの話してたんです」
「僕毎年手作りだよ。愛情たっぷり」
「あげなかったら殺されそうだよねって」
「僕はホワイトデーに貰えたらいいかなー。貰えるか知らないけど。貰えなかったら勝手にスマホでも貰う」




