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鏡界館  作者: 織優幸灔
三章
110/155

20.ライフライン

 実家と言う名の古民家に戻ると、未優が一人で待っていた。



「未優、晁武(あさたけ)は?」

「また明日来るって帰ってった」

「……あいつ見たな」

「明日来るならマネージャー待たせとけばいいでしょ」

「それもそうか」



 そう思いながら中に上がり、未優と話しながら部屋の掃除をする。



「線蓮さんはなんでおじいさんと一緒に暮らしてたの?」

「まぁいわゆる虐待と似た状態じゃな。ネグレクトとでも言うか、親は晁武ばっかり構ってわしには見向きもせんかったらしい。記憶にないが。祖父に引き取られてから二週間は連絡もなし。三週間後にいないって騒ぎ出して祖父が激怒して」

「親に会ったことない?」

「ない」

「会いたいとは?」

「思うぞ。お前が捨てた子供に守られてる気分はどうだって」

「会わないの?」

「会ったとして言えるわけなかろうに。政治家でもあるまいし。……復讐以外で会う意味はない」



 バケツに水を入れ、倉庫から取ってきたクエン酸を溶かして雑巾を入れた。乾燥とダブルパンチで手荒れるから嫌なんだが、なんせ電気が通ってないもんで。

 あとで保湿しないと日蔓に触れない。



「探してるって言ってたけど」

「わしが必要なんじゃなくて家政婦が必要なだけじゃろ。自分の子供なら言うこと聞くとでも思っとるんじゃろうな。もう一人が言うこと聞かんから困っとるんじゃろうに」

「親って子供を育てるんじゃないの?」

「本来ならな。育てられん子供も一定数おる。曄雅も親が会長に預けたらしいし」

「マジ?」

「大マジ」

「会長育てた子供に抱き着いてたの?」

「ヤバいじゃろ」

「ヤバい……」



 未優は寒くなったのか、フードをかぶりながら中に入ってきた。

 線蓮が掃除し終わった一畳に丸まって熱をこもらせる。



「暇なら手伝え」

「もしかしてそのために」

「んなわけあるか。暇ならと言うとろうに」

「暇だよ」

「手伝え」



 固く絞った雑巾を未優に渡し、畳の掃除の仕方を教えた。

 覚えは悪いが根は真面目なので丁寧にやってくれる。いい子。



「線蓮さん、私の親は私のこと探してないの?」

「さぁ。もしかしたら探しとるかもな。まだ十四の娘がいなくなったわけだし」

「……優しい人かな」

「そうだといいが。そうじゃなくても未優には曄雅や静璐がおるじゃろ」

「そうだけど」

「心配することはない。何かあっても曄雅も静璐も皆味方になってくれるから」




 相当のストレスがかかっているのだろう。

 畳を掃除しながら揺れる髪にはかなりの数の白髪が目立ち、天使の輪つやつやで綺麗だった髪も毛先が少し傷んでいる。


 最近は睡眠の質も悪いようだし、起きたらずっと日蔓にくっ付いているし。


 まぁ日蔓の昏睡のせいもあるのだろうが、夢でのストレスが大きい気がする。


 未優は未来夢と確信したものしか他人に話さないが、昔聞いたのは夢か未来夢かはっきりしないものを時折見るということ。

 何故それがはっきりしないのかは分からないが、夢にしてはリアルで有り得ることすぎる。でも未来夢という確信はない。そんな状態。



 日蔓は良くも悪くも未優に構いすぎない。未優は記憶がないせいで歳よりかなり幼い言動をすることが多々あるが、甘えたい衝動もその一つなのだろう。

 だが、日蔓があっさりした性格なので自ら撫でられに行くことはない。


 撫でられたら万札でも貰ったかのように喜ぶが。




 日蔓に心配をかけないよう、周囲の期待を裏切らず、不安を煽らず、嗤われても我慢する。誰かに迷惑がかからないように。


 だが最近は界館の空気が非常に重く張りつめた状態で、その元凶がただでさえ特異な存在だった三班全員、特に未優と来た。そりゃ本人も知らないところでストレスはかかるし髪にも夢にも出るわな。







 ここ数日間は特に縛ることも気にすることもないし、山奥でのんびり過ごすか。


 美味しい店や旅館に連れていこうと思ったが、やめやめ。何より線蓮自身が面倒臭い。未優のお年玉はあとでちゃんと振り込んでおこう。




 後ろに倒れ、いつの間にか反対の端に移動して掃除を進めていた未優に声をかける。



「未優、東京に帰るまでここで過ごすか」

「スイーツは」

「好きな時に買いに降りて好きな時間に食べて遊んだらいい。仕事もよっぽど緊急じゃない限り休み」

「肉は?」

「……イノシシでも捕って猪鍋にするか」


 思っていた返事とは違う答えが来た未優は面食らい、線蓮はケラケラと笑う。



 美人顔は八方美人しか寄ってこなかったので、最も美人な未優が色々な表情をすると面白い。



「まぁ好きに過ごしたらいいさ。曄雅には内緒。たぶん怒られる」

「肉食べなくていいってこと?」

「……と言うか未優魚は食べれんのか? 刺身とか寿司とか。おにぎりはいけるじゃろ」

「……寿司……」


 本人に食べた記憶がないのか。日蔓が外食で寿司に連れていくとは考えにくいしな。



 せっかくの漁師町に挟まれた山の中。海も山も満喫させよう。山っつっても冬だけど。



「曄雅に連絡してみるか」

「線蓮さん寿司って美味しい?」

「美味い寿司は美味い。漁師町が近いからな」


 未優は雑巾をバケツに投げ入れると寝転がった線蓮の後ろから覗き込んだ。

 この人のスマホ画面怖っ。日蔓尽くしじゃん。



「記者にでもなった方がいいんじゃない」

「曄雅が芸能人になったらなる。盗撮しまくって職権乱用する」

「それ犯罪じゃない?」

「良い子は真似するな」

「アウト」




 日蔓にメールして数秒後、ハッと気が付いた。そういや通知切られてるんだった。


「未優、未優の方から連絡してみてくれ。わし若干嫌われとる」

「若干じゃないでしょ。超嫌われてる」

「刺さった……!」

「嫌われてるしウザがられてる」

「抉るな……」


 未優は自分のスマホからメールして、何が食べれて何が食べれないのか聞いた。



 画像が送られてきたと思ったら、日蔓がメモしていたものが写真で送られてくる。



「寿司食べれるって。ラーメンは無理で、明太子も駄目だって。日蔓がくれたパスタ食べれないかも」

「薄味にしたら大丈夫じゃろ。見せてみろ」



 未優は記憶や足のこともあり毎月定期検診を、二ヶ月に一回色々な検査をしている。その中にアレルギー検査もあるので、日蔓のようなことにはならないはず。



 焼肉も油が少ない部位を塩やレモンでならいけるようだ。薄味なら案外なんでも食べれるんだな。ラーメンも薄めたインスタントならいけるみたいだし。いい顔はしないけど。



「じゃあ寿司食べに行くか。寿司か刺身」

「なんか違う?」

「白米か酢飯か。わさび無理じゃろ」

「辛いの嫌」

「お酢は?」

「え直?」

「それは誰でも無理じゃろ……」

「えーと……お酢って何に使う……?」


 酢漬けとか酢飯とか黒酢あんかけとか、結構なんにでも。



「……酢の物とか」

「あ、きゅうりのやつは食べれた」

「じゃあ大丈夫じゃな。酢飯もそこまでキツくないし。……つーか手巻きでもするか。寒いな」



 未優はだんだん楽しみになってきたのかうつ伏せに寝転がって計画を立てていく線蓮のスマホを覗き込み、うつ伏せの状態で足を振り始めた。



 食事でこれほど楽しみにしているのは珍しい。



「クレープでも応用してみるか? フルーツと生クリームとジャムとかで」

「取って乗せるの?」

「好きなの好きなだけ」

「楽しそう」

「欲張りすぎたら破れるがな」

「やりたい。楽しみ」

「じゃやるか」



 ガス缶まだあったかな。なんせガスも通ってないもんで。



「今日の夕食が決まったところで、未優、荷物取りに行かんと泊まる用品ないぞ」

「取りに行かないと」

「……行くか」

「ラムネ呼ぶ?」

「呼んでくれ」















 荷物を取りに行き、買い物に行き、ラムネがずぶ濡れになって捕ってきたウグイを保冷バッグの中で氷とともに保存する。


 一応先に捌いたので現在は柵の状態。


 未優はラムネを拭いて一緒に寝転がって温まっている。



「未優、少し出掛けてくるが」

「どこ?」

「水源見に」


 なんせ水すら通ってないんでな。

 近場の池から吸い上げてフィルターで濾過して使っている状態だ。


 池と家の間に大きな濾過器と貯水槽があって、貯水槽で一度沸かして濾過された水を煮沸消毒している。

 さすがに飲水や料理用の水は買ったものだが、風呂や洗い物などはこれ。



 冬場は池が凍るので、凍っていたら氷を割らなければならない。その確認をしに。



「面白そう。行く」

「じゃおいで。……ラムネは大丈夫か」


 行く気満々の二人というか二匹というか、二体を連れて山に入った。


 超急斜面の山の突出した崖に家を、少し離れた先にあるくぼんだ洞窟に水源がある。

 冬場の急斜面は雪や氷でぬかるんで危険極まりないので未優を抱き上げ、生えている木を支えにしながら進む。



「線蓮さんって案外ジャングルで生きてたんだね」

「都会っ子かと思ったか」

「だって機械オタクじゃん」

「別にオタクってほどでもないがな。現代で機械を知らずに置いてかれたらそれこそ用無しになる」

「トンカチより詳しいじゃん」

「若者でも音痴は一定数おるぞ」



 慣れた足取りでくぼみに行き、池を覗き込んだ。


 どうやら先日雪が降ったようで、くぼみの奥に少し雪が残っている。



「あれ、魚いない」

「いたら事故るからな」

「ラムネはどっから捕ってきたの」

「下に小川と源泉があるからそこじゃろうな」


 池の表面を枝で刺し、薄く張っていた氷を割った。

 未優がやりたがったのでそれを任せ、どこかに行こうとするラムネを掴む。



 こんだけぬかるんでるなら怪我するし汚れるし。洗うのが面倒臭い。



「じっとしとれ」


 嫌がるように泣き叫ぶラムネの顎下を撫でて落ち着かせ、氷の破片をつつく未優に声かけた。



「未優、管の確認がてら戻るぞ」

「はぁい」


 貯水庫にも火を点けないと。やることが多い。

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