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鏡界館  作者: 織優幸灔
一章
1/155

1.鏡界

未優(みゆう)、旭市の高校で鏡界(キョウカイ)が揺れたって。他の子が様子見してるから行ってきて」

「……旭市ってどこ」

「千葉だよ」

「千葉? 遊園地?」

「それは知ってんだ……。海沿いの香取市の下。行ってきて」


 人使いの荒い上司。




 自作ロールケーキを丸かじりしていた未優は屋上から飛び降りるとそのまま駐車場の方に向かう。



「すみません、一台出してもらえますか」

「かしこまりました。どちらまで?」

「えーと……千葉の……あ……なんちゃら……。…………初……旭市!」

「旭市ですね。二十三番へ」

「ありがとうございます」



 窓口で札を受け取り、二十三の駐車場に止まっている車の前に立った。

 車は基本黒の軽だが大人数の時のためにワゴンや大型のトラックもある。トラックは荷台に人が乗れるようになっていて、ちゃんと警察の許可も。






 車に乗ってシートベルトを締めているうちに運転手が来た。


「こんにちは太薰蛇(たしげだ)さん。旭市までですね」

「お願いします」












 ぼんやりと外を眺めているうちにあっという間に千葉に着いた。海沿いの高校。ずいぶんと古そうだ。



「着きました」

「あざました〜」


 未優は車を降りるとそれを見上げる。

 ずいぶんと古そうな学校に、ずいぶんと凶暴そうな鏡界魔(キョウカイマ)


 学校の窓から出てきたか。



 紫の人のような形に、顔の中心には縦型の大きな一つ目。その横に口の裂け目と反対にたぶん機能していない濁った小さな目も。


 脇まで出てきて、学校に手を突いて全身出てこようとしている。屋上から抑えられているので無理だ。




 学校の窓を繋げて巨大な鏡にしているが、そういう異能(イノウ)だろうか。








「聞いてたんと違う……」


 鏡界が揺れて、他の子が確認しているから追加で行ってこいということではなかったのか。これは押し戻した方がいいのか。



 腕を組んで首を傾げているうちに、屋上から鏡界魔を制御していた女の子がこちらに飛んできた。





「未優さん! 男子生徒が中に引き込まれて……!」



 助けてと言う前には目の前にいたはずの未優は消え、と同時に飛ばされそうなほど強風が吹いた。

 ハッと見れば、未優は鏡界魔の後頭部を蹴り飛ばして界魔を押し出した。



 上半身は人間、下半身は蛇のようにうねった紫の塊。






「潰しとけ」





 未優は鏡界魔を指さすと鏡界魔が出て閉じかけている鏡界の中に飛び込んだ。




「おーい高校生男子ー!」





 大きくそう叫べば中に大きく反響し、その反響に重ねるように返事が返ってきた。



 下は深淵、足場は繋がっていない板が壁にくっ付いているだけ。壁の所々に鏡。

 勢いを付けると板の間を飛び越えながら螺旋状になっている板を上がる。






 三周ほど回って上がれば頬が赤く腫れ右まぶたも青紫に鬱血している男子が板の上に座っていた。

 未優を見上げ、明るい笑顔で笑う。



「君も連れてこられたの?」

「同類にしないでいただきたい。その顔は?」

「紫のバケモン見た?」

「あぁ」

「あれが男の子掴んでたからさ。殴り掛かったら返り討ちにされたんよね。男の子はちゃんと逃げたよ」




 逃げ方を知っているということはこちら側の人間が掴まっていたか。

 実力不足で一旦戻ったか、ただの恐怖か。どっちにしろ昇進は遠退くな。




「痛みは?」

「んー平気!」

「そう。じゃあ出るよ」

「出れんの?」

「そりゃ入れたから」



 男子は立ち上がると、未優を見下ろした。



 赤っぽい黒髪を肩の高さで切り揃え、両横髪の髪を編んだ女の子。

 青っぽい目に、綺麗な、本当に端正な顔をした女の子。まだ中学生では。






「君はなんで入ってきたの?」

「君を助けるために。あとタメ口やめて。私仮にも助けた側だから」

「あ、分かりました……」



 指をさされ睨まれたのでおとなしく頷き、未優はそれを見ると身軽な動きで板を飛んで移動する。

 本当は間から落ちて下の板に着地したら楽なのだが、これがそれをできるとは思わないので一枚ずつ。




「えーと……どこまで降りるんですか……?」

「君黙れないの? うるさいよ?」

「すみません」


 結局答えてもらえないまま、二人が入ってきたところまで戻ってきた。



 未優は鏡を二度爪で叩く。すると、鏡にヒビが入った。


「馬鹿力……!」

「あ?」

「すみません」




 割れた鏡の破片が浮き、未優がつついたところに入っていった。確かに破片は入ったのに壁には鏡がある。



「今割れたのに……」

「はよ行け」



 鏡をじっと見ていると後ろから押され、そのまま鏡の中にのめり込んだ。


 顔を出せば、三階の窓から見下ろしている感覚。



「落ちる落ちる!」

「落ちろ」

「死ぬぅ!」

「死なない」



 頑張って付いていた足を蹴られ、そのまま真っ逆さまに落ちた。






 いつになっても痛みが来ず、やがて浮遊感も消えていることに気付いた。恐る恐る目を開ければ、普通に立っている。



「あれ!? 俺死んだ……!?」

「生きてるよ。鏡界内に入ったんだね。お疲れさま」




 隣にしゃがんでいた男性を見下ろし、とりあえず会釈をした。


 少女は全身タイツのようなトレーニングウェアのような黒いハイネックに大きな青紫のパーカーを着ていたが、この人は普通に私服だ。

 少し長い黒髪を後ろでまとめた外人風の男。というかたぶん外人。




「座っていいよ。驚いたでしょ。未優は雑なところあるから」

「未優って……あ、あの女の子……」

「そうそう。……座りなよ」



 いつになっても座らない少年を見上げ、自分の横を指さした。

 少年はまた会釈すると隣にしゃがむ。




「聞いたよ、界魔に捕まった子助けたらしいね」

「界魔って?」

「あの化け物の総称。鏡の中に住む人ならざるもの」

「鏡の中に……!?」

「鏡って言っても、反射するものならだいたい出てくるけどね」






 現世(こちら)の世界と鏡界(あちら)の世界を繋ぐのが鏡。

 昔は銀や磨いた銅など限られたものでしか繋がらなかったが、今は鏡、ガラス、プラスチック、水面。反射するものならなんでも繋がるようになっている。

 反射の状態としては指を一本立ててそれが反射で見えたら危険。光がぼやけて反射する程度なら相当強いやつでない限り出てこれない。



 鏡界(キョウカイ)に住むのが鏡界魔(キョウカイマ)。略して界魔(カイマ)

 界魔は人の魂に近い存在の生気(セイキ)を吸う。生気を全て吸れた人間は感情のない人形(ドール)となり、身内または探していた人たちの希望があればこちらの機関で保護し生気が戻るまで待つ。



 生気を吸った界魔を殺せば生気は戻るが、こちらとしても無駄な人員は割きたくないし死骸処理も面倒なので基本は界魔自らに吸ったかどうかを聞く。写真で。




 鏡界魔が何体いるのか、何百何千何万。

 新しく生まれるのかずっと同じ奴らが争っているのか過去から増えているのか減っているのか。

 界魔が持つ異能の原理も種類も何も分かっていない。




 界魔は人の生気を吸うほど強く界魔を喰らうほど大きくなる。

 人の生気を吸った界魔が他の界魔に喰われたら生気は持ち主の元に戻るし、その生気が何十年前に吸われたものでも必ず戻るのはこれまでの活動で分かった。

 ただし、その界魔の異能にもよるが。






「で、君が選べる道は二つ。普通は一つだよ? でも君は才能があるから二つ」

「才能……?」

「き……」

「記憶を消されて元の生活に戻るか鏡界館(きょうかいかん)に所属して界魔を殺すか。私は前者をおすすめする。君はこの仕事に向いてない」



 無傷で戻ってきた未優を見上げ、また会釈した。未優は表情を変えず。



「記憶を消されるって……」

「君、今日まで鏡界の話聞いたことあった?」

「い、いえ……」

「関わった一般人は全員記憶を消すかこっちに引き入れてる。たとえ犯罪者でも。だから噂は広まらないし界魔の存在も消される。被害にあった建物は爆発テロとかそんなんで処理されて死んだ人も巻き込まれたで終わり。だから私は記憶を消して元の生活に戻るのをおすすめする。ほぼ強制」

「ちょっと未優! 選択肢!」

「なんで俺は向いてないんすか?」



 怒鳴る男の人を落ち着けながらそう聞くと、未優は向かいにしゃがんで少年の額を指で刺す。



「この仕事は人命救助。自分の命より他人の命を救おうとする奴は誰も救えないまま一番に死んで終わる。君はその典型。普通知らない子が化け物に捕まってても助けず逃げるか隠れるからね?」

「でも俺の命投げ出したら助けられるかもしれませんよね。事実助けれましたし」

「それが何回続く? 弱い奴が死ぬ時は絶対に負けて死ぬんだよ」



 そもそもこれが秘密厳守で活動できるとは思わない。

 家族にも友人にも隠して活動しなければならないのに、絶対頼まれて喋って記憶を消せずうじうじするだけだ。




「じゃあ強くなります。未優さん? は強いんですよね」

「才能が違う」

「才能は結果で努力次第でどうにでもなる」

「才能はスタート地点だ。そこから凡人よりも努力して天才になる。君にはそのスタート地点がない」

「じゃあそこまで登ります」

「登る前に死ぬけどね」

「死んでも生きる!」

「馬鹿かお前」




 未優は立ち上がると正義感に満ちたその目をゴミムシを見るような目で見下し、少年も立ち上がって拳を握った。



「うし!」

「それじゃあこっちに来るってことでいいんだね」

「だって記憶消されるんでしょ?」

「わざわざ過酷な道を選ぶんだ?」

「今日の記憶が未来の糧になるなら!」

「前向きだねー! 嫌いじゃないよー」

「くだらね」


 未優は舌打ちをしながら去っていき、少年は少し眉尻を下げた。




「……あ、自己紹介がまだだったね。僕は日蔓(ひかづら)曄雅(ようが)。君の上司になる」

車花宮(しゃかみや)静璐(せいろ)十六歳! 今年で十七になります! よろしくおねがいしゃーす!」

「元気元気! 健気な明るいタイプは少ないからいいよぉ! あの子は太薰蛇(たしげだ)未優(みゆう)。まぁ……一応先輩になるのかな? まだ分かんないけど仲良くしてあげてね!」

「はい!」

「それじゃあ鏡界館へレッツゴー!」

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