変化していく未来
「……」
ディルは、じっと手元にある手紙を見つめる。
何度見返したところで内容が変わる訳では無いが、見つめ続け、溜め息を零したところでリリーナがいそいそと駆け寄ってきた。
「ディル様」
「……うん」
「この方、きっと……」
ルミナスと会ってから、色々なことを手紙でやり取りして、情報収集してきた。
その中にあったのが、マリアの婚約者に関するもの。今回届いた手紙もそれに含まれている。
「ルミナス様が仰っていた方と同じですわ」
「そうなんだ」
かつて、マリアを是非にと望んだとても奇特なマルディグラ伯爵家。
ルミナス曰く、『とんでもない大恋愛の末にマリアが嫁ぐことになったとてつもなく珍しい家です』とのこと。
大恋愛ってどういうことなんだ……と悩んでいたが、この手紙を見て理由が分かった。
「……リリ、俺は酷い人間かもしれない」
「はい」
「でも、もう大事な妹に苦しい思いをさせたくないんだ」
「ええ、分かっておりますわ」
「……ありがとう」
端的な言葉の会話で、ディルの覚悟は決まった。
婚約者となったばかりではあるが、マリアの婚姻を進めなければならない。
あちらの気が、変わらないうちに。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ところ変わって、ローズベリー家のルミナスの私室にて。
二人揃って課題をやりつつ、終わり次第止めていた卒業制作の話をしようとひたすら手を動かしていたら、ミリィがルミナス宛だと手紙を持ってきてくれた。
ちょうどいい休憩だな、と思ったルミナスは差出人を確認してからいそいそと内容に目を通していく。
「へー……」
「ルミィ、どうしたの?」
ディルからの手紙を見たルミナスが呟き、アリューズが作業の手を止めて問いかけた。
「マリア、何回やり直しても『ラクティ侯爵家の癇癪令嬢』の汚名はついて回るみたい」
「どういうこと?」
「どうやっても、どう足掻いても、マリアの意思が強固すぎるんじゃないかしら……あ、手紙に続きがある」
「それ、僕にも教えてくれる?」
頷いてからルミナスは続きを声に出して読んでいく。
「えーとね、『マリアに関しては、学園在学中に結婚させることにした。マルティグラ家……もとい、次期当主がマリアを気に入ってくれている内にね。もしかしたら、ルミナスはこの家を知っているかもしれない、という前提の元この先を読んでほしい』」
「……?」
どういうことだろうか、とルミナスが読み進めようとして、言葉に詰まった。
「……そういう、ことね」
「?どうしたのルミィ」
「読むわね。『マルティグラ家次期当主は、可愛いもの、美しいものが大好きなんだ。だから、あちらからの強い要望でマリアとの婚約を最近成立させた。マリアは褒められて有頂天になっていたが、俺はこっそりと次期当主にこう言われたよ。綺麗なうちにくださいね、と』」
「何だ、それ……」
まるで、人をアクセサリーのように扱うのだな、と感じたアリューズが嫌悪感を露わにしていたが、ルミナスはじっと考え、ふとあることを思い出した。
「……そうよ、そうじゃない……」
「ルミィ?」
「何であのマリアと物凄い恋愛ができるんだろう、ってあの時も思ってたじゃない、私!」
「ルミィ、ストップ。事情を説明して」
言いながら、アリューズは割と容赦なく向かいに座っていたルミナスの脳天にチョップを落とした。
ごず、と鈍い音が響いて、ルミナスからも『うぐぅ』と令嬢らしからぬ悲鳴のような何かが聞こえる。
「い、痛い……アリューズ容赦ない……」
「ちょっと暴走気味だったから、つい。……で、何があったの?」
「……えぇとね、私がマリアに突き落とされて死んだ時のマリア婚約者、マルティグラ伯爵家の人だったの。多分次期当主さま」
「……え?」
「今回も同一人物だと思う。それで、マリアのことをとんでもなく溺愛していて……今思えば、あの頃のマリアはもう既に癇癪令嬢の嫌な二つ名があったにも関わらず、あの人は問題ない、って言い切ってたな、って……」
恐らく同一人物であれば、ルミナスが死に戻りをしていたとはいえ、大まかな性格などは変わっていないだろう。
だから、ようやく納得できた。
どうしてマリアをあんなにも溺愛できたのか、大事にしていたのか。
「そもそも、当時からマリアの顔目当てだった……性格なんてどうでも良くて、『マリア』という彼にとって愛でられるお人形さんが居れば良かったのかしら、って」
「それ、は」
「でもね、こっちはこっちで色々と思っていたの。マリアが嫁入りできるなら、それで良い、って。私はあの時、アリューズ以外の人が婚約者だったし、私が家を継ぐ予定は最初からなくて、後継者はお兄様だったから。あぁでも……確か何かがあって結果的にアリューズがまた婚約者になるんだ、って聞いてから浮かれてたのよね、私ってば」
家を継ぐのは何回繰り返しても兄だった。
ルミナスは、どうやっても継ぐことはない。あくまで、侯爵家のための結婚をするだけ。
たまたま、そう、たまたま実家にいた頃にアリューズと出会うことができて、幸せになれると思っていたのに死んでしまった。
そうして、やり直した今、この国でアリューズに会えるだなんて思っていなかったから、尚のこと、この関係だけは崩したくない。
もう、繰り返す気力はきっと残っていないだろうから、次に死に戻ってしまった場合ルミナスはもう全てを投げ出してしまうことだろう。
「今回も……そうなりつつある、っていうことね。なるほど」
「なら、ルミィと妹の関係はもう……」
「切れた、と思いたいけど」
うーん、と唸りつつルミナスは時計を確認し、休憩時間がほぼ終わりなことに気付いて手紙を一旦しまった。
「ルミィ、そういうのフラグ、っていうらしいよ。アリアが言ってた」
「………………さっきの、無し」
また課題を再開しつつ、苦虫を噛み潰したような顔をしながら手を動かす。
課題自体は何の問題もなく終了し、次に卒業制作のための図面を机の上に開いた。
「制作する魔道具なんだけど」
「うん」
「私ね、日常生活が豊かになるようにしたいの。でもまずは、マリアの悲鳴が喧しくて、耳栓から作りたいなー、って思ってた」
「……う、うん」
遠い目で、過去からの出来事を思い出しながらあれこれ語ってみたり、魔道具制作に関してやりたかったことを淡々と語るルミナスのメンタルの上下が激しい日だなぁ、と思いながらアリューズは図面を覗き込んだ。
「……あれ、これって」
「結果的に何を作ろうかな、って悩みすぎて、耳栓と集音を兼ね備えたものを作りたくなっちゃったの」
えへ、と何かを誤魔化すように話すルミナスを見ていたアリューズは、とても細かく描かれている図面を見て、『へぇ』と声を漏らした。
「さっきまでの話は一旦さて置くとして、これって……」
「その……耳の遠くなっちゃったおじいちゃんとか、おばあちゃんの役にも立つかな、って思ったの。それと、騒音に悩んでいる工事現場の人達にも使ってもらえないかなー、とか。色々考えて、機能面を、もりもりにしちゃって……」
「……見事な設計図なんだけど、めちゃくちゃ難易度高いことしたね」
感嘆の声を漏らしたものの、半分くらいは呆れも混ざっている。
そもそもこの設計図、一体いつの間にここまで書き込んだんだ、とか。いつから制作していたんだ、とか。疑問は次々に湧き上がってきてしまった。
「……ねぇ……ルミィ。最近また眠そうにしていたけど、もしかして」
「ちょっとまた夜遅くまで起きてました……すみません」
先手必勝で謝ってしまえ!と思ったルミナスは素直に謝ったが、アリューズはとてつもなく大きな溜め息を吐いた。
「この前、夜更かししすぎたら無理やりデートするよ、って話してたのは?」
「……覚えてます……」
「ルミィに関しては甘い、って言われるけど、まぁ……婚約者だから仕方ない」
「え、えへ……」
「卒業制作もしばらく触るの禁止、って言ってたのに……」
「あう」
「というわけで、はい。ルミィ、手出して」
「?」
何だろう、とアリューズの言葉にはとても素直に従うルミナスは、はいどうぞ、と手を出した。
すると、むぎゅ、と手を繋がれ、椅子から立つように手を引かれ促された。
「へ?」
「さて、おばあさま達にデートの日付の相談に行こうか」
「まさか」
「周りからしっかり固めさせてもらうので、覚悟してね。はい行くよー」
「えーー!!」
両親や祖父母に根回しされてしまえば、ルミナスは間違いなく逃げられない。ついでに、レノオーラにも話しておけばきっと彼女はルミナスが夜更かししないように、監視の眼を大変鋭くしてしまうことだろう。
それを見越したアリューズにずるずると引きずっていかれ、居間で家族にあれこれ暴露されてしまい、ここ最近こっそりやらかしていた根の詰め具合をしこたま叱られてしまったルミナスは、とても小さくなりつつ再びアリューズとのデートに引きずられていくことになったのであった。
だが、これはかつて得られなかった平穏そのもの。
ここまで平穏無事に過ごせているのは、周りの皆のおかげ。その中には勿論ルミナス自身の努力だって含まれている。
もうここまでの平穏を味わってしまったルミナスは、アリューズとデートをしながら『絶対に手放してなるものか』と改めて決意をしたのであった。




