何故勝てると思えたのかは理解不能
ヒステリックに叫んでも、暴れてみても、昔のように皆が言うことを聞いてくれない。
ドタンバタンと暴れてみたところで、昔ならば両親を呼んできたり、機嫌を取るためにお菓子を買ってきてくれたり、アクセサリーの新しいものを見に連れて行ってくれたり、本当に色々してもらった。
それなのに。
「何で……何で!?」
今はどれだけ暴れようにも、何もかも兄が手回しをしているから、色々と上手くいかない。
上手くいった試しはないし、それならば兄の婚約者に取り入ってやろう、と思って笑顔で話しかけ、甘えるようにしなだれかかったマリアに対して、リリーナは遠慮することなく突き飛ばした挙げ句、『ふざけるのも大概にしてくださいませ!!』と怒鳴られた。
ついでに、ディルにも『お前、バカじゃないのか?』と冷ややかな目を向けられてしまい、いつもの倍の課題を出されてしまった過去があるのだ。
「お兄様も……皆、皆!!」
だん、と足を踏みならしてみたところで、履いていたお気に入りの靴が傷んでしまうだけ。
ついに踵がぼこりと外れてしまい、ぐらりとよろめいたマリアは、そのままどたりと転んでしまった。
「きゃあ!!」
ふらついて、尻もちをついてしまったものの、部屋に誰かが駆け込んできてくれる気配はない。
じわ、と涙が滲んで、久しぶりに大きな声で泣きわめいてやるんだから、と張り切って泣いてみたところで、イヤリングは装着されっぱなしになっていたため、自分の泣き声がいかに喧しいのか、を思い知らされてしまっただけだった。
「……うぅ……」
どうにもならない、誰かに今すぐ助けてほしい。
そう願ったおかげなのか何なのか、兄と兄の婚約者が帰ってきた。
もっと出かけていてくれた方が良かったのに、と思いつつも、部屋の窓から見下ろした先にディルと歩いているリリーナがとんでもなく機嫌良さそうにしていたのが引っかかり、こそりとダイニングに向かった。
今の時間は本来ならば勉強の時間なのだから、ここにいてはマズい、と思いつつもそっとドアに張り付いて聞き耳を立ててみた。
「まぁ……良かったわ……ルミナスは元気なのね!」
「えぇ、あちらでしっかり色々なことを学んでおります。婚約者もいて、大切にしている友人もできて……」
ディルはにこり、と大変綺麗な笑顔を浮かべ、ただ留学しているだけの娘の様子を聞くかのような雰囲気の母親に対して、容赦のない言葉での一撃をお見舞いする。
「本当に、あの子は頭がいい。こんな家、出てしまって正解だったんだ。それをあの歳に察するだなんて……ねぇ」
「……あ」
「ディル!」
「お二人のせいでもありますし」
「まぁ……そうだったんですのね」
あらあら、と微笑んでいるリリーナ、そして顔面蒼白な母アイナの表情は正反対だった。
「ルミナス様、とってもとっても明るくて、このわたくしがお顔を覚えられましたから……ふふ、わたくしあの方大好きですわ!」
「は……?」
聞こえてきた、今まで聞いた事のないくらいに明るいリリーナの声に、マリアはひくりと表情を引き攣らせた。
「何よ、それ」
姉が出ていって、侯爵家長女として生きるようになってから、何もかもうまくいかないから、どうにかして引きずり戻してやろうと思っていたのに。
「あんな声で、あたしには笑いかけたり話しかけたりしないくせに……っ」
リリーナの思い上がった思考回路も何もかも、ぶち壊してやらねば、ととんでもない他責思考っぷりを発揮していた、その時。
「――何をしている」
「ひっ!?」
扉が開き、鬼の形相ともいえるほどの厳しい顔でマリアのことを睨み付けているディルが居た。
「あ、の」
「盗み聞きはよくありませんわ、妹様」
名前をどうして呼んでくれないのか、とマリアが睨んでいると、リリーナは変わらず笑顔のままで言葉を続ける。
マリアが、この笑顔を仮面だ、ときちんと認識しているのかいないのかは不明だが、そんなこと気にするでもなく、リリーナは口を開いた。
「わたくし、貴女のことなんかだぁいっ嫌いですの。嫌いな者に割く記憶容量なんてない、それだけ。それに貴女……なーんにもできないラクティ侯爵家の癇癪令嬢なのに、どうしてルミナス様と同等に扱ってもらえるだなんて傲慢なお考えをお持ちなの?」
かつて言われていた不名誉なあだ名は、今回も容赦なくマリアのことを傷付けるが、それを招いているのは他ならぬマリア自身なのだから、文句を言ったところで何かが変わるわけでもない。
「……っ」
「お前、今は勉強の時間だろう。確か学校の課題をやるんだって俺に報告していたはずだが?」
「それ、は」
「お前、最低クラスに所属してるんだから……もう少し努力してくれ。それから、家のために嫁ぐことも決まっているんだから、相手に見限られないように行動しなさい」
「……っ」
「……返事は」
「…………っ!!!!」
苛立っている様子のマリアが睨んだとて、ディルは痛くも痒くもないし、怖くもない。むしろ逆効果。
「返事ができない口は縫い付けて、人の話を聞くことができない耳は不要か?」
「ひっ!」
「お前……物の道理が分からない幼子のつもりか?いつまで癇癪を起こし続けるんだ」
「……ぁ、う」
マリア自身に自覚は無いが、ルミナスのループの原因を作っている張本人だから、何回繰り返しても『如何に自分が楽に生きていくのか』を選択し続ける。
今回もそうだが、違うのはリリーナという存在。
ディルの陰にするりと隠れ、マリアの状態を目をこらして見ていた。
「……」
マリアのことは、リリーナから見れば『よく分からないものがぐちゃぐちゃに絡みついている真っ黒い存在』という認識しか出来ていない。
常に吐き気に襲われながら、必死に対応していたらローズベリー家で会ったルミナスがきらきらしていて、いつでも努力をしていたから、態度が全く異なるのは当たり前というもの。
「(……ディル様、マリア様にそのまま遠慮なくどうぞ)」
「(あ、良いの?)」
「(はい)」
小声で話しながらにっこり微笑んでいるリリーナを見て、ディルはすぐに視線をマリアに移し、口を開いた。
「いつまで経っても三歳児……は言い過ぎか。五歳児くらいの知能しか持ち合わせていないなら、それなりの対処をしなければならないんだ。これも何回繰り返し伝えたら理解できる?そもそも、理解する気はあるか?」
「あ、あるわよ!」
「じゃあ何で毎回結果が伴わないんだ。そんなにこちらの言うことを聞きたくないなら出ていってくれ」
「そんな……」
「嫌ならちゃんとしろ、これも何回目だ!!」
ばん、と壁を殴りながらとんでもない勢いで叱りつけてくるディルに、マリアはガタガタと震える。
どうしてこれを兄である自分がやっているんだ、と両親に無言の圧をかければ、大変申し訳なさそうに『ごめんなさい』と小さく謝罪が聞こえた。
領地経営や人付き合いに関しては全く問題がないのに、どうして……と思ってみても事態が何か変わる訳ではない。
はぁ、と大きな溜め息を吐いたディルは、使用人を呼び出して、震えているままのマリアの手首をがっちり掴み、メイドの方に押しやった。
「きゃあ!」
「椅子に縛り付けるなり何なりして、課題を終わらせるまで部屋から出すな!良いな!」
「は、はい……」
「ごめんなさいお兄様、やめて!」
「部屋を抜け出して、人の話を盗み聞きして、挙句の果てに俺の婚約者を睨み付けて……何様だ?」
問われ、マリアはぼろぼろと涙を流しながら堰を切ったように叫んだ。
「誰も私にお姉様のことを教えてくれないからでしょう!?盗み聞きするしか方法なんてないから!!だから!!」
「夕飯の席でお話しする予定でしたわ」
「……へ」
「妹様が暴走した挙句、こうして叱られている、それだけです」
おっとりとした口調で言われたから、特に突き刺さったらしい。
マリアはへたり込んで、涙をぼろぼろ零した。
「考えが浅いというか、考える前に行動しているからどうしようもない、というか……」
少しだけ考えれば、分かったはずなのだ。
ディルは帰宅したら夕飯時にその日の行動を色々と報告しているし、今回はルミナスのところに行く、と前もって話していたから前回までと同じようにしていれば、少し騒ぎがあったかもしれないが、普通にルミナスの様子は聞けたのだから。
「わたし、の、せい」
「お前が考え無しに行動したからこうなった、それだけだ。それ以上でも、それ以下でもない。分かったら部屋に帰りなさい」
「……はい」
トドメに言われ、マリアはこれまでにないくらい憔悴しきった様子でとぼとぼと歩いていく。
「ディル……あんなに厳しく……」
「付けあがらせて、笑いながら過ごしているルミナスをまた世話係に任命するつもりですか。マリアが絡むとあんた達は何も変わっちゃいないんですね。そろそろ引退して、領地の外れにある別荘にでも隠居したらどうですか」
「!?」
「ディル、あなたお父様に向かって何てことを!」
「十歳にも満たない小さな子が、脱走する原因に何を言われても響くわけがない。俺は、大事な家族を守りたいから容赦なんかしない!」
はっきり言われた内容に、両親は何年も味わっている虚しさのようなものを、また味わうことになる。
ディルは、あの滞在の間で、何があろうとルミナスの味方であり続けると決めたのだ。
たった一人、助けてと叫んでいたであろう妹が、ようやく屈託なく笑えているのだから、邪魔するものは両親だろうが容赦なんかしない。
それはリリーナとて同じこと。
大好きな理解者であり婚約者であるディルの、大切にしている『家族』なのだから、自分だって守りたいんだ、と決めたのだから。




