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the cat,

部活が終わって玄関で靴を履くと、佐倉先輩に遭遇した。


「よっ、期待の新人」


本当にそう思っているのかなんなのかしらないが、入部早々先輩は妙に馴れ馴れしかった。

といっても他の部員にも概ね同じような態度だからそういう人なのかもしれない。


「なんですか佐倉部長」


苦手意識が表情に現れないよう柔らかく対応する。


「今帰り?ちょっと一緒に帰りません?」


「いいですけど、僕すぐ電車乗っちゃいますよ」


「駄目。ちょっと篠原君に見せたいものがあるから付いてきなさい」


なんて強引。人の予定すら聞かない。

これで僕が大事な用があって早く帰らなきゃならないとかだったらどうするつもりなんだろう。まぁ、そんなものないんだけど。


はぁ、分りました。と半強制的に答えさせられて連行される。

もう部活はとっくに終わったのに。面倒臭いと思う。

だいたいなんでよりによって僕なんだろう。偶然会ったからだろうか。だとしたらなんて運がわるいんだろう。


しぶしぶ歩いて辿りついたのは雑草生え放題の空き地だった。

そんなに歩いていない。学校から割と近い距離にある。


「…?ここですか、見せたいものがあるのって」


うん、と先輩は答えて一人雑草をかき分けて窪地の中に入っていく。なにしてるんだろうとぼんやりその姿を眺めていると、ふいに手を掴まれて引きずり込まれた。


「見せたいものは、これ」


先輩の足もとにあったのは愛媛みかんと書かれた段ボール箱。

しかし入っているのは蜜柑でもなんでもなかった。


「………猫…?」


子猫が一匹いた。

黒猫、たぶん。嘘みたいに小さいから本当に猫なのかは分からない。

もし本当に猫だとしたら、本当に生まれたばかりだ。

まだ目すら開いていない。頼りなさ気にか細い声でニーニーと鳴いている。


「昨日見つけたんだ。本当は五匹いたんだけど、私が発見した時には他の四匹は衰弱しきってて動物病院連れってったけど助からなかった」


「母猫は?」


見てない、と先輩は子猫に人差し指を噛まれながら答えた。


「で、考えたんだけど、この子篠原君が飼ってよ」


「は…?」


なんでそんな話になったのか分からない。

流石の僕もあまりの唐突さにびっくりした。


「君猫好きでしょ?」


「いや、好きでも嫌いでもないですけど。飼った事もないですし」


おまけに明らかに面倒そうだし。


「じゃあ、これから好きになるよ」


多分ね、と続いたくせに変に自信ありげに答えた。

まずい。このままじゃ押し切られると思って焦った。

いくら部活の先輩だろうがこんなことを押し付けられたら敵わない。


「いや、あの僕は」


「頼むよ。うちのマンションはペット飼えないんだ」


僕の発言に被せて先輩は子猫から目を離してふと顔を上げた。

急に真顔になっていてどきりとした。


「…他の人あたって下さいよ」


「だめだよ。君が一番この子と相性良さそうだから」


相性なんて本気でいっているんだろうか。

実はこの人相当な電波なのかと疑いたくなる。


「どうするの、篠原君がいないとこの子も多分死んじゃうよ?それでいいの?良心痛まない?あとで後悔しない?」


にやにや笑いながら僕の目の前に子猫を寄越す。

子猫は不安定になった体勢に恐怖をおぼえたのか、手足をジタバタさせて鳴いた。


ぶっちゃけどうでも良かったのだ。

猫が生き延びようが死のうが自分にはとんと関係のないこと。


だけど。


だけど。


笑ってしまうほど小さくて見るからにか弱そうで、誰からも見向きもされないで捨てられて絵に描いたような不幸を背負っているような顔をしたソレが誰かさんに重なってしまって。


悔しい事に、覚悟も何にも決めないままに気付けば子猫は僕の腕の中にいたのだ。

柔らかすぎて力を入れ過ぎたらそのまま潰れてしまいそうで怖かった。


「きっとその子とうまくやれるよ。君もその子が好きになる」


根拠のないことをはっきりという所が苦手だ。

さも自分は何でも分かっているんだという顔をして。

苛々した。こんなに僕は短気だったんだろうか。


「だから名前をつけてあげなよ」


そうやって指図をされるのも嫌いだ。

嫌いだ。到底好きになんてなれない。


「名前を付けてたくさん読んであげて。どんな名前でもいいから君が付けて」


名前なんてどうでもいいだろう。僕なんかが付けなくたって誰かが勝手に付けるだろし。

どうしてそんな事にこの人はこだわるのか理解できない。


「そうすれば、きっと君は可愛がるから。この子をちゃんと好きになる」


好きになどなってたまるかと思った。

絶対好きになってなどやるものか。

この人の思惑通りになってやるものかと思った。


だから。


絶対好きになんてならないであろう名前を付けた。


呼ぶたびに、頭に過るたびに苛々してしまうような名前を。


手元の子猫を見下ろす。人に抱かれているのが落ち着かないのか居心地悪そうに手足をばたつかせて剥き出しの爪を立てる。


決めた。

すぐに決まった名前。

付けてみれば生まれてくる前から誂えていたような名前だと思った。

奇妙な自画自賛。


「じゃあ、君は今日からサクラ。サクラさん」


生まれて初めての何かに名前を付けるという行為。

猫のほうだって初めて誰かに名前を付けられる。


誕生日おめでとう。

おめでたくないかもしれないけれどおめでとう。

これからよろしくおねがいします。





嫌いです。駄目です。幸せになりたいです。

好きです。良いです。不幸になりたいです。



それは。


今になって考えてみるとあまりに幸福で馬鹿馬鹿しい墓穴。




then you won’t be alone. 



(了)


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