蔟起
研究所支部に潜入した蒼啓一行。今いる世界の技術の最先端を走る研究を目にして、仲間たちの幾人かは目を輝かせるも、他の世界線の人々を犠牲にした研究の可能性を捨てきれず、静かに憤る。蒼啓たちが突き進むその裏で、暗躍する人影。その両者の邂逅はもうすぐに迫っている。
ぽちぽちと携帯端末をタップし、何度も通知が来ていないかを確認する。メッセージアプリを開くも、連絡はなし。
「沙生ちゃん、どったの?」
今はちょうど昼休み。食堂で同じクラスの友人とお昼ご飯を楽しんでいた沙生は、定期的にちらちらと携帯端末を確認していた。そのことが気になったのか、隣に座る友人の千尋が聞いたのだ。
「ごめんなさい、ちょっと気になることがありまして……」
これ以上端末を弄るのは失礼だと思い、沙生はすぐに端末を仕舞う。すると今度は向かいに座っていた糸目の女の子、もう一人の友人である蘭が口を開く。
「沙生さんがそのように連絡を気にしているのは珍しいですわね」
おっとりとした口調でにこりと微笑みながら話す友人に、「良かった機嫌損ねてないな」と沙生は胸を撫で下ろした。
「ちょっと家の者のからの連絡を待ってまして……」
角の立たないよう、ある意味本当のことを言うと、
「沙生ちゃん家の人?今日のお迎えのこととか?」
「確かに逐一連絡しなければ、心配を掛けてしまいますものね」
と2人は勝手に納得したため、「うん、そんな感じです」と肯定しておいた。
今朝、四月朔日から、「蒼啓様たちは出発されたそうです」と連絡があったきり、沙生は皆の進捗が聞けていないのであった。自分の立場は理解しているし、皆も納得してくれたから、と思うのだが、やはり皆と一緒に行き、役に立てないのは心苦しかった。
だから少しでも皆にトラブルや何かがあれば連絡するようにと、柊や四月朔日、夢名と政にも言ってあるのだが、よく考えれば自分に連絡が来る前に、既に家の者が対応するだろう、とも思うため、連絡が来ないのを良いことと捉えるか、寂しいと捉えるか、複雑な気持ちであった。
因みに各々食べているお昼ご飯は、沙生がきつねうどん、千尋が自作のお弁当、蘭はサンドウィッチに紅茶だ。
「何の話してたんだっけ……?」
「来年度の話ですわ」
「あー!そうだそうだ!」
「時に千尋さん、留学の準備はいつからですの?」
「そっか、千尋ちゃん、来年フランス行くんですもんね」
そう何事もなかったかのように会話に加わって、沙生は、一度そのモヤモヤを頭から振り払った。
「そーねー。フランス語まだ完璧ではないけどさ。やっぱ現地で鍛えるのが一番でしょ!」
「ふふふ。意気込んでいらっしゃいますわね。でもきっと千尋さんなら、社交的ですし、うまくいくと思いますわ」
「来年は留学行く人多いですし、忙しくなりますね」
「沙生ちゃんと蘭ちゃんはどうするんだっけ?」
自分のターンが終わった千尋は2人の進路に踏み込む。先に蘭が口を開いた。
「私は教員免許課程か学芸員課程かを決めるために、適宜外国へ行って経験を積みますわ。学校内外で、使える制度やお金は余すこと無く使いたいですわね。ふふ、貧乏根性かしら」
「うわー流石!蘭ちゃんのその、使えるもの何でも使う姿勢!かっこいいわー」
「悪い癖……とも言えないですわね。三つ子の魂百までというのも、ほんとうにその通りですわ。私の貧乏根性は、死ぬまで治らないことでしょうね」
薄く目を開けて妖しく微笑む蘭に、千尋は感心し、沙生も苦笑する。
「沙生さんは如何なさるのかしら?」
柔らかい口調で蘭は沙生に聞いた。
「うーんと、私は、やりたいことができたので、そのために必要な講座を取ろうかと」
「「えっ!?」」
あっけらかんと言ってのけた沙生の態度に、千尋と蘭は驚愕した。
「え!?沙生ちゃん、将来決めたの!?」
「はい、と言っても家業を継ぐってことですけど」
「財閥を継がれるのかしら?沙生さん、ご自分で決めたんですの?」
「はい、決めました」
呼吸を置かずにすかさず肯定する沙生の姿に、さらに仰天する2人。
2人の反応も当然だ。今までの沙生なら、将来の話は、苦い顔をして言い淀むかぼかすかしていたのに、今日は晴れやかな顔で全肯定。おまけに“やりたいことができた”と自主的に活動しようとする沙生の姿を、2人は見たことがなかった。
「……沙生ちゃん、ほんとに何があったの……?」
千尋はやっぱり沙生が姿を消したこの数ヶ月の間に、何かあったのではと勘ぐっているらしい。
「……風邪のお見舞いに来てくれた人で、よく話す方がいて……その方と話して、決心がついたんです」
学校の人たちには、皆等しく「風邪で休んでいた」と言ってある。幼馴染の白にはこの前話してしまったが、あまり人に言いふらすのもな……と沙生は思う。いや別にこの2人が、白ほど仲が良いわけではないとか、自分のことを信じてくれないかもというわけではなくて……知り合い全員に正直に話すわけにはいかないし、境界線は何処かで作っておかなければ、というのが沙生の気持ちであった。
しかしそんな心配を他所に、沙生の言葉を聞いた2人は、何やらニヤリと笑みを浮かべた。
「沙生ちゃん、それってもしかして……」
「ふふ。野暮ですわ千尋さん。でも驚きですわね。沙生さんにもそんな季節が……」
2人で「うふふ」と含みを持った笑いをしている。その異様な光景に、沙生はしばしぽかんとしたが、
「………………ん!?」
何拍か置いてからその含みに気づいて、ボッと顔に火が付いた。紅葉を散らすどころではない沙生の顔。一気に顔面の体温が上昇し、茹で蛸のようになる。
「ちちちちち違います!!!」
あたふたと手を振り回して、分かりやすく目を泳がせて弁解する。
「た、確かに1人は男の子だけど、もう1人は……女……?いや……?ん?」
沙生は正直にかつ曖昧に言おうとしたのだが、突如歯切れが悪くなった。沙生はシュウのことを女だと思っていたが、実際のところ本当の性別は知らなかった。男なのか?女なのか?という疑問が降って湧いて、沙生の声はどんどん尻すぼみになっていく。
するとそれを目聡く耳にした2人は、さらに盛り上がる。
「“1人は”!?待って1人じゃないの!?2人!?2人なの!?」
「あらあらまぁまぁ……春の盛りですわねぇ……」
失敗した……誤解だ。誤解すぎる。2人の食いつきに沙生はもうシュウの性別など考える余裕も無くしてしまい、顔を羞恥に染めて手で覆った。
「1人は男の子で、もう1人はどっちか分からないミステリアスな人なんだね!」
「中性的な方に惹かれるのは、私も少し分かりますわ……妄想が捗りますわね」
もう盛り上がっている2人の顔すら見れない。沙生が顔を覆って下を向いていると、ピロンと端末の通知音がポケットから聞こえた。これ幸いとすぐにポケットから端末を取り出し、確認する。
「……」
柊からの連絡だった。表示された通知の画面を見て、沙生はしばらく思考停止した。興奮した2人の話し声と、食堂の姦しい喧噪が、急速に遠のく気配がした。
道が非常にややこしい。
先程まで通ってきた研究所の表層でも、充分迷路のような道だったのに、深部に入ってからというもの、ぐねぐねと波打つ蛇のように、通路自体が入り組んでいる。曲がり角は多いし、見通しは悪いし、歩道橋のような上の通路を走っていたと思ったら、今度はその通路を見上げる場所に出たりと、複雑すぎて頭の中で図面を引けない。
見通しが悪いということは、人目に触れない隠れる場所が多いということだが、これはメリットともデメリットとも取れるから困る。曲がり角ではいちいち止まって前方を確認しなければならないし、かといって後方を等閑にはできない。大きい空間ではないから声が反響しなくて、人が近づいてくる音も聞こえない。
だから余計に神経を使って、疲れる。蒼啓は普段こんな隠密行動などしないから、だんだんと気疲れが蓄積する。夜行や疾風、石華も、やや疲れた顔をしていた。
それに対してケロッとしているのがズイ、流、逸石、行雲の面々。ズイや行雲は、普段自然の中で生きているからか、注意力が鍛えられているらしい。確かに天敵の多いジャングルや海の中で一時でも気を抜けば、死に直結することは想像に難くない。流も、忍と言うだけあってそういう訓練はしているのだろう。
謎なのは逸石だ。第一の世界線で比較的早く警備員を倒して合流場所に現れたのも、常時肌身離さず銃を持っているのも、自分のことについて何も語らないのも、逸石の未知の実力と正体を暴かせないように機能している。
蒼啓は、八方家の屋敷で逸石が零した言葉を踏まえても、逸石の正体が分からなかった。そしてその疑問は、逸石の行動を目にする度に増していく。いつか知ることができるだろうかと、その疑問は頭の隅に置いておくことにした。
「ッ!止まれ」
10人の大所帯を先導していた夢名が、いきなり声を上げて、後列を左手で制した。
「何だ夢名」
殿にいた政が夢名に問うと、
「あれ……」
と遠くを指差した。
今一行が隠れているのは、四方全面ガラス張りの通路にさしかかる手前。壁が淀んだ白からガラスの透明に変わるそのギリギリのラインだ。その白い壁に背中を合わせ、夢名はガラスの向こうを覗き込んでいる。
「あ……?」
ガラスの向こうには、培養器が立ち並ぶ巨大な空間。壁際には様々な種類の鳥が入った小さな培養器と、その鳥たちの骨格標本、剥製。そして空間の真ん中にある人間がすっぽりと入るサイズの培養器。中には、
「なんだあれ……天使?」
思わずズイが呟く。
確かにそれは天使に見えた。西洋の宗教画で見るような天の使い。さらさらとしていそうなブロンドが美しい長い髪と、真っ白な服。顔つきは女性に見える。そして天使と言えばの最大の特徴……背中から生える真っ白な翼。……やはりどう見たって天使だ。
しかし夢名が指差しているのはそれではなく。
「あ、ありゃあ、田子大臣じゃねえか……!?」
泡を食う政の声に、夢名は頷く。2人以外の一同は?と小首を傾げたが、同時に一種のきな臭さも感じた。
田子“大臣”と政は言った。大臣と聞くだけでも、権力者であるのは分かる。そんな人が、世界線移動装置のあるこの研究所の深部にいるのだ。それに、様子を見る限り、研究者と話している。ということは、研究所側から招かれたのだろうか。
「田子大臣つーのは誰のことなんだ?」
妙な胸騒ぎがする中で、疾風が聞いた。
「東日本の外務大臣だ。公務……なわけないよな」
「非公式だとしても……深部まで来れる程のコネがあるってこと?」
東日本の外務大臣が、北日本の秘匿する研究所の深部まで入り込んでいる……。この事実を、夢名や政は飲み込めないらしい。同盟国とはいえ、東日本一の力を持つ八方財閥にすら秘していた、それほど重要な研究所。しかも、この深部では、世界線移動の研究も行われている。その北日本のトップシークレットとも捉えられる場所に、東日本の外務大臣が非公式で招かれている……。そしてそれは、八方財閥には知らされていない。
「報告しなくていいのか?」
国の陰謀が蠢くようなきな臭さが深まってきたところで、流がじろりと夢名と政を横目で見た。流も忍という、調査員兼戦闘員のような立場だからか、こんな状況でも冷静だ。
「あ、ああ、そうだな。谺に一報を入れておこう」
そう言って端末を操作して、素早く報告を書いて送る。
「おれ、大臣よりあの天使が気になるんだけど」
とズイがぼそりと呟く。ズイはあの大きな培養器の中の天使(にしか見えない)の女性に、何か引っかかったのか、「うーん」と考え込んでいる。
「あれが表のツアーで言ってた、鳥人間かな?」
好奇心のはみ出したズイの声色に、仲間たちは沈黙する。確かに、鳥の翼を人間につける研究を、ツアーでは説明していた。その研究が、まさに目の前の空間で行われているのだろう。壁際に並ぶ鳥の標本や剥製を見るに、それらを材料に研究を進めている……と、そう言わんばかりの空間。
だが、仲間のうちの何人かは、ある可能性を考えていた。蒼啓もその一人。
世界線移動装置で連れてきた、他の世界線の、本物の鳥人間を、実験体に使っているのではないか、という可能性。まあ根拠はないけれど、前の研究所の所業を見るに、支部であるこの研究所も同じことをしているのでは、という予想は、図らずも出てくる。それならばやはり許せない、と蒼啓は思う。だがまだ断定できない限り、言うべきことではないか。
「世界線移動装置は無さそうだな……」
疾風がそう言ったのを皆耳にして、頷く。ここには装置は無いようだ。
一行はさらに研究所の奥深くへと誘われていく。
「何故こんな時に……」
自室のビューローで柊は頭を抱えた。目下には作業途中の書類とお気に入りの万年筆。新人の頃に指導してくれた執事長から貰ったものだ。その傍らに携帯端末。これでつい先程沙生に連絡をした。
沙生が学校に行っている間、柊は普段屋敷で待機している。沙生の送迎は四月朔日に一任しているため、柊は沙生の帰宅後の世話をするといった役割分担だ。かといって待機している間に羽を伸ばす訳でもなく。柊は執事長としての顔も持っているため、やることは山積み。特に八方家は、執事にもアナログな書類仕事がある。他の家はどうか知らないが、八方家の執事長は、ある程度の地位と力を持っている。しかしそれも、それだけ家から信用されているということ。遣り甲斐はある。柊は特に八方家の三代に渡って仕えている古参の執事なので、それだけ信頼され、任せられる仕事も多い。
しかしそんな柊でも、今の事態は、自分が執事長となってから今までに経験したことがない事態だった。
先程沙生に送ったのは、「旦那様が倒れられました」という言葉から始まる、財閥の危急存亡の連絡。
現在旦那様こと八方也太郎氏は、意識不明でかかりつけ医のいる病院へ運ばれている。也太郎は、10代の頃に発症した病気が、最近になって再発していた。一年前に手術をしたきり、経過観察となっていたが、よもやそれが悪化したのではあるまいなと、側近の者は今まさにそう思っているはずだ。
「(側近の方々もいらっしゃるけれど……)」
兎に角今は八方財閥危急存亡の秋。也太郎付きの執事とももう話はしたが、也太郎の側近たちには連絡をしたとのこと。
「(しかし、万一旦那様が亡くなられるようなことがあれば……)」
八方財閥会長の座が、突如として空席になる。会長の席が回ってくるのは副会長の與太郎氏かそれとも八方銀行頭取の徹郎氏かはたまた……いやしかしどうなってもこの八方宗家は肩身が狭くなるに違いない……と柊はぐるんぐるん頭を巡らせる。
「(いやそれよりも実務が……)」
柊は也太郎の仕事には一定以上関わっていないから懸念しても限界がある。側近がいるから、入院中の也太郎の仕事自体は、引き継ぎは問題ないだろうと踏んでいる。
だが、
「(谺からの先程の報告……厄介な事になった……)」
“東日本の大臣が、非公式で研究所を訪れている”という報告。これを事前に八方財閥の情報部が掴んでいない、というのが問題だ。それは財閥側に情報を漏らさぬように細工された、ということであり、そこに大臣との溝ができる。
しかも一番問題なのは、今財閥の指揮を執る人間、つまり也太郎が不在のところへ、未知の情報であるこの報告が来たということ。コレに関して言えば、まだどう対応するかの方針さえ決まっていない。小手先の仕事ならば情報部の責任者でも決められるが……也太郎氏と懇意にしている田子外務大臣への対応ならば、也太郎氏の意向を無視することはできない。なのに本人は今意識不明……
かつてない泣き面に蜂状態の財閥中の混乱に、柊は始終気が滅入るようだった。
東日本の非公式視察団を避け、一行は研究所内をひた走る。曲がり角に達すると、先陣を切る夢名は壁にそっと背中を沿わせ、ゆっくりと壁から顔を出してその先を窺う。
と、3cmにも満たない至近距離で、ギョロッと此方を覗く目と目が合った。
「っ!!!???」
「ぶおわぁぁ!!??」
夢名は思わず息が止まったが、曲がり角の先の相手はそれを上回ったようで、情けない奇声を発しながら、暴れるように飛び退いた。
「えっ何今の声」
「なんや民生」
後列の蒼啓が曲がり角の先から聞こえた声に吃驚して、一方曲がり角の先では何やら関西弁の声が。
動かない夢名を不審に思って後列の皆はわらわらと前に出てきて。曲がり角の向こうも、民生と呼ばれた男が発した奇声に、ただ事ではないと前へ出てきた。
お互い壁際から離れた両者は、くの字に折れ曲がった角で邂逅する。
「「「「!」」」」
互いの姿を確認した面々は、度肝を抜かれた。
「お、お前は……」
「見たことあるぞ……!」
夢名と政は、目の前の人物に心当たりがあるようだった。しかし何も知らない蒼啓たちは、「また何か厄介事が起きてそうな気がする」と思いつつ、そんな政と夢名の様子を静かに見ていた。
「誰なんだ?」
しばらく固まっていた夢名と政に痺れを切らし、ズイが問いかける。
「数年前に財閥主催の晩餐会に来ていた……確か、外交官だ」
「そうだ!名前は確か、石若だ!外交官の!」
“外交官”……言うまでもなく外務省の職員だが、それに出会ったことに夢名と政が狼狽えている理由が分からない。
「なんだ君たちは?研究所の職員……ではないな?」
石若と呼ばれた男は突如現れた一行に目を向け、訝しむ。石若の前と後ろにつく他の者も一行を警戒しているようだ。
一行のうち、蒼啓他政治の一般知識を持つ者は、外務大臣がいるならその下で働く外交官も、いても不思議ではないのでは?と思っていたのだが、
「なんで西日本の連中がここに……?」
という政の言葉に、耳を疑った。“西日本”?東日本ではなくて?
「どうなってんだ……」
夢名がキャパオーバー寸前といった様子で、目を白黒させている。
先程の政の発言。目の前の石若という男は、“西日本の外交官”という意味だろう。ここに来て新たな勢力。蒼啓たちを援護する東日本でも、研究所のある、今いる北日本でもなく、全く関係のない“西日本”の連中の登場。今まで耳にもしなかった新たな勢力の登場に、蒼啓たちが戸惑うのは無理もないはずなのだが。実際には蒼啓たちよりも、この世界の住人である夢名と政の方が混乱している。逆にそんな2人を見ていたら、一周回って冷静になってきた。
すると、
「おい、悠長にしてる暇はねえぞ。コイツら退かさねえと通れねえ」
「それもそうだ。少し黙っていてもらおう」
と、傍観を決め込んでいた蒼啓たちの中から、いち早く頭の整理がついたのか、逸石と流が前に出て、強行突破とばかりに武器を取り出す。
今度はそれを見た石若が、
「うおっ!田無!なんとかせえ!」
と、田無と呼ばれた、大柄な男の背中に隠れた。しかし武器を向けられても田無は顔色一つ変えないどころか、
「お前も少しは自衛の術覚えたらええねん。運動神経ええんやから」
なんて諭すように背後の石若に話を振る。
「無理や!俺水泳部やったの知っとるやろが!陸上じゃ勝たれへん!」
「学生時代の話とちゃうぞ!今からやればええ話やんけ!したら俺の負担減るやんか!」
何やら2人で騒ぎ始めた。
「まともに働けや!お前給料減らすで!」
「そないなことしよったらお前の恥ずかしい話省内に広めたる」
「は?恥ずかしい話?なんやろ、ありすぎて分からへん」
「そないにいっぱいあるんですか」
そしてそこへ先程奇行を見せた民生が加わり、緊張感はどこへやら。
「若い頃は無茶しとったからなぁ……ほんまにどれか分からん」
「お前が修学旅行で燥いで制服のまま海入ってズボン流された話や」
「はあ!?なんで知っとんねんそれ!お前班ちゃうかったよな!?」
「空手部の山田から聞いたわ」
「山田ァー!」
「まあ山田から聞かんでもそないなアホ話学校中に広まっとったけど」
「石若さんって……頭ええけどバカですよね」
「まあそないバカになれるっちゅうんも才能やけどな。……アカン、なんぼ思い出してもおもろい」
「もうやめえ!高校ん時の話や!……はぁ~ほんまこういう時の大阪人は嫌やわぁ~」
「自分も半分大阪人やろが。ま、これに関しては男子校で良かったなほんま」
「いや、通行人の女の人には見られたんですよね?何も大丈夫やないですよね!?」
「結局新しいズボン持ってきてもらうまで海に居たんやで」
「パンツ隠して?」
「せや。秋やから寒かったんとちゃう」
「もうええて!」
「石若さん、田無さん、民生、ふざけとる場合とちゃいます。見たところ侵入者です。はよ警備員呼ばんと」
流石にこの会話は目覚まし、と思ったのか、3人の後ろにいた紅一点が会話を両断した。
「せやな。民生!」
「あ、はい!今連絡しました!」
「さすがや」
「ほな!逃げるで!」
「お前ら後ろつけ。俺は前や」
「了解!」
と忙しなく会話した後、石若一行はもと来た道を引き返していった。その様子を、蒼啓一行は呆然と見ていた。
「なんだったんだ今の奴らは」
関西弁の集団が、最初から最後まで台風のように騒がしく駆け抜けていく一連の動きには、流石の逸石と流でも、口を挟めなかったようだ。逸石は石若たちが消えた後、しばらく唖然としていたが、すぐにハッとして武器を収めた。
「まあ退いてくれたし問題ないのではないか?私たちも早く行かなければ」
同じく正気を取り戻した流も、武器を仕舞って皆に号令を掛けた。
のだが、
「「……」」
夢名と政が何やら考え込んでいる。
「夢名さん、政さん、どうしました?」
と夜行が2人を気に掛ける。固まったまま動かない2人を見て、他の皆も不思議がる。
「「…………まさか!?」」
2人は熟考した後、バッと顔を合わせ、悲鳴のように叫んだ。
「おい、どうしたんだ?」
「ちょっと!皆こっち来て!早く!」
本来のルートから外れて、手近にあった倉庫に一旦皆を引き込み、円陣を組むように集めた夢名と政。
「なんだよー行かないのか?」
さっさと進みたいのか、行雲は唇を尖らせて文句を言う。しかしそんな行雲を無視して、政が端末を取り出し、そこから浮かび上がった空中のキーボードを叩いて調べ物を始め、夢名はその傍らで話を切り出す。
「今の奴は……西日本の外交官だ。名前は石若。その周りの奴らは護衛だろう」
先程言っていたことだ。石若という西日本の外交官と出会ったこと。確かにその周りに控えていた3人は、お揃いのスーツとシャツを着ていたし、意図的に揃えているなら制服か何かだろう。警備系の仕事人か。護衛と言い切るのも頷ける。
「はあ。それで?」
「外交官なら、視察とか交渉とかが仕事なんじゃないですか?ここは北日本最新鋭の研究所ですし、外交目的で居ても不思議じゃないんじゃ」
何が言いたいのか分からないズイ、情報を踏まえても同じく何を言いたいのか分からない蒼啓は、各々の疑問をぶつける。
「問題なのは、アイツの立場だ。確かあの石若と言う男、数年前までは外務省の一外交官だったが、最近になって外務省から情報が消えた男だ」
そう続けた夢名の言葉に、皆「はあ?」といった表情で首を捻る。
国の機関から情報が消えたことが何を意味するのか、各々自分の限られた知識内で脳漿を絞ってみるが、
「外務省辞めたってことか?」
疾風がそう言った。同じように考えたのが、仲間の大多数。
「いや、恐らくその逆だ。重要な席に座ったということだろう。裏の見えない場所の」
夢名と同じ結論に行き着いたのが仲間の何人か。一を聞いて十を知る程の見識を持つ者はそう多くない。
だが、その前提として、隣国の外務省の一外交官の名前と在籍情報に至るまで把握している八方財閥はなんなんだ。普通省庁の職員なんてデータ公開してるはずはないのだが。それすら調べられる八方財閥の凄さには、もう何も言うまい。
「裏……というと?」
「外務省の表向きにはない、見えない機密ポスト……名称は不明だが、奴がその立場だとするなら、護衛がいるのも頷ける。北日本は、同盟国である東日本にさえ秘匿していた研究所の深部に、西日本の重要な人間を招き入れているってことになる」
「……それって……」
「成程……北日本は西日本と手を取っているということか」
流が結論づけるようにそう言うと、皆も納得したようだ。
すると政が、調べ物を終えたのか、会話に加わる。
「今調べたがやっぱり石若の情報は外務省から消えてる。だがここに居ることと、護衛を連れていたこと、加えて……」
そう政が説明している途中に割って入り、
「東日本と西日本が敵対していることを鑑みれば……奴の目的も見えてくる」
と夢名が繋げた。政は台詞を取られたことにピクリと眉を顰める。しかし、
「東日本と西日本は敵対してるんですか?」
と、根本的な所を問うた蒼啓。当の本人は何だか昔読んだ何百年前かの漫画に同じような話があった気がする……と関係ないことを考えてはいたが。
政はその蒼啓の声を聞き、少し怒りを収めたようだった。しかし一度損ねた機嫌を取り繕うともせず、くさくさした様子で、
「東日本と西日本が敵対していると言うより、背後の強国がな。だがその影響は大きい。今の両国はあまり良い仲とは言えない状態だ」
そう吐き捨てる。そして今度は夢名が、
「そんな状態で西日本が、敵の同盟国と裏で繋がってるっていうのは」
と言いかけたのだが、
「北日本を自陣に引き入れて、孤立した東日本を陥れる魂胆があるっつうことかね……うん、そうとしか思えん」
政に台詞を取られた。「この野郎……」と夢名は小さく憤る。
「んーなんかまずいことになってるのはおれでもわかるぞ!」
ずっと成り行きを見守っていたズイが声を上げる。難しい話はやはり性に合わないらしく、早々に思考を放棄した行雲よりも、本人なりに頑張って考えていたズイは漠然とした感情を抱いていた。だがそれでもなんとなくの状況は皆の表情から読み取ったようだ。
ズイの言う通り、事態はあまり好ましくない。しかし、
「まあまだ懸念の段階だ。証拠はねえ。とりあえず、谺には報告しておくが。……すまん、アンタらには関係ねえもんな」
と、政は付け加えた。先程から、話は聞きながらも、我関せずとどこか冷たい雰囲気を保つ逸石の心内を察したのか、本来部外者である蒼啓たちに謝った。仲間たちは基本皆お人好しだから、この世界のことにもなるべく波風立てたくないと思ってはいるが、それでも関わってしまった手前、無下にもできないのである。
「でも……警備員を呼ばれてしまったからには、もうコソコソする意味ないわね」
石華の言葉に、皆ハッとした。
そうだ、情報量の多さに押されて忘れそうであったが、さっきの民生という護衛の男が、警備員を呼んだとかなんとか。ならば……
「ここからは速攻作戦に移行だッ!!!!!」
銛を担いで高らかに声を上げるズイに、隣の行雲も同じように「オー!!」と鬨の声を上げて腕を掲げ、颰の如く2人で倉庫を飛び出していった。
他の皆も顔を見合わせ、遅ればせながら2人に続き、作戦は愈々佳境へと進撃していく。
同時刻、研究所内部、最深部。
「了解……侵入者ヲ仕留めたらイイのね」
「わざわざ集められて言うことそれだけー?俺ちゃんをポールから降りさせておいて。時間の無駄」
「貴様はポールに取り憑かれている。たまには読書でもしたらどうだ」
「俺ちゃん、ポールが恋人だからね!余程のことが無い限り、ポールとは離れないよ!」
「彼のいうことは一里あるね。僕も、君からは離れたくないよ……」
「ええ、私も、恋人の貴方とは離れないわ!」
「……もう勝手にしろ、貴様ら」
「皆サン、ちゃんと働け。侵入者、返り討ちヨ!」




