二人の息を合わせて
元の世界へ戻るため、研究所へ突撃した蒼啓一行。各々が研究所の警備員と対する中、蒼啓はその警備員・ソカとムエンから、シュウの正体を聞かされる。一方でそのシュウは、研究所の現博士・我田と対峙し、改造人間の相手をしていた。逃走した我田を追うも、我田の最高傑作・1001に足止めされ、我田を逃がしてしまう……。
「「は?」」
ソカの言葉に、蒼啓と行雲の頭は思考を止めた。
人造人間??シュウさんが??全く予想していなかったソカの笑いの理由に、蒼啓は愕然とした。
「自分が人工的に作られた人間もどきのくせに、よくそんな台詞が出てくるもんだ」
「自分だって研究のおかげで生まれたくせに、改造は許せないんだ。プクク、ウケる」
ソカとムエンは両の拳で口を押さえ、嘲るように言う。
シュウは研究所の研究によって作られた?確かシュウは今の博士ではなく、亡くなった前の博士にお世話になっていたと言っていたが……?それなら現在の博士が進める、他の世界線の人を使った改造人間の開発とは関係ないのか?だったらどうやって生まれたというんだ。
「人造人間って……なんだ?」
口をぽかんと開けたまま必死に思考を巡らし、何も言えずにいる蒼啓をよそに、行雲は純粋な疑問を口にした。確かに、学のない行雲は、その言葉自体ピンと来ないだろう。
「女の股から生まれたんじゃなく、培養器の中で生まれた人間のことだぜ?特にシュウのヤツは遺伝子書き換えでいろんなオプション足されたらしいからなぁ……生まれる前から改造されてたってワケだ」
知識のない行雲は「ほーん」と、分かっているのか分かっていないのか曖昧な返事をしたが、一方の蒼啓はソカの言葉を理解した上で絶句した。突然明かされたシュウの出生の秘密。立ち振る舞いから戦闘まで人間離れした人だとは思っていたが、まさか真人間じゃなかったとは。人造人間なんて、SFの世界だけだと蒼啓は思っていた。蒼啓のいた世界線は、己の知る限りここほど科学技術が発展していないし、改造人間も人造人間も、「いつか来る未来」として語られていただけで、本当に自分が遭遇するとは思っていなかったし。
しかし重要なのはそこではない。重要なのは、ソカの言うように、どの口が言ってんだ、ということだ。シュウが人造人間であるならば、改造人間を許せないと言ったのは、矛盾しているじゃないかと。ソカの言葉を鵜呑みにして、シュウはどんな気持ちでそう言ったのだろうと、蒼啓は考え込んだ。
「前の博士がどんな研究してたか知らねえが……自分のこと棚に上げて。そんな最もらしい台詞で人を扇動して。何考えてんだろうなァ!」
「どうせ自分の思い通りに人を動かしたかったんでしょ。まともな倫理観に従って言葉を重ねれば、信頼も得やすいって考えたんじゃない?……ププ、まんまと騙された君たちカワイソ」
悶々と考えを巡らせる蒼啓に、さらなる追い打ち。
踊らされていた……?シュウさんに?体の良い理由をつけて、俺たちと研究所を戦わせたのか……?でもシュウさんの強さなら俺たちに頼らなくても研究所を潰せそうだが……?どうして俺たちを巻き込んで……と、どんどん自問自答の渦に飲み込まれていく蒼啓。信頼していたシュウのことが一気に信じ難くなり、自分がここにいる理由も分からなくなってきた。
その時、
「私は現在の研究所を潰し、昔の研究所を取り戻したいんだ」
アジトでの決起の瞬間、シュウの放った言葉が頭を掠める。
そうだ、あの時のシュウの言葉を聞いて、自分たちはシュウについて行こうと決めたのだ。敵の言葉を鵜呑みにしてどうする!しっかりしろ!敵は自分たちを攪乱しようとしているだけだ、と、蒼啓は自分に言い聞かせる。
確かにシュウは隠し事が多い人であったが、あの時、決起の作戦会議で聞いたシュウの言葉には、シュウの真意が見え隠れしていた。いつも飄々としていて、含みを持たせる言い方をしていたシュウ。謎が多い人物ではあったが、蒼啓たちを騙そうとしていた気色は、どんな時も感じられなかった。研究所の関係者だということを隠していた時にも、悪意は感じなかった。あれは紛れもないシュウの本心。蒼啓はそう感じた。実際それを聞いて、蒼啓は、シュウを信用に値する人間だと、そう捉えたのだ。
「フウーーー」
蒼啓はスッと息を吸ってゆっくり吐き出した。頭に酸素を巡らせて、思考を整える。
そして、キッと双子に目を向けた。
「俺たちは、シュウさんについていくと決めたんだ。一度そう決めた以上、筋は通す」
「はっ?」
ソカは蒼啓の言葉に虚を突かれたように反応し、また大笑した。
「おいおい、盲目的にあいつを信じるっていうのかよ?」
ソカは呆れかえった様子で口角を上げながら話す。
「俺は信じたいものを信じる。俺は、人を見る目はあるつもりだ」
その蒼啓の言葉に賛同するように、行雲もニコリと笑って言葉を吐いた。
「そうだ!よく分かんねえけど、俺だってシュウさん信じてるぞ!あの人はなんか、こう、いい人だって感じが溢れ出てる!」
行雲の根拠のない自信に、ムエンは苦笑する。
「アハッ、なにそれ?こんな天然記念物レベルのバカ、まだいるんだ?」
「おう、俺は学がねえけどな、勘と運はいいんだ。それで今まで生きてきたからな!」
ムエンの煽りも行雲は全く意に介さず、胸を張り拳で叩いてみせた。
それに呼応するように、蒼啓も少し語気を強めて言い放つ。
「俺たちは自分の道義に従って生きる。何もかも馬鹿にして、突き放さないと気が済まないお前らとは違うんだよ」
その蒼啓の言意を理解したのか、双子は先程の嘲笑から一転、顔から表情を消した。
「ふーん」
ソカが息をつく。
「「つまんねえヤツら」」
双子はそう口を揃えると、大鎌を二人の体の前で交差させ、構え直す。そして、
「“双子座の共鳴”!!」
ギィィィィィィィィィと耳障りの悪い音が鳴り、行雲が思わず目をギュッとして耳を塞ぐ。大鎌の刃を打ち合わせているようだが、ジャングルで育った行雲にはこの機械的な音は聞き馴染みのない不快な音のようだ。
双子は幾度となく刃を合わせながら、蒼啓と行雲へ向かってくる。
「行雲さん!来ますよ!」
蒼啓が呼びかけると、僅かに聞こえたのか、行雲は眉を顰めながら片目を開け、体勢を整える。蒼啓も、拳を前に突き出し、臨戦体勢を取る。
耳をつんざく音が近づき、ソカがまず行雲の足下を狙った。カンッと打ち合いから弾かれた刃が、行雲の足首目掛けて横に薙ぐ。行雲はそれをジャンプして躱すが、跳ねた行雲をムエンが追撃。空中で逃げ場のない行雲の腹に、刃が襲いかかる。その大鎌の柄を、蒼啓が足で蹴り上げ、軌道を逸らす。しかし今度はその蒼啓の背後にソカが回り込み、蒼啓の首を狙う。背後から迫るソカの気配を読み、蒼啓はしゃがみ込んで刃を避ける……が避けきれず髪の先を刃が掠める。宙に舞う自分の青髪を確認しながら、蒼啓は感じた。
「(コイツら……さっきより連携が強固になってる……!)」
さすが双子だと言わんばかりの、一心同体の動き。先程まではソカが蒼啓を、ムエンが行雲を相手していたから分からなかったが、表裏一体、どちらも表でどちらも裏であるかのように代わる代わる攻撃を仕掛けてくるその姿は、まるで一人の人間であるかのようだ。完璧なコンビネーションで蒼啓と行雲、二人を翻弄する。
……しかしこれは好機だ。蒼啓はすかさずそう感じた。
これだけ呼吸を合わせた技を繰り出すには、二人とも気配を読み合って動いているはず。しかしそれは裏を返せばこちらもその気配を読みやすいということになる。二人バラバラの行動よりも、二人の息の合った行動の方が予測しやすいのだ。
睦月越宝流の基本は、気配を読むこと。それを“気取り《けどり》”と言う。人間は必ず気配を持っている。頭のてっぺんからつま先まで、常に気を発しているのだ。相手の気配を探知すれば、手足の動きも、次の動作も読むことができる。
そして幸いなことに、行雲も同じことができる。ジャングルで育った行雲は人一倍気配に敏感だ。死角だらけの森の中で、いつ何時敵が飛び出してきても対応できるセンサーを持っている。睦月越宝流の気取りとは少し違った手法であるが、野生の中で生きてきた行雲の危機感知を馬鹿にはできない。蒼啓は、行雲のその感知能力を、手合わせの時に理解した。
だから蒼啓と行雲は気配を読み合い、お互いの邪魔にならないよう動くことができた。実際、今も蒼啓と行雲はそれぞれ、双子の気配と味方の気配を読みながら、どう動くかを瞬時に判断し、実行できる身体能力を持っていた。
「睦月越宝流……天空海闊!」
その完璧な双子のコンビネーションに、亀裂を入れる。背中合わせになろうとしたソカとムエンの間を、足蹴りで切り裂く。そこに生まれた一瞬の、一歩の躊躇い。そこへすかさず、行雲が拳を差し込む。拳はソカの頬を掠り、耳に直撃。ピッとソカの耳の付け根から血が滴る。
「姉さ……!」
姉の方に一瞬目を向けたムエンの正面に、蒼啓の拳が迫る。
「睦月越宝流!天泣!」
顔面に降り注ぐ連打を、ムエンは大鎌の柄を盾に防ぐ。柄がミシッと音を立てるのを聞いて、思わずムエンは飛び退いた。
蒼啓の握る拳に、必要以上に力が入る。自分で感情が高ぶっているのを感じる。
ちらりと後ろに目を向ける。ぼうっと突っ立って動かない、命令なしには動けない、親友の姿。それを何度も見る度に、どうしようもない無力感と、激しい怒気が、蒼啓の横隔膜からせり上がってくるのだ。
「俺の親友を……一徹を改造人間にしたこと……許さない!!」
ギリリと歯を食いしばった後、蒼啓は力の限り吠える。一徹のことを思い出す度に、怒りで顔が紅潮し、血涙が出そうになる。
「ハッ!改造したのは俺らじゃねえよ。我田っつーおっさ……博士だよ!」
そんな蒼啓の怒りに塗れた表情を見て、復活したソカはまた嘲笑を漏らし、そう呟いた。
「お前らその我田の部下なんだろ?そいつの居場所、吐かせてやるよ!」
そう言って力を込めた突きを出す蒼啓。
しかしソカはその拳に足を掛け、蒼啓の手を踏み台にしてふわりと宙へ舞い、
「やってみろよ!これで仕留めてやる!」
目をかっ開いてそう言い、一回転して後方へ降り立った。そこへムエンも集合し、二人は大鎌を突き出した。
「「“北極星の聖歌隊”!」」
二人は両手で大鎌をバトンのように振り回しながら左右に分かれ、こちらへ突進してくる。二人の身長よりも大きい大鎌が、二人の周り半径3m程をえぐり取りながら近づいてくる。その回転の速度も尋常じゃない。間合いに手を入れたらすぐに斬り落されてしまうだろう。その斬撃の球が蒼啓と行雲の左右から挟むように突撃してくる。。
「(見極めろ……!間合いの内側への道を……!)」
爆速で向かってくるソカとムエンを横目に、蒼啓と行雲はちらりとお互いを見やり、また正面に向き直った。
次の呼吸で、蒼啓と行雲は同時にその場で膝を曲げ、しゃがみ込む。そのまま己の足をそれぞれソカ、ムエンの足下目掛けて滑らせ、双子の足を払う。
体勢を崩し、倒れ込みそうになった双子の脇腹を、思い切り下から拳で突き上げ……る前に、その伸ばした腕が大鎌の刃にかかった。
ドシュッと二の腕あたりに刃の先が食い込む。ソカが宙で腕を捻り、蒼啓の腕に刃を突き立てたのだ。ソカはニヤリと笑うと、柄を引いて蒼啓の腕を切り裂こうとした。グチャ、という音と痛みに思わず目を細めるも、一度振り上げた拳の勢いは殺さない。
蒼啓はそのまま敵の脇腹目掛け、思い切り腕を振った。
「睦月越宝流!“常花台”ァァ!!!」
腕を動かせば刺さっている鎌も動く。その痛みを咆哮で誤魔化すかのように、蒼啓は大きく技を吠える。
拳がヒットした瞬間、ソカの身体はくの字に折れ曲がり、骨がビキビキと音を立てて弾き飛ばされた。
ソカの手から離れた鎌が、蒼啓の腕にぶら下がる……わけもなく、鎌の重みで腕が引き裂かれていく。その痛みに耐えながら、蒼啓は拳を振り切った。
ドォンと二つの音が重なり合い、ソカとムエンが同時に、空へ打ち上げられた。どうやら行雲の方も成功したらしい。
数秒後再びドォンと音が鳴り、ソカとムエンは背中から地面に激突した。蒼啓と行雲が拳を振り抜いた時点で気絶したのか、受け身を取ることさえ叶わず、手から大鎌は離れ、双子は地面に大の字で転がる結果となった。
「ハァ、ハァ……」
蒼啓は自分の二の腕に刺さったまま、重みで今にも皮膚を引き裂こうとしている大鎌を、ゆっくりと抜いた。結構深く刺さっていたようで、ズズッ……と、粘着質な自分の内側を初めて目の当たりにしながら引き抜く。
「フゥー」
引き抜いた大鎌を下に捨て、痛みを我慢するために呼吸を整える。
刃が刺さったところから数センチ、切り裂かれたが、そこまで深い傷ではない。失血死はしないだろう。それでも止血はしなくては。そう思っていると、視界の端から黒い布がぬっと入ってきた。
「?」
顔を上げてそちらを見やると、行雲が笑顔で黒い布を差し伸べていた。
「血ィ止めるんだろ?これ、使え」
行雲のTシャツ(ほぼタンクトップみたいになっているが)の裾が歪に破られていた。
「ありがとうございます」
蒼啓は少し申し訳なく思ったが、行雲が屈託のない笑顔を浮かべているから、遠慮なく受け取った。
「行雲さん、あいつらいつ起きるか分からないんで、縛っときましょう」
止血しながら蒼啓は行雲にそう言った。殴って肋を折っただけだから、もしかしたら起き上がってくるかもしれない。動けないように拘束しておかなければ、と思い、部屋にあった縄で二人の手足を拘束した。大鎌は双子から離れた部屋の隅に置いておいた。
と、そこまでやってから、ふと蒼啓は気がついた。
「あ……我田の居場所聞くんだった」
「どらああああああ!!!」
気合いの入った一撃を、飄々と躱す。銛の切っ先が横腹のすぐそばを突き抜ける。
その後に続く斜め後ろからの小さな針の雨。ヒュッとほんの微かな音すらも鳴らない吹き矢の攻撃さえ、後ろかに目がついているかと疑う程に、悉く当たらない。
「くっそー!なんで当たらねんだ!」
「馬鹿正直に突っ込むからだ!囮にすらなってないぞ!」
ズイの上げた悔しい声を、すかさず流は窘める。
「流さんこそ!もっと前線出てくださいよ!二人で攻めればなんとか……」
ズイの体は既にボロボロだった。後衛で飛び道具を的確に出す流に代わり、ズイは表裏の反撃をもろに受けていた。
「忍は情報の無い相手に向かって正面から戦うような真似はしない」
「えー!?じゃあ俺ずっと囮なんすか!?」
「そうだな頑張れ……と言いたいところだがお前の囮が全く機能していないからこっちも攻めあぐねている。……ある程度戦い方も分かったことだし、仕方無い」
そのボロボロのズイを見て、さすがに申し訳なく思ったか、流はズイの一歩前に踏み出し、苦無を取り出すとそれを両手に握り込み構えた。
「板東斥候が東峰……水無月流!戦忍の本領発揮だ」
そう呟いて、流はズイの視界からフッと消えた。
「はっ!?」
ズイは流の姿を追えなかった。いや、気づいた時にはもう、流は表裏と苦無で斬り合っていた。
今、流は表裏の瞬きの合間に奴の後ろへ回り込み、苦無を脳天に振り下ろした。が、それはさらりと躱され、表裏の追撃が迫る。表裏は黒い球を小刀に変え、流の苦無と打ち合った。
忍の苦無は、戦国の世ではただの地面を掘る道具だった。もしくは石垣の間に差し込んで足掛かりとするための杭のようなもの。しかし時代が進むにつれ、苦無は進化を遂げた。甲賀や伊賀は今でもそうなのかもしれないが、戦忍として活躍する者の多い水無月流では、どんな持ち物もすぐに武器として使えるよう、里の者の特注で作られる。苦無の形も、より戦闘向きに、先端が鋭くなっている。切れ味も抜群だ。また持ち手が握りやすいように特殊な加工で凹凸がつけられている。順手でも逆手でも握りやすい。
「(は、速え!目で追えねえ!)」
ズイは残像しか見えない流の速度に驚嘆したが、同時にその速度についていく表裏にも驚愕した。
さっき表裏は元研究員だと言っていた。現在の博士に左遷されて警備員になったとも。また密かに研究を続けているとも言っていた。そんな警備員という役職に不満そうな奴が、ここまで戦闘に慣れているものだろうか?とズイは思案する。
そんな囮にもなれないズイと違って、流は歴戦の忍だ。流のいた世界は第2次戦国の世。いくつもの戦に駆り出され、死線を乗り越え……いやそれ以前に、ずっと腕を磨いてきた。
全てはあいつを越えるため……流は表裏と相対しながら、明確にある顔を思い浮かべ、心を奮い立たせる。
「流、強さというのは一定じゃない」
その思い浮かべたライバルの顔が、別の人物の声と共に切り替わる。
「何が強いかは時代によって変化するし、君の世界の基準で推し量るのは充分とは言えない」
つい最近言われた言葉。これは……シュウの言葉だ。
「完全無欠の強さを求めると言うのなら、広い価値観を持ち、認めることが肯綮なんだよ」
不意に切り替わった脳内の光景に、流の顔にほんの僅かな険しさが浮かぶ。
シュウとはこの世界に来てから何度も手合わせをした。しかしその度に、一敗地に塗れる、という程に打ち負かされた。今まで流が勝てなかった相手は一人だけだった。なのに。その相手との手合わせでは感じたことのない程の、旗色の悪さを感じた。
シュウに強さの秘訣を聞いてみたことがある。その時に言われたのが先程の言葉だ。シュウ曰く、一つの価値観に凝り固まっていては、完全な強さを得ることはできないと。
どういうことかと食い下がると、シュウは丁寧に説明してくれた。
「敵と戦う時には、その敵の手の内……戦い方を知っている方が戦いやすいだろう?君は忍だから、時には戦で武士と相対することもあるだろう。その時に、武士の戦い方を事前に知っていれば、敵がどんな攻撃を仕掛けてくるか、どんな動きをするかが予想できるはずだ」
その例えは至極分かりやすかった。実際にそのような状況になったことはあったし、同じようにして流はその任務に対処した記憶があった。
「一つの道を極めることは難しいことだ。君にとってそれは忍の道なのだろう。だが、そのために必要なのは忍としての価値観だけではない。他の道の価値観を取り入れ、理解することで、その極みへと登り詰めていくんだ」
その言葉を聞いた時、流は何故か、唆されているような気がしたのだ。
自分は忍の道を極めてきた。シュウの言うように、実際里の修行では武士の生き方、戦い方を習う授業があった。だから、自分はある程度他の道の価値観も取り入れているのでは、と。自分の道とは違う価値観を取り入れることが大切なのはよく分かった。
しかし、他の価値観というのは無数にある。それを際限無く取り入れるということは……一つの道を極めるどころの話ではない。どの道も極めれば極める程、強くなれるというのなら、完全な強さを求めるにはどれだけの努力が必要だろう。そんなの普通の人間にできて良い芸当ではない。普通の人間の寿命や力量では圧倒的に極める時間が不足している。他の道を極めて忍の道が極められなかったら本末転倒だ。
だから、流はその言葉に何か真理があると思いつつも、それを頭の片隅に追いやった。
「注意力が散漫しているな。隙だらけだぞ」
頭を巡らせていた流は表裏の言葉にハッとして咄嗟に防御を取ったが、守りきれなかった鳩尾に、表裏の蹴りが突き刺さる。
「がっ……!」
表裏の長い足が流の中心を捉え、後方へ弾き飛ばされる。
「おらああ!!!!」
姿勢を崩した流に追撃しようとする表裏の横から、銛の切っ先が迫る。
表裏は先程の小刀を再び変形させ、B5サイズほどの黒い鉄板のような盾を生成した。その盾でズイの銛の突撃を捌きながら、表裏は口を開く。
「成程、仲間を庇う程度の連携は取れるわけか」
ズイの猛攻に怯みもせず、涼しい顔で盾を振り続ける表裏。
「当たり前だ!隙を庇えなくて何が仲間だ!」
仲間。そうか……ズイはまっすぐだな……と流はぼんやりと考える。蒼啓も言っていたが、つい最近知り合ったばかりの他人をすぐに信用する気概は敬慕に値する。
忍として生きてきた自分は、人を疑うことを真っ先に教えられた。だから二ヶ月以上共に行動したシュウなどとは違って、まだ新入りのズイに心を許したわけではなかった。だが、今の発言をできるズイの気概。そこは信用しても良さそうだと今感じた。土壇場でこの台詞が出てくる人間はそういない。
そういえば逸石も同じことを言った蒼啓に対し似たような反応をしていたな。しかし自分の、値踏みするようなそれとは違う、最初から心を閉ざしたような言い草だった。
忍は人を疑うことも肝要だが、仲間を信じるのも同じくらい肝要だ。忍は一人で行動するものではないからな。
フゥゥー、と流は息を吐き、気合いを入れ直した。
「ギャッ!」
表裏の鉄壁と格闘していたズイが、思い切りそれで顔をはたかれ、後退する。そのズイの耳元へ顔を近づけ、流は耳打ちした。
「……!」
ズイは驚いた顔で、流の方を見、やがて大きく頷いた。
次の呼吸で、二人は同時に駆け出した。
「!」
今までは、このズイという少年と、流という忍の者、どちらかが前衛、どちらかが後衛になり、折り重なって攻撃を繰り出してきた。しかし今この時、初めて両者並び立ち、同時に向かってくる。忍の方が耳元で何やら囁いていたが、聞こえた限り大仰な作戦などではなかった。苦し紛れと特攻か……?いやしかし窮鼠猫を噛むと言うし警戒しておくに超したことはないと、表裏は即座にそう判断し、黒い盾を小銃に変え、ドンドンと2人に向かって鉛玉を浴びせる。
その2発の弾丸を、まず流が苦無で弾いた。そしてズイの前に出た流が先に表裏へ突撃する……のではなく、流は速度を緩めズイの横へ戻り、同時に表裏へ切っ先を向けた。流は両手それぞれの苦無を、ズイは銛を。合計三本の腕が鋭い刃物を手に表裏に襲いかかる。
表裏はまずズイの銛の切っ先へ手刀を落とし、下に向けさせた。そして首を狙ってきた流の苦無を、顔を上に向け避ける。と、流はその苦無の軌道をねじ曲げ、下方向へ。顔を上へ向けたことにより視線が届かず、疎かになった足下。流は苦無を表裏の足の甲へ突き立てた。
「(地面との固定!動きを封じるためか)」
表裏は痛みなど関係ないようにゴリゴリと足を動かし、逃れようとするが、流は苦無を力の限り押さえつけ、それを許さない。
ならばと表裏が、苦無を握って自分と同じく身動き取れない流に再び発砲しようと銃を向ける。が、その、足下から表裏の気が逸れた一瞬に、流は棒手裏剣を放ち、小銃の銃口に突き刺す。
「……!」
発砲を阻止した流は、再び足下の苦無を押さえつける。そうしようと動く流と同時に、銛の軌道を手刀により外されたズイが、銛の勢いを殺さずに逆手に持ち替え、その反動のままに上方向へ上る。
「好きに動け。私が合わせる」
先程耳打ちされた流の言葉。初め自分を囮としか思っていなかった流が、自分を尊重してくれたことに、ズイは心を奮い立たせた。
自分の戦い方には何も型が無い。蒼啓のような由緒正しい格闘技でもなければ、流のように実際に人と戦う身技でもない。ただ生活の中で、海の中でやっている銛の扱いを応用しているだけ。精々戦ったのはサメぐらい。サメ相手と人間相手じゃまるで比べものにもならない。
「でも、そういう戦う動きが、生活の一部になってるってのは、強いと思うよ」
アジトで話した時、蒼啓はそう言っていた。
「躊躇がないって感じかな。俺の睦月越宝流は、あくまで現代じゃスポーツだし。実戦にも使えるけど、元の世界ではそんな体験したこと無かったし。俺は試合の前、これから戦うぞってスイッチ入れる必要があるけど、ズイはそうじゃない。生活の中に生存競争があるから、戦いがスムーズなんだよな。多分、行雲さんもそうなんだ」
「生きるために戦ってるって感じがするんだよなあ」と、蒼啓は続けてそう言っていた。
“生活の中で戦う”、“生きるために戦う”……そう考えたことは無かった。それだけ自然に、生活の中に戦いがあった。
蒼啓にそう言われた時、自分の視界が開けた気がした。今まで自覚してなかったけど、生存競争のために躊躇なく武器を振れるというのは、珍しい、強いことなのだと理解できて、自信に繋がった。
蒼啓のその言葉にも、流の信頼にも、応えなければならないと、ズイは思った。
「らあああああああ!!!」
咆哮と共に、表裏の首目掛けて銛を突き刺す。
ドシュッと銛の切っ先が表裏の肌に刺さる。首ではなく、それを庇った掌に。
表裏の掌を貫通し、止まった銛を見て、流は「無理か……!」と眉を寄せた。
しかしズイは手元の突起を弾いた。すると次の瞬間、ガキンッと音が鳴り、首にあと数センチ届かなかった切っ先が、ズッと表裏の首を貫いた。
「ガッ……ハ……」
表裏は何が起きたのか分からず、気管を切り裂く鉄と血の感触を喉で味わった。
流も、突然射出した銛の切っ先に驚喜し、口角が上がる。
ズイは表裏の首の後ろまで銛の切っ先が貫いたのを確認すると、先程とは別の手元の突起を押し込み、思い切り銛を引いた。ずるりと粘着質な液体が滑る音がして、表裏の体から刃先が抜けた。それを見届けて、流も苦無を表裏の足から引き抜く。
「グ……」
気管に空いた隙間からヒューヒューと空気が入る音がして、表裏は首を押さえ、上半身が僅かに前へ倒れる。
「(やったか……!?)」
首を貫き、喉を貫き、気道をも貫いたズイの一撃。これでは最早呼吸することもままならないだろう。呼吸できなければ酸素は回らず、手足も動かせまい。
と……二人が臆見を巡らす中、表裏の動きがぴたりと止まった。
「……??」
怪訝な顔で動きの止まった表裏の様子を見ていると、表裏の肩が小刻みに震え出した。
「……ク……クククッ」
「「……!?」」
突然声を押し殺して笑い出した表裏に、二人は驚愕する。何故この状況で笑っていられる!?と様々な憶測が頭に巡るが、それは顔を上げた表裏の顔を見て消し飛んだ。
「いやはや流石に……見くびっていたよ」
呼吸の難しさに歪む顔ではなく、むしろこちらを見て相好を崩した表裏の不気味さに、二人の全身を怖気が襲った。ついに初めて拝んだ表裏の瞳。糸目の時は分からなかったが、吸い込まれるような赤色をしている。
背筋がひんやりとする。むしろこちらの呼吸が不規則に乱れ始める。流は呼吸につられて波打つ鼓動を抑えようと、息を飲む。
表裏の首からは今も血が滴り落ちている。それだけでなく、表裏が話す度に、皮膚に空いた穴から空気が入って気道が鳴る音が聞こえるのに。表裏に全く苦しむ様子はない。むしろ嬉しさを滲ませた笑みを浮かべている。こんな状況で嬉しさに笑う顔は、嗤笑に違いないのだが、表裏の笑みからは嘲りは見えてこなかった。それどころか、本心から喜んでいるようにさえ見える。
「さて……案外楽しめたし、もう良いだろう」
身がすくんで動けない流とズイをよそに、表裏はふうと余裕のある息をつき、二人に背を向けた。
通常ならば戦闘中に背を向けた相手など、格好の獲物でしかないのだが、流もズイも、動けなかった。表裏の背を向けた姿には本来あるはずの隙が無かったし、先程の恐怖から二人とも立ち直れていなかった。
「(クソ……何してる!動け……!動け!足!)」
ズイはそう心の中で鼓舞するも、身体が動くことはない。全身を駆け巡る怖気をどうにか抑えようと、必死に頭を回転させるが、頭の中をも怖気が支配していて、そう鼓舞するだけでも気力を使う。
「(クソ……動けん……!これ程とは……!)」
流も同じく、全身が強張って動けなかった。これ程身のすくむ思いをしたことは、今までの人生の中で無い。表裏のほんの一動作だけで、まるで怖気の手足に全身を絡め取られているような……こんな、こんな思いをするとは。
最初から、どんなに猛攻を加えても有効な一打を上げられなかった。ズイと連携し、やっとの思いでつけた傷も、一笑に付された。それどころか、敵のその一笑いで全身動けなくなるなんて。
不思議と流の心内は、慄然の他に、ほんの僅かな高揚が混じっていた。今までに自分が極めてきた最強への道に、再び新たな光が差し込んだ。気がした。シュウに諭されたあの時のように、豊富な強さの種類を見たことで、新たな扉が開けたような、そんな気持ちになったのだ。無意識に、だが。
そんな流とズイに背を向けた表裏は、今いるこの空間の壁まで歩いて行った後、壁を強く押し込み、現れた青いボタンを人差し指で押した。
その途端、ゴバッと水の音がして、床から3mくらいのところにある吸水口から滝のように水が入り込んできた。
「ウワーッ!?」
「なっ!?」
ズイと流は驚きの声を上げる。水が入ってきた音で二人は正気を取り戻した。
そうしているうちにも水はどんどん入ってきて、すぐに水面が三人の膝上まで迫ってきた。この空間は流とズイの入ってきた上の通路以外が密閉されているのか、水は流れることなく溜まっていく。
流は懐の火種を消さぬよう、水が入ってきてすぐに飛び退き、壁の段差へ足を掛けた。一方でズイは、久しぶりに見る大量の水に心躍らせていた。
そんな二人を眺めながら、表裏はざぶざぶと水の抵抗を無視するように軽やかに、壁際を移動し、ボタンから4m程離れたところで足を止めた。その時点で、もう水はズイの胸当たりまで来ていた。ざっと床から1mくらいだろうか?
「私は仕事があるのでな。ここらで失敬させてもらう」
そう言って表裏はザブンと水に潜った。
「!」
瞬時に消えた表裏を追って、ズイも潜る。
「ズイ!」
流がズイの名を呼ぶと、ズイはすぐに水面に顔を出した。
「いない!あいつ消えたぞ!?」
ズイが混乱した様子で叫ぶ。ズイが潜った時、水面下には、既に表裏の姿はなかった。ズイが潜ったのは表裏の後一秒もなかったはずだが、ズイはその間に表裏を見失った。
「どこかへ逃げたか……?ズイ!壁や床に隠し扉がないか調べろ!」
流がそうズイに呼びかけると、ズイは親指を立てて水面へ沈んでいった。
コツコツと硬い音を立てながら、研究所の薄暗い通路を歩く影が一つ。
そしてその反対側から、慌ただしい足音で駆けてくるもう一つの影。
「ハァ、ハァ……!まずい、まずいぞ……!ここまでとは思わなかった!……あいつが足止めしている間に……設備を整理しなければ……!!」
荒い息を吐きながら独り言を漏らすその人物は、前から近づいてくる足音に吃驚して、足を止めた。
「だ、誰だ……!?」
目の前の暗闇から余裕のある足取りで現れた、白衣の人物。足下から徐々に明かりへ出て、徐々に顔が露わになっていく。白衣の下は黒一色。目は糸目で髪は茶色の……
「ひ、表裏か!?」
「どうしました我田博士、こんなところで」
呼ばれた表裏はにっこりとどこか不敵な笑みを浮かべて、背の低い我田を見下ろした。
「ちょうど良かった!表裏!俺を護衛しろ!あいつが来る前に早く!!!!!」
鬼気迫る表情で表裏に縋り付こうとする我田の腕を躱し、表裏は口を開いた。
「契約を忘れましたか?」
「は……」
表裏の優しい声色と合わさった、唐突な台詞に、我田は思考停止した。
「シュウを殺せば、前博士の研究を譲渡する……契約を、忘れましたか?」
表裏はもう一度我田に問うた。にっこりとした顔のまま、コテンと首をかしげて。
「わ、忘れてなど……」
弁明しようとする我田の言葉を遮り、
「では何故逃げてきたのですか?そのシュウから」
薄目を開けて、何やらガッカリしているような冷めた表情で我田を見下ろす表裏。敬語で定義上敬ってはいるものの、その優しい声色は却って愚か者を諭すような雰囲気があった。
我田は表裏のその様子に気づかず、下を向いて捲し立てた。
「い、今私の最高傑作がシュウを食い止めているのだ!!今現在私のできる全てを注ぎ込んだが……やはりまだ研究が足りなかった!もう少し改良を重ねれば……!!だから今少し待て!また……!」
そこまで言って、我田が顔を上げると、その顔が醜く強張った。目の前に迫る銃口を見て。
「な……!?」
「もう待たないぞ」
そう言って銃把を強く握り絞め、にっこりとした笑顔のまま告げる。
その笑顔の恐ろしさにやっと気づいたのか、我田は尻餅をついて、あわあわと取り乱す。
「な、なんの真似だ!?」
「言葉の通りだ我田。もうタイムリミットさ」
我田は慌てすぎて、表裏の敬語が取れていっていることに気が付かない。
「私を生かしたのが運の尽きだったな」
そう言って右手で銃を構えながら、表裏は空いている左手で首の上を掴み、ベリベリと顔の皮膚を剥がした。
「!?」
と言っても本当に皮膚が剥がれたわけではなく、剥がれたのは特殊素材で作られたマスク。続いて表裏は髪をカチッと抑え、茶髪のウィッグを外す。表裏の変装が解かれ、新たな顔が露わになった。
「お、お前は!?二年前に死んだはずじゃ!?」
開けられた糸目の中には浅緋の瞳。黒髪の襟足を刈り上げ、左の前髪が極端に長い。撲朔謎離な顔で、嫣然と微笑んでみせるその顔は……
「人造人間のヒョウ……!何故生きている!?」
ハカリ博士に造られた最高傑作。シュウにそっくりな、もう一人の人造人間が、そこにはいた。




