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2026年4月、塩竃ベース

読んで頂いてありがとうございます。

 澄井という姓を選んだ千代は、もはや16歳になって、間もなく小樽商科大学に入学することになって、その準備に追われていた。


 日本の大学は、時震前時点で北海道では、北海道大学、北海道教育大学、室蘭工業大学、北見工業大学、小樽商科大学、帯広畜産大学などに国立の大学があった。さらに公立大学が6校、私立大学が30校ほどあった。一方で、沖縄の大学は少なく、国立大学が琉球大学1校、公立大学が2校、私立大学が2校であった。


 政府は、教育はいずれにせよ極めて重要であるということは認識している。しかし、人材の大部分が一挙に失われた一方で、500年前の世界に住んでいて、21世紀の文明に無知な1千万人の人々を抱え込むことなったことで、今までの教育制度を踏襲するのは無理であると結論づけた。


 小学校6年、中学校3年、高等学校3年、大学4年と大学まで卒業すれば、16年もの学校教育が必要であるかという議論が噴出したのだ。確かに中学校までの教育内容は、知識とスキルという意味で社会人として必須のものであろう。


 しかし、高等学校と大学での教育については、“教養”と呼ばれる部分の教育にしても、そこまでの深い知識が必要であるかということだ。どうせ、本当に理解して卒業するものは少数なのだ。増して、専門という部分にしても、学校で教えられる内容が、社会に出てそのまま使えるものではないというのは、常識となっている。


 社会人となった者達の多くは、高校・大学で習ったことはほぼ忘れており、職業上必要な内容だけ再度磨けば問題ないというのが実情である。世の中を渡っていく上での常識は中学までの内容で十分と言われる。


 一方で、21世紀からすれば“原始的な状態にある”本州、四国、九州の3島を、出来るだけ早急に一定のインフラを構築するように開発するとともに、社会・工業基盤を再構築する必要がある。だから、人材はいくらいても足りないのである。


 とりわけ、元人の戦力化が急務であって、とりわけ吸収が早く戦力化が早いと考えられる若者を、のんびり学校に通わせる訳にはいかないという結論になっている。だから、12歳以上の元人は、プログラムに沿った教育は行うが。半日程度の労働もさせることも可という仕組みになっている。


 その一方で、北海道・沖縄または海外にいた今人についての大きな変更は困難であり、実施されたのは飛び級が可能で容易になったことであり、元人に比べると不公平平な仕組みになった。

 ただ、元人には保護者のいない者、さらに親がいても収入が低いものが多い。保護者のいない孤児に対して国は衣食住の面倒は見てくれるが、楽しみに使う金までは行き届かない。これは、元人の貧しい親を持つ者も同じ立場である。そして、21世紀のマーケットにはどうしても欲しくなるものが沢山あるのだ。


 だから、12歳以上の元人は政府から働く意思の有無を聞かれたら、ほぼ例外なく働くという回答をしている。国は、社会人になるための必須の知識とスキルを規定して、これについては元人の若者のみならず労働者として位置づけられる全ての者が身に付けるものとしている。


 それは、具体的には1000字程度の漢字の読みを含む日本語の基本的な知識と駆使する技能、四則演算の知識と電卓を使う技能、日本の基本的な社会の仕組み、さらには世界と日本の地理の知識などである。これは中学校教育までの内容にも劣るが、実際に元人の成人でこのレベルに達した人は、それぞれの働き場での短期の訓練によって特段問題なく労働力として機能している。


 ただ、これは最低限のものであり、どちらかといえば単純労働に従事する人に対するものであり、それなりに高度な判断を要する労働に対しては、より高度な知識とスキルが必要であることは無論である。また、その知識とスキルを身につける速さは、個人の能力と努力によって大きな差があり、半日の労働をしても時震前の学校制度で求められた以上の成果を上げる者もいる。


 とは言え、元人の教育は日本の小中学校の教育内容を相当に削り取ったもので、大体合計6年程度の期間で終えるように設計されている。また、優秀な者は、高校教育の内容も学ばせることになっており、最優秀の千代は、11歳から始めて5年後に、はしょった内容ではあるが高校卒業までの教育を身に付けたことなった。そして、その結果は試験によって確かめられている。


 これは、個人的に休みの日・早朝・夜にも頑張ったおかげであるが、そのおかげで16歳にて推薦制度で小樽商科大学に合格したという訳だ。この大学では、一部の教育内容が抜けている元人の高卒資格者向けのコースがあって、必要に応じて補修をするようになっている。

 時震前の専門高校卒の者が推薦で大学に入学した場合に、習っていない数学などの補修授業が必要になったようなものである。


 大学の学費、必要な旅費など純然たる教育に関する費用は、国から支払われ、寮に入ることができるが、その食費などの生活費は、奨学金を借りるかまたは自分で稼ぎ出すようになっている。だから、半日は働いてきた今までの生活と変わらないことになる。


 今日は、塩竃ベースのルームメイトが最初に同室だったモヨ、ヨシそれに沙月と大食堂に隣接する小部屋でささやかながら合格祝賀会だ。最初に会った時は15歳だった頑張り屋のモヨは、今は20歳ですっかり大人である。彼女も、塩竃ベースに来てから栄養状態が大きく改善されたが、幼い頃の栄養不足を取り戻すまではいかず、身長は150cmに満たないほど小柄だが、豊かな胸のふっくらした可愛い女性になった。


 彼女はベースで働いているうちに、沖田久志という今29歳の自衛隊の下士官の隊員と恋仲になった。沖田も彼女と結婚することになったのを機会に、仙台に作られた食品工場の配送の責任者としてA食品㈱に転職した。今人で、人を率いた経験のある者は、本土では引っ張りだこなのだ。


 彼らが結婚したのはほんの1ケ月前であり、モヨも結婚を機に同じ会社の事務職に就いて、まだ新しい社宅に住むようになった。彼女は、頑張りの甲斐があって、21世紀の事務職に十分なスキルは身につけており、A食品㈱への採用に当たっても、充分合格水準にあった。


 今日は、夫に車で送ってもらって、千代の祝賀会に来たのだが、夫は小規模な駐在所として残っている古巣の自衛隊の元同僚と飲み会だ。塩竃ベースは、その性質上大規模な宿舎があって家族持ちも多く住める。だから、周辺に建設された様々な事業所の宿舎・社宅の住宅団地、さらにはオフィス集合体として機能している。従って、沖田夫婦のようにやって来ても泊まるところには困らない。


 ヨシは千代と同じ歳であり、同じようにベースに住んで学びながら仕事をしている。彼女も千代に影響されて頑張って勉強しており、千代から1年遅れで高校卒業資格を取る見込みである。彼女の場合は、ベースに付属して作られた畜産会社でずっと働いており、その関係から帯広畜産大学への進学を目指している。


 千代より1歳年上の沙月は、秋田という姓を持った国人領主の家来の家柄であり、武家としての誇りを持っていた少女であったので、百姓上がりの千代に負けずと勉学に頑張った。彼女の場合は、元々全く正式には文字などを学ぶことのなかった他の3人に比べ、きちんとした教育を受けているというアドバンテージがあった。


 ただ、その内容は21世紀的な教育に当たっては殆ど有効でなく、先入観を持つという面でそれまでの教養が却って邪魔をする側面があった。そのためか、沙月も賢い子であるが、千代には結局追いつけず、ヨシよりは少し上程度の成績であった。とは言え、ベースという教育には最高の環境もあって、元人としては最高に近いレベルの知識とスキルをすでに身に付けつけている。


 このことから、彼女はその能力に眼を付けられて、追い出されるように出て来た家から帰ってくれるようにとの強い要請があって秋田家に帰っている。これは、秋田家が仕えている国人領主である宮地家が、日本政府の施政下に入る決断をして、その事業運営のための人材を確保するためである。


 彼女の家である秋田家は、領では中堅の家であるが、彼女が母を亡くし父が子持ちの後添えを貰ったことから居心地が悪くなり、伝え聞いた塩竃ベースに身を寄せたものである。旧主君であった領主から直接口説かれて、やむなく決心したが、家には帰らないこと、勉強を続け資格を満たせば大学への進学などを条件にしている。


 領主も、領に付けられた今人のアドバイスから優秀な人材の必要性は理解しているので、その要求を飲んだ。そういうことで、沙月も今日はモヨと同様に、千代の祝賀会のために60kmほどの道をバスに乗ってやってきている。


 ちなみに、大学は現在では年間に1ヵ月ほどの対面授業を除けば、必ずしも通う必要はない。教育内容はネットで送られてくる課題をこなし、レポートを提出し、年間2回の定期考査に合格すれば良い。現在の、北海道まで行く方法は、塩竃をバスで出発して、仙台で特急電車に乗って青森で降り、青森から函館まで連絡船に乗ってさらに電車に乗る方法が最も早い。

 ただ、彼女は近くの塩竃港から函館を経て小樽迄行くフェリーがあって、夜間に移動できるのでこれを使う予定にしている。何しろ彼女の目的地は大学のある小樽なのだ。


 ちなみに、現在では空路については北海道と沖縄に従来からあった空港に加え、京都空港が完成しており、関東空港が暫定開港している。さらに、陸路は本州縦貫国道と広軌による縦貫高速鉄道は完成して営業運転に入っている。

 北海道と本州及び本州と九州の間は未だ連絡船によっているが、九州との関門海峡には道路と鉄道の両方、北海道との津軽海峡には鉄道の計画がされており、関門海峡大橋はすでに着工されている。


 時震前は、関門には海底トンネルである道路と在来線の鉄道及び新幹線があり、加えて橋梁による高速道路があった。これに対し、今回作られているのは橋梁による高速鉄道と高速道路であり、本州縦貫道路及び鉄道と同規格で作っている。

 これは、トンネルに比べ、海峡の幅が広く径間が短いために橋の方のコストが低いことは明らかであり、大戦の戦時中に着工されて爆撃を避けるためにトンネルにするような理由がないことによる。


 一方で、津軽海峡には時震によりせん断された青函トンネルが半分残っている。これは、ロボットを入れて確認されているが、トンネル部はほぼ真ん中で途切れている。再度開通するには約28kmのトンネルを開通する必要があるため、現状のところは当面は経済的に合理的でないという結論になっている。



「千代ちゃんの大学合格を祝って、乾杯!」

 最年長のモヨが音頭を取って乾杯する。


 皆の前には、パーティ用に注文したオードブルの御馳走が並んでいる。唐揚げや、魚、肉などはベースに来た当初は大馳走であったが、5年を経て21世紀の食事に慣れた皆にはそれほどのものではない。


「千代ちゃんは、大学には何時行くの?」

 沙月が聞く。

「3日後に入学式があるので、明日の夕方出発よ。船で直接小樽まで行けるから楽だわ」


「塩竃から小樽迄は夜7時に修理出発して、函館を経てだから到着は明日の午後2時だったね。でも、電車を使っても行けるのでしょう?」

 沙月が更に聞くのにヨシが代わって答える。


「北海道の小樽へ行くのは、電車だとまず仙台に出て、それから青森に行って、船で函館に行って、さらに札幌に行き小樽までだから、時間は半分くらいだけど面倒だよ。私も目指している帯広畜産大学に入れたら釧路に船で行って、それから陸路だな。帯広は少し不便」


「うーん、凄いな、みんな。沙月ちゃんも大学を目指しているのでしょう?私なんか、大学にいけるような成績ではなかったものね」

 その言葉にモヨが反応すると、ヨシが返す。


「モヨさんこそ。素敵な旦那様をつかまえて幸せいっぱいという感じだよね」


「そうよ。モヨさん、本当にきれいになったな。それに、なにか、そう色っぽくなったんじゃ?」


 千代が言い、沙月も同調する。

「そうよ。『おなごはな。良い男をつかまえて子を産んで育てるのが一番じゃ』というのが、ばあ様の口ぐせ。だけど私は元人の特に侍の旦那なんかまっぴら。女のいうことなど聞きもしないし、もれなく古い考えのばあ様、じい様がついてくるからね。その意味じゃ、モヨさんの旦那様は今人で優しいから羨ましいわ。

 どうなの、モヨさん。2人きりの新婚生活は?」


「う、うん。久志さんは優しいよ。やっぱり、今人の久志さんと結婚してよかったと思うよ」


「そうね。モヨさんはもてたもんね。元人の若い人にもだいぶ迫られていたでしょう?やっぱり今人がいいかなあ。先輩からのアドバイスはどうですか?」

 ヨシが問うのにモヨが答える。


「今言った通りだよ。元人の男は私ら同じ元人の女を舐めているのか、乱暴な奴が多いよ。私もここで一度は襲われて危うくということがあったわよね。久志さんの話では、今人にもそういうことをする奴はいるというけど……。

 でもね、やっぱり私たちは頑張ってきたからだと思うのよ。

 千代ちゃん、沙月ちゃん、ヨシちゃんも皆優秀でよく勉強してきたよね。私は頭が悪かったけど、千代ちゃんから教えてもらいながら頑張って勉強をしてきたよ。お陰で、久志さんの務めている会社にも採用されたし。本当にいい部屋の仲間だったと思う。特に、私は千代ちゃんには感謝しているよ。

 一方で、全く違う人たちもいるでしょう?カスミとサチなんかの部屋とかね。あっちこっちの男と寝て。勉強もしていないから、半端な仕事しかできないし」


 それに対して、沙月が応じる。

「うん、その通り、この部屋の者は一目置かれていた。それは、多分千代ちゃんに引かれてという面はあったけど、モヨさんもヨシちゃんも本当に頑張って成績を挙げたからだと思う。

 私も千代ちゃんだけでなく、モヨさんにもヨシちゃんには感謝している。私は侍の家の出だから、ずいぶん生意気だったと思う。読み書きも教えられてきた私は、勉強では当然皆の上を行くと思っていたしね。ところが、教えられていたことがほとんど役に立たないんだものね。

 数字をはじめ字も違うし、重要な知識と思った詩なんか意味をなさないし、漢語の読み方もね。千代ちゃんは凄いわ。農家で育って殆ど何も教えられていないのでしょう?1年足らずで、殆ど必要なことは覚えちゃって、その上パソコンを不自由なく使えるのだから。私もその面では本当に助かったわ。

 まあ、その話は置いておいて、千代ちゃんは大学の勉強をどういう風にこなすつもりなの?」


 あまり褒められて、身の置きどころが無くもじもじしている千代を横目で見て、沙月が話題を変える。

「ええ、大学は年間に5週間の講義への出席の義務があるので、2ヶ月に一度1週間ずつ小樽に行くつもりよ。他の期間は、インターネットによる授業と、課題による学習ですね。その間の4年間は、半日ずつの山名領での仕事を続けます」


 千代の答えに、モヨが気遣うように言う。

「やっぱり、山名様は千代を離してくれなかったのね」


「いえ……、まあ本当の事を言うとそういうことですかね。私としては、本音では21世紀世界の小樽に住んで学校に通いたかったのですが。でも、山名様には大変お世話になっているので……。でもいずれ北海道だけでなく、外国にも行ってみたいですね」


 千代の答えに沙月が応じる。

「私も、結局千代ちゃんと同じことになると思うわ。出来たら北海道大学に行きたいけど、ちょっと無理でしょうね。頑張ってなんとか来年には、工業系の大学と思っているだけど」


「ええ!沙月ちゃんは理系女子なの!へー」

 ヨシが言い、女4人のおしゃべりはまだまだ続く。


別の連載をよかったら読んで下さい。

https://ncode.syosetu.com/n9801gh/

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― 新着の感想 ―
[一言] 青函トンネルの事を完全に忘れてたけど、海水は入らず真ん中から岩盤や土で塞がってるのか。
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