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1492年8月、北京その2

読んで頂いてありがとうございます。

 宋中佐率いるランクル10台、トラック10台とバイク40台に加えて、後に合流したタンクローリー1台のコンボイは北京城の城壁を望むところまで来ている。その峠から北京城までは、まだ10㎞以上の距離はある。しかし、長大かつ地上からそびえるその城壁、さらには内側にそびえる皇城と皇宮、加えてその間にきちんとは配列された無数の建物がくっきりと見える。


 一行は、一旦コンボイを止めて、その壮大な都市に見入るが、誰よりも熱心に見ているのが唐翔太である。夢であった明代初期の北京を目の前に見ているが、南京・北京とも日本に住んでいると信じられないスケールである。


 この時代の北京は、紫禁城と呼ばれるようになる皇宮とそれを取り巻く皇城、さらに市街地を取り込んだ内城からなっている。皇宮は南京よりやや小さく、皇城はほぼ同じ規模、内城は皇宮・皇城と同じくほぼ矩形で一辺が約5㎞の正方形に近い。これは南京と違って、北京が平坦な扇状地に建設されたためである。


 その後明の力が衰えると、北京の城壁までモンゴル・満州などの騎馬民族が押し寄せるようになって、後に南に城壁が伸びて外城が作られた。現在の形の市街地と宮殿を建設するために、35万の職人と100万の労務者が14年働いたと言う。しかし、これらの人類の造営した最も大規模な構造物は、毛沢東という独裁者の命令で紫禁城を除いて大部分が取り壊された。


 日本の大規模城塞といえば、大阪城、江戸城などであるが、全くスケールのレベルが違う。市街地を取り込むという発想のない日本とは、考えが異なると言えばその通りだが、これほどの建造物を造るという発想は日本人にはない。


 それに、135万人を14年間の期間働かせることができるほどに余剰労働力を生みだす力は、少なくとも明治以前の日本にはない。確かに明の人口は多めに見て7千万、日本が江戸後期で3千万で差が大きいが、明における農業をはじめとする産業効率は日本に比して相当に高かったことが伺える。


 翔太が思うのは、確かに父の国の500年前の明が、これだけのものを作りだしたのに、何度も何度も内部の混乱によりそれを廃墟にしていった。自分が育った21世紀には、父の国はようやくそれなりの存在になった。しかし、それは決して『良い』ものではなかった。昨年の、世界に広がった新型コロナ感染によって、結果的に世界中から袋叩きに合っている形だ。


 翔太は、あの疫病は中国政府が意図して広げたものではないことは確かだと思う。しかし、初期段階において隠そうとして、それが感染拡大に繋がったことは否定できないだろう。さらに、世界での感染拡大を、自分の権力増大に利用しようとしたと取られる振る舞いがあったことも事実だ。


 しかし、それを周りの世界は、全て悪意として断じて、サプライチェーンからの切り離し、さらに莫大な損害賠償提訴に踏み切った。そして、それは中国が世界中に投資と貸与を広げていることが世界にとっては極めて都合の良いことで、世界がそれに付け込んだ形になった。


 つまり、借款・借款との相殺として、周りの同意のもとに自国の裁量の範疇で実施できるのである。世界中がその方向に向かっている以上、それを阻止する術は軍事力しかないが、なんといっても世界の軍事スーパーパワーであるアメリカ合衆国が敵側にあっては軍事的なオプションは取れない。あの世界に残った、父の国の運命を思って首を振る翔太であった。


 ちなみに、南京から北京までは約950km、途中2泊して3日の行程であった。その道路は幅が50mほどもある立派なもので、幅は狭くなってはいるが木造や石作りの橋もきちんとかけられている。

 しかし、途中の治安は決して良くはなく、少数での旅人はしばしば盗賊に襲われると言う。とは言え、宋が率いるコンボイを襲おうという者はいないであろうし、第一にその平均巡航速度40km/時に追いつく術はない。


 翔太はバイク部隊の一人であるが、しばしば長距離ツーリングをしていた彼にとって、遅すぎる速度はやや苦痛であったが、1日300km程度の走行は生温いくらいであった。先頭車のランクルには、指揮官の宋中佐と運転手の他2人が乗っている。その点では5人ないし6人が乗っている他のランクルと、荷台にベンチをしつらえて10〜12人が乗っているトラックとは扱いが違う。


 南京まで同行した高は、南京に残って梁商会と事業の協議と準備をしている他に、上海での銃器と弾丸や装薬の生産の段取りを行っている。その代わりに、梁商会から若手ではあるが、北京に多くの人脈を持つ梁の親戚筋の梁西覚が同行している。


 さらに、南京軍から西方軍司令官の王元治将軍が同行している。王将軍は、主として反抗的な部族の多い雲南省の担当でもあり、失われた越南ベトナムの領地回復を目指している一人である。その意味で、未来から来たという者達の紹介した武器は是非とも入手したいものであった。


 王将軍は軍事専門家として、彼が見た宋の部隊の武器は、極めて強力な投射兵器でありながら基本的には誰にでも扱えて比較的すぐに熟達するものである。既存の弓も投射兵器であるが、自分達の主力兵器である刀と槍と同様に熟達するためには才能と長期間の訓練が必要である。


 彼は中原の国である明が、北方の騎馬部隊にはなかなか敵わない理由はよく解っている。一つには騎馬部隊は不利とみれば容易に逃げることができ、それに対してこちらは捕捉できない。それに馬で動き回る彼らに対抗する唯一の手段は弓であるが、早い速度で動き回る彼らを撃つのは容易ではなく、また彼らには盾という防御手段がある。


 無論、城塞に立てこもれば、彼らと互角で戦えるが、その場合でも基本的には追い払うことしかできないし、それはある地域を守るという軍の役割りには反するのだ。

 しかし、彼が見た銃器はその構図を全く変えてしまう。第一に有効射程として弓をはるかに超える。それなりの銃で熟達のものが使えば、3里(1200m)先の指揮官を屠れるとか。そして、連発ができる。騎馬民族も相手に近づかないと攻撃できないのだから、1町(100m)以内に近づくことが自殺行為になる相手と戦いようがない。


 そして、あのバズーガという武器!あんなものがあれば、1万の兵でも相手にならないだろう。彼は、どうしても見せられた武器が欲しかった。しかし、相手の指揮官の宋がどうしても軍務卿、また皇帝陛下と話した結果でしか、今後どうするか決められないと言うので、このように北京へ同行しているのだ。


 そして、王将軍は皇弟殿下から、皇帝陛下に当てた書を預かっている。だから、宋の陛下への謁見は適うであろう。彼は、宋らがランクルと呼んでいる乗り物の乗り心地とその速さに驚嘆しながらも、どこかこの者達を皇帝陛下に会わせることに、湧きあがる危惧を抑えきれなかった。


 一行は再度出発しやがて壮麗な正阻門をくぐった。城壁は高さ20m余、門の上屋は幅50mで城壁の2倍の高さでそびえている。この門は皇宮に直結する皇城への門の正面のものであり、他国の使節・貴族など重要なもの以外の使用は認められていない。彼らの場合には、その訪問はすでに早馬で伝えられているので、王将軍は皇弟殿下から託された書を示すことで通過できた。


 そのようないわば正門であるので、それほどは多くはないがそれなりの数の車や人が列をなしていた。王将軍の指示で列の端から割り込む形で通過するコンボイには、周囲の目が集まるのは当然である。しかし、一行はこれまでの3日間ずっと最大級の注目をされてきているので、すでにその状況に慣れ切っている。


 門をくぐってからは、王将軍と門衛の指揮官との話で、指揮官が馬にまたがって先導することになった。彼らは、さらに約700m真っすぐ進んで天安門をくぐって皇城に入り、正面の皇宮の門である午門から左に折れたところにある軍務省に行く。その前の広場にランクル、トラック、バイクとタンクローリーが止まる。


 運転手を含めて乗って来た兵が、民中尉の号令のもとに整列する。その際に小銃はそれぞれの車においたままであるが、拳銃はホルスターに入れて持っている。宋中佐は、拳銃を王将軍に見えるように座席において、ランクルを降りて、まず整列している隊列に敬礼する。それから、梁西覚を伴って将軍と共に、軍務省の玄関に向かう。


 宋は王・梁と共に、軍務省に入って軍務卿に会見するのだが、王将軍が銃器を持って入ることは許容できないと頑強に言い張ったので妥協したのだ。ただし、彼は無線機を持っており、民中尉には合図をしたら、小銃を持って突入するように指示してある。


 軍務省の前には門衛がいるが、彼は王の掲げる書類を見て、さらに「崔軍務卿にお会いしたい。部屋は解っておる」そう言う彼の言葉に、門衛はバッと敬礼して「どうぞお通り下さい」と答えた。

 前に哨兵が立っている軍務卿の部屋に行くと、哨兵から隣の入口に通された。そこは会議室で、大きな机があり、軍服を着た若い軍人が入口に居てニコニコして座席を示す。


「どうぞ、そちらにお座り下さい。軍務卿閣下はすぐに来ます」


 さらに彼は王将軍に声をかける。

「王将軍、ご無沙汰をしております。2年前にここに来て以来ですね」


「ああ、周君、久しいな。さて……」

 王が応じかけたところで、戸が開いて2人の入室者が入って来て、まず宋を見て声をかける。


「いらっしゃい。宋さんですな。それと、梁さん。やあ、王将軍久しいな」

 立派な口髭の老年に差し掛かった逞しい軍人が手を胸にあてそう言って、にこやかに頭を下げ言葉を続ける。


「私が、軍務卿の崔です。そしてこちらが朱源勝、日本担当卿を勤めており、3日前に日本から帰ったばかりです」


 その言葉に宋が顔色を変え、反射的に何かを言おうとしたが抑えた。それを見ながら、入って来た2人もあらかじめ座っていた3人の正面に座って、崔が口を開く。

「遠路、おいで頂きまことにありがたい。更には我々の是非とも欲しい武器を、お持ち頂いたとか」


 それを受けて、混乱しながらも腹を決めた宋が応じる。

「その通りです。この時代、北の蛮人に大変なご苦労をされていると学びましたので、とりあえず必要と考えられるものを取り揃えてお持ちしました。それで、朱閣下が日本からお帰りになったというのは?」


「はい、先ごろ『倭』ではなく現在の日本から使節が参りまして、公式ではありませんでしたが、陛下もお会いになりました。彼らの言うには、なんと今の日本は530年の未来から跳んできたと。それで、彼らは近隣で随一の『文明国』であるわが大明国とよしみを結びたいとのことです。

 そして、彼らの招きで私が日本に行って帰って来た次第です。その結果、彼らの言うことが真実であることを確認することができ、皇帝陛下にこのことをご報告をしました。

 その日本は、我が国を『援助』するにやぶさかでないと言っております。今まで、朝貢を受けた国は数知れず、しかし援助され、教え導かれるとは……、初めての経験になるでしょうな。しかしながら、彼我の技術というか社会の途方もない差を見ると、見栄を張っている場合ではないというのが正直なところです」


 朱がしみじみと言うのに王将軍が少し興奮して言う。

「し、しかし……。私も日本の話は聞きました。しかし、我が大明国が教えを受けるとは……」


「将軍は、宋氏達の自動車という者に乗ってきたそうだな?」軍務卿が問う。


「は、はい。極めて快適かつ何といっても早いものでした」


「あれを、または彼らの武器を、例え実物があっても、どうやるか懇切丁寧に教えられても、なかなか同じ物はできまい?」


「は、はあ、確かに」


「あれらはほんの一部だが、我々はあのようなものが必要だ。そのためには日本に助力を請い、金を借りる必要がある。確かに、我が大明国は閉じこもっていることもできる。その場合には、日本のあった世界では、我が明は150年後に満州の部族に滅ぼされている。しかし、この世界ではすでに日本が現れているのだ。

 彼らはすでに世界に散って、彼らの知恵を世界にばらまき始めた。だから、我が明国は留まることは許されないのだ。もし、そうしたら我々は世界の最も遅れた世界になってしまう。我々は日本に助けてもらう他に選ぶ道はないのだ」


 崔が静かに話し終わると、今度は朱が口を開く。

「日本が時を超えて跳んでくるなどと、神様か悪魔がやったか判らぬ現象が現実に起きた以上は、崔軍務卿の言われる通り、もはや選択の余地はない。そして、皇帝陛下は『中国史』が専門の歴史学者から、日本が来なかった未来にどういうことが起こるかじっくりお聞きになられた。

 また、530年後の世界はどのような世界になるかも知られた。そして、陛下はすでにお決めになられた」


 朱は一旦言葉を切り、宋を見つめて続けた。

「陛下は、日本にいるという70万人の中国人に大変期待をしておられる。すべてのそれらの者が、530年後の世界で暮らしていたので、読み書き計算もできるし、その時代の知恵を持っている。今後、我が明は日本に追いつくべく最大限の努力をする。

 しかしながら、宋大人、貴君を始めとする100万のそうした人々の参加がなかった場合、その努力は大変厳しいものになるであろう。どうか、早急に日本に追いくという我らの目論見に協力をしてくれないだろうか?}


 暫く沈黙が落ちたが、その間に目線を落とした宋は再度上げ、朱を見返して言う。

「正直に言うと、上海に上陸するとき私は自分の知識と経験そして持ってきた機材を使い、連れて来た者達をうまく使えば、私自身一廉の立場を作れると思っていました。また、その時には持ってきた武器を使うこともあると思っていました。

 しかし、日本の政府がこの明国と国交を結び、開発の援助もするとなると、そうしたことはまず無理だということは解ります。だから、私は明国が日本に追いつこうとする努力に協力しますよ」


「うむ、有難い。宋中佐は530年後の軍事の正式な教育を受けていると聞いている。だから、わが軍の効率化に貢献して欲しい。君には当然将軍の位を与えるし、部下の中で優秀なものは君の望む地位につけよう。ただ、少なくとも今後数十年は我が明は、領土を広げようという試みはしない」

 こう言う時、崔は王将軍を見る。彼が越南への再征を熱望しているのを知っているのだ。


 さらに朱が続ける。

「これは日本からも釘を刺されている。我が明は外の世界を征服しなくても十分に豊かだ。中華の地は将来において、14億の民を養えたほど豊かな土地で、将来乱費される資源もほぼすべて残っている。我々はこの中華の土地だけで十分に豊かになれるのだ」


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