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 花散祭一日目。

 璃華は眉を寄せて隣の夜煌を仰ぎ見た。


「夜煌?」

「……うん?」


 明らかに不機嫌ですという夜煌の返事を聞きながら、目の前に立つ青年に目を移して首を傾げた。

 不敵な笑みが異常に似合う青年は、彼女たちに片手を上げてみせる。


「よお、良い天気だな」


 ありきたりながら白々しい挨拶をしてくる青年に、璃華は隣にいる夜煌の機嫌が急降下していくのを感じながら、何よりも気になっていた事を口にした。


「えーと、どちら様で?」

「そこのふて腐れてる男の友人だよ。初めまして、お嬢さん」

「何しに来たんだよ」


 握手のつもりか、璃華の手を握ろうとする青年の手をピシャリと叩き落として、夜煌が青年を睨み付ける。


「何だよ。ケチくせえな。邪魔すんなよ」

「煩いよ、さっさと帰れ」

「誰が帰るか。こんな愉快な状況、間近に見ずにお前の友は語れねえだろ」

「語らないで良いから、帰れよ」


 ほっとけば永遠に続きそうな平行線の会話を聞きながら、璃華は心中で頭を抱えた。


「つまり、……ソッチの人か」


 彼女の虚しさを含んだ呟きは、隣の青年たちに届いた様子はない。

 特徴的な耳や刺青はないが、夜煌の友人ということは、おそらく彼も魔族なのだろう。仲が良いともまた違うが、緊張感のない二人の遣り取りからこの青年が璃華にとって害のある存在ではないと取り敢えず判断する。

 野良猫を拾った次は、野良犬に遊びに来られた気分だ。

 遠くを見るように嘆息した璃華は、そこで自分たちが宿の他の客に好奇の目で見られているのに気付いて、はっとした。

 それはそうだ。朝早くから部屋の前でこれだけ騒いでいるのだから。

 レリルの宿で目を覚ました璃華と夜煌は、宿と平営している食堂で朝食をいただくべく部屋を出ようとしたのだが、扉を開けた先にはなぜか見知らぬ黒髪の青年が立っており、そのままこの状態に突入した。

 つまり、扉を開けたまま部屋の外と中で会話をしている訳であり、話している声は廊下にいる宿客に筒抜けになっている。

 璃華は咄嗟に夜煌を前へと突き飛ばして部屋の扉を閉め、驚いている夜煌と、自称夜煌の友達の腕を強引に引っ張り始めた。

 璃華の腕力で二人を引き摺ることなど出来ないから、もちろんそこは彼らが自主的に付いてくることになったのだけれど。


「ちょっと、璃華?」

「おいおい、嬢ちゃん。どこ行くんだよ」

「今は黙って付いてくる。言うこと聞かないとご飯抜きだからね」


 そう言って叱ると、夜煌は黙って付いてくる姿勢を見せる。それを面白そうに見た黒髪の青年が、同じように璃華に従った。

 一階の食堂に下りた璃華たちは、隅の方に空いている席を見つけ腰を下ろす。その場で二人の青年に『待て』を指示し、璃華は幾つかの料理を注文した。

 見知らぬ青年が人間の食事を食べるのかは分からなかったが、夜煌はいつも問題無く食べているのだからと適当に選んだ。

 一通りの注文を終えて腰を落ち着けると、璃華は向かいの青年を見上げた。


「さて、取り敢えず自己紹介からでいい? わたしは璃華、よろしくね」


 自己紹介は自分から。これは対人関係の基本だ。礼儀は孤児院で厳しく叩き込まれた。

 自己紹介された青年は、黒緑の瞳を丸くさせた。感心したように何度か頷いている青年に璃華が首を傾げると、左側に座った夜煌が溜め息を吐く。


「嬢ちゃん、何て言うか肝が据わってんな。俺が魔族だって分かってんだろ?」

「魔族とか大きな声で言わないで」


 いきなりの問題発言に璃華は眉を顰める。ここをどこだと思っているのだ。


「だって、夜煌の友達なんでしょ」


 璃華がそう言うと、青年はクッと笑った。良く笑う青年だ。

 黒髪の青年が口を開きかけたところで、頼んでいた料理が運ばれてきた。給仕の少女たちが二人の青年たちを見て心なしか頬を染めている。

 一通りの料理が運ばれてくると、夜煌の友人はさっそく食事に手をつけながら口を開いた。


「俺はシェガ……、いや、あー……ガイ、凱だ。そう呼んでくれ」


 一度口にしようとしたものを止めて、彼は凱と名乗った。なにを言おうとしたのかは分からないが、深く突っ込むのは止めておくのが賢明だろう。


「凱ね。分かった」

「分かったから、さっさと帰れよ」

「帰んねえよ、バーカ」


 頷いた璃華に続いて夜煌がにべもなく言い捨てると、すかさず凱がにやにやしながら言い返した。

 花散祭のために賑わっている宿屋の食堂では、少々騒がしくても注意されることはない。夜煌の悪態も凱のからかいも、喧騒の中に溶け込まれていく。

 ひとりで旅をしていた頃はどこか疎外感のあった喧騒も、今は非常に有り難い。

 レベルの低い言い争いに頭を抱えながらも、璃華の口元は確かな笑みを刻んでいた。






 この時期のレリルは色彩豊かだ。街中のあらゆるところで花が咲き、祭りだということもあって道行く人々の服装も華やかである。

 花散り風に手の中から花を散らすことは、この国に祝福を与えてくれた神に感謝を示す意味合いがあって、街のあちころで花束が売られている。

 また男性がプロポーズで女性へ花を渡し、その花を女性が風に託すとその結婚は幸せなものになるという言い伝えがあった。

若い男性が照れたように顔を赤らめながらも、一生懸命に花を選ぶ姿は、全く関係ないこちらの胸も思わず高鳴らせるものがある。

 街を楽しげに走る子供たちの手や髪にも生花があり、はしゃいで駆け回っている姿はすれ違う者の微笑みを誘った。

 なんだかんだ言いながら付いてくることになった凱を引き連れて、璃華は朝一番にギルドへと向かっていた。昨日申請しておいた興行許可が下りているかの確認だ。


「凱はよくここに来るの?」


 数人の子供たちが横を追い越していくのを眺めながら、璃華は半歩後ろをついてくる凱に訊ねた。

 こことは人間界のことだ。もしそうなら、自分たちが気づいていないだけで、かなりの数の魔族が人間界に下りてきているのかもしれない。

 魔族となんて一生出会わない人の方が多いはずなのに、すでに璃華はこの半年でそれなりの数に会っている。……その大半が夜煌に消されてしまっているが。


「あんまり来たことはねえよ。興味引くもんなんかなかったしな」

「そう」

「ただ」


 結びの言葉に嫌な予感を覚えて、璃華は凱を振り返った。

 ワゴン売りをしている花と、それを覗き込んで楽しそうにおしゃべりしている買い物客を見ている凱の口元は弧を描いている。

 璃華の視線に気づいた凱が、こちらを向いてにやりと笑う。


「いまは少し興味が沸いた」

「……」

「帰れよ。お前」


 夜煌の言葉に、璃華も内心頷いた。




 ギルドの中には荒くれ者も多い。下手な問題を起こさないように、入り口に夜煌と凱を置いて璃華はさっさと中へと入った。

 受付に声をかければすぐに許可証を渡してもらえた。この申請から許可までの速さは、さすが国営のギルドといえよう。


「お嬢さん、冒険者登録もしてあるのね」


 昨日の受付嬢とは違う女性が璃華の登録証を見ながら呟いた。璃華の登録証には芸事を表す琴と、冒険者を表す双眼鏡が書かれ、裏にはシーカの証である剣の模様がある。

 許可の下りた公演場所を地図で確認していた璃華は、迷うような女性の声音に顔を上げた。


「どうかしたんですか?」

「……最近、失踪者が出ているのは知っている? 領主様のもとで密かに調査隊は作っているのだけれど、まだなにも結果が出ていないのよ。ほら、お祭りの時期だしあんまりおおっぴらに捜索もできないじゃない。あなたのようなお嬢さんに頼むのはどうかと思うのだけれど、もしよかったら何かないか目を光らせるだけでもしてもらえないかしらって……」


 綺麗な眉を寄せて声を小さくする受付嬢に、璃華は首を傾げた。

 このような事態において、ことが大事になった場合、上層部から璃華たちシーカへと直接依頼や注意喚起が下されるのであって、一介の受付嬢が口を挟むべき場面ではない。

 それを彼女も重々承知しているのだろう。おそらくそのための小声だ。

 璃華の疑問を察したようで、彼女は困ったように苦笑した。

 野次馬根性ではなさそうな雰囲気に詳しく聞くと、どうやら彼女の友人がひとり失踪者の中に入っているらしい。その友人は自ら失踪する理由などもっておらず、なにか事件に巻き込まれたのかもしれないということのようだ。

 本気で友人が心配でたまらない様子に、璃華は思わず頷いてしまった。ギルドとの契約違反にならない程度に注意してみると約束する。

 申し訳なさそうな、それでもほっとしたような表情の受付嬢に笑ってみせ、璃華は夜煌たちのもとへ戻った。

 青年たちは相変わらず低レベルの言い合いを続けているが、周りを行き交う人々の瞳が心なしか怯えている。どんな会話をしていたのかと冷や汗をかいた璃華は、その場を早々に撤退すべく彼らの背中を突き飛ばしながら歩いた。

 押されるままに歩きながらも、夜煌は器用に背中にいる璃華を振り返ってくる。


「璃華、許可は出たの」

「午後から広場で数カ所ね。それまで暇だから、芭磁さんたちのところに行こうと思うんだけどいい?」


 基本的に璃華の言葉に否を唱えない夜煌は当然頷き、凱も笑って肩を竦めた。魔族なのに親しみを感じるその仕草が不思議だ。


 魔族は人間を襲い、相容れないものという感覚があるが、それは先入観による偏見だったのかもしれない。

 ……夜煌然り、彼らが魔族としては変人である可能性もあるが。

 


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