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 夜煌が璃華の荷物を持ってくれるので、彼女が持ち歩くのは基本的に腰に着けた小さなポーチと旅費だけだけである。

 旅を始めたのはもう随分と前なのだし、負担になるような荷物はちゃんと計算して持ち歩かないようにしている。

 しかし彼は璃華と一緒に旅をするようになってから、彼女の負担を少しでも減らそうと、重い荷物を持たせようとしない。

 夜煌は背が高く見た目は痩躯だが、ひ弱とは縁遠い。足場の悪い場所に至っては、少女の体を荷物よろしく軽々と抱え上げる事さえある。

 そんな彼にとって長旅の為に最小限に抑えられた娘の荷物など苦にはならないのだろうが、やはり一人旅が長い彼女にはその気遣いが妙に居心地悪かった。

 悪いのに、そんなに嫌ではないのが困りものである。

 夜煌は一般的にいう美男子だ。時々むかつくくらいの色気を出してくることがあるし、行くところ行くところ街の娘たちがきゃーきゃーと騒ぐ。


(顔良し、声良し、身長ある。娘さんたちが騒ぐのは分かる。分かるんだけど……)


 隣を歩く青年をちらりと盗み見して、少しだけ眉を寄せる。


(性格が……ちょっとなぁ)


 夜煌は璃華に優しい。気遣ってくれるし、何か困った事があったら直ぐに手を貸してくれる。

 そんな彼の性格には一つだけ問題があった。

 そして性格以上に、彼には人には絶対言えないある事情がある。

 だがそんな事は一切知らない町娘さんたちは、夜煌の外見に逆上せてしまう。今も擦れ違う若い女性が、彼を振り返っては隣の女性と囁きあい、横を歩く璃華を見ては顔をわずかに顰めている。

 羨望と嫉妬と疑念の視線。どうしてあんな普通の小娘が横にいるのかと。

 それを視界の隅に入れた璃華は、小さな溜息を落とした。

 璃華にとって彼女たちの行動は少々鬱陶しく感じる。だが、夜煌には一緒に旅をすると言ってしまったし、踊るのに専属の伴奏者が居てくれるのは正直嬉しいのだ。

 なにより一人旅よりは楽しいので、これくらいの事は我慢の範囲内なのだろう。

 そんな事をぐるぐる考えている彼女を、夜煌が面白そうに眺めているのには気付かなかった。

 璃華にはあまり自覚が無かったが、彼女は考えている事や思った事が直ぐに顔に出る。よく百面相をしているので見ていて飽きないとは、彼女の親友の言だ。


「ところでさ、どこに行けばいいの?」


 眉を寄せて歩いていた璃華は、その言葉が耳に届いたと同時に立ち止まった。

 夜煌が慌てることなく数歩先に行ってから立ち止まり、振り返る。

 さっきよりも彼女の眉間の皺が深くなってしまったのは、仕方ないことだろう。


「じゃあ、さっきからどこに向かってたの?」


 璃華の問いに、夜煌は不思議そうに首を傾げる。


「さぁ?」


 璃華は思わず肩を落とした。

 確かにこれからの行き先についての会話はまったくしなかったし、自分は無意識に前を歩く夜煌について行っている状態だった。

 一応大通りを真っ直ぐ歩いていたらしい夜煌は、立ち止まったまま彼女の言葉を待っているようだ。

 昼時の混み合う大通りの真ん中で突っ立って居るわけにはいかず、璃華は一度溜め息を吐いてから周りを見渡した。

 いまいるのは、領主の屋敷まで伸びる一番大きな通りだ。

 璃華は九十度向きを変えると、彼の手を引いて歩き出した。


「街に着いたのが早い時間帯なら、さっきみたいに広場とかで宣伝も兼ねた公演を一度して、その後宿探しして、それからギルドに仕事の申請をしに行く。これが新しい街に着いてからの基本的な流れ。覚えてね」


 これにこくりと夜煌が頷くのを確認して、璃華は小さな子供に物を教えているような錯覚を受けた。

 孤児院では璃華よりも大きい子たちは彼女の面倒を見てくれたし、璃華も自分よりも小さな子供たちの面倒を見ていた。だから子供の面倒を見るのを苦だとは思わないし、子供は比較的好きだと思う。だが、


(子供は好きだけどさ、こんな大きな子供はいらないって)


 と、どうしても思ってしまう。


 璃華たちは大通りに直角に通った少し小さめの道を抜けて、一つ隣の大通りに出た。

 思った通りにそこは宿と酒場を中心とした通りだった。それぞれの看板を掲げたお店が建ち並んでいる。時間帯のせいか、先程まで居た市場の大通りよりも人の数はずっと少なく歩きやすい。

 璃華は彼の手を放して手頃な宿を探し始めた。


「今日はもうお昼になるから、宿に荷物置いたらギルドの前にお昼ご飯食べに行こうか」


 通りを見回しながら提案すると、夜煌が顔を輝かしたのが視界に入った。

 やはり、子供のようだと再認識させられる。


 適当に見付けた宿は一階が昼は食堂、夜は酒場になるので、そこで昼食を済ませたふたりは荷物を置いて街のギルドを目指した。

 大抵の街には旅人のためのギルドが設置されていて、旅人が街に滞在している間の仕事を提供している。

 この国では、街に着いての初めの公演は宣伝も兼ねて許可なしに行う事を許されているのだが、その後は広場などでも勝手に興行することは原則的に禁止とされ、ギルドに申請し許可を取らなければならない。

 ギルドは街のあらゆる所から様々な依頼を受け、それを滞在中の旅人に依頼をする仕組みだ。旅人がやりたい仕事を申請すれば都合を付けてくれる事もある。

 この国のギルドは、あらゆる分野が混在している。商人、旅芸人、冒険者、傭兵、おもに旅を生業にする者たちが集まり、その街々で円滑に働けるようにするための制度だ。

 その大元を国が担っているため、他の国のようにギルド同士の衝突もなく上手くやっている。

 璃華たちは基本的に旅芸人の部類に入る。人々の憩いの場や祭り事での興行。酒場からの依頼。個人的な依頼などを受けていた。

 その他にも人の入り込まない遺跡などの探索をする冒険者のような事もやっている。

 女の一人旅をする上で今まで厄介事も舞い込んできたし、性格上飛び込む事も多かったので、旅をする内に自然と護身術は身についていた。危ないから止めるようにと言われることもあるが、もともと魔力持ちである璃華は多少の危険にも対応できる自信があった。

 誰でも使える魔法具は広く普及されているが、人間の魔力持ちはあまり多く無い。不測の事態への対処法の多さは、璃華の大きな強みだ。

 それに今では、共に旅をしている男が桁違いに強いので、向かう所敵無しである。

 こういった冒険者、傭兵など荒事に対処する者たちをギルドでは特別シーカと呼んでいる。

 危険も伴うためシーカの報酬は高く、多くの人間がシーカに憧れギルドの門を叩くが、同時に怪我などにより入れ替えの激しい職業だ。

 ギルド登録は最低、仲間うちの代表がしていれば構わないので、璃華は夜煌に登録をさせていない。

 もし彼が登録すれば最高ランクのシーカとなるだろうが、問題を抱え素性を明かせない彼にそれをさせるわけにはいかないのだ。

 璃華のシーカとしての実力は中の下。踊り子としての仕事もあるので、己に見合った依頼しか受けず、それゆえ長生きできていると言っていい。

 夜煌のレベルに合わせた仕事をしたら、璃華の命などあっという間に散ってしまうだろう。


 しばらく歩いていると、街の中心近い場所にギルドの大きな建物を見付けた。

 大きく開け放たれた扉を厳つい男や楽器を持った者たち、腕の良さそうな剣士や、あきらかな旅商人などが出入りして賑わっている。

 璃華と夜煌は他の人たちに混じってギルドの扉をくぐった。

 夜煌はまだギルドに入った事が数えるほどしかない。行く街ごとに違う内装や雰囲気に興味を示していた。

 見るもの全てが、今まで彼が知っていた世界とは違うらしい。璃華はまだ旅をし始めて間もない夜煌に、自分の知りうる限り、色々な事を教えながら旅をしている。

 辺りを見回している青年を置いて、璃華は奥へと進んだ。

 受付の女性に会員番号と名前を伝え、滞在期間を記入すると、横に掲載されている突発の仕事を見る。その中で彼女たちが出来そうな仕事がない事を確認すると、いくつかある街の広場での興行申請をして、璃華は夜煌のところに戻ろうと踵を返した。

 そこを受付の女性に止められる。


「あなたたちは花散祭に合わせて来たのでしょう? お祭り期間は、お店の位置とか、変わるものもあるから、この地図を持って行って下さい」


 そう言って一枚の紙を渡された。この街の地図が載っている紙には、確かに赤い文字で色々と書き込みがされていた。

 お礼を言って受け取り、ポーチの中に仕舞うと、璃華は今度こそ奇抜な格好の集団を眺めている夜煌の所へと戻った。


「これで良し、取り敢えず今日は仕事は無し。観光でもしようか」


 声を掛けると、彼はぱっと振り返って笑う。

 その様子は主人が戻ってきて喜んでいる犬のようだ。――彼の場合は猫かもしれない。

 その想像がちょっと面白くて笑い返すと、夜煌は先程見ていた集団を指さして首を傾げた。


「璃華、あれはなに?」


 派手な色の尖った帽子。あきらかに大きさの合わないだぼだぼの服。逆に小さすぎるぴちぴちの服は、内蔵まで締め付けられていそうだ。天辺に大量の鈴を付けた長い棒が喧しい音をたてている。真っ白に化粧をした人や、目の下に大きな涙を書いた人も居た。


「曲芸、師……かな?」


 祭りに合わせてやって来たサーカスの人たちかもしれない。

 それほど自信がなくてそう言うと、「ふ〜ん」と言ってもう一通り彼等を眺めた夜煌は、それで興味を失ったのか、彼女を振り返った。


「この街の見所は?」


 彼の興味の移ろい早さに呆れる。それでも彼の疑問に答えようと口を開いたとき、仕事を貰い終わった商人の一人が璃華たちに声を掛けてきた。


「よぉ。久しぶりじゃないか璃華。お前さんも花散祭にきたのか? 先に知らせてくれればよかったのに。水くさい奴だな」

芭磁(はじ)さん!」


 璃華は耳に届いた懐かしい声に顔を輝かせた。



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