197.魔法を使おう
悪魔。
「魔」を操るもののうち、悪しき導きによって
人の道を踏み外させる存在。
その正体は魔法使いとなんら変わらない。
魔法を信じ、魔法を使い、ありとあらゆる奇跡を
必然的に起こす、人とは異なるちからを持つのだ。
だからこそ、条理と反する出来事のすべてには
悪魔などの魔をつかさどる何かが、付随している
ものなのだ。
「ロッカちゃーん」
「? どうしたの?」
「見てみてー」
放課後いつもの部活の風景。俺はコップと湯呑を
ひたすらキュッキュッと拭いて、義堂は寝ていて、
加賀音はミコの相手をしている。そしてミコは
いつものようにくだらない手遊びをしているように
見える。
通常業務の部活ほどこれほどまでに暇なものは、
ない。俺たちが活動するのは、夜の誰もいなく
なってからであり、それまでは除霊の依頼が
来るまで、ぼーっとするしかない。実際に依頼が
来る日は来るから、いったん帰宅して夜に再集合
なんてできない。したところで、ミコがその場合
学校に戻ってくることはできない。
山の往復はさすがに徒労が過ぎる。
「はい、うーーーーーん。ホイ!」
「え、すごいじゃない!」
「でしょ! ずっと練習したから!」
……何してるんだ?
「ミコ、トランプってそういうものじゃないだろ」
「チッチッチ。トランプといえばやっぱこれでしょ」
ミコはずっとトランプをパラララララっと器用に
シャッフルしている。暇なんだから、それで
4人ババ抜きでもすればいいものを。
「ミコちゃん、けっこう前よりもきれいになってる
気がするわ」
「え、ほんと!?」
「キレイ?」
「あぁ、神前君は見てなかったものね。
最近、ミコちゃんマジックにはまってて」
「マジック?」
「そー! テレビで見たヤツがすごくってね!!」
「マジックかぁ……」
マジックなんて俺からしてみたら、ささっと
眷属を呼んでできてしまうから。あんまり興味が
ないのだ。
「まーまー、ココも見てみる?」
「……じゃあ」
しぶしぶ、グラスを拭いていたタオルをハンガーに
かけて、ミコと加賀音が座っているちゃぶ台に向かう。
俺は招かれるように、ミコの正面に座らされる。
加賀音は左手側に座っている。
「いい? このトランプ持ってて」
「はいはい」
「あ、あと柄も覚えておいて」
「ほいほい」
ハートの5か。って危ないかもしれないな。
俺自身気が付いていないが、ぼそっと思った
ことを口走る癖があるらしいから、ふと
思った柄をポロっと言ってしまっては、
ミコの面目もなくなる。
「覚えたけど」
「じゃあ、それ貸して」
ミコはちゃぶ台の目の前にハートの5の
トランプを裏返したまま置く。
「ちょっと待ってね……今、残ったトランプ
から何を引いたかあてるから……」
いや、トランプって54枚バラバラなんだから、
見ればわかるやろがい……って違うな。トランプを
広げずに山の上に手を当てて「うーん」と
悩んで見せている。
「うーーーん……はい! わかりました!!
ココが選んだトランプは、これ!!」
ミコはトランプの山の中央あたりを割って
そこから一枚とりだす。おー、ハートの5だ。
俺にピッとスライドさせてハートの5を俺の
手元に飛ばす。
「へー、すごいな……」
……ん? あれ? 山札からハートの5が
出てきた? なら、俺が選んだちゃぶ台に
ぽつんと放置されたあのトランプは?
「あれ? そこのトランプは?」
「え? これ? これはジョーカーだよ」
「……え?」
ほら、と言ってハートの5のだと思っている
一枚のトランプ裏返した。……ジョーカーだ。
「ね?」
「え?」
「……あっ! じゃあ失敗かーー残念残念!」
「いやいやいや」
「でもよかった、ジョーカーだけは2枚入ってる
から、この方法で唯一あてれるから」
「え、あてた?」
「ほら、さっきのトランプ見て」
「?」
俺はさっき、飛ばして渡されたトランプを
見る。これにはハートの5と……
「……え?」
「ほら、ジョーカー! やっぱり大成功!
どうココ、びっくりしたでしょ!」
「……」
「いつからそんなに練習してたの?」
「ロッカちゃんもやってみる? 動画とか
見たけどなんか、手の動きとか目線とか
難しいって言ってたけど、どうやって
やるかぐらいなら」
「……」
「……どうしたのココ」
「……」
「……あ! 私がこんな特技あることびっくり
してるでしょ!
って、あれ? 驚きすぎじゃない?」
__________________
「右、左、上、右」
(大丈夫ですよマスター)
「……そうか」
部活が終わり、時間は深夜。夜も寝静まり、
フクロウすらも黙る午前2時。俺は眷属の
"ムム"と"ビビ"を呼びだした。
「……」
(どうしたんですか? マスターらしくない。
自分の力を疑うなんて)
「……いや、ちょっとな」
(それもマスターが一番信頼している霊感センサー
だなんて)
「あぁ、もしかしたらって思ってな」
(何があったんですか)
……これは言うべきなのか。否、協力してくれ、
心配もしてくれている大事な眷属である"ムム"と
"ビビ"だからこそ言うべきだ。
「……いいか、もしかしたら俺の霊感センサーは
間違っているかもしれない」
(え、それはないですよ。何年培った力だと)
「もしかしたら、ってあるだろ」
(それは、そうですけれど)
老いということもあり得る。そんな古い力に
頼っていて、ひどい目にあっては身もふたもない。
(お姉ちゃん、お姉ちゃんどうしたの?)
(ええ、何か学校であったらしいのよ)
(?)
「心配してくれて助かる」
(それで? 何があったか教えていただけない限り、
どうにもできませんが? まさか、こんな醜態を
愚かな様子を晒上げておいてマスターが気にするな
と言われても)
「そうだよな」
(まったく、最近のマスターはどうにもナイーブで
なよなよしい。まさか、またあの巫女が絡んで
いるとでも?)
「……そのまさかだ」
(……?)
俺は重たい口を開く。
「……なぁ"ムム"? これ知ってるか?」
(これは、トランプですね。それは当然)
「いいか、驚かずに聞け。
……目の前で一瞬、気をそらしただけで
柄が変わるなんてことがあり得ると思うか……」
(……
……へ?)
「あの巫女、もしかしたら俺たち同様に魔法を
使えるのかもしれん……
もしそうだとしたら……」
"ムム"と"ビビ"は黙ってちらりと見合う。
(あ、あのーーー。お言葉ですがマスター。
それはたぶん、マジックって言って)
「そうだ、
あの巫女は魔法を使えるんだ」
(いえいえいえいえいえいえ、あのーーーですね。
それはマジック、というよりも手品のひとつd)
チョンチョン
(? "ビビ"?)
(お姉ちゃん、お姉ちゃん。こんなマスターなんだか
面白そうだからほっとこうよ)
(……そうね)
さて、俺こと「神前 滉樹」はマジックに一切の
興味はない。だがそれは、よく言うくだらないとか
そういった一般的な思考のもとのスキキライではない。
「魔」をつかさどる存在として確立した今、
どんな非科学的な現象にも、幽霊や悪魔といった
理由付けができてしまうからこそである。
普段の生活でもテレビは見るし、そういった
番組も茶の間に流れてくる。それを見て俺が第一に
思うことは
「あー、どーせタネがあるんだろ?」
ではなく、
「あー、あーゆー悪魔の仕業だろ?」
という非存在を信じすぎた者の末路の発想になる。
逆にホラー番組がガチもんなのかデマなのかを
判別するには楽なのだが。マジック番組も同じ
発想で見てしまっている節があり、結局のところ
信じていない。
ようは、俺にとってはチープなマジックも
悪魔の仕業だと思うから、種や仕掛けがあった
としても、むしろ悪魔がらみの非科学的現象に
しか見えなくなってしまっているのだ。
そして、霊感がないミコが超常現象を起こした
ことに対して、理由付けができなくなり、急遽
自分の力の検査を行ったというわけだ。
「嘘だろ、ミコが……まさか」
(マスター、マスター、大丈夫)
"ビビ"に慰めれた。なんで慰められてんだ俺。
(魔法なんてすぐになくなるものだから。だって
センサーもいつも通りだったし)
「けど、こんな視力検査みたいなヤツで判別
できるってこと自体おかしいだろ!!」
(作ったのマスターだけど)
霊感センサーの診断は、いつも視力検査みたいに
やってる。ちなみにこの二人の悪魔を呼んだのは
その右左のマーク係をしてもらうためだ。
(あのーねぇ、マスター。自分の力を過信しないのは
いいことではあります。で、す、が! それで
自信を無くしたり、これからの活動に支障が出る
なんてマヌケなことにはならないでくださいまし)
「わかってる。俺は冷静だぞ。あのミコがあんな技を
扱えるなんて裏で手を引いている誰かがいるに
違いない。だろ?」
(だーーーーーー!!!! そうじゃなくてーー!!)
ありえないことが起きたのであればそれ相応の理由は
あるはず。その理由を探ることが、これからの活動の
指針になるだろう。……なんでそんなに"ムム"は
頭を抱えているんだ。
(それで、そのトランプに問題があるかはちゃんと
調べたのですか?)
「そりゃそうだろ。というかこのトランプが
ミコのだし」
(はい?)
「おかしい、何も問題はない。一応、何かあっては
困るから預かって、色々と呪詛を唱えてほかの
悪魔の干渉を減らすように仕込んだ」
(いらない心配ですわ! だから魔法陣があるのね)
さっきまでこのトランプとさんざんにらめっこ
した挙句、根負けして悪魔の力を借りた。これで
トランプ自体に何か干渉がある線はなくなった。
絵面がカードの束と魔法陣とタロット占いの
ような雰囲気だった。最終的には煙や邪悪な光が
灯ったりと不気味な様子にはなり、もうなんか
呪いのタロットカードみたいな感じになったけど。
「……いや、鹿羽の事件で俺は学んだ」
(シカバネ? どちら様ですの?)
「……決めた。"ムム"、"ビビ"手伝え!」
(はい?)
明日にでも緊急調査をするがヨシだろう。
タイムイズマネーだか何だか知らんが、先々に
手を打つべきだということはマヤからさんざん
言われたからな。
「明日、学校に来てもらうぞ!!!」
(め、面倒ですわーーー!!!!!!)
(……お姉ちゃん、イヤそう)




