183.連れて行こう
結局、俺がその場所に案内することになった。
元々案内するつもりだったし、一番の問題点が、
義堂と鉢合わせることだったから、案内できて
幸いだったかもしれん。曲がりなりにも女の子を
いきなり義堂と同じ場所に連れていくのは、ライオンの
檻に閉じ込める行為と言って過言ではない。あの廃工場は
一体何を作っていた工場だったのかは知らんが、
工場棟が3つもある。うち一番でかいところが義堂の
寝床なのだが、それ以外の2棟は義堂いわくあまり
行かないらしい。ほんの数日間のお世話になるぐらいなら、
鉢合わせる心配は大丈夫だろう。
「……あの」
「? どうした」
「……な、何も聞かないんですね」
「聞くって何を?」
「私が、家に帰らない理由、です」
聞きたいよ。喉から手が出るぐらい聞きたいよ。
それが本人の霊障と大きくかかわる可能性が高いから
余計に。だが、聞いていいことと聞いてはならない
ことの違いはよく分かっている。
「どうせアレだろ? お母さんがうるさいとか、
お父さんがクサいとかだろ?」
「……それは、違います」
「でも、俺がそれを聞いたところで何かできるかと
言われても難しい。だろ? だから無理に鹿羽さんの
プライベートな話を聞きだすなんてことはしない。
高校生の悩みとかってそういうもんだから」
「そう、いう、もん」
「そう、そういうもん」
そういうもん。ってどこかに書いてあった気がする。
偉い人の言ったことだったはずだから間違っている
はずがない。
「……ここ、ですか?」
「あぁ、ここだ」
前にも夜にこの場所に来たことはあったな。
その時は”プレシア”を連れて義堂と一緒に月を
見たんだったか。冬の凍える日だったのは覚えている。
月がきれいだったのも覚えている。だが、”プレシア”が
何かしでかさないかとビビりながらのお月見だった
こともあり、焦っていた記憶しか鮮明じゃない。
それに今日は月はそこまできれいではない。
出てはいるが薄ら雲に覆いかぶさって
「あぁあそこにいるなぁ」と見つけることが
できる程度だ。月によって力を左右されがちな
俺と眷属にとっても、あまり本調子ではない天気だ。
「思ったよりも、キレイ、ですね」
「そうか?」
俺はそうは思わない。何をどう形容的な表現をした
としてもこの場所は「住む場所」ではない。いや、
キレイというのは場所の意味ではないのかもしれない。
義堂も言っていたがここは街から少し離れた場所
ということもあり、空や気が「綺麗」に見える場所ではある。
そういう意味で言ってくれているのなら、俺の読解力が
足りないだけだな。
それか、これ以上に劣悪な環境で育ってきていたかの
どちらかだな。できれば後者じゃなきゃいいのだが。
「あ、ありがとう、ございま、す」
「あ! 一応伝えておくが、あまりここに長居は
しないほうがいい。あと、あそこの建物にだけは
近づかないほうがいい!」
「え、そ、そう……なんですか」
「……怖い人がいるから」
「怖い人ですか」
あぁ、おまわりさんも怖いが俺的にはバールを
持ったいかつい野郎がうろつくほうがよっぽど恐怖だ。
と思ったが、そういえば義堂と一度部活動勧誘中に
会っているんだったか。なら、うちの学校の人間だからと
大目に見てくれるだろう。と思いつつ、前の騒動同様に
また敵が来たと思って問答無用で振りかざされない
だろうか……? だって子供相手に拳振るえるだけの
スタンス持ってるヤツだよ。女だからって容赦するとも……
あーダメだ。ここを紹介しておいて俺が不安になってきた。
余計に考えなきゃよかった。
「でも、その怖い人がここの見張りをしてくれてるから大丈夫」
「??」
そう! この場所は”義堂”がいるから誰も近づいて
こないんだ。逆に考えてこの場所は安全ってことにしておこう。
元より、銅栄高校の連中に悩まされていたんだから悩みの種を
ひとまず解決することが優先だ。そのあとの多重債務は
存じえない。
「夜も遅いから早めに俺も帰るから、
明日……とも急がないから、部活の話は考えておいてほしい」
「………………」
「………………なぁ、最後に聞いていいか?」
「は、はい」
「なんで暴れるんだ?」
「………………よ、よくわかりません。
ただ……」
「ただ?」
「私が、困ったら、そうなって、しまう。気がします」
「困ったら?」
困ることか。さっきの殴った叩いたのもきっと
「困った」から起こした行動だったのか? それなら
多重人格のスイッチもわかりやすいんだが、どうにも
そんなに単純に変わってしまっていいものなのだろうかと
思ってしまうのが半分だ。多重人格の人間を直接会った
ことは一度もないし、これからもないと思っている。
目の前にいる鹿羽が逸れに該当するとしても、俺は
実のところそれをまともに信用していない。見たことが
ないっていうのが一番の理由になるが、それに次いで
あまりにそのスイッチの切り替えが甘すぎる気が
しないでもない。
「何が目的だ?」か
義堂が言っていたセリフだが、本当にスイッチが
存在しているのか。逆にスイッチなんてものは存在
すらしていなく、すべてが自分であり、俺たちに
何かしらの確執があっての行動である発想も考えられる。
ようは、俺たちをだましている部分がある。
考えすぎか? あまりに信用をしなさすぎか?
「あの、鹿羽さん」
「………………はい」
「困ったらまた俺たち「異能部」を頼ってくれ。一応、
立場上は除霊や霊的現象を解決するための部活だが、
ほかにも「何でも屋」みたいなこともしている。
もしかしたら、些細なことでも助けになれるかもしれない。
それが家のこととかになると、少し難しいが、
できることはする。こうやって生活できる場所を
教えるとか、飯は…… お財布的にしょっちゅうは
やめてほしいが、できる限りは助けられるようにしてやる。
これを聞いても、部活に入らないっていうなら、
俺たちも手を引くよ。
いや、半ば脅しているように聞こえるかもしれないが、
俺は本気だ。部長やほかの部員がどう思っているかは
わからないが、部活に入る云々を通り越して、
「誰かを救う」ことに限っては行き過ぎるぐらい
やってのけて魅せるよ」
信じてほしい。俺自身が彼女を信じていない身、
声を大にして言えないが。
それ以上に、俺に信じさせてくれ。それが
きっと自分を知るきっかけになるから。
「………………信じます、はい。あの、祓ってくれる
って言ったのに、祓ってくれなかった、
ことは……その、えと、不安になりまし、た」
「それは、ごめんマジで」
「でっ、でも。そう言ってくれると、助かります。
部活は、あの、前向きに考えておき、
……ます………………」
「そう言ってくれると助かる」
俺は鹿羽を置いて廃工場を離れる。
こう言って何だが、俺としては鹿羽が部活に入るか
否かは実はどうでもよかったりする。俺が「異能部」
だからぜひ部活にとほかの部活がやったように
勧誘しただけで。
大事なのは「居場所」があるかだ。
家にも学校にも居場所がない彼女を助けることが
できるのは、俺たちというよりももっと単純な
「人のつながり」だ。俺がそうやって助かったように。
「あっ、あのっ!」
俺が今日聞いた中で一番大きな声が振り返った
背中から聞こえた。
「きょ、今日は、ありがとう、ございます。ました。
その……助けてもらったことも」
「こっちもごめんな急に色々と」
「??」
「いや、だっていきなり屋上に現れて、お姫様抱っこして、
屋根飛び移って、ファミレス連れ込んで、結局こんな
人気のない場所に連れ出したんだから。
普通からしたら、はなはだ迷惑だと思うが……」
「そ、そう、です、ね」
「屋根飛び越えたときは俺もビビったけどな。けれど、
アザになるくらい腕を握ってくれたから落とさずに
済んだって思えば」
「だ、大丈夫でしたか?」
「あぁ、このとおり」
………………
………………
………………
………………なんだこれ………………???
まくった腕にあるのはアザ、ではない。
むしろ腕はキレイそのものだ。
だが、握られた場所にはアザになるぐらいには
鈍い痛みはある……
まるで、
一皮の内側を握られたような、そんな………………?
「………………!!!!!」
ここで、俺の好奇心が働いたのが悪かった。俺の腕に
しがみついてた鹿羽の手を見ようと腕を伸ばしたのだ。
だが、その伸ばした腕は撥ね退けられたのだった。
それも俺の腕がもげるかのような勢いで。
「シカb」
ドゴォ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
!????????????????????????????????????
何をされたんだ俺は今。気が付いたら俺は思い切り、
後ろに飛ばされている。鹿羽が言うには自分が困ったときに
暴力的になることは聞いている。だが、この状況が困った
状況になるのか? と、工場の壁に打ち付けた朦朧とする
頭で考えても、はっきりとした正解を導くことはできない。
それよりも、俺が吹き飛ばされただと?
「悪魔の上位種」であり、
「人知を超えた力を持つ」この俺が?????
「………………れろ」
「え?」
鹿羽が何かを言っているのが聞こえる。
よく聞こえないのは俺の意識が若干遠のきつつあるからだ。
むしろさっきのゴモゴモした、しどろもどろな
セリフ回しなんかではなく、きっちりとした口調で。
「…………この野郎………………てっ、てめぇ!!!!
しゃべらせちゃ、アレコレ適当ヌかしやがって!
この私の身体から離れやがれ!!!!!!!!!!
この外道の悪魔風情がぁぁ!!!!!!!!!!!!」
………………口調どころか、クチも悪くなっている。
俺は朦朧とした意識のままに
「多重人格ってレベルじゃねーよ」と遺言を残して、
意識を失った。
どうやらこの廃工場で気絶するのは俺のジンクスらしい。




