182.逃げ込もう
死ぬかと思った。シカバネのシカバネを見せるなんて
下らない洒落になってたまるか。
屋上の柵を飛び出した俺のイメージでは、
”ノーティ”の脚力を使って、ダメージなくズドンと
道路に着地してそのまま逃げることを想定していた。
だからミスって力がうまく引き出せなかったとしても、
せいぜい自分の足が2、3本折れるぐらいしか考えていない。
すぐ治る体質上、その程度のケガなら許容範囲だ。
って、足は3本もないな、失礼失礼。
だが“ノーティ”に全力でやれと言ったのは俺だ。
ここまで全力でやってくれるとは思っていない。
まさかその飛び出した勢いのまま、隣の3階建て
アパートの屋根に飛び移るとは思いもしていない。
今でも膝がガクガクしたままだ。あれでビビって
ちょっと力を抑えていたら、アパートの2階の壁に
めり込んでいたのだから。
「ひとまず……ここまで来たら、ハァ、大丈夫のはず……」
「あ、あの………………大丈夫ですか?」
逆に心配されてしまった。さっきまでカッコつけて
お姫様抱っこしていた人物と思えない。それがまさか
本作の主人公だとも到底思えない。
アパートの屋根を降りてからは、とりあえず隠れ場所を
見つけることから始まった。ちなみにその探している
最中もお姫様抱っこをやめることはしていない。下ろす
タイミングを逃した。というか、その最中も俺の腕を
折らんとばかりにホールドしたまま固定されていたの
だから、下ろすも何もその発想にすら至らなかった
と言い訳をさせてくれ。
アザになってないといいが。アザがあったとて
1日そこらですぐ治るから気にしない。
「探せ!」
「どこいったアイツ!!」
外からはそんな罵詈雑言に似た言葉が聞こえてくる。
深夜だというのにTPOのわきまえが成っていない連中だ。
人の家の屋根に上ることはわきまえているのかと
言われるとノータッチで。
隠れ場所なんてものこの町には存在していない。
そもそもそんな場所が地図に書かれた街なんてもの
すらない。それは俺のテリトリーでの物事ではなく事実だ。
あの人数で一人の少女を探すなら、どんなに小難しい
場所に隠れたとしても早々に見つかって終わりだ。
人数不利がありすぎる。
だから俺たちは隠れない。
「まさか、フツーにファミレスで一息ついているとは
思いもしないよな」
俺たちは何食わぬ顔で唯一といっていい、深夜営業を
しているファミレスに入ったのだ。だいたいこういう場所は
「逃げる」の選択肢には入りづらい。からこそ、俺はここを
選んだ。だからだとしても「追われているんです!!
匿ってください!!!」と店員に言うわけにもいかなく、
普通に「二名です」と言って席に案内されて、
適当にモノを頼んだところである。
状況としては、普通に遅めの晩御飯ぐらいの時間ではある。
許容できるかと言われても、うちの部活換算になって
しまうから、あまり参考にはならないかもしれんが。
店員にも疑われることなく、スムーズに事が済んでよかった。
あるいは、外のあの声を聴いて状況を察して、
通してくれているのかもしれない。それなら、俺たちの
対応をした緑バッジ(どうやら、このファミレスでは
ベテランであったりの階級でバッジの色が変わるらしい。
緑が基本的に入りたてのアルバイト入りたての人だ)の
店員のバッジを上位のものに変えることを推奨する。
「あの……」
鹿羽が俺を呼んだ。あちらから呼ばれるのは
もしかしたら初めてかもしれない。会ってから一日すら
立っていないのに初めても何もないんだろうが。
「さっきの……あの運び方は、ちょっと」
「あれ意外にないだろ」
もういっそ開き直る。
段ボールだってあの持ち方だろうが。お姫様抱っこ
なんてファンシーな名前じゃなくて段ボール持ちに
改名すべきだと切実に思う。普通に手を引くなんて
ザラなことをしていれば屋根を超える時点で腕が
もげている。ならばもう、体ごとガっと持ったほうが
よかったじゃないかと今になって自分のお姫様抱っこを
した自身の判断に拍手をするよ。
「……それで、あの、いいんですか……?」
「? いいんですか、とは」
「お会計……」
そうだった。ファミレスに入るにあたって、
支払いは俺がやると言っていたんだった。そりゃ俺が
提案した逃げ手段なのだから、言い出しっぺが
あれこれとやるのは条理だろう。気を使って
くれているのはありがたいなぁ、と思っていたが、
どうやら後でわかったことで、この時間のファミレスが
ほんの少しだけ割高になっていることに対しての
心配だった。深夜料と言うらしい。どーりで夜の
ほうがバイト代が高いわけだ。納得。
ちなみに外食産業に疎い俺がその話を知るのは、
これからの支払い時に謎の天引きの正体が
それだと判明したときになる。
「いいよ、俺が行くって言ったんだから」
「あ、ありがとう、ございます」
何分、こちらは消費を抑えたミニマムな生活を
している性分でね。こういうときの出費ぐらいは
まぁある程度は何とかなる。前に義堂とミコに
ラーメンおごったときは二人分ということも
あり危うかったが。
「………………」
「………………」
………………思った以上に気まずいぞ、この空間。
自分自身、コミュニケーションができる人間ではない
自覚はしていた。それとは別に助けなくてはという
正義感が勝って、助けに向かっただけなのに、
なぜこんな状況になっているんだ。
それは俺がファミレスに連れ込んだからだ。
ザ・自業自得だった。
「大丈夫だったのか? こんな時間に外に出歩いて」
「……いえ、はい大丈夫、です。いえ」
「いいえ」と「はい」、どっちだ?
ひとまず俺は立場上、
”夜に街を歩いていたら、グーゼンにもさっき
会った後輩を見つけて、襲われているところを
助けようと思って追いかけて、襲っている連中よりも
先にグーゼン見つけることができて、何か知らないけれど
スゴイ力で空高く跳んで逃避行を成し遂げた人”
つまり、ただの先輩。単なる先輩だ。
何ならさっき会ったと言っても、一番かかわりが
深いのは除霊をしたミコであって、俺なんてただの
入り口で会釈しただけだろ。そりゃあ、こんなにも
見知らぬ人間から色々とケアをされたらてんてこまいに
なるよな。手口がもう、誘拐のそれだもん。
だから事実は何も知らない人間を振る舞う。
家に帰っていない事実は俺は知らない。
「というかまだ、あいつら怒ってるよ。あいつらに
何かしたのか?」
「………………」
「いや、言いたくないなら言わなくていいけれど」
「……た、多分、私のせいです」
「え」
「わ、私が何か、しちゃったんだと、思います」
詳しくは分からなそうだな。具体的に何をしたのかを
聞くのはあまり得策ではなさそうだ。と言ってモラルを
尊重しすぎて発展がないのもどうにもおさまりが悪い。
「す、すいません。こんなことに巻き込んでしまって」
「だから、いいって。だいたいうちに訪問する人たちが
厄介ごとを持ち込まないことのほうが珍しいから」
「そ、そうなんです、か?」
その通り、ただ付け加えるのであれば母数が少ない
という悲しき事実だが。
「暴れたのか?」
やむなく俺は聞く。バットコミュニケーションになる
覚悟の上だ。
「………………きっと、そうだと、思います。
誰かを叩いていないと、いいんですが……」
いやーあの怒鳴り方は一人二人殴っているよ、あなた?
叩いたなんて可愛らしい言い方しているけど、
そんな甘ったるい感じじゃないよ、きっと。
「………………やっぱり、はらえてなかったのですね」
「……それは、ごめんな。俺たちにもできることの
限界がある。だからミコの言う通りに一度神社に行くと
いいかもしれない」
「? ミコ?」
「あぁ、うちの部長のことだ。あんたを除霊してくれた
同じくらいの背丈のヤツ」
「ミコ、さんっていうんですね」
「あ、違う違う。俺が勝手にそう呼んでいるだけで」
なるほど。誰か事情を知らない人に説明すると色々と
面倒だな、この設定。今からこの制度を撤廃するとか
何とかならないか。うん、ならないな。
「オマタセシマシター」
俺たちが頼んでいた料理が来た。時間も時間だ、
気持ち的に店員も元気がなかった気がする。俺は体質上
あまり食べるタイプじゃない。だから比較的控えめに
軽いお茶程度にコーヒーとパフェを頼んでいる。
これくらい頼んでおかないと、食べ終わってすぐに
店を出て、あの男らと鉢合わせなんて目にあいかねない。
そして、頼んでおいてよかったと思ったのが、俺が逆に
飲み物だけ頼んでいたとしたら、鹿羽はもっと気を使って
いたんだろうなと、注文を見て考えた。こんな真夜中に
パフェとか体に悪いったらありゃしない。
鹿羽は俺に合わせてか、パフェとオレンジジュース。
と、サイコロハンバーグと、
ボウルサラダとフライドポテト……
「……けっこう食べるのねお前」
「………………そ、育ち盛り、なので」
自分で言うものじゃないんだけどなぁ
「育ち盛り」って言葉は。なんならファミリー用に
平皿で用意してあるフライドポテトすら俺の手が
付く前に平らげている。自分用なのかよそれすらも。
いいんですけどね、そのために多めに財布の厚みを
取ってあると言っても過言じゃないから。
「もしかして何も食べてなかったとか?」
「………………はい」
「ならたくさん食え」
「………………はい」
餌付けかよ。はいはい言ってるけど尊厳はないのかこの子に。
「なんで」
「?」
「なんでこんなに、その、いろいろとしてくれるんです、か?」
「……見返りが欲しいとかではないから大丈夫。
ただちょっと気になってな」
「?」
「こんな時間に出歩いているってことにな。ここらへんは
ある程度落ち着いたとはいえ、まだまだ不届きな連中が
うろつきやすいんだ。だから、こんな時間に街中にいる
ってこと自体が怖くてな」
「……そ、そうだったん、ですね」
「……もしかして知らなかった?」
「はい」
この町には疎いんだな。家に帰らずにうろつけるぐらいの
土地勘があると思っていたが、そういうわけではなさそうだ。
高校に進学する関係でこの町に来たばかりってところか。
「それで、ちょっとだけ先輩の話を聞いてほしいんだ」
「?」
「部活に興味ない???」
「……ありません」
思ったより即答された。
「いや、そのうちの部長が人手不足で困っていてな。
ちょうどよく力になってくれそうな人がいないかと
俺が裏で色々と動いているんだ」
厳密にはたった今動き出したんですがね。
「それで……」
「それで、鹿羽さん。うちの部活に来ないかなって
思ってね。つい最近、そういう自分の悪魔とか
幽霊がらみの体質で困っていた人が入ってきたんだ。
うちではそういう人たちも歓迎していてね。巫女の部長を
筆頭に部活動を通じて解決していけたら、
その自分のことについても、もう少しわかるかもしれない」
「……」
「あと一つ、付け加えるならこの時間に出歩いても
部活動の一環だって言い張れることぐらいだな。
警察のお世話になりたくはないだろ。いや、もちろん
俺もなりたくないんだが、部活が基本的に夜に行うから、
今みたいな真っ暗な時間帯になっても学校側から
ある程度の融通を聞かせてくれる」
「……」
「こんな時間に街にいるんだ。今日は何か家に
帰りたくない事情とか色々ある様子だから、
そういう場所でも手助けできればな、って思ってな」
「………………考えt」
「すぐに答えなくてもいいよ。
ただ今日も帰るつもりはないんだろ?」
不届きな連中の話している最中に、野宿にピッタリ……
というか現状リアルに野宿をしている程よい人物が身近に
いることを思い出した。
確かに”あそこ”なら確実に安全だ。
「ちょっと離れの廃工場、
外の雨風を防げて安全、だということだけ伝えておく」




