175.解散しよう
「義堂君は今日は寒いから休んでいて、
私もこれから生徒会の仕事よ」
この一文を息継ぎなしで話すだけ話して、加賀音は
部室を出て行った。やはり、新年度の生徒会は忙しい
ものらしいな。
ということで本日の部活はメンバーの半数不在
ということで続行は不可能と判断し、解散することにした。
といってもやること自体がなかったし、このままだと
「異能部」の活動である”雑用”に駆り出されかねないため、
ほかの部活が終わるタイミングと合わせてちゃっちゃと
終わらせるに越したことはないのもある。
「で、なんで俺の教室にいるんだよ」
「別にいいでしょ」
夕日が差し込む教室にまたしても二人きりの俺とミコ。
ミコは今年度から違うクラスだというのになぜこっちの
教室にいるのか。
「一緒に帰らんぞ」
「一緒に帰るよ。これからの部活の話もしなくちゃ
いけないんだから」
「それはさっきの部室でやれよ」
井戸端会議をどうしてもしたいのか。というかそんなに
話すことはないのはすでに知っている。だからこそ義堂を
無理に部活に引っ張り出すこともなければ、一度部室に
顔を出した加賀音を引き戻す真似はしていないんだが。
そういえば、何気ないことではあったが、帰るときは
ここ半年間はずっとミコがいたよな。部活で夜が遅くなり
やすいから、曲がりなりにも女子高生一人を夜道に駆り出す
のは気が引けた、とはきれいごとを綴っておくが単に勝手に
夜道が怖いからとついてくるだけだったのだが。
それは以降も変わらないはずだ。部活があれば部活の
終わる時間に合わせて帰るし、部活がなければ、このように
勝手に教室に来てついてくるんだろうな。
「俺は保護者か!!」
「チッチッチ、保護者じゃないよ。私が保護者よ!
夜道は霊が出やすいから私がそれをかばっていたのよ!
だから私が保護する側!」
「嘘つけや!!」
虎の威を借る狐じゃねーか。確かにちっぽけだとしても
霊は俺たちを見て逃げて行ってはいたけれど。
それミコ見てじゃねぇから、俺だからそれ。
「いいよ、まだ夕方じゃんかよ。そんな過保護な保護はいらん」
「まーまー、そんなことは言わずに」
「……」
俺は教室の外をかけていく女子たちに目を向ける。
陸上部だろうか。「ありあしたー」と廊下の奥から聞こえる
からして、運動系の部活ももう終わるころなのか。
「……いや、俺は遠慮するよ」
「なんで!!? まさか、か弱い少女一人を夜道に
捨てようって!??」
「自分で言うな、か弱いって」
毎日山道を登下校しているヤツが華奢なわけないだろ。
しかも自転車で。
学校が違えばロードレース部に勧誘されていたぞ。
「ほら! まだ夕方の明るめの時間の間に帰れ!!」
「え、ココは!?」
「俺は……」
言葉に詰まったわけではないのだが、ふと光を今か今かと
失いかけている夕方の空を眺めたのだ。そのときに、若干の
違和感を感じてしまっただけで……「違和感を感じる」って
重複表現になるのか。そんなことはいい、そんなことよりも
どうでもいいことに気が引かれてしまったと気が付くのには
一拍置く程度だった。
「? ココ?」
「なんか変な風景だよな」
「……あー、確かにね」
ミコは俺のこの言葉をすぐに理解してくれた。考えることは
やはり似通っているのはどうにも悲しいのか、
あるいは嬉しいのか。
……この学校ってこんなに小さかったんだな。
学年が変わり、クラスも変わり、そして今部活終わりに
のんべんだらりとしているこの教室も変わっている。それでも
変わらないはずの空や下校していく生徒たちの背中の群れを
眺めて思う。
そうだった、俺たちのクラスは「3階」になったんだ、と。
「クラスが変わっても、あんまり変わんないって言ってたが、
なんかこうやって実際に教室から外見たら、案外そうでも
ないのかもな」
「さっき散々私に変わらないって言ったくせに」
教室に誰もいないことをいいことに誰かも知らない
机の上に我が物顔で座っている。よく見たら、上履きも
中途半端にはいている。そんな足をぶらぶらさせては
落ちかけた上履きをつま先で支えている。
「さっきの質問。
俺にもミコにも頑張っているかも、頑張っていない
かも今はまだわからない。
けど、”成長”はしているんじゃないか。
少なくとも、こうやって空見て景色違うなんて思うことは
部活なんかやる前は思いもしなかっただろうな」
「ぷっ、あはは。そりゃ私もでしょ! 私もココと同じ
ハブられ者でしょ」
「……」
違うと言え。そこで言わなきゃ後悔する。
誰かに背中を押されたような感じがした。だから俺は
「いや、ミコにはいろんな人たちがいるよ」
「それはココも……」
ガラッ!!!!
!!!!!!!!!!!!!!!!
ミコは即座に机から飛び降りる。誰かは分からないが、
自分が何か悪いことをしている自覚はあるようで、まずい!
という前に脊髄で立ち上がった。様子としてはなんだろう、
威嚇をするミーアキャットのように、かな。
「おっ! 異能部じゃねぇか! 今日は休みかよ?」
「いや、部員が半数いないからやめた」
「半数って4人じゃねーかよっ!」
ずいぶんと気さくで運動部っぽい話し方をしてきたが、
こいつは俺の友達のポジションにいる人間ではない。いわゆる、
クラスに一人はいる元気っこみたいなやつだ。
名前は……忘れた。
ちなみにバレーボール部の元一年エースの「女子」だ。
女子っぽい話し方をしないから最初は男と疑っていたが、
人間観察の甲斐あって本人に「男ですか?」と実に
失礼極まりない質問をする前にわかってよかった。
「ってならなんでこんな場所で話してんのさ?」
「部活のことだよ、部活」
俺も負けじと饒舌なふりをしているが、いつぼろが出るか
ドキドキしている。
「あー、なるほどね! 部長と副部長だもんなあんたら!
ミコちゃん、確か同じクラスになったよね」
「あ、そういえばそうだったね」
「なら一緒に帰ろうよ! あそこでしょ? あのー……神社!
神社に住んでんでしょ? うちそこの近くだから一緒に
帰りたかったんだよねー」
「そうなの?」
「いっつも山から落ちるように降りてるじゃん、
いつも見てるよ」
土砂崩れか何かか? あとミコが圧倒されているのが
ちょっと面白い。
「あ! それと陸上部に私とおんなじマンション住んでる
ヤツいるから、あとで陸上部もよってかない?」
「え、いいけどココは」
「……」
……
「行きな。どうせ話すことなんてもうないだろ。
また明日考えようぜ」
「……うん、わかった!」
「んじゃ、ココっち。じゃあなー部長お借りしまーす」
そう言い捨てて、ミコの手を引いて教室を嵐のように
出て行った。
というかココっちって呼ぶなよ!! なんか恥ずかしいだろ!
ココはもう慣れたから許すとしてさらに着色されると激烈に
痛くなるだろうが!!
「って、あれ金城さんって」
「え? ガミでいいよ。みんなそう呼んでるし」
「ガミってなんで私のこと”ミコ”って?」
「え、だってココっちと二人でそう呼んでるじゃん。
仲良さそうだからいいなーって思って勝手に
”ミコちゃん”って呼んでるけど、あれ嫌だった?」
「……ううん、何でもない!」
あの元気っこは金城って名前だったか。こういう立場に
なった以上、自分には関係ないからと名前をないがしろに
してはいかんな。あとやっぱりココっちはやめろ。俺にも
「あれ嫌だった?」と聞けよ。思い切り「やめてくれ」
って言い撥ねるから。
名前に気をとられてさようならと言い損ねてしまった。
そのまま、一人の教室を一回りする。
そして、金城(いやここはガミと言うべきなのか)に
「ミコちゃん」と言われた時のミコの見たことのない
笑顔を思い返す。
そして俺は後を追って教室を飛び出す。
「ミコ!!!!」
「!??」
廊下の奥で背を向けて歩いていたミコがこちらを
振り向いた。それに気をとられた金城もこちらを振り向く。
「あの質問、
もし……“そういうこと”ならなんて答えていたんだ」
隣で金城がきょとんとしたままミコに視点を合わせた。
一瞬の沈黙が廊下を満たしていく。
そして、ミコは、彼女は小さく唇だけで言った。
「オシエナイ」と、さっきと同じ笑顔で。




