176.話をまとめよう
「物語の主人公はこういうときはもっとスマートに
いるものじゃないのかしら? 少なからず、
わたくしが乗り移った世界ではそうだったわよ」
一人の教室で一人の男。そしてそれを見つめる
一人の気品のある様子の少女。
「なんでわたくしが呼ばれたかは存じ上げませんが、
まぁ、その様子ですと何かはあったようですね
マスター。なんなら”ビビ”も呼んだほうが
よかったのでは?」
「いや、そこまで呼ぶ必要はない"ムム”」
「あらそう」
ただ一人となった教室で俺は”ムム”を呼んだ。
朝の”ヴィーハ”と同様に呼ばれたからというわけ
ではないのだが、一人の悪魔として呼ぶことにした。
だから偶然、たまたま”ムム”が呼ばれただけだ。
「もっとわたくし以外にいたでしょう?
あの生意気娘三人衆や”プレシア”といった崇高な
彼女のほうが、話としてはしやすいのでは?」
「……いや、そういう意味ではお前が最適解だった
かもな」
「……何があったかとは聞きませんわ。聞くのも一つの
コミュニケーションの一環だったとしても
マスターにはマスターへのマナーがありますから
と、思いましたが。はぁ……聞いてほしいんでしょうね。
そのためのわたくし、なのでしょうし」
「よくわかってるじゃないか」
人間的な強度が下がっていると言えば現状はそんな
感じがする。一人の孤独な教室に居座るにはずいぶんと、
憂鬱にふける気分にさせてくる。
「さっき、ミコと話したんだが」
「その、巫女というのは」
「あ、話したことはなかったか。まぁ、立場的には俺の
友人ぐらいでいい。それはどうでもいいんだが、俺は
これからどうすればいいとだけ聞きたかったんだ」
「……」
”ムム”は黙ってうつむく。答えないつもりなのか。
「俺はかなりの時間を生きてきた……いや、悪魔である
お前らとは比にならないだろうが、その中で悪魔としての
生き方しかしてこなかった、知ることがなかった。
ここ最近は、なんやかんやあってヒトと関わり出した。
……いや、あんまり長ったらしく境遇を話しても
意味はないな。
率直に、実直に、俺は困っている。
俺は悪魔としての生き方を選ぶべきなのか。
あるいは人としての生活を目指すべきなのか」
「……いえ、答えが難しいだけですよ。
ふふ、もしかしてさっきのミコという友人にも
似たようなことを話したのでしょう。まったく
マスターは人を困らせるのがホントにお好きなの
ですね。そんなことを言われても、私は第三者から
しか何も言えないし、何も言えないわ」
「だから第三者でいい。俺はどっち側の人間であるべk」
「ニンゲンですよ」
「……ニンゲン」
「ええ、マスターは紛れもなくニンゲン。何を悩んで
いるのかと思いきや、たかがそんなことですか。
ずいぶんとつまらない男になったものだわ。
その友人さんにいろいろと吹き込まれたのか……
それはさておき、マスターに限らずニンゲンは誰だって
人であり悪魔、悪魔だってもともとは人ですわ。
人の中にもどうやら仲間を殺す悪魔みたいのがいるように、
悪魔の中にも、救われたことを忠義に重んじ、
人の在り様を照らすものもいる。
人を人たらしめるもの。悪魔を悪たらしめるもの。
それはやはり人と悪魔よ。
人に限らず、悪魔自身が他者を「悪魔」と称すれば
そのものは立派な悪魔であるし、悪魔のような悪行を
繰り返す人間や悪魔がひとつ善行を行えば”人道的”
であると言われる。しょせんはその程度よ。
だからマスターはニンゲンよ。
そう自分でおっしゃってたじゃない」
どっち側の「人間」なんだ、と。
「……それでいいのか俺は」
「いいも何も、悪いことだとお思いで? だとしたら
ずいぶんと鼻高々といすぎてよ。所詮はあなたは悪魔の
端くれ。私たち眷属をみすみす野放しにして、そのまま
自分の過ちに気が付かずに今になってその清算をする。
そんな”悪魔の面汚し”がのうのうと「悪魔だから」と
自分を棚上げできるとでも?」
「……」
「……少々言葉が悪かったですかね? ええ事実、
言いすぎていますから」
悪魔としての人生を送るために必要なものはこの30年で
培ってきた。その自分で築き上げたルールを自分で壊そう
としている、そんな気分だ。生きていた30年が泡で消える
気がしてならない。
「30年ねぇ…… 私、いえ”ビビ”を含めて私たちと
出会ったのは確か10と少し前だったかしらね。あの頃と
変わらないのね、マスターは」
「変わっている」「変わっていない」そんな話をついと
さっきしたばかりだ。その答えをふと呼び出した悪魔に
答えられると、心に重くのしかかってくる。俺はその言葉に
うつむき気味だった表情を起きあげて、”ムム”に目をやる。
さっきミコがやっていたように机の上に鎮座するその姿は、
どうにも生意気に見えた。それでも、ミコのぐうたらとした
様子とは異なり、気高い淑女のような座り方だ。
「その通りだ。俺は変わらない。変わるつもりなんてないさ、
端から。変わっているように感じたいだけだ」
「”変わるのが怖い”のではなく?」
「……」
「だから悩んでいるのでしょう? マスターはこのまま
このガッコウという世界で生きることを選びつつある。
そしてそれは私たち悪魔の世界をないがしろにすることに
つながることも選びつつある。マスターが眷属をむやみに
増やしたくない理由も知っているし、それで捨てなくては
ならない世界を増やしたくないことも知っているわ。
だとしたら、私たちから言えるのは”敬を払え”よ。
悪魔らしく悪魔として全うし、人の世の混沌のために
魂を賭すべき」
「それh」
「それは悪魔としての敬よ。
マスターはさっきもおっしゃったとおりニンゲン。
一体何を悩んでいるのかしら。私たちがそれを
語ったところで、所詮は悪魔のささやきに過ぎない。
それを決めるのはニンゲン、マスターに限らず、
万人といるニンゲンの裁量でしかないの」
だから。
再び悩むようにうつむいていた俺の頭に
ふと手のひらの温みを感じた。
「アナタが決めなさい。
ニンゲンは生きているのだから。
操られたままの人形ではないのだから」
そう言ってくれることが一番困ってしまう。
俺にはそれを決める力すらも今はないのだから。
悪魔としての力では人としての力はなしえないのだと、
真綿のとげのように、言われているようで苦しい。
それでも俺は決めなくてはならない。
すぐに決めることはできずとも、いつか。
その返答を待っていたかのように希薄な笑みを
”ムム”は浮かべる。そして恥ずかしがるように頭に
乗せていた手のひらをひっこめた。
「フン、まったく、ずいぶんと弱くなりましたわね
マスター」
「……もともと強くなんてないよ、俺は。ただ
たまたま悪魔にいざなわれて、自分でもよく
わからないままこの場所に立っているだけで」
「ニンゲンらしく悩むようになったとでも言おうかしらね。
その友人とやらに何かといろいろと吹き込まれたの
かしら? だとしたら「ご挨拶」の一つや二つを
しておかないといけませんこと?」
「……いや、それは無理だな。ミコにそういうのに
まっっったく効かないからやめておけ」
「ふぅん、ミコ様というのね。日本には巫女という
職業があるけれど、それと関係があるのかしら。
確かにそれだとやめておいたほうがよさそうですわね」
「……まぁ、そうだけどな……」
事実は伏せる。話してもいいが別に話すほどの
深い内容でもない。
「でしたらマスターもお気を付けて。なにかとニンゲンの
生活で世話になっているとはいえ、祓魔にかかわりの
ある方との交友にだけは」
「わかってるよ。言われなくても問題はない」
「……それでもそんなに執心するとは
……いったい何ですの? まさかとは言いませんが
好意を抱いているとでも?」
…………
「え、まさかマスター」
「違うな、それは。いや……俺にもよくわからない。
今でもミコとの関係はただの興味本位だ。それでも、
「そんなに執心」と言われたら確かにその通りで、
これが興味本位でしかないのであれば度が過ぎている。
だが、さっきも言ったがミコは巫女関係であって、
あまり関りは持ちたくはないからな。危ないもの
見たさのほうが強いよ」
「……くくっ、ふふっ。マスターったらずいぶんと
可愛らしいじゃないの」
「ふっ、そんなに俺が執心をしたら変なのかよ」
「いえ、それは「恋」でしょう?」
んなわけあるか! とは、強く言えない。
ふと思う限りでもそれを否定するだけの条件が
足りなすぎるからだ。
「……いいじゃないですか。悪魔が巫女に恋をしても」
「んな、マッチポンプがあってたまるか!!」
「大丈夫よ。さっきも言ったでしょう、
アナタが決めなさい、と。
それを悪しと咎める眷属はいないわ。それとマスター、
あなたがどうにもくだらない悩みを打ち明けたことは
ほかの悪魔には言わないでおくわ。
それにそのミコ様のことも。……聞いたら面倒ごとに
なりそうな方が多そうなのでね」
ありがたい、いやありがたくはねぇな。ただの
恥ずかしい自分語りをひそひそと一人抱えられたのだから。
……なんで俺はあのとき、「好意を抱いている」と
言われた時にすぐに違うと言えなかったのだろうか。
その答えもいずれ、こいつら悪魔に言える日が来るの
だろうか。
「……マッチポンプは違うな」
「? 違うとは」
「タイトルが間違っているってこと」
「???」
「いや、ただのメタ発言だ忘れてくれ」
ダメな巫女に悪魔の加護を。か
本当の意味で救われたのは一体どっちなのか。




