170.数えよう
「え、これって血じゃないの……じゃあ」
マヤはどうやら血の付いていることに怯えていた
ようね。暗いこんな場所でこんなシチュエーション
だと、血にも見えなくはないわね。けどこれは
血ではなく、ただの絵具。
それに、お札も張り付いているとは言ったけれど、
これもよく見たらお札なんてたいそうなものでは
ないわ。湿気でよれてそれっぽく見せているけど、
コピー用紙を切っただけのものね、これは。
じゃあ、と言ってマヤは止まった。理由も
きっと私と同じことを考えているからでしょう。
血がついていない、それにお札もてきとう。
なら、なんでこんなものを作ったのかしら。
お札に人の名前か何かが書かれていれば目的も
手段も明確何でしょうけれど。
「じゃあこれは、一体?」
「藁人形というよりも、目印としての役割って
ことなのかしら」
「でも、こんな広範囲に張り付けてあれば全然
目印としての役割を果たしていないでしょ」
「でも、目は引くわ」
「目を引いても誰も来なきゃね」
そうだったわ、確かここにはもう誰も来ていない
んでしたね。もしかしたら見ていないときに
集会所になっている可能性も示唆しておく必要は
あるわ。
「なら、なんで藁人形なのかな。もっと目印
なら布を張り付けたり。それこそ絵具とかペンキで
木に跡をつけるだけで済むのに」
「うーーーーん」
もしかしたら余計、混乱してしまう情報が手に
入ったのかしらね。これがもし本気で血染めされていたら
明らかに誰かを呪うつもりの所業だと断定できたのに。
ところどころにお札も貼っていない藁人形もいたり、
絵具が付いていなかったりと、明らかに手を抜いている
部分も垣間見える。
でも、藁人形を磔にする行為は徹底的に数をこなす。
「絵具と紙がなくなったとか?」
「ならこんなにまばらに点在してないでしょう」
「それもそっか」
しかもその手抜きを隠すこともなく、一部に固まって
いるわけでもなく、きっちり間隔を持っているもの
だから余計わからない。
マヤの手伝いもあり人形の数を調べてみる。ええと
全部で藁人形は23体。うち血染めのものが11体、お札と
一緒のものが13体。
「まるで数学の問題だね」
冗談じみた笑みを込めてマヤが言う。
さて、血染めでかつお札付きの藁人形は何体いるの
でしょうか? と言われそうだわ。数が意図してか
素数というのも相まって余計それに見えるわ。
にしてもさっきまでびくびくしていたマヤは今や
全然気にせずに藁人形に触れて調べだしている。
慣れって本当に怖いわ。
「しかも、これ藁じゃないし……」
「え」
「ただの枯れた葉の茎で全然藁でも何でもない」
この際、驚きもしないわね。
これを作った人はずいぶんと器用な手を持っていた。
ぐらいしかわからない情報。
「試しにひとつ引き抜いてみたら?」
「ずいぶんと物騒なこと言い出すわね」
「だってロッカちゃんが大丈夫って言ったんだから
大丈夫でしょ」
「それは……そうだけど……」
それとこれは話が違うじゃないの! これでもし
私の目測が違っていて何か悪いことが起きたら……
確か、前に異能部で民家の除霊に出向いたときに
「バランス」が大事なんて話をしたと聞いたから、
そのバランスをたったひとつの行為で崩れてしまえば
どうなるなんて私の裁量では測れないわ。
「それはさすがにミコちゃんに任せるわ」
ズボッ
「とれた」
「大根みたいにとるんじゃない、マヤ!!」
なんでそうも、引けを失くしたら堂々とするの!
こうも「!」をつけてでもツッコむなんて私の性では
ないけど、流石にせざるを得ないでしょ、それは!
「これ持って帰ってミコちゃんに調べてもらうのは」
「ダメダメダメ、ぜっったいしないで」
けど、抜いてしまったのは抜いてしまったのだから
できる限りできることはしておきたい。マヤから釘と
藁人形と、お札(に見えるただのコピー用紙)を
受け取る。マヤが思い切り投げて渡そうとしたけど、
あまりの常軌を逸した行動に静止させることにした。
「本当によくできるわね」
「すごいよね、これって多分ここら辺に生えている
枯れた葉っぱをかき集めて作ってるよ」
「釘は……ずいぶんと古臭いわね」
「これはどこかに刺さっていたものの再利用って感じ」
やはりお札に名前らしいものも書かれていない。
というか一切合切何も書かれてすらいない。手のひら
サイズに切り取られた紙。
……あまりじろじろ見つめるものでもないわね。
それにあまり触りたくないわ。いえ、衛生的に嫌だ
というわけではないんだけど、絵具とはいえ血のように
表現された、いわば「作品」にべたべたと触ると何か
嫌な感覚になるのはわかるでしょう。
グロ画像を見続けさせられた気分……というと
少しオーバーな表現になりそうだけど、まぁベクトルは
そんな感じよ。
「あ、ちょっと待って」
マヤが、携帯を取り出す。
「あー……はいはい。えーっと、すぐ戻る、っと」
「どうかした、マヤ?」
「会長から連絡」
「仕事は終わらせたから大丈夫なはずなんだけど」
「じゃなくて、「異能部」全員が生徒会室に待機
しているんだって」
「えぇ、何で?」
「鍵がないから部室に入れないんだとか」
「あぁ、なるほど」
そうね。部員が急用により部屋を開けるとなれば
"当然"鍵を閉めておくものでしょう。まさか、どうせ
開けているからと、鍵も持たずに外出する部長、
あと副部長なんているんですかねぇ。
「急がないとまずいわね」
「ロッカちゃん気にしすぎだよ。どうせ開かない
っていっても部活はできるし、部室に何か大事な
ものがあるってわけじゃないでしょ」
「あるとしたら、ミコちゃんの巫女服ぐらいかしら。
というよりも、「まかせろ」と言ってドアを
蹴り飛ばしかねない人物が思い当たるのが少し
気がかりなだけで」
「それは確かに、急がないとまずいわね」
私たちはそそくさと撤収用意をしだす。どうせ今回は
視察程度のつもりなのだから、結果が出なくても気に
しないわ。
「それとマヤ、その引き抜いた藁人形そっくりそのまま
戻しておいてね」
「はーい……あれ? どの木だっけ?」
「はぁ、ええと、そこの右の手前の木よ」
「覚えているの?」
「そこだけ藁人形がないでしょ?」
「だからってすぐわかるのはすごいでしょ」
マヤが藁人形の復旧作業をしている間にマヤが
持ってきた作業道具一式をまとめる。使うことは
なかったけれど、このまま放置しておけばまた
「異能部」で調査するときに使えるかもしれない。
「マヤ、これここにそのまま置いておけないかしら」
「不法投棄!」
「あ、わかりました」
法には厳しいのね。霊障には疎いのに。
それに、そうね。ここには仕事で来たわけだけど、
尋ねたからには挨拶の一つはしないといけない。
「マヤ、ちょっといいかしら?」
「?」
「このままお参りしたいのよ」
「あ、わかったー」
……そういえばマヤに私の境遇を話したことあった
かしら。もしかしたら遠い親戚が眠っているとか
そんな生半可な考えをしている可能性があるわね。
だからといって、心配してほしいとはからきし
思っていないのだけれども。あからさまに空返事に
見えたからちょっとそう思っただけで。
「私もお参りしたほうが」
「いえ、それは……」
と、言いかけたところで踵を返す。
「じゃあ、お願いしようかしら」
「うん、やっぱり大事な友達の……えっとー……
おじさん? おばさん?」
どうやら私は伝えていなかったらしい。やはり。
「父と母よ」
「え、あ、それは……」
「いいのよ、誰だってこれを聞いたらそうなるもの」
「ごめn」
「謝らないで。挨拶したいって気持ちがあるだけでも
私は嬉しいし、それで軽蔑なんてしないわ」
なんて言っても、きっとマヤのことだから気にする
んでしょうね。それでも、自分で考えがまとまれば
十分できることをやってくれた、と思ってくれるはず。
当事者である私が言えた話じゃないけれど、まったくの
「他人事」なんですから、これは。
「……」
「……えいっ」
ゴン
「痛い!!」
「そんなにしょぼくれないのマヤ」
「だからってスコップで殴らないでよ!」
「ふふっ……行くわよマヤ」
「あーい」
私たちは元来た道を戻っていく。時間も少しづつ
遅くなりつつあるから、もしかしたらと再び藁人形の
群れに目を映す。やっぱり何もない。本当にこれは
一体何のための儀式なのかしら。儀式なのかも定か
ではないのだけれども。
帰り道は早かった。少しだけ光が灯っている墓地への
道は藁人形を探すよりも楽だったし、それ以上に
ここ数か月でこの地に私がなれたことが大きかった。
いたずらにしてはガチすぎるし、いたずらにしても
あまりに手を抜きすぎている。土地を鑑みても、多分
銅栄高校の生徒のいたずらが有力候補ではあるけど。
「あまり調べられなかったわね」
「仕方ないって、あとはミコちゃんに任せよ」
「そうね」
所詮は私はまだ入部してひと月もたっていない
新入り風情。相方は新入りどころか入ってすらいない。
そんな安物二人にまかせる案件ではなかったと
思うだけ、こころを強く持とう。
「ここよ」
墓地に戻ってきた私たち。さっきの藁人形の森よりも
霊的に不安定な場所。そこに私の両親は眠っている。
眠りから目覚めさせるためにこの地を選んだのは私。
「なんでミコちゃんのところにしなかったの?」
「え」
「だって、あそこのほうが近いし便利だったりする
ものじゃないの?」
「それは……宗派とか色々あるから……
……というのは建前で」
「建前?」
「言い方を悪くしたら"魔が刺した"のよ」
「??????????」
嘘はついていないわ。結末は魔に痛いところを
刺されて入部しただけで。
入部する原因になったのは紛れもなく神前君では
あるけれど、それよりも先に両親の死とそれを払拭
できなかった私自身になるから魔も何もないのだけれど。
いいじゃない、父と母をなくすにはあまりに早すぎる
私のこの喪失感を怠惰と昇華させるのはあまりに
横暴がすぎるでしょう。
「そういえば部活はどうなの?」
「普段通りよ」
「その普段がわからないんだって」
「とってもマヤ、あなたよく部室に来ては遊んでいる
でしょう。そのまんまよ、そのまんま」
「信じたくない事実だったなぁ」
オープンにやってますから。悪い意味で。
「けど、だったら私も入ればよかったなー」
「……いいんじゃないの?」
「ちょっとミコちゃんに私も部員にしてくれるように
頼めないかな」
「ミコちゃんよりも会長相手のほうが難しいわよ。
私の入部条件を知ってるでしょう?」
「……あーーーー、むりだーーーーー」
頑張りなさいとは立場と仕事の量を知っている身として
口が裂けても言えないわね。私は副会長、対してマヤは
書記という立場、プラス英嶺高校の個人情報管理者
筆頭なのだから、普通の生徒会の仕事の倍近くはタスクを
抱えているはずなんですもの。それこそ役割を生徒会である
私や会長に託せばいいものを。と思うけれどそれ以上に、
自分へのプライドがそれをさせていないのも知っている。
だから暗黙の了解で私は何も言わない。尊重の黙認よ。
「会長言ってたよ、変わったって」
「変わったというと?」
「かわいくなったって」
「かっ」
「いや、そんなこと言ってないかも」
「茶化さないで」
「かわいいは言ってないかもしれないけれど、楽しそう
とは言ってたね」
「……事実ですからね、それは」
楽しくなければこんな場所で墓参りをしてないわ。
楽しいから墓参りをするわけではないんでしょうが。
「でも、このまま何もせずに高校生活が終わっちゃいそう
だったよね?」
「あまり言われたくはないわね」
「図星」
そう。私はいわゆる仕事人間。歯車のように回って回って
回り果てて、流れていくはずだった。事実、私は副会長で
あり会長ではない。主人公を立てるモブの立場だったの
だから。
ミコちゃんだったわね確か。この単調な日常を最初に
振り払ったのは。こういう意味でも神前君のあの夜の
セリフは正しかったのかもしれないわね。出会いは秋の
何もない日常でもよかった。だとしたら私の入部した
春はきっと素敵なタイミングだったのかもね。
出会いもあれば別れもある。私たちはひとつ年をとる。
……別れ。
「……」
「どうしたのロッカちゃん」
「……ちょっと戻りましょうか」
「わかった、今じいや呼ぶから待ってて」
「いえ、さっきの藁人形の場所よ」
「え!?」
そうだった。すっかり忘れていた。今は春。
あの"風物詩"の存在を忘れていた。
「もしかしたら、あの藁人形の謎が解けるかもしれない」
「え、本当に? ロッカちゃん流石! やっぱり
副会長たるもの、何でも知ってるんだねー」
「……」
これは答えるべきなのかしら。ちょっと考えた後に
うちの部活なら即答していたはず。だから悪びれる
ことなく、当然のように答えた。
「いえ、あなたが知っているのよマヤ」
悪いけれど私は委員長ポジではないわ。
"こっち"の役のほうが私には似合ってるわ。




