169.うかがおう
変わらず、前回同様語り手は副会長こと加賀音。
話だけを聞くだけにするはずだったが、事態が事態
なので現地に走ることにした。銅栄墓地あたりには
最近、本当にずいぶんとよく訪れるわね。
移動はマヤがいたこともあって、わざわざ車で
送ってもらったこともありかなり楽ができた。
とはいってもここに"日が差している"時に来るのは
初めてかもしれない。それに墓地にばかり用事が
向かうばかりで、一帯の林の奥に進むなんてことは
したことはない。
"藁人形"
呪いの品としてはポピュラーな部類。歴史的には
古代中国から霊的な扱いをされているものなのだとか。
でも、その実は「魔避け」なんですよ。えぇ、勝手に
藁人形=呪われるとセットで思い込んでいるのは、
そのチープに作られた見た目の怖さが助長している
かなり現代的な考え方なのだとか。
実際に、藁人形に限らず人形というのは昔から
人の「代わりに呪われる」ために作られたりと
かなりひどい扱い方をされているのは事実明白。
ウィッカーマンといったかしら? 巨大な人形に
魔除けのための生贄を閉じ込めて人形ごと燃やす
儀式があるぐらいには。……その生贄には、家畜が
選ばれるわけではないんですがね。
「つまり厄払いのためにたくさん作った?」
「わけではないでしょう」
銅栄墓地への道はよく知っている。マヤが後ろで
ひぃひぃ言いながら軽めの山道を登ってくるのが
見える。
「藁人形は本来はくぎで打たれるためのものでは
ないわ。もっと言えば、人の形を模したものに
心臓めがけてくぎを打ちぬく行為自体が常軌を
逸しているのよ」
「へー」
これでも霊や、悪魔のあれこれを勉強はしているの。
自分の体質を知る上でも必要な知識でもありますから。
銅栄墓地にたどり着いた。あとはマヤのナビで
例の藁人形地帯に連れて行ってもらうだけ。
「わら人形がワラワラいる」
「……何か言ったかしら、マヤ?」
「いいえ」
私も思ったから何も言わないわ。少なくとも神前君
ミコちゃんは間髪入れずに、なんなら部室での会話の
最中に言うわね。
「それにしても、なんで私たちのところに依頼が?
ここ、一応銅栄高校の区内になるのに」
「それはもうロッカちゃん、どこの学校にも
オカルト研究部があるわけじゃないから」
「じゃなくて、これって普通は警察に直接依頼する
ものでしょう。名目上は不法投棄や公共の場所を
汚染した、刑事上の罪に問われるはず」
「でも、ここはあくまで墓地が近いだけの山中で
どこの誰がどうしてこんなことをしたのかを
知りたいのはわかるでしょ」
「……ええ、まぁ」
「今回の依頼主はこの銅栄神社のお坊さんなんだけど、
警察に届ける前に、英嶺高校に「異能部」という
除霊専門で動いてくれる部活があるってことを
聞きつけて依頼してきたの。で、いきなりの出来事で
対処が困ってるのも事実。だからほんとは……」
「あぁ、御前神宮にね」
「そ、あったりー。ミコちゃんがいるから依頼した
ってことが一番大きいかな。「最高クラスの除霊」を
「部活動の名目」で「実質無料」で受けられるなら
頼むだけの価値はあるって感じ」
「便利屋もいいところね」
ずいぶんとなめられたものね、私たち。
「便利なのは、人柄としていいわ……それに、この
一件も私が視察に来ただけだから」
「ミコちゃんがやっぱり本筋ってこと?」
「そうよ、そうやって部は動かしているんですもの」
神前君の裏工作は……黙っておきましょう。
本人も望んでいない上に、同じことを言うわきっと。
「だから見るだけよ、見るだけ」
ふぅんとそっけなくマヤはうなづく。興味がない
わけではなく、目的地に行きつくために藪と格闘
している。がっさがっさ人が行くはずのないところを
掻き分けて進む。ナビゲーションを頼んだ私は楽を
して申し訳ない気がする。
これを予期していてか、マヤはきっちりと軍手や
スコップ、果てにはジャージまで装備している。
私はこんなことになろうとは思ってないもの。ごく
普通の制服のままよ。
藪を超えたら明らかに人の気配がしない空間に
なった。昼過ぎの明るい時間だとはいえ不気味。
「こんな場所、普通はいかないわね。確かに異常が
起きても持ち主が気づかないわけだわ」
「ってわけじゃないわよ」
「そうなの?」
「それが、理由でもあるんだけど……
ここって銅栄高校が近いでしょ。だから、その
そこの高校ってけっこう……えーと、ヤンチャな
人たちが多いんだよね」
「言葉を選んだわね」
その手の話は会長はおろか、その問題の干渉者である
義堂君からも聞いているわ。そんなにずいぶんとわざと
らしくぼかさなくてもわかるわよ。
「だから、誰も来ないことをいいことに、たむろして
いたりと前から迷惑にしていたんだって。
それで、住職が時々墓地以外にも山中を見回る
ようにして」
「そしたら例の藁人形を見つけたってことね」
「そう」
逆に言えばそれのおかげで、ヤンチャな奴らどころか
誰も近寄りすらしなくなったけどね。と、皮肉じみて
にやっと付け足す。
「それなら、いつその藁人形が現れたのかもわかって
ないのかしら」
「さすがにわからない。ただ話を聞く限り一週間に一回は
見回っているって言ってたはずだから……せいぜい
ずっとひと月も放置はなさそうだけど」
「……そんな場所に今から行くんだけど、大丈夫なの
かしら私たち」
「大丈夫でしょ、だってロッカちゃん。ミコちゃんに色々
してもらったんでしょ」
「……そうだけど」
私が部活に入るにあたって、唯一と言っていい条件が
提示されたんだけど、それが「御前神宮に来ること」
だった。一体なにをさせられるかと思いきや、ずいぶんと
強固なお祓いをしてくれたのだった。前に神前君対策で
お札をもらいにいったことがあったけれど、それよりも
強いものを受けることになるとはね。
そうはいっても、危ないものは危ない。
鎧を着て、意味なく自ら槍に突撃するようなものよ。
「一応、住職の困りの種はなくなったんだけど、これは
これで困っているから、できるものなら早くはずして
しまいたいんだって。でも、勝手にはずしたら何が
あるかわかったものじゃないし」
「でも、聞いたところ外すのは難しいかもね」
「なんで?」
「だって、何個もあるんでしょ。それをひとつひとつ
大丈夫か大丈夫じゃないかを確認しながらはずすのは
現実的じゃないわ」
「? ひとつ大丈夫だったら全部大丈夫とかないの?」
「それだったら、こんなに"流行ら"ないわよ」
「流行り?」
それは後で話すわ。
そうして5分ほど木の葉生い茂る道なき道を歩いて
いた私たちの目的の場所にたどり着いた。
「……うわぁ」
「……思ったより、壮観ね」
「ロ、ロッカちゃん冷ー静ー」
本当にイメージ通り、マヤから聞いた通りの光景が
そこに広がっていた。
普通の山中の光景の一部に溶け込むように、木に
藁人形が飾ってある。木目とかぶって見づらいとはいえ
ナチュラリズムな山の風景に、不気味な人工物が
添えてあるのは目立って仕方がない。
それが、数多とあれば余計。
「す、すごい」
「けど、安全よ」
「えぇ……わかるの……?」
「……ええ、そんな気がするわ」
「ミコちゃん家パワーすご」
ミコちゃんは関係ないんですけどね。完全な私の
オリジナルスキルよ、これは。
安全。誰もいないんですもの。
そう、霊すらもいない。
「でも、危なくなることもあるから急いで調べる必要は
あるんだけど……」
「危なくなるの!?」
「それは、運が悪かったら、ね」
藁人形に呪いをかけるだけの力はあるのか。
と、聞かれたら私は違うと答える。理由は当然、さっき
説明した通り、人形とは比較的神聖なものとして扱われる
背景があるからよ。たとえ、人に見立てて釘を打ち付けた
としても、そこに「呪い」と呼べるだけの負の影響が
生まれるかと言われると難しい。
「じゃあ運が悪いとどうなるの? 人形が襲ってくるとか」
「確かにそれは怖いわね。でも、そうじゃないわ。人形が
悪いことを引き起こすと思われがちだけど、この手の
呪いが最も起因するのは「行動」よ」
「行動?」
「そう、「人形を釘で磔にする」ことが原因になりかね
ないのよ。もし、人形だけが原因であれば、不憫に
扱われているわんぱくな小学生の家のぬいぐるみは
いったいどれだけの呪いを蓄積しているのかしら」
「た、確かに」
「問題なのはその行動に「呪う」だけの十分な意思が
あるかどうかにかかわるのよ」
「てことは、この量の藁人形は明らかにまずいんじゃ」
「それは違うわ。打ち付ける行動を複数回行うんだから
本来持っている恨みつらみは分散するのよ。そんな
欲張りに呪うことなんてできないわ」
悪魔には悪魔の、呪いには呪いの限界値がある。
私とマヤは藁人形の林道を歩きながら、あたりを
見回す。マヤはほんの少しだけびくびくしながら
私の後ろをついてくる。
怖い。よりかは不気味が勝っている様子。
「ってことは、外してもいいんじゃ……」
「でも、一つの藁人形にその怨念が詰まっていたら……」
「じゃあ、どうするのよ!」
「私たちじゃどうしようもないわ。ミコちゃん、あとは
御前神宮の皆さんに頼るしかないわよ、そんな」
専門家ではないので。
「今のところは安全だけど……」
やはり数が数。何が起こるかわからないのか正直よ。
それに、聞いていた話と明らかに違うのが一点。
「それで、これは……?」
「そう、作り方が違うのよ」
私はひとつの藁人形に近づく。そして触れようとする。
その行動にマヤは「ダメ!」と大きな声で止めようとして
くれたけど、触れるつもりはないわ。安心して。ただ
近くで見たかっただけよ。
その藁人形には丁寧にも「お札」らしきものと一緒に
釘が刺さっている。他の藁人形にも似たようなお札が
張り付けてあるけど。この藁人形は……
「……」
「何かわかるの?」
「……血?」
「えっ!!!?」
「いえ、違うわね。これ、絵具よ」




