159.次は当てよう
「……」
「……」
そっと話し終えた俺が副会長をにらむ、実際は
にらんでいるつもりはなかったがついそうして
しまった。
「これが俺で、俺が副会長、あんたを助けたくない
理由のすべてだ」
「……」
本来はここで手を出したことに対する詫びをする
べきなのだろうが、真摯にそれを受け取っている
様子に俺は続ける。
「あんたは悪魔をなにか人を救う特別な存在だと
思っているが、そうじゃない。もっと暗くて昏く、
孤独なものだ。それをやすやすと引き受けるほど
俺はニンゲンではないんだ。
ここに神はいない。まして墓地で願い事など
もってのほかだ。
副会長、あんたさっき俺のことを家族を失くす
苦しさを知らないと言ったな。……ふっ、あぁ
間違っていない、その通り俺にはもう失うことの
痛みもない。忘れたというと語弊があるな」
「……あなたはもっとできることがあったはz」
「あったよ。あぁ、きっとあった。でも今はない。
俺は今よりずっと若かった。それだけで自分が
やろうとしていることの重さも痛みも知らなかった
ただの悪ガキでしかないよ。
だからこそ俺はお前にはそうなるなと言うんだ。
俺とお前は似ているんだ。
もう此処にない物にすがってばかりで、
見たくもないものが見えて、
世話の焼ける相棒がいて、
どうしようもなく救われないのが、あまりに
苦しく、自分を見ているみたいで気持ちが悪い。
また俺も、お前は間違うのだろうなと思えて
しまって仕方がないんだ。だが副会長あんたは
「俺」じゃない。今はもう2000年を過ぎたんだ。
もっとできることがあるはずだ。それを全て
投げうってやることが、悪魔に願うなんて悲劇は
見たくないんだ」
頼むよ、俺に副会長は救えないんだ。
救いすら救われないなんて嫌なんだ。
俺は年を取りすぎたのかもしれない。そんなの
パッと眷属にしてしまって、悪魔らしく自分の
ものにしてしまえばいいのだろうが、俺には
どうしてもそれができない。そいつをしたときが
ヒトとしての俺、神前 滉樹が終わるときなんだと
思っている。大人じみた下卑た考えなんだろうな、
きっとこれは。
「俺からはできることはない」
ごめんな、と言った。倒れたままで圧倒された
ままの副会長に手をやっと伸ばす。そして手を
引いて立ち上がらせる。これくらいの優しさを
見せないと男が廃るだろう?
そしてもう一度、ごめんとつぶやいた。これは
殴ったことへの思い出し謝りだ。タイミングが
誤りだろうが、今しか言えるポイントがないから
仕方がない。
「私は……」
「副会長、あんたは強いよ。友達を救うために
安直に悪手をとった俺と比べたらな。それに
きっとここで必要なのは俺なんかじゃない」
「?」
「あのとき……あの時の俺は友達を信じられ
なかったんだ。だから、俺は信じてしまったら
いけないものにすがったんだぜ。けどそれだけが
あの時の俺と違う。
救ってくれる誰かが要る。
いや、もういるだろ。
お前は一人じゃない。
人を救うのは悪魔や神、ましてやマザーテレサ
なんかじゃない、”人”が救うしかないんだ」
俺はふっと笑って見せた。やはり俺は立派な悪魔に
なんかなれやしないなやはり。こんなセリフを言う
なんて悪魔の端くれにも置けない。
俺は持ってきていたミコンを開く。今度は隠さず
あえて副会長に見せるように開いて見せた。
「***********************」
「"具現召喚・デリトー"」
これでもう終わりにしようか。俺はずいぶんと
話過ぎた。やっぱり俺は物語の主人公にはめっぽう
向いてないねぇ。そしてまた俺は、二回目の
死ぬとは違う、ハッピーエンドを迎えるのか。
「主様」
「どうだ調子は?」
「問題ありません、今すぐにでも動けますよ」
「こいつは俺の眷属"デリトー"だ。文字通り
記憶を"消す"悪魔」
「左様」
「副会長、見えているだろう? 俺が今から
何をするかはもうわかるよな?」
だから、
「だから"デリトー"、今度は当てろよ」
「もちろんですとも」
副会長は黙ったままだった。言い返すことが
できないわけでもなさそうではあるが、あえて
言わないんだろうな。どうせ”忘れる”のだから
今引き留めて話したとしてもそれは忘却の彼方の
知らない知らないお話に過ぎないのだから。
まったく、今気が付いたよ。さっきから
感じていたこの既視感がなんだろうなとずっと
気になっていたんだが、これは俺の30年前と
一緒だな。
死ぬためにここにいるように佇む姿。
それを悔やまず覚悟の塊のように凛と佇む姿。
こいつばかしはあの時見た炎の揺らめきよりも
比べ物にならないくらい儚くも滾り続けて美しいな。
やはり、ヒトは素晴らしい。
シュッ!
ザシュッ!!!!!!!!!!
「えっ」
「これでいいんですね、我が主」
「あぁ、外さなかったな」
"デリトー"は副会長に向かって走った。そして
その勢いそのままで右手を平にして五本指で貫く。
副会長は、前のように体術の限りを尽くして
抵抗する様子もなかった。
が、貫いたのは副会長ではない。
その後ろの霊だった。
「はぁーーーー、そりゃあここは霊の穴場なんだ
ろうがさすがに、たかりすぎだろこいつら!!」
「仕方ありません、マスターという強大な力の
持ち主が長く滞在すれば、吸い寄せられるもの
でしょう。で・す・が! 私のマスターに
指一本触れさせませぬよぉ!
この"デリトー"が!」
「いや、それだけじゃないな。副会長もその強大な
ちからのひとつなんだろうな。"デリトー"俺の
ことはいい。あの女を守ってくれ」
「ニンゲン風情を守るとは、ずいぶんと悪魔らしく
ないです、ガッ! それでこそ主たる風格!!」
副会長はあっけらかんとしている。そりゃ
そうだ。記憶を消されると思っていたのだから。
俺たちが長話をしているこの場所は何を隠そう
墓地だ、それもちゃんと整備のされていない。
そんな場所に霊感最強と悪魔本人がのんきに
立ち話しているし、片方は殴られているぐらい
には喧嘩しているとなればそれ以外の事象に
「油断」している。
当然、こうなる。
「ど、どうして」
「理由はあとでいい! ここから離れろ!!
俺は悪魔なんだからこのくらいどうってこt」
あっ! 副会長が俺の背中を見て声を挙げた。
幽霊が俺のことを襲おうとしているのだろうが
これは違うな。それならもっと「危ない」みたいな
顔をしてくれるはずだ。表情が読みにくいとしても
それくらいは感覚でわかるが、その表情は違う。
明らかに「憂い」だ。
くるっ
「ぅあ”ああああああああ!!!」
ズシャァッ!!!!!!
ふうっ! と一息吐き出す。
所詮、相手は霊であり存在がないのだから
貫いた手に感覚はない。"デリトー"のように
広げた手で刺し殺した霊を見ても、特に何もなく
空を切った感覚しか残っていない。
俺は副会長のほうを見ずに言う。見なくても
何を言わんとしているかなんて想定が付く。
俺が今、貫いた霊だったものは副会長の。
……いや、皆まで言うまい。
「副会長、人は死ぬんだ。死ぬことそれ自体は
悲しいことであり、つらいことでもある。それは
避けられないし、それがいつかはわからない。
だがそれを後悔して生きるのは違う。お前は
すべてを失ったわけじゃないだろ!
弟もいる!!
ミコも、義堂も、会長も、マヤも!!!
まだ家族が!!! 仲間がいるだろ!!」
それだけが、たったそれだけが俺と違う!!!
後悔してばかりで、生きている奴らに顔を合わせる
義理なんてあるわけがない。それこそ文字通り
魔が差したとしても、それは俺の裁量ではない。
だからここで、目の前で殺した。
2度目の死を、ここでさせた。
「もう楽にさせてやれよ、辛さがわかるだろ?
"見える"のならな」
「……
神前君、あなたは本当に何者なんですか」
「悪魔だよ、半分は人だけどな」
やっとアンサーを出したよその問いに。
再び俺は前を向く。前にはきっちり俺たちに
標準を合わせた魑魅魍魎たちがわんさか。だが
こんな実態のない連中が束になって突っかかって
来てもまったく怖くない。とはいえ副会長も先日の
"デリトー"との戦いを見る限りは別段襲われても
問題はなさそうだが、あれは御前印の札があった
からというのもある。様子を見る限り、今日は
持ってきていないようだ。まぁ、俺に悪魔の力を
使わせることが目的なんだから、魔よけなんて
不躾なものを携えていては邪魔になるだけか。
「"デリトー"たのんだ」
「承知!」
"デリトー"は副会長を霊からかばうようにさっと
前に出る。そういう紳士的な行動だけはほんとに
うまいなコイツ。それを確認したミコンを手に取り、
ペラペラとめくっていく。辞書を引くみたいな
感じではなく、もっと風にあおられて紙が暴れる
ように盛大にめくる。
「*******************!!!!!」
「"憑依召喚"!!!!!」
「"ふくかいちょう"と申しましたかお嬢さん。
あまりあの様子を見ると気に障りますよ」
「えっ、あぁ、ありがとうございます……」
「があああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
これ以上、誰も救わない。いや、救えない。
救えないならば、ここの生ける者たちを
俺が殺すしかない。
それが、俺に今できる唯一の「救い方」だ。
「あー、こりゃあなぁんかよぅわからんことに
なっちまってんなぁ」
「おぉ、"ヴァンダー"様、ずいぶんと久しぶり
じゃありませんか」
「いやぁ、あんたとはちょっと前に会ってるよ」
「おや、そうでしたか?」
「あぁ、ありゃ私が勝手に"視"ただけだったか
……で、嬢ちゃんこそ久しいじゃないか」
「……はい、お久しぶりです……と言いますか」
「嬉しいねぇ。マスターと話すこたぁあっても
生身の人間と話すのははじめてなんでね。
こう見えてちょいと緊張してるんだ、よろしく」
久しぶり、あの夜に視られているからな。
「で、なんでマスターが戦ってんだい?」
「カクカク」
「あー、そんだけ言ってくれりゃもうわかりますわ。
まー、そんなんでしょうなと思ってましたよ」
「シカジカまで言わせないんですか!」
「で、マスターっぽいねぇ
私たちに"これ"をやらせないのは」
副会長は"これ"の意味をすぐにはわからなかった
が、"この"暴虐の限りを尽くす人の成す行為とは
実に形容しがたい光景に目をやった"ヴァンダー"を
見て、やっと気が付いた。
「不思議に思わないかい? こんなことは
私たち眷属にやらせりゃいいのに、と」
「……はい」
「それが、マスターなんだから見守ってな。
見た感じ嬢ちゃんもいいとこ働けそうな
感じはするけど……加勢はやめときな。
どうせ、そーゆー気分でもないやろ」
あの程度なら大丈夫よ。と付け足す。確かに
こちらにも向かっていた霊も今となっては惹かれる
ように、引き裂かれるために飛んでいく。悪魔
二人も暇そうにあくびなんかする始末。
「我が主はそれが好きなんですよ。悪魔としては
ふさわしくはないんですがね」
「そ、マスターはあー言ってる体でどうしても人間
らしいんとこがある。
だから、私がいる。私たちのためにいる。
あんだけの過去があったんだ。失うことはもう
したくないし、失わせることができないんだ。
だから時々迷える霊や悪魔を眷属にしたりするん
だけど、そいつはまぁレアケースっちゅうやつで、
人の"苦しむ"姿を見ることが嫌いなんよ」
「悪魔ですがね」
「はは、だから面白んだろ。だから見境なく救う、
救えないものは、無理矢理に救う。ああやってね。
あぁ、あんだけの眷属がいりゃどれだけマスターが
すごいことになってることだか」
「だから七不思議を解決していたのですね」
「? 七不思議?」
「はい、今学校で起きている怪奇現象を解決している
のですが、その話を聞けば理解できます」
「ははー、そりゃ面白いことしてんねぇマスター」
その一つに私がいたんですがね。と"デリトー"が
割り込んできた。
「まったく、そんなことしても何にもならないんよ。
どうにも過去にすがんな、仲間がいるとか言ってた
らしいけど、
私からしちゃ、そりゃマスターもなんだよね。
過去に囚われて、人だった時にできなかったこと
悪魔として為すべきことよりも、苦境を救うことを
考える。まるで身を滅ぼしながら、その灰塵を恵まれ
ない人間に分け与えてる。仲間も所詮私たちだけよ。
なんか最近「ブカツ」とやらで増えたらしいが、
悪魔だという分厚い壁で隔てたまんまだろうね」
「いえ、そんなことはありません。神前君、あなた方の
マスターはずっと素晴らしい人だと思っています」
「お、うれしいことを言ってくれるねぇ」
自分のことのように嬉しいよ。眷属なんだから
自分のことと同義何だろうけどね。
「それに、
あの邪知暴虐のあの姿を見ながらまだ「人」と
言えるんだ。よほど嬢ちゃんはマスターを信用
しているんだねぇ。
いいニンゲンを持ったものだ」
似た者同士は惹かれ合うって言ったか? どうにも
さっきマスターがそう言っていたんだろう?
そのマスターはたった一人、闇夜に立っていた。
しつこく襲ってくる霊をすべて、殺したようだ。
殺したというと語弊があるな。浄化させたとでも……
いや、浄化だと天国行きみたいなイメージがつくし、
まぁいいや「殺した」で。二度目の死を迎えさせた。
この表現で正しい。
その背中はやはり人にしか見えない。悪魔のように
角も羽根もなければ、尾を生やした半獣でもない。
どうしても悪に成り切れない、成り損ないでしか
なれない悲しい背中があった。
「ああ見えて、マスターは弱い。眷属がいなければ
崩れる諸刃の剣であって、その眷属ですら歯向かう
ことができる程度には貧弱。まぁ、私たちも
その一部ではあるが、何かがあればもう悪魔にも
なれなければ人にもなれない。どうしようもない
ところまで来てしまった存在、それが"アレ"だ」
「……神前君」
「所詮、私も傍観者よ。誰も救えない。悪魔は悪魔
にも救えないし、救いすらも救いにならない。
けど、嬢ちゃんはきっと助けになる。
「悪に人は救えないし、人に悪は救えない」
マスターは"まだかろうじて"人であれる。
「人なら人を救える」はずだろう?
……と"デリトー"言ってたよな?」
「言ってませんよ、それはマスターがいつも
言ってるセリフですな」
「ありゃ、そうだったか」
だから、悪魔の端くれの端くれの私たちからの
願いとでも受け取ってくれ。
よろしく、と。




