155.もっと俺を語ろう
今日は静かだった。
タケちゃんがうちに来ないからだ。
毎度「来い」と命じているわけではないから
来なくても別段不思議ではなかった。時々
タケちゃん自身も気分で一人で登校したり
別の友達と向かったりしているから余計。
「あれ」
来るまで待ってみるか、とは思ったものの
時間もかなりギリギリまで待っていたし、この
ままだと遅刻は免れない。一応、カバンさえ
背負えばすぐにでも出れるように準備をして
あったから、何の滞りなく外に出る。
朝が昨日からかなり冷え込んで都合、手の先と
足の先の感覚が弱い。今、急にスタンディング
オベーションを決めて走り出せば、力なく
前転をコンクリートの上にかますことになる。
それでも昨日のあの散乱したゴミ山を見ない
ふりをした俺にとっては、征く道を急がせる
理由に十二分にある。
冷え込む道を早くもできないとぼとぼとした
小走りで学校へ急ぐ。そしてなんとも何事もなく
学校に辿り着く。いつも大回りだったり、何かしら
時間を食うことばかりやっているからこんなに
学校が近くに感じたことなんてこれがはじめて
なのかもな。
先にタケちゃんがいるかもしれない。
そんなわけはなかった。どころかタケちゃんは
学校にすら今日は来なかった。あの元気で風邪や
休みなんて言葉が似合わない男が休んだとなれば
学校内(主に俺のクラス)で朝の大きくて小さな
ニュースになってもおかしくはない。
タケちゃんなら風邪で休むはずはない。ましては
学校が嫌だから来ないなんて泣き言をいうはずもない。
だとしたら昨日の名無しの誰かに聞けばいい。
その時の俺はどこか変な正義感にたかられていた
のだろう。普段、あまりアグレッシブな動きをしない
俺は学校についてタケちゃんの不在を確認したと
同時に隣のクラスに突撃した。が、残念ながら
目的のヤツはいなかった。確かに俺が学校に来た
時間は他と比べたら早く、教室の中はぽつぽつと
知らない女子と俺みたいによくわからない手遊びを
隅のほうでちまちまとやっている男子ぐらいしか
いない。
また来るか。そう思い教室に戻る。またどうせ
いつもみたいにタケちゃんが何気ない顔で「よう」
とでも言って教室で待ってるかもしれないからな。
ま、実現はしなかったが。
……
今日はずいぶんと気持ちが悪い。
体調的にではない。いつもの読書の時間、
いつもの朝の会、いつものつまらない算数の授業、
いつもの長休み、いつものにぎやかな給食の時間、
全てが全て、どうにも気色が悪く思える。
もちろんいつものテンションアップグレーダー
であるタケちゃんがいないからっていうのがなんだ
かんだ一番大きい理由になるとは思うが……
「昨日」
「駄菓子屋」
「万引き」
そして「タケちゃん」
このワードがひそひそとクラスの中で陰湿に
ぐるぐると回り続けているのだ。
「そんなわけはない。タケちゃんはそんなこと
するはずない。するわけがない」
仮にあの余剰にあった駄菓子の袋を見てしまった
としても俺はそういうつもりだった。タケちゃんが
そんな下賤な真似をするなんて信じられないし、
ただただ俺がひねくれているから、そんな根も葉も
ない噂に乗っかりたくなかったのが理由。
とはいうが、本心はそんなところになんぞない。
もし仮にタケちゃんが本当にしたのなら……
それを思っただけで怖くなったのだ。そいつを
考えることから逃げ出しただけにしか過ぎない。
「まさかタケちゃんが……」
「そんなわけはない」とは言えない。
「休んだってことは……あと噂で……」
「所詮は噂だろうが」なんて言えない。
「***、***」
「俺の名前を呼ぶな、俺はなにm」
「おい***、どうした?」
「え」
ゲシッ いたっ
頭を板のようなファイルで殴られた。平で
殴られたのが救いだな。縦で殴られた”いたっ”
じゃセリフはすまない。
周囲から笑い声が聞こえる。隣の席の名前の
知らない女子が俺の国語の教科書の一文を指さす。
「あ、えーと。「○○は○○と……。」」
そう答えると前の席の男子が次の文を読みだした。
あー、完全にぼーーっとしていたな。今は国語の
読みの時間か。
「あとで***、職員室に来るように」
「え!?」
うっそだぁ! 一回読みすっ飛ばしただけで
職員室に呼び出されるんですかぁ!!?
再びクラスに笑い声が挙がる。ここまで
笑いものにされると、さすがに腹が立ってくる。
度々タケちゃんなんかは呼び出されているから
別にこんなことで笑われたりはしないんだけど
俺は一応、”品行方正”を保っているわけだから
たった”こんなこと”で職員室に呼ばれたら
笑うに決まってるよな。
が、職員室で聞かれたことはまったくの
想定外の事だった。
「タケについてなんか知らないか?」
「え」
「いや、タケと一番よくいるから昨日だったり
なんか珍しいことでもあったかとな」
珍しいこと。
「……いや、なにもない、です」
「そうか」
そういって俺を教室に返した。
「……」
「……? どうした」
「そういえばタケちゃんは今日はお休みなのって」
「あぁ、さっき連絡があったけど”カゼ”だと」
あぁ、なーんだ、ただの”カゼ”……か……?
「ま、そんなことで休むとも思わないからなぁ。
俺もずいぶんとタケの面倒見てるからわかるが。
だから***、お前ならなんか知ってんじゃないか
ってな」
「……」
俺はそのまま振り向いて再び先生に聞く。
「それって”万引き”と関係は?」
「それは言えない」
「あ、はい」
絶対万引きと絡んでいるはずだ。だがなんで先生は
答えてくれねぇんだよ。と、このときは腹が立ったが
大人になった今になってその意味が分るようになった。
俺はタケちゃんを守るがために黙秘した。
________
そのまま午後の授業に入り、その間の休み時間のこと。
ふと偶然、職員室から出てきて教室に帰るところだろう
廊下の先に”二人”を見つけたのだ。
名前が出ない三人組の一人と「マコト」だ。
そいつらを見なかったら朝っぱらにわざわざ隣のクラスに
突撃したことすら忘れていた。すぐさま朝の要件を話そうと
廊下をかけるが、こういう場合どうやって話しかければ
いいのだろうか。何分、こういった誰かに「話しかけ
なければならない」状況に陥った事態が一切としてない
この数年、しかも「尊厳」にかかわりかねない大きな
話題をほとんど見ず知らずの人間と話すとなると
余計に難しい。
「やぁ! そういえばタケちゃんは……」
なんて陽気に話しかけれるだけの度胸はないし
もっともそんな陽気な話題ではないことも重々
承知の上だ。
「まっ、マコトー」
なんともまぁ、いかにも呼びなれていない感が
出てしまったがそれに気が付いてマコトがこちらを
振り返った。そのままこちらに向かってくる仕草を
見せたが
「いいや」
と言わんばかりにもう一人がマコトの手を掴み
首を振った。そしてなんとも言えない顔つきで
俺を無視してその場を去っていった。
「あ、ちょっと待て」
とは止めなかった。単純に今は休み時間であって
放課後ではない。もしかしたら次の授業が始まる
から急いでいるのかもしれないし、ここでマコトを
言いとめたところで俺のこの感情が解決するとまで
思ってもいない。
半面、止めるだけの勇気がなかったのもある。
とりあえず、マコトには何かがある。マコトに
限らずマコトを含めた昨日の三人組、そしてタケ
ちゃんには後ろめたい何かがあると……思う。
職員室から出てきた以上、俺と同じような話を
してきたのだろう。その時に先生に何を話した
のかなんてわかるはずもないし、俺のように
知らないふりをしたのかもしれない。
放課後にでもまた聞き出せばいい。ちょうど
明日は土曜日、魅惑の週末だ。いくらでも時間はある。
と思っていた矢先、放課後に俺のもとにあちらから
やってきたのだ。また俺からアプローチをかけなくては
ならないのだろうなと半々嫌々になっていたところに
向こうから来てくれたのは正直ありがたかった。
放課後に隣の教室に向かったときにはあいつらは
すでに教室から出て行ったあとで、また外したと
思い、教室から校門に目をやったときに校門で
待っている二人を見つけたのだ。
俺を待っている。根拠はないがそんな気がした。
そのままついて行くように昨日と同じ道をたどって
「例の場所」に向かう。今日ばかしはかき分ける草木が
霜でしけって体中が冷たい。
「えーと」
もう一人の名前がわからないほうがしゃべりだす。
俺にはわかる。こいつは俺の名前を知らないんだ。
「お、お前……先生になんか言ったのか??」
「ううん何にも言ってないよ」
事実。俺は何も言っていないし、何も知らない。
逆にそっち側が何かあったみたいな素振りをするのか。
「それとタケちゃんに何かあったの?」
「風邪だって」
「そっか」
「というか、さっき先生と話してただろ! ほんとに
何にも言ってないのか!?」
「だかてなにもわからないって」
「嘘だ! さっき先生から怒られたんだぞ! 昨日
お前たちがあそこの駄菓子屋でものを盗んだって!」
「知らないってだから!!」
それはさすがに傲慢すぎる。そんな剣幕で俺をまくし
たてても何も出てこないぞ。
「僕たちはしてないからな! タケが……」
「タケちゃんが?」
「おい!!」
マコトがそっと後ろで止める。
「ちょ、タケちゃんがなんだって!?」
「違う! 僕は何にも知らない!!」
「だからタケちゃんがどうしたって!!!?」
聞き捨てならない、ならなすぎるぞその台詞は。
「大丈夫だって! 何でもないから!」
「なんでもないってどういうことだよ」
俺の質問には答える気がないのかこいつらは。
「だからもういいんだって」
「いいわけないだろ!」
「僕たちのことを責めるなよ!」
「せめてない! じゃあ直接先生に聞いてくr」
この場を去ろうとする俺の服をがっちりと掴み
食い止める。服が伸びるからやめてくれ。
マコトも一つしかない入口の前に塞ぎかかる
ように立っている。ここからは弁解しない限り
出られないのか。
俺自身、真実を知るまで出るつもりもないが。
「ふざけんなよ! また僕たちのこと言うつもり
なんだろ!」
「だから何にも知らないって!」
「うるさい! 全部タケが悪いんだからな!」
「……タケちゃんが?」
ダウト
そんなはずはない。ないよな。
「……マコト、どういうこと」
「……」
「まさか、タケちゃんが……?」
「……」
いまだに俺の服は拘束されたまま。身動きがうまく
できない状況でマコトに近づくことができない。
「……盗んだのはほんとう。だけど……
だけど……
タケだけはやってなくて……
僕とユウヤがやったんだ……
だけど……」
だけれども。
「そのことがばれて……
全部、タケがやったことだって言ったんだ。
お菓子を盗んだのも僕たちじゃなくてタケが
やったっt」
グシャッ!!
!!!
俺の体は動かない。
だが腕は伸びる。
そしてその腕は黙ってられなかった。
マコトのほほにどす黒い痣が浮き出る。そのほほを
抑える間もなく小石だらけの地面に倒れこんだ。
先のとがった小石が体に刺さりつけ、痛々しくも
見える。
「いっっ!!」
「マコト! おい! お前なにしt」
俺を抑えていたコイツ、ユウヤは俺の服を
引き付ける。が、加減をしているのか今の俺に
とっては締め上げるなんて言葉が似つかわしくない
ほどに弱弱しかった。このまま殴られるだろうとは
わかってはいたが、そんなものはかまわない。
だが、俺の腕がその時も黙らなかった。服を
引かれる勢いそのまま、鼻の下あたりにエルボーが
決まる。俺としてはうっかり守りの体制になって
しまいその時の体制が運悪く鼻にエルボーをする
結果となっただけで済めばよかった。
そんな言い訳はもういい。その時の俺は間違いなく
「殺れる」
そう思った。
「ああっ」
ユウヤは痛いとも言わず、叫びも出さず、ただ
意識が朦朧とした様子で倒れこみこちらを見てきた
だけだ。さっきみたいに止めにかかるような真似は
してこない。
「はっ……はっ……」
俺の周りでは二人が傷を負って倒れている。
これは俺がやったのだ。俺がやってしまったのだ。
「なんで……なんでそんな」
「しっ、仕方なかったんだよ! 怖かったんだ!
あそこで本当のことを言ったr……ゲホッ!」
はっ…… はっ…… はぁっ……
この場で一番困惑しているのは俺だ。この状況が
読み込めない。なんだどうした? どうして俺は
こいつらを殴ってしまった。殴ったところで何が
変わってくれるんだ?
はっ はっ はっ はっ はっ はっ
俺はただ、ただただただタケちゃんを守ろうと
していただけなのにどうしてこんなことになった。
昨日までこんなことになるなんて思ってもいなかった
だろう?
夢
違う。俺の腕がそんな夢をすでにぶち壊している。
こぶしと肘から伝わる、じぃんと広がる鈍い響く
ようなしびれがそのまま足を伝って震えている。
はぁっ
はぁっ
はっ
足がすくみ立っていられない。この場で一番
怖がっているのは今、目の前で倒れている二人の
はずだが、それ以上に俺は「俺」が怖いのだ。
なんでだ。
どうして。
どうして。
どうして。
どうして。
会いたい。
会いたいんだ。
急に会いたくなった。
俺の、僕の、私の、大切な「ヒーロー」に……
タケちゃんに会えばすべてがうまくいく。そんな
気がした。そんなふと頭に浮かんだ空言を鵜呑みにした
俺はマコトとユウヤを見捨てるようにその場を
走り去った。俺のことを止めに来る様子はなかった。
昨日からの寒さで、地面の水たまりに氷が張って
それを踏むたびにパリパリと音が鳴る。そんなのに
かまってなんていられない。俺はただひたすらに
走った。走って走って走って走って、息ができない
ほどに、震えたままの足がもつれかかって転び
そうになるほどに、行き交う人の群れが邪魔で
あっても俺は向かい風の中を走り抜ける。
タケちゃん……
タケちゃん……!!
タケちゃん!!!!




