154.さらに俺を語ろう
「ったく、そんな花もヤワじゃないって」
「花はタケちゃんとは違うからね」
頭のこぶはすっかり忘れている様子だ。それと
今日はもう水やり当番が変わり、タケちゃんは
晴れてお役御免となっている。
「せんせー、さよーなら」
学校中でほほえましくも思える大声がこだまする。
それにしても今日読んだ、異界の本は全く意味が
わからなかったな。一応毎度のようにふりがなで
あったり意味なんかは分かるが、それが何を表さんと
しているかがわからないから、結局のところ
「意味」が分からないままなんだ。
そういうときは「この本は自分とは合わない」と
割り切って、ちゃっちゃと屋根裏にしまい込む。
よく耳にするセリフではあるが”いつか分かる”
その”いつか”が来たらまた読んでみるさ。まだ
読めていない本はあの屋根裏にはたくさんとは言わず
ともある。
「どうした! 元気なさそうだな!」
「タケちゃんは元気そうだね」
「だって放課後だぜ。これから遊ぶんだから」
いつからだろうな。こんな若々しくはしゃいで
遊ぼうとやすやすということが難しくなったのは。
思い出すだけで頭と胸が痛くなるよ。
「タケー」
「あ、マコト!」
この呼び声は先生ではない。隣のクラスのやつだ。
声だけは聴いたことはあるが、直接的な絡みがない
人物だった。
もとより俺は今の言葉で語る「陰キャ」のカテゴリに
付随する存在だ。そんなわざわざ隣のクラスにまで
友達の脈を伸ばそうだなんて思ってもいない。が、
それでも前は同じクラスだったとか何かしらで同じ
グループだったやつらは俺を見かけるたびに「おはよう」
であったりのアプローチをしてきてはくれる。
当然、俺からはしない。時まれに気分でするぐらい。
「そうだ***、お前も来るか?」
「へ?どこに?」
今日はどこか行くなんて話は聞いていない。というか
毎日が冒険のようだから、毎日「どこか」には行っては
いるし、そこまで驚くことではない。
タケちゃんは太りに太ったランドセルの一番小さな
ポケットに手を伸ばす。そこからジャラジャラとよく
耳にする金と金がぶつかる音とともに安っぽい布の
小さめの袋が出てきた。
「あ、タケt」
「しーっつ! 先生にばれるだろ」
「あ、ごめん」
校則に「お金は必要なときだけ」って書いてある。
必要なときというのは給食費だったりの諸経費を持ってくる
ときに先生が指示したときを指すのだろう。やっぱり
この時代背景あるあるになってしまうが、
「せんせー、○○くんのきゅうしょくひがありませーん」
と帰りの会で大騒ぎになるなんてのは常套句の一種
だろう。そんなこともあってこんな校則ができて
もし間違って持ってきたり、どうしてもお金が必要な状況
なら先生に預けて、帰り際に返してもらうのがセオリー
だった。
なら今この場で見つかってもすぐに返してくれるのでは?
と思うが、これまた時代背景。そんな校則を違反した人から
没収したものを反省文なしに返してくれるはずがない。
それにタケちゃんは反省文がニガテだ。前に一度近所の
川に飛び込んだ時も書いていたが、その時は親含みで
3時間かけて一枚書き終えたという武勇伝(?)もある。
そのときも先生があまりにしびれを切らして完成を諦め、
釈放したぐらいだし、次があるとも思えない。
俺とタケちゃん、それとマコト……だったか? あと
後ろにいた2人がせかすように教室を出る。その二人も
俺は知らない。
「せんせー! さよならー!!」
「「さよならーーー!!!!」」
「気を付けてね」
廊下で先生が歩いていた。それに会釈とあいさつを
してダッシュで玄関に向かう。タケちゃんを先頭に置き
後にマコト含め、二人と何を急いでいるのか見当つかずの
俺が後ろについて廊下を突っ走る。
廊下の奥で「走るなー!」とふと聞こえたが
そんなたわごとを気になどはしない。
「さよーならー」
「はい、さようなら。まっすぐ帰るんだよ」
玄関を抜け、上靴から外靴に履き替える。校門には
いつものように先生が立って見送っている。それに
俺たちは元気よくあいさつを決め、さっそとその場を
抜ける。
「よし」
タケちゃんがつぶやく。校舎を出てすぐの曲がり角を
曲がり、そこをさらに曲がり民家と民家の隙間に入る。
さらにそこから手入れのなっていない茂みをかき分けると
少し広めの空き地に出る。
ここは俺たちが下校中に見つけたもので、四方向が家に
囲まれている場所だ。が、家や花壇を置くには狭すぎる
ようで手つかずのままずいぶんと放置されている空き地だ。
俺とタケちゃんはここを「例の場所」と呼んでいる。
単純に誰も見つけられない、いわゆる秘密基地
みたいな使い方をしている。実際は狭すぎるし、第一
天井がないからガキの理想とする秘密基地とはかなり
かけ離れているけどな。
それでもこの場所を見つけたときは喜んだものだ。
それこそ秘密の基地を見つけたみたいに。
「タケちゃんの友達?」
名前の知らない2人のうちの一人が俺にそう聞いてくる。
そうだけど、と愛想なく答える。
「なんでここにいるの?」
「そりゃこれから遊びに行くからだろ」
「遊びに?」
この「例の場所」に来るときはいつも何かしらふざけた
真似をするときに限る。まぁ、ジャラジャラと音がした
時から何となく予想はついていたが。
「そこの駄菓子屋に行くんだって」
「え?」
「言ってただろ」
「言ってないよ」
そんなのは初耳どころか予想すらしていない。昨日
タケちゃんの口から客足さっぱりと聞いたばかりだし、
そんなわざわざ文句を垂れるような場所に行くなんて
するとは思いもするはずがないだろう。
「ほら」
そういってさっき見せ損ねた小袋を再びランドセルの
ポケットから取り出す。それを見てほかの3人もズボンの
ポケットやらランドセルの中のファイルやらから
続々と袋らしきものを取り出す。
地面にファイルを敷き、その上にざらっと全員小銭を
ぶちまける。地面の小石と小銭がかち当たり、聞き覚えの
ない音が耳を抜ける。
「えーと、25、80、125、……」
「140円かな」
「そうだね」
俺を無視して話が進む。この雰囲気は嫌いだ。
「ええーと、5人だからー……」
「そういや***、お前も来るの?」
「え」
これは少し困った。こういう場ではあまり断るなんて
選択はしたくない。ただでさえほぼ毎日一緒に遊びながら
帰っているのだから、今日だって遊びたいに決まっている。
「い、いいや」
「あ、なんだぁ」
俺はこの140円のうちの0円だ。ここで俺が行く意味が
必要がない。「買わないけどついていく」なんてことは
しない。毎度の小遣いが少なく思える俺でもこの140円は
4人が駄菓子屋で分けるにはさすがに安すぎる。
その中で俺が何もせずに眺めているだなんてまるで
ほしがっているようじゃないか。そんな下賤な真似は
しなくない。特に、親友の前では特にだ。
「140を4人で分けるから……」
「ひっさんする?」
「めんどくさい! 50円づつぐらい?」
「たぶん違うと思う」
俺も頭の中でやってみるが、何分小学生の暗算だ。
あっているかの保証などあるわけない。が、50円では
ないよな当然だけど。せいぜい30円とちょっと程度だろ。
「……」
「なんだよ考え込んで」
「うーん、どんだけ買えるんだろうねこれ」
「わかんね、とりあえず行ってみよーぜ」
「……」
駄菓子となると、よく聞く麩菓子とかヨーグルトの
風味がするヨーグルトっぽいやつとかを連想するが、
ああいうものは一応そんなわざわざ駄菓子屋になど
行かずとも手に入れようとなれば手には入る。
現にこういうお菓子が食べたいとなれば街の
少し大きめのマーケットにでも行けばいいし、
俺自身そうしている。
「アタリひけばいっぱい食べれるでしょ」
「なるほど!」
考えるのをやめた俺はそう告げる。
しかし俺にとっての問題はそこじゃない。俺の
これからの予定がなくなってしまったのだ。帰りに
タケちゃんがいない以上、いつものように冒険の旅に
出れるはずがない。そこは仕方がないか。今日ぐらい
まっすぐ帰ってしまってもいいか。あーあー、帰って
何しようかなぁ。時間はまだ早いから好きなアニメも
晩御飯もない。また本をあさるにしてもうちでは
読みにくいからなぁ……
「それじゃ行くぞー! また明日な***」
「……ん、あぁ、また明日ー」
気が付いたらすでにこの場には俺一人だけだった。
すでに俺以外の四人は出口の茂みの向こういる。
俺もすかさずおろしていたカバンを拾い上げ速足で
後を追う。
ビッ!
「? あっ」
茂みに服が引っ掛かった。が、それで止まるわけもなく
上着の糸を引き連れて進む。途中でぷつんと切れたが
それに気が付いたのはタケちゃんたちに追いついたあとに
なる。
「って、***袖に穴空いてんじゃん」
「ああーやっちゃった」
5人そろってへらへらと笑い出す。なんだがどんどんと
面白くなってどんどん楽しくなってくる気持ちだ。
「じゃあね」
「おう」
そういって俺は道なりに帰路をたどる。タケちゃんたちは
駄菓子屋へ向かう道に……ってあれ? また家の間に
入っていく? ってあぁ、そうか。確か駄菓子屋さんに向かう
道は工事中で危ないってことで一人先生をつけているん
だったか。あまり先生に見つからないように動きたい
ってことね。あるいはただ変な道を通りたいだけか。
……
俺はすっと帰路から外れる。そしてぐるりと学校に戻る
ように歩き出す。道路工事が佳境に入っているのか、ガガガと
至極うるさく、けたたましく建物から建物へ共鳴してる
ように聴こえる。
そして校舎前に戻って来た。戻ってきてしまった。
「あれ、どうしたの?」
「先生」
いまだに名前がわからないままの性格が緩めの先生が
花壇の土をいじっている。どうやら土の中からもう
ダメになった種とか小石を拾っているようだ。
そういえば俺たちの当番に水やりはあったが、細かい
小石とかの処理はなかったな。先生がやってくれて
いたのか。
「真っすぐ帰らないとダメでしょ」
「先生は」
「先生はまだおしごと
手伝うかい?」
俺はそっとうなずく。先生はにこっとわらって
児童玄関に向かう。玄関前に無造作に置かれた
カゴから一組の軍手を持ってきた。それを
俺に渡してくる。
「このバケツに小石を捨ててね」
「わかった」
先生は俺の隣にバケツを寄せる。軍手を付けた
俺はそこにポイポイと小石を投げていく。一瞬
小石? と疑うものもあったが無視してそのまま
投げ入れる。
「それにしてもなんでここに? 先生の手伝い?」
「えっと」
「タケは?」
「タケちゃんは…… 先に帰った」
「そっか、それで暇で……? ま、先生のお仕事が
ずいぶんと楽になったよ。ありがとうね」
まだバケツの半分どころか底も見えるぐらいしか
小石を拾えていないのに「ありがとう」と言われる
のは少々不思議な気持ちになる。それでも嬉しく
感じるものはやはりうれしい。
「先s……」
「なんか悲しいことでもあったのか?」
何かを聞こうとしていたが、それを切るかのように
先生が話し出す。顔色をうかがうような言い草では
あったが的を射てはいる。
「友達ってなんだろうって、思って」
「友達かぁ…… ずいぶんと難しいことを考えるね。
そうだなぁ…… 先生は友達ってなんだろう? とは
考えたことはないよ。うーーーーん」
俺自身なんでこんな無理難題を先生なんかに
説いているのかわからなかった。ただ俺の中で
あの駄菓子屋に向かって去っていくタケちゃんと
その仲間の背中を見て感じた、わけのわからない
感情を俺の中でわけのわからないまま終わらせて
しまいたくなかったのだろう。
今思えばなんとも女々しい理由付けだが何事にも
感化されやすい子供の感情なんて今の俺からして
みればわかるはずもない代物でしかない。俺は
もう昔のことなんて語らうには程遠い存在よ。
「タケと何かあったんでしょ?」
「いや」
「ふーん、先生にとっての友達は…… そうだなぁ
うーーーーん、ごめんまた今度聞いてくれる?
ちょっと答えられないかなぁ」
タケと何かあった。ふいに違うと口をついたが
大体当たっている。というか大体大当たりだ。
「でも、それはとってもいいことだと先生は思うよ
友達ってなんだろう? ってことはやっぱり
友達のことが大切に思っている証拠だよ。その
答えが出なくても、考えてみてもいいかもね」
「……」
思うだけでいいのか? このころはそんなこと
まったく気にもしていなかったしこの先生の言葉も
よくわかってなどいなかった。現に今ですら俺は
友達を理解しきっていないのだから。
「***先生ー、って***どうした?」
「あ、手伝ってもらってるんですよ」
「いやぁ、今日から日の入りが早くなるって
職員会議で話し合ったでしょう」
「あ、そうでした。スイマセン」
そういえば今日から昨日とは違い、家に帰る
時間が30分ほど短くなったんだった。今から
だと猛スピードで突っ走って家についたと
しても時間ギリギリかそれを超えるかぐらい。
「***、後は先生やっとくから早く帰るんだよ」
「はーい」
「はい、気を付けt……あれ、そういえば家には
間に合うのかい?」
「大丈夫!」
わかった。そう笑顔でうなずいて俺から軍手を
預かる。俺はわきに捨てるように置いてある
ランドセルを背中に背負い、校門へと急ぐ。
「せんせい、さようなら」
もう何度目の帰りのあいさつだろうか。それに
あの先生に関してはさっきやったばかりだ。
友達
100できるかな? と歌にはあったけど、なんで
友達なんだろう。友達ってそんなにスゴイのかな?
先生は友達ってなんだと思ってるんだろう。
考えるだけで頭を抱えたくなるほどに難しいし
とてもとてもとっても楽しくなってくる。
タケちゃんは友達だ。だからこそ考えてしまう。
今日の駄菓子屋のこと。明日の登下校と休み時間。
昨日のこと、おとといのこと。明後日のこと。
今までのこと、これからのこと。
俺は酔っていたんだ。俺が好きだった友達は
ヒーローでかっこいいし、誰でも助けてしまう。
そうやって考えて考えて考え、考え、考えて
まるで自分が「友達」であるように酔っていた。
ならあの3人の背中を見た俺は何を思ったんだろう。
そんなのは決まってる。「嫉妬」と「憧憬」だ。
タケちゃんには俺以外にもたくさん友達はいる。
それなのに俺はどうしてもそうとはいかない。
これは「嫉妬」か? そうさ、これはただの嫉妬だ。
自分にできないことを平然とやってのけやがる嫉妬だ。
だがそれがかっこいい。憧れる。憧れて憬れるのだ。
俺はタケちゃんの友達でよかった。そして
タケちゃんは俺と友達でよかったと思ってほしい。
俺にとってのヒーローは目の前にいる。だから俺は
二度とは疑わないし、この嫉妬も必要がない。
中途半端な感情なんていらない。俺には友達がいる。
そう言い切ろう。そう言い切って生きよう。
気がついたら俺は「例の場所」に来ていた。
もちろん誰もいるわけもなかったが、俺の友達に
逢いたくなったのだ。もしかしたら……と思っては
みたもののやっぱり甘くはない。
「ん?」
足元にさっきまでなかったプラスチックの袋が
散乱している。一部が汚れて見えないがこれは
駄菓子の袋か。端のほうをみると俺たちが勝手に
”ゴミ箱”として使っている蓋が切り取られ、古く
サビきったドラム缶が風邪で倒れている。ここから
出てきたのか。
こんなもの捨てた記憶もないし、駄菓子屋で
買った後にここに戻って来て、おやつパーティを
していたんだな。ならもしかしたらもしかしたかも
しれなかったな。
そうだ。今日は急いで帰らないといけなかったんだ。
俺はささっと散乱した駄菓子の袋を端に寄せて
その場を去る。時が経てばこのゴミたちは風が
どうにかしてくれるだろう。
明日はどんなものが待っているのだろう。
いつもどおり…… だけど楽しみで仕方ない。
だから、俺はその駄菓子が明らかに500円以上の
値がつくことに気が付かないふりをしたのだった。




