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嘘つき蕾華

蕾華は野菜の皮を剥きながら思い出していた。


4年前、今でも思い出す小学校五年生の夏の事を。



兄である凛動が戦死して、瑠璃夏に引き取られて一年、澪と陸が生まれて四人での生活に慣れていた頃、


「神風蕾華君だね」


小学校に一人のARES連合軍の軍人がやってきた、


「………おっさんだれ?」


「コラ!神風!」


「フハハ!!肝の据わった子だ、流石、神風少尉の弟だな」


担任が諌める中、真ん中の士官がゲラゲラ笑いながら、俺に一枚の紙を渡してきた。


「単刀直入に言おう、《《兄の意思を継ぐ気はないかね?》》」


それは、ARES軍士官学校の入学推薦状だ。


「検査の結果、君には兄同様に素晴らしい魔装師の適正がある、もしかすると少尉を越えられるかもしれないな」


「しかし、彼はまだ」


「わかっています、もちろん入学するかは彼の意思に任せます、君も一度親か保護者に相談してみてくれたまえ」


それだけ完結に言うと、彼は帰っていった。


今思えば、あの人の軍服の勲章、将校クラス、それも多分少将あたりのお偉いさんだったんだと思う。


とんでもなく偉い人にタメ口聞いてしまったな、と後になって反省したのを覚えてる。


そして、それを手に家へと帰ると。


「……おかえり…」


玄関前で瑠璃夏が、当時赤ん坊だった澪と陸を抱き抱えながら怪していながらも、ランドセルを背負った蕾華を優しい笑顔で出迎えてくれた。


「ただいまルリ姉」



瑠璃夏とは当時では6年ぐらいの付き合いで、当時新兵だった10個上の凛動が蕾華養育係として孤児院から引き取ってきた10歳前後の女の子だった。


5つ上の彼女は当時5歳だった蕾華を実の弟のように可愛がり、愛情をこめて面倒をみてくれた。


そんな瑠璃夏に蕾華は恋をした、初恋だった。


いずれはこの人と結婚するのかな、そう思ってた矢先に瑠璃夏は凛動と婚約。初恋は失恋に終わった。


けど、本当に家族になれるからそれもいいかなぁ、って思っていた矢先に凛動は仲間達を守るために一人戦場に残って戦死。


孤児になった蕾華をそのまま瑠璃夏が引き取り澪と陸と共に袖ててくれている。



その日の晩の食卓の事だった、その日はカレーだった、テレビでお気に入りの巨大ヒーロー特撮「スペースエース」の放送を見ながらもぐもぐしていた。


今日は新メカの初登場、見逃せない、そんな矢先に、


「……蕾華…」


「ん?」


「……《《これは何?》》」


振り返ってみると、そこにはいつもの笑顔とは思えない、静かな真顔で瑠璃夏が立っていた。


その手には、軍士官学校の推薦状があった。


その時、蕾華は学校であったことをカレーを食べながら話した。


「ああ、それ?軍人のおっさんが今日学校に来て俺に渡してきた」


「軍人って、ARESの?」


「うん、たぶん偉い人かな」


「……」


「あと、俺に魔装師の適正があるんだって」


その言葉を聞いた瞬間、瑠璃夏の指が推薦状をくしゃりと握り締めた。


「……これってもしかして…軍学校の……魔装師科への推薦状?…」


「……?…分かんないけど、多分そうじゃない」


蕾華はカレーを大きくほおばる。


「……ダメ」


「ん?」


テレビに夢中だった蕾華は、瑠璃夏の声を聞き逃しかけた。


「……ダメ……絶対にダメ……」


「何が?」


「……蕾華は……魔装師にはならないで……」


蕾華がスプーンを止める。


いつもの瑠璃夏なら、どんな時でも穏やかに微笑んでいる。


だが、今は違った。


顔から完全に笑みが消えている。


「?、でも、まだ入るって決めたわけじゃ…」


「絶対にダメ!!」


ビクッ!!


突然響いた大声に、蕾華の肩が跳ねた。


それだけではない。


隣のベビーベッドで眠っていた澪と陸まで驚いて目を覚ます。


「ふぇ……ふぇ…」


その目には徐々に涙が溜まっていき、そして、


「「うぇぇぇぇん!!」」


「あ……」


双子の泣き声で瑠璃夏は我に返った。


「……ご、ごめんね……びっくりしたね……」


慌てて二人を抱き上げる。


「……大丈夫……大丈夫だから……」


二人の背中を優しく撫でる瑠璃夏を、蕾華は呆然と見つめていた。


こんなに大きな声を出す瑠璃夏を初めて見たからだ。


しばらくして双子が泣き止む。


瑠璃夏は二人を寝かせると、再び推薦状へ視線を落とした。


「……蕾華……」


今度の声はいつものように小さい。


けれど、僅かに、いや、確実に震えていた。


「……魔装師が……どういう人たちか知ってる?……」


「喰獣と戦う兵隊さんだろ?」


「……それだけじゃないよ……」


「?」


「……魔装師は……長く生きられないの……」


蕾華の表情が変わった。


魔装。


人類が喰獣に対抗するために開発したナノマシン兵器。


しかし、その圧倒的な力には代償がある。


魔装師は戦闘のたびにナノマシンによって肉体へ凄まじい負荷を受ける。


それ故に、現役魔装師の多くは短命だった。


もちろん、蕾華もそれくらいは知っていた。


だが。


「…あの人も…凛動も……そうだった……」


瑠璃夏が呟く。


「ルリ姉……」


「……毎日、怖かった……」


瑠璃夏は俯いた。


「……あの人が任務に行くたびに……今日も帰ってきてって……ずっと祈ってた……」


推薦状を握る手が震える。


「……帰ってくると……安心した……怪我してても……生きて帰ってきてくれただけで……嬉しかった……」


「………」


「……でも……あの日は……」


それ以上、言葉が続かなかった。


代わりに、推薦状へ小さな雫が落ちた。


蕾華は目を見開く。


「ルリ姉……?」


泣いていたのだ、瑠璃夏が。


凛動の戦死を知らされた日ですら、蕾華の前では決して涙を見せなかった彼女が。


「……やっと……家族になれると思ったのに……」


「………」


「……結婚式の前の日だったんだよ……?」


震える声だった。


「……次の日には……凛動のお嫁さんになるはずだった……」


ぽたり。


また涙が落ちる。


「……なのに……帰ってきたのは……あの人じゃなくて……戦死通知だけだった……」


蕾華は何も言えなかった。


テレビの中ではスペースエースが怪獣と白熱のバトルを繰り広げている。


いつもなら夢中になって目が離せない戦闘シーン、だが今は、その音がやけに遠く聞こえた。


「……それでも……私には蕾華がいたから……」


瑠璃夏が顔を上げる。


「……澪と陸も生まれて……三人がいてくれたから……私……生きていけた……」


そして、瑠璃夏は蕾華の前に膝をついた。


「……なのに今度は……蕾華まで連れていくの?……」


「……」


「……ARESは……私から凛動を連れていったのに……今度は蕾華まで……?」


そこにあったのは軍への憎しみだけではない。


恐怖もだった。


もう二度と家族を失いたくない、その一心だった。


「……俺は兄ちゃんとは違うよ」


思わず蕾華は言った。


「……」


「俺なら死なないかもしれないだろ?」


「……凛動も言ってた……」


「え?」


「……『俺は死なない』って……」


蕾華の言葉が止まった。


「……『お前と結婚するんだから、絶対帰ってくる』って……」


瑠璃夏は寂しそうに笑った。


「……そう言って……帰ってこなかった……」


「………」


「……だから嫌……」


瑠璃夏は蕾華の身体を抱きしめた。


「わっ……」


突然のことに蕾華の手からスプーンが落ちる。


「……お願い……蕾華……」


抱きしめる腕に力がこもる。


「……軍人になってもいい……情報分析でも……整備でも……お医者さんでも……何でもいい……」


「……ルリ姉……」


「……でも……魔装師だけは……やめて……」


蕾華の肩に顔を埋める。


「……お願いだから……私より先に死ぬような生き方を選ばないで……」


「………」


蕾華は何も答えられなかった。


自分を抱きしめる瑠璃夏の身体が、小さく震えていたからだ。


兄が死んだ時。


泣きじゃくる自分を抱きしめてくれたのは瑠璃夏だった。


あの時は気づかなかった。


自分以上に泣きたかったのは、きっと彼女だったのだ。


それでも瑠璃夏は泣かなかった。


凛動を失った蕾華の前で、自分まで崩れるわけにはいかなかったから。


「……分かった」


蕾華は小さく答えた。


「……ほんと?……」


「うん」


瑠璃夏の背中に小さな手を回す。


「俺、魔装師にはならないよ」


その言葉を聞いて、瑠璃夏はようやく安心したように微笑んだ。


「……ありがとう……」


そして――四年後。



シャッ、シャッ、シャッ。


包丁がまな板の上を走る。


「…………」


十五歳になった蕾華は、黙々と野菜を刻んでいた。


『俺、魔装師にはならないよ』


あの日の自分の言葉が、今でも耳に残っている。


(……ごめんな、ルリ姉)


胸の中だけで謝る。


結局、自分は約束を破った。


蕾華はARES連合軍士官学校情報分析科所属――ということになっている。


だが本当の所属は、魔装師科。


しかも適性検査では、兄・神風凛動に匹敵する数値を叩き出している。


瑠璃夏が知ればどうなるか。


怒るだろうか、泣くだろうか。


それとも……失望するだろうか?……


「……蕾華?……」


「うぉっ!?」


背後から突然声をかけられ、蕾華は飛び上がった。


振り返ると瑠璃夏が不思議そうにこちらを見ている。


「……さっきから……同じニンジンずっと切ってるけど……」


「え?」


思わずまな板を見る。


その上では一本のニンジンが、もはや芸術的なほど細かく微塵切りにされていた。


「………」


「………」


冷や汗が流れる。


「……何か……隠してる?……」


ギクゥッ!!


「な、何言ってんだよルリ姉!!」


「……そう?……」


「そうそう!何にも隠してねぇって!」


「……なら……いいけど……」


瑠璃夏はそう言って厨房の奥へ戻っていく。


その背中を見送りながら、蕾華は胸を撫で下ろした。


(……言えるわけねぇよ)


自分が今、


兄と同じ道を歩いているなんて。


ましてや今日、教官から、


『お前は凛動以上の魔装師になるかもしれん』


そう言われたことなど、絶対に。


(……ごめん兄貴、俺、ルリ姉に大嘘ついちまったよ……)



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