第15話 天空の湯煙 ~巨大種族の温泉休暇~
天空の要塞「アルカディア」が完成した翌日の夕方。
要塞の地下深くに、六種族が総力で作り上げた巨大温泉が誕生した。
名前は「アルカディア大温泉」。
火山熱とヴォルガルドの炎、シルヴァリアの森の魔法で沸かされた湯は、
直径250メートルを超える巨大な露天風呂だった。
人間サイズ用の区画と、巨大種族用の「湖のような」区画が綺麗に分かれている。
「完成したぞー! みんな、入るぞー!」
ルカが興奮して叫びながら、すでに35メートル級の神獣形態で飛び込もうとしていた。
俺は人間サイズのまま、呆れ顔で止めた。
「待て待て! いきなり飛び込むな! 波が……」
遅かった。
ドボォォォン!!
ルカが豪快に飛び込んだ瞬間、巨大な水柱が上がり、津波のような波が周囲に広がった。
人間サイズ区画にいたリナが「きゃあああ!」と流されそうになる。
俺は慌てて巨大化し、掌でリナをすくい上げて守った。
「ルカぁ! お前、でかすぎるだろ!」
俺が叫ぶと、湯の中でルカが耳をぺたんと倒して謝る。
「ご、ごめんケンタ兄貴! つい嬉しくて……」
バルドガンが鋼の体を湯に沈めながら大笑いした。
「ははは! 若造め。湯の使い方を知らんな。
わしのように、ゆっくり入るものじゃ!」
グラムが隣で髭を湯に浸しながら頷く。
「確かに。鋼の体が錆びんよう、温度も丁度いい……ふう、極楽じゃ」
シルヴァリアは樹霊巨人形態のまま、優雅に湯に浸かっていた。
彼女の枝から咲いた白い花が、湯面にぽんぽんと浮かんで、甘い香りを漂わせる。
「森の温もりを、皆さんに。
この湯は疲れを癒し、巨大化の血を少し安定させてくれます」
ヴォルガルドは少し離れた熱めの区画で、体を沈めていた。
巨大な古竜の体が湯に浸かると、湯気が一気に立ち上り、雲のように空を覆う。
「我は熱い湯が好みだ……ふむ、悪くない」
ガルヴァンは少し離れたところで、湯に肩まで浸かりながら珍しくリラックスした表情を浮かべていた。
「…ふう。巨大化など、ただの呪いだと思っていた。
こんな風に皆で浸かれる日が来るとは……」
俺も巨大化して、みんなの間に腰を下ろした。
30メートル級の体でも、この温泉は広々としている。
湯が肩まで来て、心地よい熱さが体に染み渡る。
リナは俺の巨大な左肩に乗って、足を湯に浸けながら笑った。
「ケンタの肩、ちょうどいい椅子だね。
温泉なのに、景色がすごい……」
確かに、要塞の屋上から見下ろす夕陽と、立ち上る湯気が混ざり合って、幻想的な光景を作り出していた。
遠くの山々がオレンジに染まり、湯煙が空に溶けていく。
俺は小さく笑った。
「みんなで作った要塞の、最初の使い方が温泉とはな……
前世じゃ、こんなスケールの温泉、絶対に見られなかったよ」
エルウィンが人間サイズでリナの隣に座り、静かに言った。
「ケンタ。
あなたがいてくれたから、こうして皆が笑って温泉に入れている。
本当に……ありがとう」
その言葉に、みんなが一瞬静かになった。
バルドガンが湯の中で体を動かし、大きな波を立てながら言う。
「わしら鋼のドワーフは、長い間地下に閉じこもっていた。
巨大になることを恐れ、誇りを封じていた。
だが今……こうして空の下で、仲間と湯に浸かっている。
ケンタ、お前は我らの光じゃ」
シルヴァリアの枝が優しく俺の背中に触れる。
「森も同じです。
焼かれる恐怖しか知らなかったのに、今はこうして花を咲かせています」
ガルヴァンが目を閉じて呟く。
「我ら神獣も……ルカのような若者が、胸を張って巨大化できる日が来るとは思わなかった」
ルカが湯の中で飛び跳ねながら(また波が立つ)、
「ケンタ兄貴のおかげだよ! 俺、もう巨大化が怖くない!
これからも一緒に戦おうぜ!」
ヴォルガルドが低く、しかし温かい声で言った。
「我も同感だ。最後の巨人よ。
お前は、ただの呼び覚まし手ではなく……我らの盟主だ」
俺は湯の中で少し照れくさくなりながら、みんなを見回した。
「俺こそ……ありがとう。
一人だったら、絶対にここまで来られなかった。
巨大すぎて何もできないって、毎日絶望してたのに……
今は、みんなとこうして笑える。
この力を、ちゃんと守る力に変えていきたい」
リナが俺の肩の上で立ち上がり、俺の頰(巨大なので指先くらいの大きさ)に手を置いた。
「ケンタ……私も、ずっと一緒にいるよ。
人間の私でも、みんなの役に立てるように頑張るから」
その瞬間、湯面にシルヴァリアの花がたくさん浮かび、
柔らかい光を放ち始めた。
まるで要塞全体が、俺たちを優しく包み込んでいるようだった。
みんなでしばらく無言で湯に浸かっていた。
ただ、心地よい熱さと、仲間たちの気配だけを感じる時間。
すると、ルカが突然立ち上がって叫んだ。
「そうだ! 温泉といえば、競争だろ!
誰が一番長く熱い湯に耐えられるか勝負しようぜ!」
バルドガンが目を輝かせる。
「ほう、挑戦してくるか若造。
鋼の体で受けて立つぞ!」
ヴォルガルドが楽しげに炎を少し強くする。
「我も参加しよう。熱さなら負けん」
ガルヴァンがため息をつきながらも、立ち上がる。
「仕方ない……族長として、若手を見守らねばな」
シルヴァリアがくすくす笑う。
「では、森の冷気で少し調整しますね」
俺とリナは顔を見合わせて笑った。
巨大種族の温泉勝負が始まり、
また大きな波と笑い声が要塞に響き渡った。
しかし——
夜が深まった頃。
ヴォルガルドが突然、湯から体を起こした。
彼の赤い瞳が鋭く光る。
「……来た。
南方の空に、黒い霧。
数が多い……これは、最初の使徒だ」
ガルヴァンが即座に湯から上がり、耳を立てる。
「我も感じる。
里の方向ではない……要塞に向かって、まっすぐ来ている」
俺も湯から上がり、剣を握った。
温泉の温もりがまだ体に残っているのに、背筋が冷たくなる。
「みんな、準備だ。
せっかくの完成祝いが、戦いの場になるとはな……
でも、この要塞は俺たちが作った。
絶対に守り抜くぞ!」
リナが俺の肩から降りて、決意の眼差しで頷く。
「うん! みんなで!」
アルカディア大温泉の湯煙が、夜空にゆっくりと昇っていく。
その美しい光景の向こう側で、
異星の巨神の影が、静かに、しかし確実に近づいてきていた。
(続く)




