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魅了の冒険  作者: 塩味うすめ
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外伝 あれから。心に、咲くもの



「おじさん、冒険者だった時の話を聞かせてよ」

「トット、俺はおじさんという歳じゃ、それに冒険者だった覚えもない」

 この村に来て数日が経つ。村長の許しを得て近くの山で狩りを行い、害獣を捕まえては買い取って貰った。

「フフフ内緒なんだね。まぁいいや。それよりさ聞いてよ」

 野菜を食べさせようとした少年「トット」はイザリークの借りている小屋に訪れるようになった。夕暮れ前に訪ねてきては少しの間だけ話をして帰る。何気なく望みの塔のある街ベイスンも行ったことがあると話したら元冒険者にされてしまい、いくら否定しても聞き入れてくれない。トットの中でイザリークは元冒険者で固まっているらしい。

 居心地のいい気はしないが、子どもに対して意地になって否定するのも大人げない。イザリークは頬を掻きつつ話を聞く。

「引き算を習ったんだ。5引く3は2で2引く1は1なんだよ」

 今日あった出来事などの他愛のない話。でもそれは親に話すようなもの。あの教会では孤児を育てていると言っていた。昨日と変わらない夕日が部屋を照らして、影を色濃く映している。  

「そろそろ戻らないと」  

「トット」

「なに?」

 期待するような怯えたようなトットの目に。イザリークは出かかった言葉を飲み込む。

「いや、気をつけてな」

 トットの後ろ姿を見送った後、イザリークは椅子に深く腰を掛け「寂しいのか?」と口にしかけた言葉の意味を考えた。ずっとここに居られる訳でも、ましてやトットの親代わりになどなれはしない。窓から身を乗り出して見上げた空は視界に収まらず、太陽は地平線を茜色にして見えなくなった。  

 

 枯れ葉を掻きあげて猪が突進してくる。足場の悪い山道では四足歩行の方が優れているのを証明するような速さだ。正面から受ければ怪我は免れないだろう。イザリークは望みの塔で出会った火を吹く蜥蜴と出会った時のことを思い出す。何度も体当たりを受けても、滑稽な姿になっても諦めはしなかった。

「ふふっ」

 なぜ?そこまで?可笑しさが込み上げてくる。目の前に迫った猪を難なくかわしてイザリークは大木の前に移動する。あの時、そこまでして得たかった能力は他人を魅了する力だったが、実際に得たのは自己催眠に近い力だった。体制を立て直した猪がさっきよりも速さを上げて向かってくる。その姿に他人を魅了する力のことしか考えていなかった自分が重なる。

 ドンと音が山に響き、青い葉が落ちてくる。当たる寸前でイザリークにかわされた猪は、大木に頭をぶつけて気を失った。

「周りが見えていなかった」

 アレルトンの駆ける後ろ姿をずっと追いかけていた。いつかその隣で並んで走っている姿を夢に見ていた。望みの塔の話を聞いてそうなれると、イザリークは隣に立てると思った。だけど、故郷から出たアレルトンの評価を目の当たりにして、その輝きが羨ましくて目が眩んでしまった「あんな風になれたらな」どこからか聞こえてきた言葉に夢は目を閉じないと見れなくなった。

 血抜きをするために猪にロープを結び、枝に引っ掛けて持ち上げた。ロープを固定した後、イザリークはここ数年で変わった体つきを眺める。あの時のアレルトンにも引けを取らない。 

 

 陽が傾向く頃には血抜きが終わり、猪を担いで村へと歩く。遅くなってしまったが、夕暮れ前には小屋に戻れそうだ。自然と早くなる足取りにイザリークはトットを気にかけていることに気付く、担いだ猪の毛が肌に触れてむず痒い。

 猪を買い取って貰いイザリークの足取りはさらに軽くなったが、一日の疲れはある。足を家路へと向け、行き交う人に会釈をして辺りを見回す。炊事の煙が立ち、畑仕事を終えた人が服に付いた土を払っている。西の空に足を止めて、そんな風に暮らせるだろうかと思案する。足元には木の枝か何かで地面を削って描かれた絵がある。子どもが描いたのだろうと思われるその絵には、いつか落としたものの名前が書かれているような気がした。

「すみません!」

 顔を上げた先にあの教会のシスターがいて、額に汗を浮かべている。

「あの、トットを見かけませんでしたか?あなたに自分の残した野菜を食べさせようとした子なのですけど、山に入っていくのを見たという人がいて、その、山で会いませんでしたか?」

「トットが!?」 

 トットが山に?だが山では誰にも会わなかった。イザリークは努めて冷静に首を横に振り事実のみを伝える。

「いえ、山では見かけませんでした」

「そうですか...」

 落胆した声のあとに続く沈黙にイザリークは喉の奥が締め付けられる思いをする。何も悪いことなどしていないのに、期待に応えられなかっただけなのに、こんな思いをするのは割りに合わない。勝手に期待しといて応えられなかったら失望するなんて、なんとも愚かな行為だ。

 イザリークはアレルトンが周囲の期待にいつも応えようとしていたのを思い出す「アレルなら何でも出来るよ」いつの日か無責任に投げた言葉の意味を知る。 

「お止めして、申し訳ございませんでした」

「待ってください」

 去ろうとする背中を呼び止めて自分も探すと申し出る。その申し出にシスターはお礼を言い、何度も頭を下げる。喉の奥を締め付ける思いはなくなり、さっきまであった疲れも感じなくなる。イザリークは一度戻るというシスターと共に教会へと足を運んだ。


 教会に着くと、シスターが3人の男を前に声を荒げていた。内容は聞き取れないが、ひどく怒っているのが遠目にもわかった。今にも殴りかかりそうなシスターをもうひとりのシスターが後ろから抱き止めている。

 教会へと共に来たシスターが慌てて駆け寄る姿を見て、事態は沈静化するだろうとイザリークは思った。だが三人のシスターは何事かを話し合ったあと、頷き合うと揃って男たちを殴り飛ばした。

「え?」

 予想と違う展開に間の抜けた声が出る。 

「ど、どうしたんですか!?」

 駆け寄って話を聞くと、殴り飛ばされた男たちはトットに嘘の話を教えたということだった。野菜が苦手なトットに、トットの亡くなった両親が野菜が好きだったと話し「野菜を食べないなんて親不孝なやつだ」と言ったらしい。それを聞いたトットは望みの塔へと行くと言い出し始め、焦った男たちの制止を無視して望みの塔のある街へと行くために山に入っていったのだそうだ。

 トットが教会に帰ってないかの確認しに来た所を見つかり、不審に思ったシスターに問い詰められて白状することになった男たちは「俺たちは良かれと思って言ってやったんだ!」「嘘は騙される方が悪い」「そ、そうだ良い勉強だ」殴られた所を押さえながら身勝手に口を開ける。

「あの時の俺みたいだ」

 男たちの姿に過去の自分が重なって、声を吐き出す。

「村で聞いて回ったところ山に入っていくのを見たという人がいたわ」

「そう、あいつらの言うことを真に受けて望みの塔に向かったと考えるべきね」

「私、村長の所に行ってくる」

「わかった。私たちは捜索の準備を」

 シスターたちの話し合いを背にして、空に走る縦の線の方へイザリークは走り出す。トットを探し出さなければいけない。そうしないとトットが自分と同じような道、誰にも期待しなくなる道を辿ってしまう気がした。


 山に入り、大きな声でイザリークはトットを呼んだ。その声は背の高い木々の間をすり抜けていく。こちらの方向ではないのかもしれない、自分の声では反応しないかもしれない。そんな否定的な疑念が頭に浮かぶ。それでもイザリークは細い山道を注意深く、急いで歩く。木の間から見える光は弱々しく今にもきえてしまいそうだ。 

「お、おじさん、助けて」

 声が聞こえた。

「トットなのか?どこにいる!?」

「上だよ、上」

 見上げると木の高い所の枝で跨がっているトットがいた。どうしてそこに居るのか分からないが、見つかって顔の緊張が緩む。息を深く吐いて腰に手を当てた。 

「なんでそんな所にいるんだ?」

「望みの塔の方向が分からなくなったから、いや、それより早く助けてよ」 

「助けてって言われても。自分で登ったんじゃないのか?」

「そうなんだけど、ほら」 

 トット指し示した先には大きめの折れた枝がある。今の跨がっている枝の所に行くために足場にした枝なのだろう。それが根本から折れて降りられなくなったようだ。そんな考えなしな所が、見ず知らずの人に残した野菜を食べさせようとしたトットらしくてイザリークは笑ってしまう。  

「ちょ、おじさん笑い事じゃないんだよ!」

 笑っている場合ではなかった。トットの跨がっている枝もいつ折れてもおかしくない。イザリークは頭を掻いて右へ左へと動かす。梯子を持ってくれば良いのだが、そこまで枝が持たないかもしれない。トットの居るところまで登って抱えて降りるか、トットが飛び降りるの受け止めるか。だが、抱えて降りるのは難しい。

「トット、」

 飛び降りろと言おうとして止まる。受け止められないかもしれないという思いが口を閉じさせた。

「何?どうしたの?」

 いつだって何かを前にすると、否定的な疑念が浮かんでしまう。アレルトンの隣には居られないかもしれない、パーティーを組んでもいずれ見捨てられるかもしれない、あの時もそんな疑念があった『一応っすね。魅了技能は使えない事はないんすよ。使えば、想像の中の他人は、魅了されているんじゃないっすか?ずっと疑念を挟まない感じで。確かなものは自分の中にあるものだけっす。何処で魅了技能なんて聞いたか知らないっすけど、からかわれたんすよ』怠そうな格好でやって来たある職員の言葉を思い出す。

「ずっと疑念を挟まない感じで、か」

「おじさん?聞こえないよ?」

「トット!俺を信じて飛び降りろ!」 

 手を広げたイザリークの脳裏に浮かぶのは村の皆から称賛を受けている自分の姿。英雄のようにもて囃し、列を為して追ってくる。トットも目をキラキラさせて見上げている。

「うん、分かった」

 トットを受け止めた瞬間。胸に想像以上の重みが来て、後ろへと倒れる。音と共に傾斜を滑って、枯れ葉や土を掻き分けて下っていく。背中の痛みが酷いが、胸の上に温かな息づかいを感じる。

「大丈夫か?」

 なだらかな場所に辿り着いて

「うん、ちょっと擦りむいたけど」

 体を起こして見ると、膝の辺りを擦りむいているが大事ではなさそうだ。口に溜まった空気を吐き出すと笑いが込み上げてくる。トットも笑い出して胸がくすぐったい。服は汚れ、少し破けている。まだ体に痛みは出ていないが、村に戻る頃にはひどく痛み出すのだろう。息を吸い込んでもう一度大きく吐く、木々の間から茜色の空が見えた。


「もう行くの?」

 あの出来事から3日が経った。借りた小屋の前でイザリークは荷物を背負い直す。見上げてこちらを見るトットの膝には絆創膏が張られている。こうして話すのも3日ぶり。

「ああ、行き先が見つかったからな」

 正確に言えば行き先は見つかっていない。ただしたいことが見つかっただけ。

「あの後さ、とっても怒られたんだ『黙ってひとりでどこかに行ってはいけません』って」

 何かを期待するような目にイザリークは思わず顔を背けてしまうが、登ったばかりの陽が目に映ってトットの顔を見直す。

「ほんと、ついてないよ。あんなことしなきゃ良かった。ねぇおじさんもこんな思い、えっと後悔っていうんだっけ?したことある?」

 背伸びをするトットにずっと背伸びをしていた自分がおかしくなって、頬がゆるむイザリーク。

「ああ。気付かない振りをしていたが、ずっと後悔してたんだ」  

「それは良かったね。それは一歩前に進んだってことだよ」 

 イザリークの靴は新しく新調されている。山の斜面を滑り落ちた時にとうとう駄目になったので買い換えた。馴染むにはまだ少し時間が掛かるが、いい気分だ。またすり減らしてしまうだろうけど、この道を進んで行くのなら悪くはない。登る陽の横で望みの塔は何も変わらずそこにあった。

  

 

+++++++++++++++++++++++++++++++++++


おわり



      

お読みいただきありがとうございます。

推敲不足ですが、今月中に挙げたかったので申し訳ございません。

またどこかで!

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