外伝 あれから、心に。咲くもの
茜色に染まる空の下、乾いた土を蹴って少年たちが駆け始めた。まっすぐに前を見つめ重なっていた影はだんだんと離れていく。彼らは誰が一番速く丘の上に辿り着けるかの競争をしているようだ。遊びの途中だったのか手に木の枝を握っている子もいれば、笑顔を携えながら走る子もいる。
先頭を走る子には丘の先の地平線が見え、聞こえる息づかいの音はひとつだけになる。追いかける子たちの目には羨望が見え、聞こえるのは足掻く足音。
丘の上に揃った影は誰が誰より速かったのかと口々に話をしはじめる。自分の方が早かったと意地をはる姿が子どもらしい。言い争いの声が大きくなりそうになった時、2番目に早かった子がそれを止める。
「低い順位で争うのは止めろよ、そういうのは一番の奴とするもんだ。だろ?アレル」
「え?」
名前を呼ばれた子は振り返って不思議そうな顔を見せる。誰よりも速かった彼は誰のことも気にしておらず、皆の視線を受けて笑顔を見せる。夕日を背にするその姿は少年たちの憧憬をくすぐる。やがて家路に着く少年たち、ひとりまたひとりと別れの言葉を口にして残るは2つの影。西の空に日が沈む夜の隙間、空を見上げた子が隣の子に問いかける。
「ねぇイザ、僕に出来ることは何があるかな?」
問いかけられたのはさっきの競争で後ろの方を歯を食いしばりながら走っていた子。その子は下を向いていた顔をぎこちなく持ち上げて眩しそうにする。
「アレルなら何でも出来るよ」
星の輝きが増し静かな光に照らされた影は小さく揺れる。顔を正面に向けた少年がもう一度笑顔をみせて駆け出した。
「また明日」
「また」
手を振る姿が小さくなっていく。
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『自分の靴は見たことがあるのか』
誰に言われた言葉だったか、イザリークは自分の足元に目を向けた。お気に入りだった靴は薄汚れ痛んでいて、おまけに靴紐がほどけかけている。望みの塔のある街ベイスンを離れいくつの季節を越えただろうか。行く宛もなくツトゥリービヤ帝国の辺境の地に辿り着いた彼は、そこで開拓者として生きながらえてきた。開拓の終わりが見え今はまたこうしてどこへとなく歩く「一緒にここで暮らさないか」と声をかけてくれた人もいたのに。
屈んで靴紐を結び直しても、痛んだ所は直らない。買い替えの時期はとっくに過ぎていた。
ツトゥリービヤ帝国からレミマルク共和国に入ったのは昨日のこと。人目を避けるように登った山で夜を明かした。そうして陽が高くなった頃にひとつの山を越えて、塀で囲まれた村を見つけた。教会らしき建物もあり、そこでなら一晩ぐらい泊めてもらう事が出来るかもしれない。
村の門をくぐると子ども達の遊ぶ姿があった。だがイザリークを見た途端、子ども達は逃げるようにどこかへと走り去ってしまう。ここで下手に動き回ってはいらぬ誤解を招きそうな状況だ。吐いた息と共に細めた視線の先には太陽を隠すような雲が映った。
子どもたちはシスターと思われる二人を伴いイザリークの前に戻ってきた。
「この村に何か御用ですか?」
子どもと手を繋いだまま笑顔を向けるシスター。もう一人はイザリークのことなど構う素振りもなく子ども達と遊んでいる。怪訝な目で見られると身構えていた余計な力が肩から抜ける。
「あ、あのすいません、食料を売っていただけませんか?」
「おじさん!腹減ってんのかよ?」
甲高い声と共に雲の切れ間から差す光に照らされて少年が駆けてくる。
「こっちに」
シスターや他の子ども達をその場に残したまま、引っ張られた身体は傾く。離すまいと掴む手は小さく、こちらを振り向きもせず進んでいく後頭部が可愛らしい。遠目で見た教会らしき建物の中へと入るとイザリークはテーブルの前の席に座らされた。テーブルの上には食べ残しと思われる野菜があり、フォークが目の前に差し出される。
「これ食べていいよ」
「あ、ああ」
戸惑いながらもフォークを受けとったが、展開に付いていけずに野菜を前に固まってしまう。横を見ると少年は食べる仕草を見せてくる。何がどうしてこうなっているのか分からない。
「トット!」
後から背筋が伸びるような声が聞こえ、慌てて椅子を引いて立ち上がる。引っ張られたとはいえ子どもの為すがままなのは不味い気がしてきた。
「え?嘘?お客さん?失礼しました」
振り向いた先には、また別のシスター。この状況を上手く説明できる言葉が思い付かなくて視界がぐるぐると回る。高い天井、傷の付いた柱、握ったままのフォークを思い出してテーブルに戻す。そうしている内にさっきのシスター二人と子ども達もこの場へとやってきた。
冷や汗が喉を伝う。助けを求めて隣を見るが、イザリークをここに連れてきた少年の姿は消えている。
「え?」
皆が静かにイザリークへと視線を注ぐ中、間の抜けた声が響いた。
「ご迷惑をおかけしました」
シスター達に頭を下げられて教会のような建物。シスター達曰く教会ではないが元教会だった所で子ども達の教育をしたり、身寄りのない子どもの世話をしている建物を後にする。その手には分けて貰った食料と地図がある。地図には村の外れにある小屋の場所が記されていて、そこを宿として借りることが出来たのだ。思った通りに事が運び、イザリークは吸い込んだ息をフウを吐いた。
結局あの野菜は食べなかった。フォークをテーブルに戻した後、あの少年の姿はどこかに消えていて食べさせたかった理由も分からずじまい。苦手な食べ物を代わりに食べて欲しかったのかも知れないが、あの少年が初対面の男を連れてきてまでそうしたかったのは何故だろうか。
小屋に着いたイザリークは荷物の片付けもせずに床へと寝そべり、スースーと寝息を立て始めた。ベッドに敷かれたシーツを汚れた服で汚すのを嫌い、着替えれば済む話なのに睡魔に任せて床で眠る。
あの日から上手く寝入ることが出来ていない。目を閉じると高い確率で望みの塔のある街ベイスンで見た情景、ガラス越しに映るアレルトンの顔が浮かんだ。思い出したくない記憶から逃げるように、睡魔が襲うまで眠らなくなった。
肩を揺らされて目が覚める。イザリークは起き上がろうとするが、固い床で寝ていた為か体が重く思うように動けない。
「おじさん、おじさんが早く食べないからエイミーに怒られたじゃん、それにお使いまでさせられて」
「え?」
首を振り向けた先には昼間の少年がいた。不満を隠そうともしない表情の下にぶらさげた桶と水袋。窓からは夕日が差し込んでいる。
「これ置いとくから」
「待ってくれ」
起き上がったイザリークは水袋と桶を置いて去ろうとする少年を呼び止めてみたものの、何から聞けばいいのか戸惑ってしまう。人と話すのを苦手に感じるようになったのはいつからだろう。目の前にいる少年の頃だった気もするが、成人してからだった気もする。咲かせるように与えられた花にどれだけの水を注げばいいのか分からず、如雨露を片手に立ち尽くすように、人と話すのを恐れるようになった。
少年は立ち止まり、イザリークの言葉を待っている。
「どうして?」
「どうしてってそりゃズルいことをしたからだよ...」
つまらなさそうに下を向く姿は根腐れした花を思わせる。掛ける言葉を間違えてしまったのでないかと身構えるけれど、それで少年が上を向く訳もない。だが、イザリークが黙っているのを少年は続きの催促と受け取ったようだ。
「野菜、苦手だから、おじさんに食べてもらおうとしたのに」
ポツリと話されたのは懺悔とは呼べない不満を残したもの。
叱られたくないけど、嫌なものは嫌だからと少年は野菜を前に立ち止まっていた。そこにイザリークが現れ「食べ物を分けて欲しい」と言ったのだ。少年の目にはイザリークが救いの神にでも見えたに違いない。なのにその期待に応えることは出来なかった。
下を向いたままの少年の姿に、かつてガラスの部屋に閉じ込められた時の自分の姿が重なる。あの時、望みの塔はイザリークにとって救いの神だった。誰をも魅了する能力を手に入れたかった。
「なぜ?」
何故そんなことを望んだのか?
「それは、バカにされたくなかったし...」
そうだ、人に下に見られたくなかった。だけど、それだけじゃない。
「みんなと一緒が良かったから」
一緒にいたかった?誰と?
「そうなのか?」
少年が顔を上げて頷く。
「...食べてやれなくてごめんな」
「ほんとだよ」
正直な返答に思わず吹き出してしまい、小屋の中にクツクツと笑い声が響く。重くなりそうだった空気も軽くなって、窓から差し込む夕日が柔らかく見えた。
ごめんなさい。10000PV達成していませんが、描いたので載せます。
続きはまた今度でお願いします。
どうでしょうか?成長してますか?ちなみに外伝は3人称一視点です。




