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えげつない夜のために  作者: 九木十郎
外典1 邑﨑キコカ危機一髪
98/102

外典 1-2 あたしは放火魔じゃない

 新しい現場に赴くと、いつものように高校一年生の振りをして教室のドアを開け、当たり障りの無い挨拶を交し、既に暗唱すら出来る教科書を開いて退屈極まりない授業を受けた。


 やれやれ、今回の獲物ターゲットはどの学年どのクラスで日々おイタを繰り返していることやら。


 二十代と思しき数学教師の戯れ言を聞き流し、妙な呻き声を漏らしているヤツは居ないかと教室のざわめきに耳を澄ませていたら、「教科書くらい開け」と叱責された。

 そしていま何処の何という例題を解説していたのか言って見ろなどとおっしゃる。


 何ページの何番、式の展開はこれこれこうで、参考書のドコソコに模範解答が載っていますが、いま黒板に書かれているのはちょっと違いますね。

 この例題は証明式までは要求してませんよ、些か冗長な解説ではないですかと返答したら、受験対策ばかりが勉強じゃ無いと反論された。


 即答にご機嫌斜めのご様子だが、それきりあたしに突っかかって来ることはなくなった。よしよし、コレで先ず一人。教科の分だけ教師は居るが、黙らせるのは面倒くさい御仁だけに留めておいた方がイイ。

 何事もやり過ぎると面白くない結果が待っている。


 休み時間に為ったら隣の女生徒が「邑﨑さんは頭良いのね」と言われた。別に良くはない、たまたま知っていた所を指摘されたダケだと言ったが、「しかも謙虚、格好いい」などとのたまう。


「大げさよ」


「ううん、全然大げさじゃ無いわ」


 妙にキラキラとした眼差しで見つめてくるものだからちょっと引いた。


「邑﨑さん、わたしと仲良くしてくれる?」


「え、あ、うん。まぁ、クラスメイトだし」


「ありがとう。わたしは一辻ゆうこ。ゆうこって呼んでくれると嬉しい。邑﨑さんの事もキコカちゃんって呼んでもいいかしら」


「う、うん。はい、分かりました。良いですよ」


「ありがとうキコカちゃん」


 まるで花が咲いたかのように笑顔が綻んだ。随分と積極的な子だなと思った。


 そしてその日以来、彼女はずっとわたしの側に貼付いてくるようになった。


 キコカちゃん一緒にお弁当食べましょう。

 あら、コンビニのパンと牛乳?良くないわ、わたしのオカズ分けてあげるわね。

 キコカちゃん一緒に帰りましょう、途中までは同じ通学路よね。

 明日からは登校するときも一緒でもいいかしら。

 キコカちゃんのお家に遊びに行ってもいい?

 キコカちゃんもうすぐテストよね、一緒にお勉強しましょう。

 分からないところがあるの、教えてくれると嬉しい。

 キコカちゃん、キコカちゃん、キコカちゃん・・・・


 ハッキリ言って気が休まるときがない。

 そもそも何故にこの子はこうまであたしに執着しているのか。些か度が過ぎる気がして昼休みにちょっと話があるから、と彼女を校舎の裏に呼んだ。好意があるのは嬉しいけれど、もう少し節度を持とう。そうやんわりと諫めてみたのだ。


「わたしが嫌い?」


「いや、そうじゃあない。お手洗いにまで一緒についてきてドアの前で待っているというのはいささか度が過ぎると思う。あんまりベッタリだと妙な噂が立ちかねない」


「構わないわ」


「は?」


「もう。ハッキリ言わないと分からない?わたし、キコカちゃんの事が好きなの」


「・・・・あの、それはクラスメイト、友達として好きという範疇はんちゅうでの?」


「ううん、違う。愛してる、とか、肉体的な、とかお互い一緒になる、とかそういう範疇での好きよ」


 目の前に、何だかエラいことを言い出している子が居る。


「わたし達は女同士だけれども、愛し合うことは出来ると思うの。日本でも最近は同性婚の拒絶なんてケシカラン的な風潮があるし、裁判でもそれを認めないのは違憲だ、みたいな判決もあるし。

 来てるわ、いまちょうど良い塩梅に波が来ているのよ。だから何も障害はないのよ」


「ちょっと、ちょっと落ち着こう。あたし達はまだ高校生。出会ってからまだ一月も経っていないわ。それに、こう言っては何だけれどあたしはストレートだから」


「一目惚れなのよ。愛に時間は不要だわ。情動とかパッションというか、そういうモノの方が余程に重要なのよ。ストレートだろうと構わない。わたしが愛の力であなたを公正させてあげるから」


「公正の意味が違う、真逆だ」


「わたし達はもっとわかり合えるわ。さあ此処よ、ハートへ直に火を着けてよ」


 そう言いながら両手でシャツの胸元を一気に開いた。水色のブラが丸見えになった。背中に冷たいモノが走った。

 比喩なんかじゃない。


「あたしは放火魔じゃないからっ」


 迫り来るあまりの勢いに気圧されて、反射的に体を躱した。そしてスルリと脇を擦り抜けると、そのまま一目散に逃げ出したのである。

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